Sakura-zensen


春をむかえに 07

獣神戦隊アニマルダーの敵役オーディションは残念ながら落選となったが、審査員一人の目に留まり、違う役で採用されることになった。
やっぱり、見ててくれる人はいるんだと、二人で顔を見合わせる。
もらえた役はなんと、奈良崎さん演じるアニマルブラックの弟、『直』の役だ。
撮影現場では涼と奈良崎さんはなんとも微妙な目で見つめ合い、バチバチと対抗心を燃やしている。お、俺のために争わないで……?
さすがに演技に異変があったり、足を引っ張り合ったりする感じはないけど、俺は見ていてソワソワしてしまいます。

涼演じる直は、おとなしい少年といったタイプで、土手で拾ってきた怪我をしている子犬を獣医である兄に見てもらおうとするが、忙しそうに仕事をしているところを見て、しり込みしてしまう。
けれど兄は弟のそんな感情に気づいて、後で様子を見に来て、子犬の手当をしてくれた。
カラーの印象だとどうしてもクールになるので、素っ気ない不愛想な人に見えるが心の優しさも垣間見える。
動物なんて好きではない、と口で突き放した物言いをするところも、ぶっきらぼうな感じで魅力的だ。
監督からのカットの声がかかり、涼はほっとした様子でスタジオの隅に戻ってくる。
舞台とは違い、テレビはシーンごとに撮影されていくので、初めての俺たちには目の回るような思いだ。とはいえ、涼の出るシーンは少ないけど。
敵役になった、一緒にオーディションを受けた草野くんが声をかけてくれたので挨拶をして、ついでにアニマルピンク担当、グラビアアイドル亜来ちゃんの桃色攻撃を鑑賞する。
乳が95あるんだってよ……と男同士の大事な話に花を咲かせたのは余談だ。

物語は進み、涼演じる直が敵に攫われて助け出すための戦いが始まる。
直はゲージの中にいる子犬の怪我の経過を見ていたが、うっかり逃がしてしまう。元気に飛び出していく子犬を追いかけ、見失い茫然としたところで、敵が背後から忍び寄り、意識を奪われた。
子犬は役目を終えるとそのまま何故か俺の方へ一目散に走ってきたので、思わず手を差し出して小さな毛玉を捕まえる。
「なんだいお前、俺が好きか?」
犬係のスタッフが、子犬を呼ぶために手にしていたオモチャやおやつもよそに、俺の手にキャッキャとじゃれついてくるので、身体を丸めたり開いたりして遊んでやる。
いつのまにか隣に立っていた奈良崎さんとほかの俳優さんたちも、もみくちゃにされて嬉しそうにしている子犬を見て和んでいる風だったので騒がなければ怒られないだろう。
「元気だねえ」
子犬を褒めてやりつつ、奈良崎さんに同意を求めると、小さく笑ってくれた。
一方、涼は演技を終えて監督からOKをもらったところで、草野くんと共にこちらへやってくる。一瞬俺の隣にいる奈良崎さんを見るけど、今度は奈良崎さんのシーンとなるので特にやり取りもなくすれ違うことになった。

───そして、殺気がスタジオに走る。
演技だけど、明確な怒りの感情が、ぴりりと俺の肌を撫でた。思わず胸が動くみたいな、臨場感。
奈良崎さんは、弟を攫われたとする手紙を見て、静かに怒りの演技をしていた。
カメラも、監督も、緊張感をもって撮影に臨んでいる。
けど、その殺気を子犬は明確に受け取った。小さくても獣で、弱い生き物だ。キュウキュウと鼻を鳴らして暴れだし、俺の顔にべちゃっとしがみついてきた。
「わ、大丈夫か?」
「~~~~~」
「ふっ、藤丸っ……」
犬の腹に顔をうずめたままだが、一応なんとか呼吸は出来る。草野くんと涼がわたわたと俺から犬をはがそうとしてくれるので、おとなしく両手を離して待機した。
監督には犬が騒がしいと怒られてしまったけど。
「あぷっ、ぷえ」
子犬と共に眼鏡が外れる。おまけに口に毛がちょっと入ったので、唇と舌をもじもじ動かした。
「───藤丸、やっぱり奈良崎さんはすごいな」
「ん、うん」
俺を心配しつつ、眼鏡をキャッチして預かっててくれた涼はそれを返してくれながら、奈良崎さんを見ていた。
涼の心は綺麗で、柔軟だ。さっきまでバチバチ睨み合ってたのも忘れて、素直に賞賛し、憧れを抱く。
だからきっと、涼はもっと美しくなれる。


