Sakura-zensen


春を満たす 05

そろそろ髪の毛切ろうかな、そう呟いたの声が食堂に響いた。
腰まで伸びたピンクの髪の毛を摘んで遊ぶ。
「だ、だめだ!」
「え?」
となりに居たシャンクスは、の発言を受けて一瞬驚いたのちに、咄嗟に反対する。
反対されるとは思っておらず、そして皆が驚くとは思っておらず、サクラはきょとんとして船員やシャンクスの顔を見回す。
ベックマンに助けを求めるように視線をやると、彼は煙草から口を離してため息とともに紫煙を吐いた。
「なんだって急に髪を切ることになったんだ?」
「いや、伸ばし過ぎだと思うし」
「どのくらい切るんだ?」
ルウが肉を咀嚼しながら話にはいってくる。
もともと突発的に言ったことだったので、長さを決めていたわけではない。ただ、少女に見えるロングヘアでいることすら、もうどうでも良い気がして来た。
船に乗ってもう二年が経つ。その間に、エースは白ひげ海賊団に加入し、ルフィには懸賞金がかかった。
それでもまだ、元の世界に帰れる兆しもなければ、連れに会えてもいない。
サクラと名乗ることに意味があるのかと思えば、そうでもなく。だろうがサクラだろうが変わらなかった。しいていうなら、船員達がこの二年のことを未だに女の子だと勘違いしているのはちょっとした問題かもしれない。
「ばっさり切っちゃおうか」
「ますますだめだ!!」
シャンクスを始めとする、他の船員まで反対して来た。
「いや、なんでだよ」
「なんでって……なあ?」
「サクラはその髪型が一番似合うしよう」
「他の髪型見た事ないでしょ」
は呆れた顔で、大した理由を述べられない船員たちに突っ込む。
「いやサクラは短くったってサクラだぜ」
「そういうこといってんじゃねえんだよ、おれ達ァ」
十五歳前後の少女の髪型について熱く語り始めた良い歳した男達を見て、はそっとため息を吐く。
そもそも、いつか勝手に切るつもりだ。切った後このおじさん達がロングヘアーを偲んで泣こうが喚こうがどうでも良い。
「ベックマンは髪の毛どっちが良い?」
どうでも良いとは思ったが、一応この船で一番大人な事を言ってくれる落ち着いたベックマンに意見を仰ぐ。……答えは分かっていたが。
「サクラのしたい髪型にすりゃ良い」
「だよねえ」
「だが、惜しくもあるな。せっかく綺麗なもん持ってんだ」
「え」
けして反対されることはないと思っていたが、ふいに髪の毛をひとふさ持って行かれて目を丸める。
「戦っている時にサクラの髪の毛が舞うのを見ると士気が上がるしな」
「ふうん。じゃあ長さ残しておこうか」
「おいサクラ、ベックマンに絆され過ぎじゃねえかお前」
シャンクスに首根っこを引っ張られて、イスに座ったままシャンクスの膝の上に倒れこんだ。雑な手つきでも乱暴に扱われた事はないし、そもそも繊細に扱われなくとも丈夫なは動じず身体を預ける。
「だってお頭たちは特に理由もなく言ってるだろ」
「理由はある!」
「なに?」
下から、シャンクスの顔を見上げたが結局教えてくれなかったし、ベックマンと概ね同じ意味らしいということは分かっていたので探し人が見つかる願掛けということにして、もう暫くロングヘアーに甘んじる事にした。
後になってこのときの事を振り返ってみると、おじさん達が自分の娘やアイドルに対してロングヘアーが良いと勝手にやんややんや言ってる光景に似てたなと思ったし、正直、全くそれと同じことだったのである。

そんなこんながあって、の髪の毛は未だにロングヘアーのままで、彼の人には会えていない。
色々な島をまわり、その間にこの世界特有の薬草や病気を学び、悪魔の実の能力者との戦いも何度か経験した。
海軍と戦う事は稀にあるが、シャンクスが四皇というだけあってただの軍艦程度では戦闘が始まらないことすらある。
好戦的な方なのでちょっとつまらないとは思うが、だからといって名声が欲しいとか賞金首になりたいとは思っていないので、戦わないで大人しく船員を相手にして怒られるだけに留めている。

