春をむかえに 01
親父の会社が倒産した。借りてる部屋は今月で契約が切れ、携帯はメッセージを受け取ったと同時に解約、諸悪の根源は真っ昼間から夜逃げした。そう説明するメールが送られてきた俺は、思わず携帯を持つ手に殺意が宿る。
手の中でバキッと音をさせた途端、横にいた友達の涼がビクッと震えた。
「ふ……藤丸?」
「携帯、脆くなってたのかな」
俺の片手で握りつぶされた携帯の残骸がパラパラと落ちていく。
いけない、最近知り合ったばかりの友達に、馬鹿力みせちゃった。
にこっと笑いながら取り繕って、俺よりも背の高い彼を見上げた。彼、といっても、涼は芸能事務所に所属している関係で普段は女装して学校に通っているので、現在の姿はロングヘアーの似合う美女である。
親父がふざけたのか馬鹿だったのか、女として入学させられた俺とは似て非なる存在だ。
「───何だよ、それ」
「涼子さん、口調が男らしくてよ」
親父が夜逃げしたことを話すと、涼はすごく驚いていた。思わず素の口調で話すくらいに。
忍者やってたころも大概だけど、ここでの暮らしもなかなかに波乱万丈だったので、ありていに言うと慣れている。だからと言って俺の生活を巻き込んで振り回す親父を許しているわけではないが。
「これからどうすんだ?」
「んー、まあ大丈夫」
ある日急に路頭に迷うなんて経験を普通ならしたことがないだろう。涼は俺の能天気な態度をみて若干顔を引きつらせていた。
野宿するのも初めてではないから、と堂々言い張れば少しは安心してくれるかなと思えば、涼は覚悟を決めたような顔つきになる。
「……だったら藤丸、いい仕事がある。───俺のマネージャーにならないか?」
「え……?」
涼は確かに割と知名度の高い芸能事務所に所属している。ただ、職に就いているとはいえ本人の知名度や年齢的にも、一存でマネージャーを雇うなんてできるわけがない。
目を白黒させる俺に涼は、大丈夫!と力強く言い切って手を引いた。
俺が勢いにのまれて即席の履歴書を用意してる間に、涼は男の姿に戻った。そして再び手を引かれて都内某所にあるオフィスビルに足を踏み入れる。
喧騒に包まれた事務所を素通りし、ずかずかと廊下を歩き、すれ違った誰かに社長の所在を聞いたのち、社長室と書かれた部屋のドアを開けた。
向こう見ずすぎるぞ、十七歳───!
「社長!」
「なんだあ?……うるせえぞ、ペンギン」
中には無精髭をはやした男性がいた。机に脚をのっけてふんぞり返っていて、不機嫌な声でこちらを見やった。
しかし一切怯まない涼。俺はおとなしくしていることしかできず、社長らしき男性が俺に気づいてニヤリと笑うのを見守る。
「ふーん、バレたか!」
「ああ、バレた!」
たしか、正体を秘密にしてるのは会社の方針で、バレたら解雇とかなんとか言ってなかったかな。だが俺を連れてきた時点でそれはバレてるのは大前提だろう。涼がどう説明するのか、ちらりと横を見る。
「こいつ───藤丸サクラをオレのマネージャーにしたい。ピーコックの関係者、ましてやオレのマネージャーなら秘密を共有していて当然だろ」
「そうきたか!なるほど……───良い目をしている」
社長さんは大笑いした後、俺を見てそう言ってくるもんだからドキッとする。
───俺はなぜか藤丸として生をうけ、物心ついた時から人の背中に羽根が見えるという特殊能力に目覚めている。
誰にも言っていない感覚的なソレを、言い当てられたような、妙な気持ちになったのだ。
「……えと、履歴書を持ってまいりました」
「おお、ありがとう」
とりあえず、分からないままにしておくことにして、社長に履歴書を渡すと受け取ってもらえた。
「んん?」
履歴書に書かれた名前は藤丸サクラではないのが一番に目につくだろうし、性別も記入欄に男と書いた。
社長はちょっとだけ目を見開き、瞬きしてから俺を見た。一方俺は、社長に笑い返してから涼に視線をやって後頭部を掻く。
涼は俺の履歴書を見ていないが、雇うっていう話が出たときから、涼の秘密も知ってるんだからこのタイミングで俺の性別も言っちゃおうかな、と思っていたのだ。
しかし、俺の顔を見て察知したらしい社長は、俺の頭に鬘を乗せて、「男になれ」と言い出した。
「性別がバレたら涼も君も即解雇だ」
「は、はあ……」
しれっと涼と一蓮托生にされた。
とりあえず曖昧な返事をして、用意されたスーツに着替えることになった。
表向きは若いアイドルタレントとゴシップになりかねないということで女だと言うことを隠せって感じだが、それだけじゃないのが俺にはわかる。
つまり、……俺は誰にどう性別を偽るんだ……?
