春を満たす 04
エースは海賊になってしばらくして、シャンクスに会いに行く機会を得た。シャンクスの居るという島へたどり着き、赤髪海賊団が酒盛りをしていると聞いてやってきた洞穴の入り口で白い息を吐く。
「お兄さん、だれ?」
暗闇の奥からは宴の喧噪が聞こえて来ていたが、それよりも大きくはっきりと、近い位置で聞こえた声に驚く。
気づけば、隣に少女が居てエースを見上げている。
「うお!?い、いつのまに」
驚くエースに、少女はにこりと笑いかけた。
ピンク色の髪の毛は珍しく、翠の瞳はとても綺麗だ。
「この先には海賊がいるよ」
「あ、ああ!知ってるぜ。おれは赤髪のシャンクスに挨拶がしたくて来たんだ」
「そうなの」
「あんたはどうしてこんな所に居るんだ?この島の住人か?」
「ううん、ーーーおいでよ」
先に進み振り向いた、暗闇の中に誘い込む少女に少しだけ息を飲む。
もしかして、先ほどもその中から出て来たのだろうか。エースはそこに向き合っていたというのに少女の存在に気づけなかった。
中に入って暫くすると灯りが見える。
「おーい、サクラどうしたんだ、急に居なくなって」
「相変わらず気配ねえなあ、おれぁ気づかなかったぞ」
手前側に座っていた船員たちは、少女に向かって手をあげた。それに応えて手を振っているので、少女の名前はサクラというのだろう。
サクラはエースの方を見て手を伸ばした。その意味が分からず動かないでいると、白い指先はエースのマントを掴んで引く。
エスコートされて、船員達の間を縫って進んだ。
事を荒立てない最大限の行動をするつもりではいたが、やすやすと赤髪の傍までたどり着けたことに拍子抜けである。
「サクラ」
赤髪は近寄って来たサクラに気づいて顔を上げた。
「外に行ってたのか?寒いだろうこっちこい」
「うん。お頭に挨拶したいってお客さんが来てるよ」
サクラはシャンクスの隣に丸まったままになっていたコートを羽織って、代わりにその場所へ座った。
一番安全かもしれないが、随分偉い位置に座るものだと、内心驚いた。けれど確かに、唯一の女子供ということで、ある意味では相応しい場所にも思えた。
「おれに、挨拶?」
シャンクスのなくした腕の方に座っているサクラは、ほぼ我関せずといった顔で飲みかけだったらしいマグカップに口をつけている。
カチャ……と刀を手にするシャンクスに弁明したエースは、その後歓迎され、サクラの斜め前に座り宴の輪に加わることになった。
「ルフィのお兄さんだったのか」
「サクラもルフィのこと知ってんのか?」
「お頭から時々聞くだけで、会った事はないよ。そっかールフィより先にお兄さんに会っちゃったなあ」
暫く話を聞いていたサクラは、しみじみといった感じでエースの方を見た。
「ルフィに会うのは随分先になるぜ。アイツはまだ海に出てないからな」
「そう。会えるの楽しみにしてるんだ」
「そんなにルフィに会ってみたかったのか?」
純粋にわくわくした顔をしているように見えたサクラを、エースは何も疑問には思わなかったが傍に居たヤソップがきょとんとした顔で話に入って来た。どうやら、今まで自分からルフィに会ってみたいと言ってはいなかったようだ。
酒をぐびぐびと飲みながら、サクラがうんと頷いてるのを眺める。
「だって、かっこいいじゃん」
「お頭の話を聞いてただけで、かっこいいってなるか?フツー」
「ん……ならない、かも?」
無謀で面白いガキ、という感想が似合うようなエピソードが多々ある筈なので、もちろんエースもサクラの感想には驚いた。
「お前まさかルフィの船に乗りたいなんて考えちゃいねーよな」
「ないない」