ある日、とある島に停泊中に同じ島に白ひげ海賊団が来ていた。先に来ていたのはこっちだったし、白ひげ海賊団の船員が一度顔を出しに来たらしいがはその時船医と船を降りて薬品や備品の買い出しに行っていたので会わなかった。
一応この世界に来ているわけなので、有名人は現代に居た頃よりは詳しいだろう。現代に居た頃に『出て』いたかはさておき。
「エース来た?」
「いや、不死鳥のマルコだな」
「へえ」
白ひげといえばエースであるは、久々に顔が見たいと思ってうきうきしていたが、ベックマンの言葉に消沈する。
「遊び行って来てもいい?」
「なにいってんだ、駄目に決まってるだろう」
はさらにしゅんと肩を落とす。
「まあ、サクラは顔知られてねえだろうから、普通に船見て来るだけならいいんじゃねえのか。ただし近づき過ぎても駄目だぜ」
「!」
隣で聞いていたヤソップが、ベックマンとの様子を見て苦笑まじりに助言した。
もちろん、赤髪と白ひげは一時的な停戦の約束を結んだだけなので、交流するつもりはなかったことは分かってる。ヤソップの言葉が、赤髪海賊団の一員としてじゃなくあくまで一般人───一般人が海賊に接するのもどうかと思うが───として見に行って、偶然エースを見つけたらエースと少し会話するくらいしても良いということだろう。
が頭の悪い子供ではないと分かっているベックマンは、それでも良いがと濁す。
「じゃ、行って来ていい?お頭に遊びに行くって言ってくる。あ、夕ご飯までには帰るネ」
すかさず畳み掛けるように問いかけ、は部屋を出て行った。
両海賊の船は島のほぼ対局側に停泊しているので、島を横断すべく走るスピードをどんどん上げて行く。
普通のスピードでは日が暮れてしまいそうだ。地面を走るのは早々にやめて、建物の上を飛ぶことにする。暫くすると、向こう側の海が見えてきたので建物の上から降りた。
路地裏に着地してから、先ほど上から眺めて把握した大通りに出た。店が建ち並ぶそこは相応に賑わっている。
「お嬢ちゃん、アイスはいかが?」
「おうい、こっちには果物もあるぞ」
ピンクの髪をしたサクラはそれなりに目を引く存在だったし、無害で善良な少女に見えるので多くの呼び込みがこちらに声を掛けて来た。
笑顔で軽くことわり、しつこい店員からは上手に逃げる。
ふいに、短い悲鳴が聞こえて軽く走らせていた足を止めてそちらを見た。道行く人々もと同じようにそちらを注視しているので、見やすい位置、近くへ移動する。
ガタイの良い男が三人、若い女性を囲って性質の悪いナンパをしていた。
腰にぶら下げているのは本物の剣や銃だろうけれど、さすがにそれを手にはしていないようだ。
話を聞いていると、やれ俺達は白ひげ海賊団だとか、この街を守ってやるから今日一日付き合えだとか、非常に浅はかで卑劣な誘い文句である。
いやだいやだと抵抗する女性と、それを尊重しない男には腹が立つ。
一応、自分も海賊である。欲しい物は奪うというモットーは納得しているつもりだし、宝も冒険も戦いも好きだ。そこは否定しない。けれどの周りに居る海賊は、嫌がる女性を無理矢理誘うことはない。きっと、船員たちも見ていたら止めたりする者達が多いだろう。海賊だって、己の中に正義はあるのだ。
「白ひげ海賊団って、こんなに小さな男達の集まりなのか?」
が三人を蹴散らすのは一瞬だった。
飛ばされた衝撃と多少の痛みに驚きこちらを見上げる男たちは、たちまち顔を怒りに染めた。不意打ちとはいえ一瞬で飛ばす事が出来てしまう男達は、赤髪のところの下っ端戦闘員より弱いと判断できる。恐るるに足らず、である。
「て、てめえ!」
「白ひげ海賊団を敵に回す気か!?」
「別に、もともと味方じゃないし」
一人がなんとか立ち上がって剣を抜いたが、結局はあっさりとその剣を蹴飛ばす事が出来た。
くそ、と手を抑えてはいるが、手加減し過ぎたせいで戦意は失っていないらしい。三人とも立ち上がる時間を与えてしまったが、手足より口がよくまわるようで、キャプテンがてめえの所に報復に行くだのなんだの、わけのわからない権威を振りかざされた。
はそれを聞きながらも身軽に攻撃をいなす。
「こういう息子が居ると、親父の品位が疑われるよ」
「まったくだよい」
そろそろ終わろうと思って一人を気絶させながら言うと、それに誰かが同意してもう一人を地に沈めた。残る一人は驚愕し恐れ戦慄く。
「ふ、不死鳥、マルコ!?」
「おお……」
白ひげのことをキャプテンと称したときからうっすらと気づいていた───というより元々そういう気がしていたが───自身の海賊団の一員をそんな風に呼ぶのは十中八九船員じゃないだろうと確信した。
は拳を撫でて残る一人に向かって行くマルコと呼ばれた男の背中を、のんびり感心した声を上げながら見送った。



next.

オジサーの姫ならぬ、お父さん達の娘っこ……もしくはおれ達のアイドル。ももえちゃんかな?
特に理由はないのに(というか、多分可愛いからっていう理由で)やたらと髪を切るのに反対するおじさんたちを書きたかったんです。
June 2016

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