Sakura-zensen


春を満たす 06

マルコは赤髪海賊団の船から帰る途中で、不死鳥から人の姿に戻り街中を歩いていた。ふと、賑わいとは違ったざわめきを感じ取り、ちょっとした興味から覗き込んでみると三人の男が一人の女に言い寄ってるのが目に入る。海賊をやっている身なので、顔を歪める繊細さはない。もちろん、好んで見ていたいとも、もっとやれとも思わないが。
ところが、さっさと船に帰っちまおう、と思っていたマルコの耳に『おれ達は白ひげ海賊団の一員だ』という言葉が届き、歩き出そうとした足を止めた。
大勢の家族が居るため定かではないが、奴らの顔はみたことがない。そして、白ひげ海賊団を勝手に名乗る連中も少なからず居るのを知っているから、またかとため息をつく。たいてい、マルコなんかが顔を出せばすぐに逃げるし、そうじゃなくても白ひげの刺青を見せて一発殴りさえすれば大人しくなる。最悪の場合は二度と騙れないようにぶちのめす。手なり顔なりを出す事がこの瞬間決まったのだが、マルコがまだ人混みの中に居る間に、一人の少女が一瞬にして三人を蹴散らしてしまった。
「……なんだいありゃ……」
あの一瞬を、マルコはなんとか目で追っていた。少女が、三段蹴りで上手に蹴飛ばしたのを。
しなやかな肢体には傷も痣もみあたらない綺麗な者で、筋肉もさほどついてないように見えるのに、あのスピードや威力には驚く。
「白ひげ海賊団って、こんなに小さな男達の集まりなのか?」
白ひげ海賊団を少しは知っているかのような口ぶりだが、マルコはその言葉に心穏やかでは居られない。
違うと言いたくてたまらない気持ちで一杯だ。
あんな、心底呆れた声や顔を向けられたくはない。
本物の白ひげ海賊団のマルコだったら、さすがに蹴りを受けても地面に転がるようなへまはしないし、激高して向かってあっさりいなされる事もないだろう。
「別に、もともと味方じゃないし」
あっさり宣う言葉にはちょっと笑いそうになったが、いつ手を出そうかと考え倦ねる。
あの少女が負ける事はないだろうが、白ひげ海賊団だとは思わせたくはない。
「こういう息子が居ると、親父の品位が疑われるよ」
軽々と攻撃を避けている間に男が発した『キャプテン』という言葉にマルコはやはりと思う。基本的に白ひげの船員はキャプテンを親父と呼ぶ。時には船長と言う役職を称すこともあるが。
それを少女も分かっていたのか、そう言ったのだろう。あっさりとガタイの良い男を気絶させている。
同時にマルコも手を出し、一人を地に伏せて少女に同意した。
「おお……」
少女のあっさりした感心の声を聞きながら、三人目をぶちのめしてから振り向き改めて正面から彼女と向き合う。
白い肌に翠の目、赤みのさす健康的な頬に、ピンクの鮮やかな髪の毛ははっとするほど綺麗な色彩をしていた。先ほどの口調や喧嘩の様子からみて、好戦的で大ざっぱな性格だと言う事は窺い知れる。
「そうだ、お姉さん大丈夫だった?」
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ〜」
絡まれていた女は少女とマルコに頭を下げて、ぱたぱたと街の中を走って帰って行く。
そして少女はこっちを見て、マルコに礼を言った。
「おれァ、親父の名を貶めてるやつをぶんなぐっただけだよい」
本当は年端の行かない少女一人で立ち向かうもんじゃない、と大人心で言ってやろうかとも思ったが、野暮な気がした。
若いからと言って下に扱う必要も、彼女には感じない。
「不死鳥のマルコさんだよね?」
「おう」
「今から船戻るの?」
「あぁ、そうだよい」
何故そんなことを聞かれているかわからないが、マルコは素直に少女に対して答えた。
「おたくのエースくんに会えないかな〜、知り合いなんだけど」
「エース?会えなくはねえが、どんな関係なんだい」
もしかしてこれか?と中年男らしく小指を立てたが、少女は親指を立てて「違う」と笑った。
なんだそのポーズは、とつっこんだが、理由はとくにないようで答えはない。
「友達ってほどでもないけど、まえに話したことがあって……いるなら挨拶したかっただけなんだ。あっちが会う必要もないって言ってたなら気にしなくて良いよ」
「そうなのかい、伝えてやるよい。おまえさんの名前は?」
「サクラ!」
聞き慣れない名前だが、どこかの文献でワノ国の花の名前として聞いた気もする。
サクラ、と反芻させて、マルコとサクラは別れた。
曰く、おじさんたちにあんまり船には近づいてはいけないと言われたらしいのだ。”おじさん”がどこの誰だかは知らないが、もっともな意見だと思ったし、サクラは利口にもこの道の先にあるカフェで適当にお茶して待ってるので気が向いたら会いに来てくれるようにと指定までした。

