Sakura-zensen


春をむかえに 08

この仕事は、涼が誘ってくれたとはいえ、雇用主は社長だ。
その社長がやりなさいと言えば、基本的には拒むことはできない。もちろん断る権利はあるのだろうけどさ。
「ぼくでは力不足ですか」
「んー?ペンギンよりナンバーズのマネージャーを担当させるってことは、君の力を評価しているととらないか?」
「涼は、今でこそペンギンですが素質は誰よりあります。社長もお分かりの筈です」
「そうとるか、ふむ」
社長は少し目を見開いてから、煙を吐き出し、困った顔をした。
涼が彼と親子関係であるとか、綾織さんとの関係とかを俺に教えてくれたのも、俺と涼のコンビを認めてくれたのだと思っている。
この短期間で、社長の色々な思惑とか性格をなんとなく見ていて思うのが、けして俺と涼が悪いからというわけではないこと。より面白く、より良くするために、仕掛けているということ。
「ぼくは稀に、涼の背に大きな羽根をみるんです」
「……羽根ねえ」
「普段は空も飛べない小さなそれが藻掻いているけど、意識の奥底に金の卵を抱いてる───それを孵す、手伝いがしたい」
再び煙草をくわえてゆっくりと肺に吸い込んだものを、煙として吐き出す。周囲の雰囲気を吞むようなそれに、俺は少しだけ警戒する。
「やっぱり、良い目をしてる」
「へ?」
「オレはね、藤丸くんの事をとても評価している。それは違わない」
「……ありがとうございます」
「だからこそ、涼だけを任せるのは勿体ないと思ってな」
「経験をつめ……と?」
「ありていに言うとそうだな。それに君こそもっと、奥底に強い光を持っている」
どういう意味だろう。
「俺はそんな君が見たいと思ってね。涼だってそうだ。互いに離れてみて、研磨するのも一つの道じゃないか?」
「……涼は誰とでも頑張れます、自分で立てる人だから。でもぼくは……涼とでなければ、この道は走れない」
「───少し、考えておこう。また呼ぶ」
「あ、ありがとうございます。では、失礼します」
俺は、ぽへえとした顔で廊下に出た。奈良崎さんに一度すれ違ったが、忙しいようですぐに別れ、その後なんか強面の人に絡まれた。足をかけるという下手な事をしてきたのでひょっと避けて帰ろうと思ったが、呼び止められてしまった。
ものすごい敵意だけは感じるんだけど、……奈良崎さんの方が強そう。
「いい気なもんだな、ナンバーズを手玉に取って」
「?」
首をかしげると、顎をくっと掴まれた。
「奈良崎譲もこんなのが好みとはな……趣味が悪いぜ」
「なんのことでしょう?」
「……おめー、奈良崎のマネージャーになんの断ってんだろ?」
「はい」
情報漏れるの早すぎない?
焦らしてるって言われたけど、断ったっつってんだろ。
「お前の担当してる葛城涼だっけ?新しいマネージャーつくって聞いたぜ」
嫉妬かな、放っておこうと思ったが、涼につくベテランマネージャーの話に足を止める。
社長はああいってくれたけど、俺の存在ってこんなもんか。
確かに俺って、マネージャーより奈良崎さんの付き人のが似合うのかもしれない。修行にも付き合えるし、鍛錬だって出来る。奈良崎さんなら仕事は勝手に入ってくるだろうし、俺は彼の代わりに雑務をこなせば良いんだもん。
そしたら学費もきっとあっという間に貯められて、楽ではあるんだろう……、でも。
「───何の話だ?」
「あ、涼……」
涼がやってきて会話を止めてくれたはいいが、俺に絡んで来た金田さんの担当タレント、小日向さんまでもが登場し、俺たちを煽りに煽る。
彼にとって俺は、ナンバーズに取り入って、自分のタレント投げ出したヤツ、だそうで。
そんな見え方してるのは非常に腹立たしい。涼もカッとなって小日向さんに掴みかかろうとする。
「やめろ、涼」
俺は低い声で涼を止めた。
本当は涼に怒ってるんじゃない。ただ、自分の至らなさとか、ままならない人間関係とか、とにかく八つ当たりだった。
金田さんも小日向さんも、俺の声にビクっとしたので、にじみ出てはいたんだろう。別にこの人たちにも怒りを向けるつもりはないんだが。
「ふじ───っ」
涼がひるんで俺を振り向いた後ろで、小日向さんが腕を振り上げた。
それが涼に当たる前に、顔を差し出す。いつか、初めて会った日に涼子さんが庇ってくれたみたいに。
鼻血が出ると面倒だし、当たると見せかけて顔を逸らして身体をよろけさせると、遠心力で眼鏡がとんでった。
「テメェ!!」
