Sakura-zensen


春を満たす 03

気がついたら大きな鳥の足に掴まれ海の上を飛んでいた。
そう把握した途端に海に投げ落とされる。なんだこれ?と落下しながら思う。
着地できない程でもなかったが大人しく落下している。何故かと言うと、大きな船の傍を通りかかってしまったからだ。
甲板から多くの人が落下して行く物体───自分を見ているのが分かって、船の傍を通りすがる間にばっちり人と目が合えば、海面に『着地』して見せるわけにはいかなかった。

どうしたものか、と思いつつ船にあげられてから考える。
ここはとりあえず、現代日本でも木の葉でもないことは分かった。
世界を超えてしまう経験をかつてしてきた身なので、動揺をみせることはない。脳内では盛大につっこんでいるけど。とりあえず暮らす準備を整えなければ、というのがまず第一だ。
ジョリーロジャーや、体格の良い男達を見回せば、いともたやすくここは海賊が居る世界だとわかったし、そうだとしても自分を助けに来てくれたのだから良い人なのかもしれないと思っていた。
伊達に犯罪者やら抜け忍やらと相対してません。それが持論である。
案の定、船員にしてくれと頼むと、お頭と呼ばれた男は大笑いをしたあと、まずは見習いからだと認めてくれた。
その最中、ルフィという名前を聞いて、瞬時に理解する。
「ルフィ?……あ、シャンクスさんって、赤髪のシャンクスだったのかあ」
ここはナルトよりも長く長く続いてる有名な少年漫画の世界で、つまりうっすらとなら知っているわけだ。
例に漏れず、きちんとは読んでいないから登場人物すべてを知っているわけでもなければ、物語の詳細はほとんど知らない。そもそもここは主人公であるルフィの冒険とは殆ど交わらないところだったはずで、物語を知っていたからといってどうというわけでもなかった。
お頭がルフィの為に腕を犠牲にする程の良い男であることを知っていれば、充分だ。

今の肉体はなぜだか春野サクラをやっていた時と変わらなくて、首を傾げながら恐る恐る「春野サクラ?」と名乗った。船員はあやふやなサクラの様子に何かを言いかけたが、そもそも故郷も境遇もあやふやで記憶が曖昧なのだと思われていたため、怪しむ事はない。
(ほんとは、なんだけど……)
は本当の名前を名乗らなかった事に少しだけもったいなさを感じる。
サクラの容姿で来たからと言って、サクラと名乗る必要はなかったのかもしれない。木の葉に居た時でさえ、本名を知っている者は多くいたし、最終的にはほとんどサクラを名乗ることもなくなっていた。
現代日本ではと名乗っていたし、同じく現代に来てしまっていたカカシがまたこっちに来ているとしたら、サクラではなくを探してくれる筈なのだ。
「おうい、サクラ、準備できたかー?」
「あ、はーい!」
与えられた部屋で、鏡を見ながら髪を結っていたからつい考え込んでいたが、部屋の外で船員に声をかけられてはっと我に返る。
自分は今から一応腕試しをしてもらえるのだった。
は幼い少女と言ってもおかしくない容貌をしているせいで、ギリギリ見習いとして乗せてはもらえたが、全く戦力として数えられていないのは少し不満だった。
昨夜、シャンクス達船員が酒を飲んでいる席で戦闘の時になったらサクラをどうするのか、という話題になったのは僥倖だった。なおかつ、戦うことにも前向きだと皆に知ってもらえたのも、今日見てもらえるのもラッキーだ。
「おう、準備はできたか?」
「おす!」
甲板に出ると、船中の殆どの船員が集まっていた。
相手をしてくれる男は普段は剣も銃も使うらしいのだが、今回ばかりはそうしないようだ。
も武器よりも素手で戦う事が多いので丸腰である。
「サクラに怪我させんだよ!」
「嫁に行けなくなっちまうからなァ」
「テメェには責任とらせねぇぞ〜」
何人かが相手を揶揄するのを、は手首と足首をぶらぶら振りながら笑って聞き流すが、にも声援がとんできた。
「サクラ!もしアイツに勝ったら今日の夕飯はオメェの好きなもん作ってやるぜ!」
「えっ、ホント?シチューたべたい!」
「勝ってからリクエストしろ!」
ぜってえ勝つ、と小さく呟き笑うを見て、一部の男達ははっと目を見張った。
ちょっと殺気が出てたかもしれない。
シャンクスは、ほう、と楽しそうに笑ったし、ベックマンは最初からじっとの様子を見ている。
心配しているのか、期待しているのか。とにかくそういうのには応えてみせたいタイプのは、戦いの合図を出してくれるというルウに目をやった。

