春をむかえに 02
初仕事は涼と事務所の先輩と一緒に、バラエティ番組に映画の宣伝に行くというものだった。事務所のランク付けとして、綾織さんをはじめとして十番までがふられたナンバーズといって、そこに入れない子たちがカラスといわれる。ちなみに涼は秘書の望月さん曰く「カラスより成績が悪いうだつのあがらないペンギン」だそうだ。確かに飛べないけど可愛いじゃんか……いや芸能界で生きていくためには飛べる翼が必要なんだろうけど……。
それはさておき、涼の初仕事だったはずなんだが、どういうわけかマネージャーの俺が『熱々バスタブピーアール』とかいうのに参加することになっていた。
その名の通り熱湯の張られたバスタブに入り、耐えた秒数を宣伝時間として利用できるというもので、涼のためなら、ひいては事務所のためなら、と一肌脱ぐのも辞さないんだけど海パンは駄目だ。性別が隠せない……。
「これ着たら女だってバレるよな……」
男だって涼にバレちゃうなー……。
涼と俺はそれぞれ違うことに悩んでぐるぐるした。
事務所の先輩であるカラスくんたちは、どうやら綾織さんと同居しているペンギンが気に食わないらしくて、意地悪のつもりで俺にしたそうだ。そこは涼にやらせるべきでは?とは思ったが俺だって涼にやらせたいわけではないのでまあいいか。
「とにかく、涼は先輩たちと一緒に参加して!さっき啖呵きったみたいに、堂々とな」
「どうすんだよ藤丸は……」
「シャツ着て出てごり押しする……!」
「は!?」
生放送だし、やったもん勝ちだろ、とサムズアップして、涼の背中をぐいぐい押した。
俺は挑戦者として少し違うタイミングでフレームインするので、涼とは別行動しなければならない。
「俺たちの初仕事、がんばろ」
最後にぽんっと背中を押して涼を追いやった。
ピーコックの宣伝タイムになると、にこにこ笑顔のカラスの先輩二人と涼が歓声を浴びながらスタジオに入っていく。そして俺は少し遅れて、挑戦者としてワイシャツと海パン姿で入場した。
案の定、司会者の芥川さんがこいつめって顔してたけど、真顔で押し通した。生放送じゃなければ追い出されていただろう。
ただし罰としてお湯は追加された。
バスタブのお湯は思った以上に熱くて、ふえええと情けなく小声で身悶えた。
俺が一番下っ端でマネージャーなのも、タレントのために身体を張るのも当たり前で、仕方のないことだから、ここが頑張り時なのだ。
涼が俺を助けてくれたみたいに、俺も涼の力になりたい。そう思って、頑張って番宣する彼らを見ていた。
ふいに、涼と目があった。彼は弾かれるようにして駆け込んできて、上半身の服を脱ぎ捨てて同じバスタブに入る。
「───、なに、やってんの……」
「藤丸、もう出ろ。あとはオレがやる!」
お湯が揺れて熱いのが悪化したとかそんなことはどうでもいい。観覧者にはともかく、バスタブの様子なんてほとんどテレビに映らないのに。
「やだよ、涼こそ、ここじゃテレビに映れないだろ!」
「いいんだ。俺たちの、初仕事はここで」
俺たちの攻防はきっと誰も気にしていないだろうけど、芥川さんが面白そうにして涼の肩にお湯をかけた。
肩までつかろうね~って鬼畜の所業である。まあそれが彼の仕事だ。
「ああ、いい湯加減で」
肌を赤くしながらも、笑ってみせるその心の強さは嫌いじゃない。
芥川さんもニヒルに笑って、カラスくんたちにまで入浴を勧める。でも彼らはそういうイレギュラーに応じることなくたじろいだ。まあそれが『普通』だ。
「はははっ。あーゆー風になる方が可愛くてオレ好きなんだよね、小物っぽいだろ?」
似たようなことを笑って言う芥川さんは、涼と俺にだけ聞こえるように、言葉を続けた。
「その点お前は見どころあるぜ」
いけるとこまで行けと背中を押してくれた芥川さんに、俺は少し嬉しくなる。
ところが生意気にも涼ったら、『案外』良い人なんて言うもんだから、俺たちはどちらかが出た途端にタイムアップということになった。
「涼、やったね……、ここで二人で頑張ろっか」
「当然!」
はなから涼を置いて出るつもりはなかったけれど。
60秒入っていられれば、さらにボーナスタイムとして60秒の番宣ができる。
そこにこそ、涼を出してやれる───。
「へっ、へへっ……カウントダウンだな、藤丸!」
「うん」
向かい合って、見つめ合いながら、ペンギンの羽根を見た。ぴこぴこ藻掻き飛ぼうとする小さなそれを、俺は気に入ってるんだ。