涼のスタジオでの撮影は終わり、あとは外のロケ地での撮影となった。
何となく既視感のある絶壁を見て、色々な戦隊もので爆発されていそうな場所だなという感想を抱く。例にもれず、これから戦隊もので爆発します。
「やあ藤丸くん」
「奈良崎さん」
涼がリハのためその場を離れると、見計らってたかのように奈良崎さんに声をかけられた。
「最近家に帰っていないだろう、大変な用事だな。疲れているのではないか?」
「あ、ああ……家には帰れていませんが、休みはとれていますよ」
いまだにマンションの横でキャンプしている彼は、毎朝のようにサクラとジョギングをしているけれど、俺は外出しているとして一切会ってない。
なんだか、素直に信じてくれたのかと思うと申し訳ない。
……でもそれ、ナチュラルにストーカー発言なんだよなあ、気づいてほしい。
「そういえば、妹に聞きました。テントで暮らしていると。奈良崎さんこそお疲れなんじゃないですか」
やんわりと早う帰れと促したが、慣れていると言われてしまう。気づいてくれ。
「いや慣れている。年に何度か山籠もりをするからな。───その際に、妹ぎみに出逢った」
「ああ……あの頃父の仕事の関係で色々ありまして」
「今度一緒に行く約束をしているんだがいいだろうか?事後報告になってすまない」
「ぼくに許可を取る必要はないですよ、自分で判断できますし。妹をどうぞよろしくお願いします」
あ、これなんか変な響きかもしれない。
ぱあっと嬉しそうな顔をした奈良崎さんに、訂正を入れようかと考える。
「君が自分のマネージャーになった暁には、三人で」
「奈〜〜良崎さん!見っけ」
ところがアニマルピンクの亜来ちゃんが、奈良崎さんに突撃してくれたことにより会話は回避した。


撮影は順調に進んでいた。
崖の上には敵が弟の直を人質に取り、ブラックを痛めつける。
しかし兄のそんな様子を見て弟が命を自ら断とうとしたところで、アニマルダーの仲間たちが到着して、大暴れからの大円団───となるはずだった。

バァンッ……!!!

頭を突き抜けるような爆発音と、目を焼くような大きな火、離れた場所にいる俺にもわかる、熱風と火薬の匂い。
予想だにしていなかった爆発の規模に、事故だと察知する。
監督が爆破のシーンじゃないだろう、と糾弾しているのを聞きながら崖を駆け上がろうとして、奈良崎さんに止められた。
「自分が見てくる、君はここで待機して指示に従ってくれ」
消火器や救急箱が必要になるかもしれないので、奈良崎さんの言葉に頷き、下でスタッフさんたちのやり取りも確認する。
火薬の分量と立ち位置的には問題がないはずで、どうやら上のカメラも生きているようでモニターが切り替わる。
奈良崎さんはその隙に崖を駆け上がっていき、すでに上についたところだった。

モニタには、地面に倒れた涼の姿が映し出される。
さっきまでの声からすると、爆発の音や風に驚いただけみたいだったけど、涼の容体はどうなんだろう。
飛び出していくにも状況がわからず、奈良崎さんが涼の身体を揺さぶるのをじっと見た。
『葛城!!』
『……ん』
涼の小さなうめき声がマイクを通して聞こえる。ほっと安堵したのも束の間で、モニタ越しに、そして崖の上で大きな羽根が広がる。
『兄さん……』
柔らかく微笑んだ涼の顔は、ぼんやりとしていたが、安堵と、慈愛のこもった微笑みを浮かべている。まだ涼の中では自分が直のままなんだろう。
極限状態である涼に残された意識が、"演技をする"ことだったのか。
『……直、大丈夫かしっかりしろ』
『……兄さんこそ、よかった無事で……』
ふにゃっと笑う涼は、その後もスタッフさんたちが崖の上につくまで演技を続けた。