「エース」
「おう、お帰りマルコ。赤髪はどうだった?」
エースは以前弟が赤髪に世話になったそうで、白ひげに入る前に一度赤髪と会っている為に呼び止めたマルコに楽しそうに問いかけて来た。マルコはどうもこうもねえ、と思ったが元気そうだったと月並みな答えを返す。
「あ、なあ、赤髪んとこに女の子居なかったか?」
「はぁ?女の子?」
「もう降りちまったかなあ」
「知らねえよい」
エースは自己完結したように顎を撫でて視線をあげる。
おそらく以前会った時に、赤髪海賊団に女の子が一時的に乗っていた、ということだろう。マルコはいちいち赤髪海賊団に乗る船員を見ているわけではないが、だからといって女の子と評される人物がいたのならそれなりに目に入るはずだが、残念な事に視界に入るのはガタイの良いおっさんばかりだった。
「女の子といや、おまえこの島に知り合いはいるか?」
「?いや、初めて来た島だぜ」
「サクラっつう子が、エースに会いたいってんで言付けを預かってきたけどよい」
「サクラ!?居たのか!」
エースは名前を出すとぱっと顔を輝かせた。やっぱりこれか?と思ったが親指をたてて違うと言われたことを思い出すとエースに聞いてどんな答えが返って来たとしても残念な事になりそうだったので聞くのはやめておく。
どこだ?サクラはどこだ?と急かしてくるのでサクラの待つ店の場所と名前を言うと、エースはすぐに飛び出して行く。
「なんだあ、エースのやつあんなにはしゃいで」
丁度部屋に入って来たサッチは、うきうき走って行ったエースの顔を見たらしい。
サッチの後ろには苦笑してる船員も居る。
「女の子が待ってんだよい」
「マジか!?マルコは会ったのか?」
「おう」
「いやあ、青春ですねえ」
どこか飄々とした船員に、マルコはくっと喉を鳴らして笑う。
「あっちにこれかって聞いたら、親指立てて違うって言ってたよい」
「だーっはっはっは!片思いかエースぅ!」
今ここには居ないエースを思ってサッチは爆笑した末、見に行こうとまで言い出す。船員もマルコもあまり乗り気ではなかったが、サッチにほぼ無理矢理つれていかれた。
「エースがその子を船に乗せるっつって持って帰って来るかもしれねえな」
「潤いますねえ」
「いや、まだ早ぇだろい」
道すがら、しょうもない話が展開された。マルコはどうせサクラの待っているカフェを知っているのだから急いでエースの後を追う必要はないのだ。
「うちにはナースだっているし、結婚してる奴もいるし、親父だって反対はしねえんじゃねえのか?」
「サクラはまだ十五か六くらいだったよい、そんくれえで海賊船になんかのるか?」
「───サクラ?その子サクラって言うんですか?」
ついて来ていた船員、カカシは驚く。そして矢継ぎ早にどんな子だと問われてマルコは戸惑いながらもサクラの容姿を思い出す。
「どんなって、色白でほそっこくて、ピンクの長い髪の毛だったか……」
「!」
会ったときの、華麗な身のこなしも添えて教えてやると、サッチは純粋に感心していた。その横で、カカシは声を震わせる。
「───だ……」
って……おまえが探してる子だろ?サクラって名乗ったんじゃねえのか、その子」
カカシは半年前に船にのった新しい船員だったが、人を捜していると時折口にしていた。マルコもサッチも、の名前や思い出は何度か聞いている。
「そうだよい」
「サクラはが女の子の格好をしてるときの偽名なんです」
「おい、……ってことは、もしかして」
は男ですよ。親指立ててたのも、その意味も込めていたかもしれません。そういう奴ですから」
カカシはそれだけ言うと、走り出す。
マルコとサッチはエースの恋が敗れると勝手に想像し、なおかつカカシととの再会見たさに追いかけた。



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次回、エース(の幻想)死す!
June 2016

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