「夕ご飯の準備があるから、早くやろうよ」

シチューを作ってもらう気満々のサクラに、皆笑った。
自信はそれなりにあった。悪魔の実の能力者にはどれほど通用するのかはわからないが、チャクラを練る事は出来たし、スピードも身体の動きも今の肉体でのリーチもわかっている。強いて言うなら長い髪の毛を振り乱して戦うのは久々だったが、髪の毛を後ろで結い上げればさほど邪魔にはならない。
一応、はサクラのように大戦を生き抜いた。あの漫画の主要人物レベルの戦闘力はあると思っている。だから、四皇とか言われてるらしいシャンクスや、王下七武海、海軍大将などはどうだかわからないのだが、その辺の下っ端よりは強いだろう。
もちろん、実際に戦うまではわからないので、油断するつもりは全くかった。

目の前の男は、の見た目や普段の性格を知っていることもあり、油断していた。
もちろん、本当に小さな子供だったならば手加減をするべきだと思うので、はその事に関して何も思う事はない。これが終わったら自分のことをちゃんと評価してくれれば良い。
ルウからの合図があった瞬間、は地面を蹴った。
男は目の前に来たが顎すれすれを蹴り上げるスピードに驚きのけぞる。避けられたのではなく、わずかに遅れて身を引いてしまったのだ。
周囲で見ていた船員も、そのスピードと躊躇いなさと、わざと当てなかったことに気づいて身を乗り出すような体勢をとる。
この反応ならまあまあかな、と冷静に分析したは男が次の攻撃に備える前に、身体を反らした方へ押し、おまけとばかりに足をかけた。
痛みがないように身体を支えて素早く地面に横たえ、腹の上に股がり両肩を地面に縫い付けるように掌で押さえた。
一瞬の事に驚きっぱなしな、目や口を開いて動揺した顔が心地良い。荒い吐息は驚きと、ささやかな恐怖を主張していて、彼の心臓の音が聞こえてきそうだった。
うっとりと笑ったの顔を下から見ていた男は、息も整わぬうちから、軽いを押し退けることもせずに口を開いた。
「ま、まいった……っ」
しんと静まり返った甲板に、その声は浸透した。
一瞬あとには、船員の歓声がどっとおしよせ、は男の胸の上からゆっくりと退いてぐっと親指を立ててドヤ顔をした。
「うおー!すげえぞサクラ!」
「さすが俺のサクラだーッ!!!」
「馬鹿オメェのサクラじゃねえ、俺たちンだ!」
駆け寄って来た数人の船員にぐりぐりと頭を撫でられて、はにこにこ笑う。
折角邪魔にならないようにと結わいていた髪の毛は少し崩れたが、褒められて悪い気はしてないので存分に撫でられてから人の群れを抜けて、ベックマンとシャンクスの元へ向かった。酒の肴にでもしようと思っていたのか、シャンクスの傍にはジョッキに入ったビールがあるが、そこは殆ど口をつけられておらず、そしてあまりに早く決着がついた為に泡がまだ残っていた。
「お頭、どうだった?」
「お、ああ……お前すげーじゃねえかサクラ」
ぽすん、と先ほどの船員たちよりも優しいけれど勢い良く頭を撫で付けられて、一瞬だけは目を瞑る。
体術を褒められるのは、いくつになっても嬉しいものだ。
「えへへ、すごいでしょ」



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戦闘描写って基本しないんだけど、ちょっとね、主人公かっこよくかわいく決めたかったというね。
June 2016

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