涼のあの大きな羽根はやっぱり、本物だ。まぐれじゃないし、涼の持つ才能なんだろう。
普段はうまく力の使い方がわからず、発揮できていない。頭を強くぶたれた時と、爆風で脳震盪を起こした時。どっちも強い衝撃が加わって意識が朦朧としている中で引き出されたもの。
一種のフロー状態にも近いかもしれない。だとしたら、訓練をして使えるようになれば、涼は躍進を遂げるだろう。
黙々と晩御飯を作りながら、そんな考え事をしていた俺は雨が降ってきたことでようやく意識が逸れる。
涼も収録の時は晴れてて良かったと笑っていて、そんな話をしていたら綾織さんが帰宅してずぶ濡れのままリビングに来た。
「腹減った」
「それより先フロだフロ!!」
「……メシ……」
「ちょっと我慢!」
俺と涼とで綾織さんを風呂場においやると、仕方なく諦めたようだ。
涼は綾織さんが濡らした廊下を拭いてくれて、俺は晩御飯の準備を進める。
暫くしてまた涼が「綾!」と叱っている声がするのでなんだろうと思って廊下を見ると、あろうことか綾織さんは惜しげもなく肌を晒して歩いていた。大事なところはタオルを巻いているけど。
「綾織さん服は?」
「持ってくるの忘れた」
「ごめん、風呂場につっこんじゃったしね」
「オレがとってくるから、綾は脱衣所にいろ!」
涼は廊下の掃除もそこそこに部屋に走っていった。俺にあられもない格好を見せるなと言いたいのかもしれないがもう、手遅れだし慣れてるし。
綾織さんは、どうせ着替えて飯食うし、とでも思ってるのか、ゆっくりぺたぺた歩いて涼の後に続く。
廊下ですれ違ったとき、頭からもぽたぽた水滴を垂らし、身体もまだしっとり水気を残していた。
俺は涼とは逆に洗面所に向かって大きなタオルをとってきて、「フラフラすんな!」と怒られている綾織さんを後ろからタオルで包んで抱きしめた。
「こーら!身体ちゃんと拭く!」
「!!!」
びくっとタオルの中の身体が驚いた。
涼も俺の行動にぽかんとしている。
「子供じゃないんだからー」
あたかも子供にするみたいにぎゅっとしたけど、図体はデカイので、あまりいい画にはなってないだろう。柔軟剤のCMみたいにはいかないね。
すると口元が少し笑った綾織さんが俺の頭を撫で、その後着替えを持ってきた涼の頭も撫でた。
子ども扱いしてるのはこっちなんだが……?


奈良崎さん相変わらず、広い意味での隣人だ。
以前会った時、遠回しにお帰りになってと伝えたけど、もちろん伝わっていなかった。社長に相談してみた方がいいいかしら……でも告げ口みたいかな、迷惑ってわけじゃなくて心配なだけだしな。と色々考えつつも、やっぱり俺はいてもたってもいられずに、奈良崎さんに会いに行った。

人気がないからなのか、奈良崎さんは特に変装もしておらず、素振りをしていた。
俺が鬘と眼鏡のスーツ姿で顔をだすと、途端に嬉しそうにして近づいてくる。
まあ、サクラで朝会うときも、こんな感じではあるのだけど。
「どうしたんだい、君の方から来るなんて?そうか、とうとう決心が……」
「いえ、きちんとお断りしようと思ってきました。……最初から断ってるけど」
ぼそりと付け足しつつ、木刀で攻撃をしかけてくる奈良崎さんを躱す。
「ぼくは涼のマネージャーになるためにピーコックに来ました。涼の夢を手伝うためです」
きょとんとした顔をしながらも、攻撃は止まない。人の話聞いてます?
「涼には才能があります。ぼくは彼に、───惚れているんです」
「……そうか。相手にとって不足はないと言う事だな」
あれ?やっぱり通じてない……な。

とうとう社長に相談することになりそうだな、と思ったのはたまたま社長に呼び出されたからだ。
業界のやり手と評される大人の意見を聞きたいし、なんだったら奈良崎さんにマネージャーがいない今手綱を握るのは社長の仕事である。
仕事に支障を来す前に、俺は涼のマネージャーなんだゾってちゃんと言って欲しい。

「藤丸くん、君……奈良崎譲のマネージャーになりなさい」

え????




next.

子犬ちゃん愛でるシーンと綾織さんをタオルで包むとこ加筆しました。重要()なので。
Dec 2022(加筆修正)

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