Sakura-zensen


春をむかえに 03

ある休日の昼下がり、涼と二人で女装デートをしていると、俺たちの前に男が複数名俺たちの前に立ちはだかる。
どうやら、『美少女を探せ』とかいう番組のロケ中らしい。
涼は女性にしては背が高いし、何よりお顔が美人だしなあ。
とはいえそんなことでテレビに映りたくない涼は、興味なさそーな声であしらっている。
「あの、急いでいるので……」
涼の影にいた俺もひょこっと顔を出して断る。
連れがいて用事があるのだと言えば引き下がってくれないものかと。
「お友達?まーまーそんなこと言わずにさ、ちょっとだけだから」
「え、」
スタッフが俺の腕をぐっと掴んで引寄せた。
涼の影ではなく隣に並ばされて、ちょっとよろける。なんだよ、もう。
あえて驚きちょっと困ったような顔で、不愉快であることをありありと示した。
ところが俺の不快感にも気づかない男たちは「事務所とか入ってるの」なんて言いながら今なお、俺たちを放そうとしない。
この後の用事は仕事にも関わるので手を払おうとしたところ、先に涼が男の手をぱしっと叩いた。
「失礼な男!」
美人のきつい睨み顔にひるんだところで、俺は腕を抜く。
ちょうどいいので、俺も涼の行動に合わせるように、わざとぷるぷる震えて「怖い……」と呟いておく。
美女に叱られ、女の子に怖がられ、二重でショックだろうよ。
男たちは見てわかるほどに蒼褪めて、小さく謝ったかと思うとそれ以上声をかけてこなかった。まあ涼が俺を引き寄せて雑踏に入っていったから、ってのもある。

テレビ局の人もそうだけど、待ちゆく人の誰もが振り向く美女と並んで歩くのは、大変でもありちょっとした優越感。
「んふふ、役得」
「は?」
「涼子さんみたいな綺麗な子と歩けて」
「な……ふ、藤丸だってさっき引き留められてた」
「あれは連れとして映れってことだよ、ついでに」
褒められ慣れていない涼は、ぽっと顔を赤くして照れる。
学校でも有名な美女なんだけど、どうやら自覚がないらしい。
居心地が悪いのか、涼は顔をしかめて俺を見てから目を逸らした。
「それにしても、お芝居楽しみだねー」
冒頭女装デートと言ったがあれは嘘である。
今日は事務所の先輩であり、先日見かけたが声をかけずに別れた深津さんの舞台を観に来ていた。
ピーコックのスケジュール会議に参加したら社長秘書の望月さんに、勉強のために行ってきなさいといってチケットをもらったのだ。
なんでもこの深津さん、今度また主役での公演が決まっており、オーディションもあるのだとか。その他暇なタレントたちにも案内をする予定のようで、例にもれず仕事のない俺たちにも声がかかったというわけ。

観劇はもう長いことしてない。なぜなら羽根のある人がいると、うっとりしてしまうからだ。もちろん演技は観てるけども。
そして今回も、心を引き締めにかかってもついうっかり、深津さんに見入ってしまった。
胸をちょっと乱暴に掴まれるみたいな強さとか、穏やかではない部分があるんだけど、そこもまた魅力的というか、個性だ。
舞台上の深津さんは一瞬だけこっちを見たような気がしたけど、ファン心理だろうか。
そんなことを考えながら観劇を終え、いまいち回らない頭でいつまでも客席に居座ってしまいそうになるのを、慌てて立て直す。
しかし隣の涼も俺と同じくぼけーっとしていたので、お互い様みたいだ。

涼はいきいきとして、芝居の良さを語りながら劇場から出る。楽しそうにしているのを見ていると俺も楽しくなるなあ。
「深津さんって共演者のケガとか続いたりして結構大変みたいなの……なのにあんなに頑張ってるのよね」
素人としては、舞台稽古中にケガをして降板といった話を聞いたことがないわけではない。ファンからすれば残念だし心配だが、代役を立てて演じれば舞台としては成立してしまうのも事実。けど涼からすると身につまされる思いになるんだろう。