ぐっと噛みしめて、小さいからだで熱に耐えた。
57、58、とカウントが刻まれるなか、ゆっくり両手を伸ばす。
涼もまるで俺に吸い寄せられるみたいにこちらを見ていて、互いに手を取り合った。
「59、60秒!!おめでとうございます!前人未到の1分間達成です!!」
歓声、拍手、司会者の声を聞きながら俺は涼を抱き上げてバスタブから立ち上がる。
「わ!?」
「やったあ~」
笑いながらバスタブから足早に出る。いや本当に足が熱くてだな。
涼を床に下ろして、たらいに詰め込まれた氷を背中や胸にべちべち当てながら、芥川さんに向かって「葛城涼をヨロシクオネガイシマス」と謎の紹介をした。
見どころあると言ってくれたのと、今後のボーナスタイム出演に向けてのオネガイであった。
一瞬あっけにとられた芥川さんだったが、すぐ笑って涼をカラスの子たちの方へと追いやり、「ボーナスタイム、スタート!」と言ってくれた。
俺は再度心の中でやったあ~と思いながら氷の塊の上に座り、しょりしょりと足に氷をなすりつけた。
三人が出番を終えてスタジオからはけていくとき、俺も観覧席や出演者の人たちに頭を下げてそっとフレームアウトをしようとしたところで、涼がすっ飛んできて俺を抱き上げた。
「わ、りょ、りょう!」
俺をシャワールームにまで運ぶ間、涼は無言で、俺がどんなにおろしてと言ってもおろしてくれなかった。
もしかしてさっき抱っこしたから仕返しだろうか。
すとん、と床に置かれた後、涼はちょっと怒ったみたいな顔をして俺のシャツを脱がそうとボタンに手をかけた。
「いや待って待って待って!」
「───は、」
両手をがっちりつかんで何とか制止する。
俺は一応女の子で通ってるんだ、お前にだけは。
「わ、わるい……早く冷やそうと思って」
「口で言おうね」
まあ晒し巻いてるから、シャツは脱いでもいいかとボタンをはずした。念のため背中を向けて。
涼はその隙に隣のブースからホースを引っ張ってきたので、俺に背中から水をかけた。
「涼……今日の仕事、どうだった?」
俺も前から胸に向かって水をかけて、身体を冷やす。
「最高。頑張ってくれてありがとうな」
「涼もよく頑張りました。ありがとう」
正直な話大成功という訳ではないだろう。でも今日の涼は一歩成長したと思う。
俺自身、この仕事についてはわからないことだらけだけど、涼の頑張る姿を目の前で見ていて、もっと上手くできるようになろうと思えた。
テレビ局の中で、番組観覧者たちが帰るところに出くわし、そっと影に身をひそめる。
丁度、俺たちの出た『熱々バスタブピーアール』についてを話していた。しかも彼女、クラスメイトの落合さんじゃないか……。そういえばピーコックのファンだって言ってたっけ。
新記録がナマで観覧できてラッキーと喜んでくれているので、俺たちは鼻の下を指ですすっと擦る。
「ピーコックの葛城涼くん!これから絶対応援しちゃう!!」
今度は、落合さんの言葉を聞き、お互いに顔を見合わせて、ふるふると震える。
「一緒に入っていたのも、涼くんのマネージャーさんだっけ?すごいわよね~」
「最後、涼くんを抱き上げたところ、ドキドキしちゃった……!」
「タレント優先って感じ、素敵ね!」
まさか俺の話題にまでなるとは思わなかったけど、涼は相変わらず嬉しそうだし、なんだったら肘でういういと突いてくるくらいだ。
「ボーナスタイムの後は、今度は涼くんがマネージャーさん担いでたわよね。仲良い~」
なんて盛り上がっているので、俺たちはちょっと照れ臭くなった。
一般客の出入り口ではなく、関係者用の出入り口を探さなければ、とあちこち指さしてあたりを見回す。
「あ、深津さんだ」
その時涼がふと何かに目をとめた。誰それ、と同じ方へ視線を向けたら、二十代前半くらいの青年が通り過ぎるところだった。
ピーコックのタレントらしく、立派な羽根がある。
もちろん綺麗で、見惚れてしまうんだけど、どこか心がざわつく───そんな印象のある羽根だった。
涼は忙しそうだからと挨拶するために追いかけず、反対方向へ歩き出す。
俺は少しだけ、深津さんの後姿とその羽根を見ていた。
next.
修正前はほとんど原作と同じ展開にしてたんですが、サクラてゃんはかっこいいんだ!!と思って書き換えました。抱っこ展開。
Dec 2022(加筆修正)