「どうでしょう」
「おおっ、見事に変身したな。見た目は合格」
スーツと鬘をつけ、更には大きめな眼鏡をつけて社長たちの前に出れば、小さいなーと頭を撫でられはしたが、一応男に見えるその姿に合格を言い渡された。
次は一般常識の筆記試験となったが現役高校生だし、それなりに成績は良いので合格。実技のSP審査は当然相手を瞬殺した。だって俺、サクラちゃんだもの……。
そして最終試験はオーディションに来ていたアイドルの卵たちを見極めること。
社長曰く俺の目を信じれば良いってことだった。
この事務所に所属している人は涼をはじめとして、何人か知っている。涼はペンギンみたいなのがぴよっと見える程度だけれど、高確率で羽根をもつ人が多い。
それはつまるところ、素質なのだと思う。
俺を見ていい目をしていると言った社長は、きっと彼自身も何かを持っているんじゃないかな。
そう信じて、素直にオーディションに来ていた人の中に、選ばれる人はいないと答えた。
かくして俺は、芸能事務所ピーコックのマネージャーとして正式に雇用が決まった。
住む家はなるべく早く決めるとして……と頭で算段をつけていた俺は社長指示により、涼のおうちに住みなさいと言われてわーいと喜んだのも束の間、涼が血相変えて反対する。
「それはやべえだろ!」
「え、あー、そっかあ」
涼にとっては女の俺が一緒に住むというのは落ち着かないかもしれない。
社長がやましいことでもあるのかとからかっているが、気持ちがあるなしの問題ではないのだ。
「あ、大丈夫。テントと寝袋持ってるから」
「ウチに来なさい!!」
「でも一緒に住むことで涼が気にするならそれはよくないよ」
「お前が外で寝泊まりしてることの方が気になるから!!───あ、やべ」
ふいに涼が社長の机の上に積み上げられていた書類を落としてしまい、俺と涼は慌ててしゃがんで広う。順番とかないだろうか。
社長は終始俺たちのやり取りを楽しそうに眺めているだけで、特にお咎めもないみたいだけど。
「社長───望月さんがよんでましたよ」
誰かの声がした。
柔らかで落ち着いた声音に乗るようにして、俺の身体を何かがするりと撫でるような気配。
「おうわかった、わざわざ悪いな!」
「いえ」
社長が誰かに答え、その人は短く返事をした。
「きれい……、」
引き寄せられるようにして振り向いたら、美しい羽根と、人らしきものの一部が見えたのでぽつりと呟く。
「今のヤツが……?」
「あ、いや、……見えなかったんですけど、……なんででしょうね、声かな」
実際には何も見えてないのに、俺はその余韻に見惚れてしまった。
俺は気恥ずかしくなって、しどろもどろに言い訳をした。
荷物をもって涼の住むマンションの部屋に行くと、同居人が出迎えてくれた。俺が知っている数少ない事務所の所属タレントの『綾織真』である。
ドアを開けた瞬間から俺を包むように大きな羽根が広がって、精神を直接撫でてくるような感覚にぽやんと意識がもっていかれそうになる。
───この体質は少々厄介だ。
テレビや雑誌の写真では少し控えめになるとはいえ、そういう人とは一定の距離を保ったり、そもそもお近づきになる機会がないわけで問題なかったが、今こうして目の前にいるのは違う。
それに、さっきも触れたこの羽根には覚えがあって、答えを求めて問いかける。
「───さっきの人?」
事務所ではかすかに人影でしかとらえなかったけど、多分そうだ。
「さっき……こっち向いてたか?」
「え?ああ……姿はあんまり見てなかったけど、……えーと、声で」
ほとんど対面していなかったはずなので、綾織さんは驚いたみたいに目を見開いた。
さっきから言い訳がへたくそすぎるな、俺。涼に変な人だと思われてないといいけど。