涼の深津さんトークは止まず、過去綾織さんと深津さんが共演したんだという話にまで及んだ時、複数人の男たちがニヤニヤ笑いながら俺たちに絡んできた。
「ねえねえ、君たち可愛いじゃん」
「夜の街に女の子二人じゃ危険だよ?」
行きしなに声をかけてきたテレビクルーとは、全く違う笑みと態度だ。
「……もう帰るんで」
「お構いなく」
俺たちは目も合わせず、二人で手をとりあいながら道を急ぐ。
一時的に人気のない道を歩いてしまったが、都会で人のいない場所を探す方が困難なので、すぐに往来へ出られる───と思っていた。
「つれないな───だから恨まれちゃうんだぜ」
四人いたうち一人が俺につかみかかろうとしたので避け、涼を羽交い絞めにしようとした一人の腕をねじって転ばせた。
「ぐあっ!」
背中を打ち付け、腕を痛めた苦痛に上がる悲鳴。
一瞬の出来事に、他の男たちはぽかんとしながら、俺を見てにじり寄る。
涼を背中に庇いながら三人をねめつけたけど、俺を転ばせた一人も何とか起き上がるところだったので、四人を相手にするのか……と頭で計算する。
「ふっ、藤丸……」
「下がってて」
涼は俺を女の子だと思っているので喧嘩に入ってきそうだから、よし、本気で瞬殺しよう。
身をかがめて、向こうがとびかかってくるよりも先に一発ずつお見舞いしていった。
その間わずか数秒で、男四人は怒号も悲鳴も上げる暇なくおねんねさせる。
ぱんぱん、と手を叩いて前に垂れてきた三つ編みを後ろに投げながら、ふんと息をついた。
「す、すげぇ……」
うっかり素に戻っている涼だが、俺は一応暴力をふるってしまったので、涼の手を取りすぐさま人通りの多い道へ逃げ出す。
一瞬だけ、物陰から通り過ぎる人の影が見えたが姿まではとらえられず、けれど後を引くように黒い羽根が視界の端をかすった。
───あれは。


涼は襲われかけたこと自体、大したことではないと思っているみたいだった。
まあ、初めて会った時も変な男に迫られていたしな……。その警戒心の無さがちょっと心配だけど、俺が長い目で見ていこうと思う。
気がかりなのは、襲おうとしてきた男が言った『だから恨まれる』の言葉だ。
あれは十中八九俺たちを狙ったもの。それに、現場から去っていった人にあった羽根は深津さんのものと酷似していた。
羽根自体ある人物は稀だというのに、似ているとくれば、ほぼ本人なものだけど……。

考え事をしつつ家に帰ると、涼はすっかり男気分に戻って鬘をぶん回してご機嫌に舞台の余韻に浸っていた。
「ただい……ま……、……」
俺達が帰って来てすぐに、綾織さんも帰宅して俺の姿を見て数秒黙る。
「どしたの?」
「ああ……マネージャーか。学校以外でもそんな格好しなきゃなんないのか」
綾織さんはどうやら俺の姿に見慣れてないようだ。
毎朝学校へ行くときに会ってる気がしたけど、私服が珍しいからかな。
「うん。涼子さんと出掛ける時はこっちの方が都合良いし」
「お前も大変だな」
真顔だけど、しみじみと、労わるように言われて、うっかりきゅんとする。
「あ、今日、深津さんの舞台見て来たんだー」
「そうか」
「あの人ってどんな人?」
「……さあ、オレには良くわからない。───ただ、注意した方が良い」
かつて深津さんと共演したことがあるって涼から聞いてたので、もうちょっと実のある話を聞きたかったけど、でも最後の一言で十分だった。
綾織さんはそれだけ言うと、涼のことを労うように、頭をぽんぽんしにいった。仲良しだよなー。

深津さんと実際に事務所で会ったときの印象は、にこやか、爽やか───ちょっと腹黒っぽい、ってところだ。
当然ながら涼にしか関心がないみたいで、俺のことも眼中にないみたいだったけど、挨拶して別れた後に視線を感じて振り向いた。
目があった時、すぐにニコッ!と笑ってくれたので会釈したけど、なんだか不穏だ。
そんな彼とも、事務所の先輩として付き合いはあるし、なんだったら涼の新しく決まった仕事は彼の舞台への出演だ。綾織さんの言葉と、俺の今までの引っ掛かりを鑑みて、ちょっと注意した方がいいかもしれないな。