シャンクスが腕の代わりに頭でサクラのこめかみを小突くと、衝撃に一瞬だけ目を瞑ってから、笑って否定する。
駄目だぞ、と念押ししているシャンクスの様子が少しだけ面白かった。
宴も闌だったが、エースはそろそろ仲間の元へ戻ると腰を上げた。
シャンクスも他の船員たちもおうと笑って手をあげたが、サクラが見送りをすると立ち上がる。
「別に良いぜ?寒いだろ」
「今度はコート来てくよ」
「なんだぁサクラ、エースに気でもあんのか?」
一部の船員が揶揄したのを聞いてエースはびくりと肩を震わせた。
不意打ちで出迎えられたせいか、サクラのことは妙に気になってしまうのだ。
「なにいってんだあのオッサン」
横で本当に呆れた顔で呟くサクラの声を聞いて、ほっとする。そしてちょっとだけ残念だった。
「お頭、エースの船見てみたいから行ってきてもいい?」
「良いけどお前、一人で帰って来れんのか」
「あははっ、そんな子供じゃないって!」
シャンクスの許可を得ると、サクラは先に少し歩き出していたエースの所に駆け寄って来た。
段々温度が下がって行く道をすすむ。やがて外に来て、長い髪の毛は吹雪の中を舞い上がり、サクラの細くて白いうなじが露になった。
「うお……、さぶ」
サクラは靡く髪の毛を掴んで首元を抑えてしまった。
「ああ……、……大丈夫か?」
「うん、動いてりゃあったまるし」
ざくざくと大股ですすむサクラは、エースと同じペースで歩いた。
宴の最中に、サクラが一年程前に突然大きな鳥に攫われ、あろうことか海の上に投げ落とされ、故郷を見失い知人を探す為に赤髪海賊団の一員になった事を聞いた。しかし道中で聞く、幹部とは手合わせしてないが特に位置づけのない船員たちの中では上位の戦闘力だという話には驚かされる。
「こんな小さいのに、強いんだな」
「……そんなに小さいか?」
サクラは寒さに身を縮めたまま首を傾げた。小さい自覚はなかったのだろうか、とエースは笑う。
「赤髪海賊団の中に居ると小さく見えるだけかと思ってた」
「いや、おれより頭ひとつぶん小さいじゃねえか」
「そっかあ」
随分のんびりとした奴である。
とてつもなく大きな生き物も存在する世の中だから、ほとんどの人間が小さいかもしれないし、小さくとも幼少時から戦い続けていたエースにとっては小さいことが弱いというわけではなかった。
自分で感心しておいて、失礼な話だったかもしれない。そう思って慰めの意味で頭をポンポンと叩いてみたが、サクラはそれを謝罪だとは思わずよくわからないといった顔をしてから、へらぁと笑った。
「おおーエースの船もなかなかおっきいね」
「そうだろ!」
「エース!そいつ誰だ?赤髪んとこからかっぱらってきたのか!?」
船員が、船を見に来ていたサクラに驚き声を上げる。ちげえ、と大声で答えてから様子を伺うが、本人はどこ吹く風でにこにこと船を見上げている。
「中入ってみるか?」
「うーん、それはいいや。あまりよその海賊が中に入っちゃ駄目だろ」
「おれが良いって言ってんのに」
「他の船員に驚かれちゃうよ」
「……」
サクラの言葉にエースは口を噤む。現に、連れて来ただけで攫って来たと思われたり面倒ではある。
「じゃあ、また会おうね」
本当に船を見に来ただけだったサクラは、寒い寒いと両腕を摩ってから一瞬で消えてしまった。
next.
懲りずにトキメキ泥棒……いや、違う、別に奪ってない奪ってない(言い訳)
でもちょっとドキッとする雰囲気にしてて。どっちかっていうとそのドキッは驚きの方なんですが。
気になってる感じなので、容姿とか動作の描写がちょっと細かい。エース視点なので。
うなじが隠れたとき、残念そうな声を出してるエースくんにお気づきでしょうか。
June 2016