中に案内され、改めて対面する。綾織さんはソファに座る佇まいからしてもう様になっているのでそのソファのCMしたら飛ぶように売れるんじゃないかな……とかなんとか思いつつ涼が俺を紹介してくれるのを待つ。
「んでコイツは新しいオレのマネージャー藤丸……───、」
「藤丸です」
名前を伝えるのを忘れてたので、涼が口ごもるのを慌ててカバーして本名の方を名乗った。
綾織さんは俺の唐突な同居も、『社長命令』の一言で納得していて、俺の挨拶にもぺこりと会釈をしてくれる。恐るべし適応力だ。
「ここ、誰も使ってない部屋だから、使っていいぞ」
「ありがとう」
綾織さんとの対面が終わった後、涼は俺を部屋に案内してくれた。寮というわけでもなく、タレントの十代の男の子が二人でマンションのそこそこ広い部屋に暮らすって、どういう福利厚生なんだ……と疑問に思ったけど、ここ数時間で俺は社長が既存の常識にとらわれない男だということが理解できてしまったのであえて突っ込みはしないでおく。
なので俺は、世間話っぽく綾織さんに会った感想を述べた。
「そういえば生徒会長、雰囲気変わるねー……」
「え!?気づいてたのか……他人で見破ったのは藤丸が初めてだな」
今日こうやって会うまでは気づかなかっただろうけど、俺は一度学校で綾織さんの羽根を見たことがあったのだ。その時は女装してる涼にぶつかり、麗しの生徒会副会長『涼子さん』に見惚れたのかと思っていたが、よく考えたら傍に生徒会長がいた。
過去の『そういえば』を今の『もしかして』に変えて、これから俺も踊らされる『事務所の方針』によって導き出された答えは、綾織真はわが校の生徒会長の真柴綾織さん……ということになる。
会長はボサボサ頭に眼鏡で、顔があまり見えない風体だ。ぱっと見、地味で冴えない系。
「涼の女装もだけど、あれも社長の愉快な命令でしてるわけ?」
「いや、あいつはあれが素」
なるほど、例外も存在するらしい。
お風呂をかりて、タオルで水気をとっている俺がいる洗面所に、特に遠慮した様子もなく綾織さんが入ってきた。
俺は今、全裸である。
「あー……ああ、マネージャーか。悪い、歯みがかせてくれ」
「え、はい?」
綾織さんは特にこちらを気にした風もなく動き出し、急に棚に顔面をぶつけた。そして洗顔フォームで歯を磨くというベタな間違いを見せてくれたので、俺は指を一本立てて見せた。
「綾織さん、これ、何に見える?」
「…………グー……」
ゆ、指を立ててることすら判別できないだと……?
「もしかして、目ぇ悪い?」
「ああ、かなり」
そんな話をしている最中にドタバタと涼が走って来る音がしたので、しっかりタオルで身体を隠して出迎えた。
「藤丸!もしかして綾がここに……!」
「いるよお」
「わー!!!!」
勢い良く洗面所のドアが開けられたと思ったら、俺の姿を見て涼は顔を隠してしゃがんだ。ありがとう、ナイス反応。
涼は騒いだら俺が女だとバレるって思ったのか口を噤んでくれて、俺は水気をとったあと着替えを手に出て行った。
綾織さんには男だと思われているわけで、裸を見られたとしてなんの違和感もないはずなんだが、それを知った涼がどういう反応になるのかわからないので、隠さねばならない。
今回は綾織さんの視力が悪いということで誤魔化せたが、今更ながら今後この家で生活するのはなかなか注意が必要ということだ。
とはいえ、同じ学校に通うことになっているので、綾織さんには女装して学校へいくんです……と嘘で塗り固めていくスタイルを披露した。
絶対に男だとバレてはいけない上に女だとバレてもいけない共同生活が、ここに幕を開けた。
next.
作者がさくらさんだからというつながりがあって(笑)
昔からペンギン革命という漫画が好きだったんです……そして旧サイトでも書いていたのですが再チャレンジです。
Dec 2022(加筆修正)