それからしばらくして、深津さんと共演する舞台の台本をもらった。セリフを覚え、俺相手に練習している涼はとても生き生きしてた。
俺の目から見ても涼はまだ拙い演技だけど、本物の舞台で本物の役者と演技をするということは、必ず涼の経験となり糧になるだろう。
合同稽古初日は主演の深津さんが爽やかに挨拶していて、和気あいあいとした現場を作り上げていく彼は、とても魅力的だ。
演技力もさることながら、やっぱり存在感があるし、舞台を創ることに関しては熱心だ。
ついつい、涼と一緒になって深津さんの演技を見てしまうが、涼も出演者なので稽古のため別室へ移動することになる。
そこについて行こうとした俺だったけど、深津さんのマネージャーである月代さんに呼び止められて場所を変えた。
やってきたのは控室という名の空き部屋で、いくつか舞台道具などが保管されている。
そこは深津さんのために用意されている部屋らしい。ピーコックは秘密主義なのは業界でも有名なことで、ナンバーズともなれば気を使われるみたいだ。
一方俺たちはどうしているのかと月代さんに聞かれ、人の目を盗みながら着替えて速やかに帰宅していると答えた。
「やっぱり。よかったら、君たちもここ使っていいよ」
「え、そんな、いいんですか?」
思っても見なかった提案に、月代さんの顔を窺う。
ひどく影が薄い彼だけど、俺の中で深津さんは要注意だし、そのマネージャーとくれば少しは疑いもあるもので。
深津さんが使う時間帯とは違うから、ぜひ使ってと月代さんが言うものだから、俺は素直に借りることにした。
───とはいえ、甘い話には裏があるというセオリー通り、涼が着替えている最中に足音がしたと思えば、深津さんが勢いよく部屋に入ってくる。
事前に察知して、半裸の涼を舞台道具らしき家具の中に押し込み自分も隠れた。中から様子を窺うと、きょろきょろと周囲を見ているようだ。
「あれおかしーな、誰もいねーぞ」
その口ぶりからして、もちろん着替え中の涼に用があったんだと思うけど。
事務所の先輩という身内に数えられるため、涼の変装が彼に見られても問題はないはずだけど、隠れた手前出ていきにくい。
涼とは、深津さんが出ていくまで隠れていようとヒソヒソ話をしていたが、俺たちの隠れた家具のドアに手がかかるところまできた。
うーん、涼の変装がばれると思って隠れていました!でどうかな、と頭の中で言い訳を探していると、遅れて月代さんがわたわたと入ってきたことで、深津さんの動きは止まった。
「おい何やってんだ月代。あいつらいねーじゃねえか」
「あれ、おかしいな。確かにここに入ったのに……」
狭いので身を寄せ合いながら会話を聞く。
「まあいいや、ビデオ見よーぜ」
「ちょっと待って、ここにセットしといたから」
え、うそだろ、撮影されてた……?と思ったら電源が入っていなかった模様で月代さんは足蹴にされていた。カワイソ……。
「でも、どうして着替えを……?」
月代さんは自分が何のためにこんなことをしてるのかわかっていないようだった。
涼の着替えを撮ったとして、それを世間にばらされたらもちろん大問題だし、涼は事務所にはいられないかもしれない。でもその場合は身内を売る行為をしたことは明らかなわけで、さすがに社長も黙ってないだろう。
そんなリスクを負ってまで、涼の変装する姿を撮る必要って───、
「おそらくあのマネージャーは『女』だ。潰すネタに使えるにちがいねえ」
なんで???
涼が隣で、深津さんの言葉に息を呑むのが分かった。
きっと涼の中では俺が女だとバレてはいけないということと、気さくで優しい先輩だと思っていた深津さんが俺たちを潰そうとしていることで困惑しただろう。
俺はなぜ男である方が疑われる、という困惑でいっぱいだった。

二人が出ていったあと、俺たちは言葉もなく家具から這い出て、無言で帰り道を歩く。
涼は女装、俺は男装だった。
「藤丸、……オレ、負ける気ないから」
「良いね、俺そういうの好き」
しばらく黙っていた涼は考えを終えたのか、決意するように言った。

涼はその足で社長のところへ行って、藤丸とサクラは兄妹という設定で学校と事務所に登録してもらえるよう根回しをした。
俺は月代さんの後をつけ、彼の行動とついでに深津さんの行動も監視。月代さんが深津さんに言われて俺のことを色々調べるんだろうし、そこを押さえておきたかった。

次の稽古では、涼が深津さんに声をかけられてびくっとしてしまったけど、俺は平静を保ったまま振り向き挨拶した。涼はシャイで純粋なところがあるので、憧れの深津さんに声をかけられて驚いたということでいいだろう。
「がんばってるね、動きいいじゃないか」
「ありがとうございます!」
元気にお礼を言った涼は、キラキラした顔である。
打ち合わせはしておいたので、それゆえの自身満々の顔なのか。
ふいに、スタッフさんが深津さんを遠くから呼ぶので、その場を離れようとした際、ついでとばかりに深津さんは俺を見た。
「あ、そうだ藤丸くん」
「はい」
まともに話しかけられたのは初めてだな、とこっそり思う。
「君さあ、何で女なのに男のカッコウしてるの?」
「え?……ぼくは男ですが……?」
こんな短い時間に聞く内容かね、と思ったが彼なりに不意打ちのつもりだったんだろう。
涼が少し、ぎょっとしているが、なんでそんなおかしなことを聞くんだ、という風にもとれる。
「前の芝居、観に来てくれたろ?三つ編みの可愛い娘だった───」
「ああ!あれは妹です。深津さんに可愛いと言われたと知ったら喜びますよ」
「妹……?」
「あの日は外せない用事があったので、代わりに涼の付き添いをさせました。本当は観に行きたかったのですが」
「ふーん、あっそうなんだー」
「はい、すいませんでした……」
深津さんの舞台を観られなかったということで、謝罪をするが特に気にしていないようだ。白々しく、残念とはいっているが。
「悪いね勘違いしてた。そういえばそうか……女だとしたらそれはあまりに"貧乳"だね」
嫌味にもならないが、本当に女の子に言ったら大変失礼なことを抜かして、彼は去っていった。
それが深津さんの揺さぶりというものだったんだと思う。まあ俺にはなんも響いていないけど。

ちなみに月代さんは俺たちの通う学校まできて、俺の素性を探ろうとしていたが、体格の似ている子と涼子さんが一緒にいるところ見させ、写真を撮っている背後から俺が近づき声をかけた。
彼は注意力があまりない方なので、騙せるだろう。
稽古中の事故も、大道具が倒れてきたけど回避した。
控室で着替えを撮られるのも、涼が美女に変身するだけなので問題なしだ。

───だから、すべて躱せたと思っていた。

本番の、舞台上で涼が頭を殴られて倒れた。
軽く意識を失っているようで、本来なら深津さんともう一人の役者が残るだけのシーンに取り残されていた。
深津さんがアドリブで、涼の肩を揺さぶると、ゆっくりと身じろぎをして立ち上がった。
その瞬間に、舞台どころか観客席までをも包み込むくらいの、大きな羽根が広がる。あれはまさしく、涼の持つもので、強い光と、強烈な引力をもって俺を襲う。
心臓から沸騰した血が全身に駆け巡り、肌が粟立ち、涙が出てしまいそうになる。
そんなことより、涼の無事を確かめに行かなきゃと、こぶしを握って掌に爪を立てて意識を保った。
涼はやがて、我に返ったようにして深津さんの言葉に応じ、舞台袖に戻ってきた。
血が少し出ていたけど、涼はまだ出番があるからといって軽い手当だけでまた舞台に出ていき、出番をこなした。そして最後の挨拶を終えて舞台袖におぼつかない足取りで帰ってきた。
ふらりと身体が倒れてきたので、受け止めて、身体を抱え上げる。
「───すみません、医務室へ行きます」
悔しくて、声を絞り出した。
舞台の上じゃ俺の手は届かないけど、でももっと、涼を守る何かができたはずなんだ。
俺の緊迫した様子とか声に、舞台袖が一瞬静まり返る。別に誰かに向けて悪感情を向けたつもりはなかったんだけど、やっぱりどうしても、深津さんの背中ばかりが目についた。
ぴくりと身じろぎした彼が振り向く前に、視線を外して走り抜けたけど。



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サクラてゃんはかっこいいんだ!!何回もいう。
Dec 2022(加筆修正)

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