「要!」
「どうどう、いいから」
さすがに自分のタレントが暴行を加えたので、金田さんも肝を冷やしただろう。
涼はブン殴ってやると言いたげにフーフー息を吐いていたが、俺に首根っこ掴まれて距離をとらされたので、あくまで臨戦態勢だ。
「べつに、虫がいたから払っただけじゃん?そっちが顔突っ込んできたんだろ」
小日向さんは下っ端マネージャーがタレントに一発殴られた程度、問題にはならないと思っているようだ。まったくもって、その通りになってしまうことは俺でもわかっている。
「ええ、ぼくの不注意で顔を出してしまいました。申し訳ございません」
にこっと笑って、小日向さんの手を労わるふりをした取った。
「手、大丈夫でした?涼にも当たらなくて本当によかった」
「へえ~、俺だけじゃなくまだペンギンにも媚売れるんだ?スゴいね」
「涼のマネージャーですから」
握りこぶしを上からそっと包み込んで、ほんの少し力を籠める。少しでも痛いって思わせると、騒がれてしまうから、あくまで意識が行く程度にして。
けれど何よりも、殺気を込めた目と声を、肌に纏わせる。さすがに涼に手を出そうとしたなら俺だって怒るので、これははっきりと脅しだ。
小日向さんと金田さんは、得も言われぬ雰囲気を感じ取ったのか、俺から距離をとって逃げていった。
フン、たわいもないわ。
ちょっとガラ悪くべっと舌を出してたら、涼ががしっと俺の顔を掴んだ。
「大丈夫か!?」
「うまく往なした、へーき」
涼の手から逃れて眼鏡を拾いに行って歪んでいないかを確認する。けれどそんな俺の腕は捕まれ、社長室に勢いよく連れていかれる。
「どういうことだよ社長!」
バンッと音を立て、ノックもなし入室───下っ端タレントにあるまじき態度のデカさ。
マネージャーとして今後指導する要項に加えます……。
「ん?なんだ、『また』が早すぎないか藤丸くん」
「ハハハ……しばらく社長とは距離を置くはずが……」
「そう寂しいこと言いなさんな~」
楽しそー。
涼は熱くなってるのか、威嚇するみたいににらみつけている。
「涼、頭はクールに、心はホットにいこう」
「藤丸……?」
ソファに涼と並んで座る。なにやら社長は、次回聞くっていうのを今回に繰り上げてしまったみたいで、考える時間が消失した。
呼ばれてきたわけじゃないけど、そもそも呼ばれてもいないのに社長室に押しかけるものではない。
元々涼に違うマネージャーを手配しているくらいだから、さほど時間をおくつもりはなかっただろうしな。
この後はレッスンを控えているので、プレゼンは手短にいかなければ。
「なにも社長は、俺と涼を力不足だと認識して引き離そうとしてるわけじゃない」
「もちろんだ」
「でも!じゃあなんで……!」
「なら俺たちが最高だって思わせるしかないでしょ」
「───おう!」
「社長、涼と今一度、仕事をするチャンスをください。そこでご判断いただきたいのです」
「お願いします!!」
二人で立ち上がり、頭をぶんっと下げる。
社長としては、及第点のお願いになるだろう。
俺はさっき、金の卵を孵したいといった。だからその機会を作ってもらうしか、俺たちにとれる方法はない。
そして社長には、俺と涼が組んでいることの有用性を、認めてもらう。
「なら、"賞"とってこい」
「"賞"───?」
にやりと笑った社長に、聞き返す。
上半期若獅子賞というのがあるらしく、名前からして若手を対象としたものだろう。そこでペンギンである涼が賞をとれたなら、俺たちは今後も仕事ができるという拍がつく。
「一応聞くが、もし獲れなかったら藤丸くんは奈良崎譲のマネージャーに」
「なりません」
「は……?」
涼がぽかんとした顔で俺を見た。
社長は半ばわかり切っていた回答に、にやりと笑った。
「それが、何を意味するか分かって言ってるな?」
「はい、後ほど辞表をお持ちしますので、預かっておいてください」
「藤丸!!」
涼が俺の肩をぐっと引いて、顔をみてくる。
「涼、これは───喧嘩なんだよ」
は?と社長と涼が首を傾げた。
別に社長は俺に喧嘩を吹っかけてきたわけじゃないが。
「結果も出せず、この状況でそれぞれ綿貫さんと奈良崎さんと組む───そんなの、プライドが許さない」
「───!」
「ナンバーズに取り入って、自分のタレント投げ出したヤツに、俺はなりたくないんだよ」
「藤丸……実はさっき、めちゃくちゃ怒ってたんだな」
「なるほど……こりゃあ心はホット、だな」
親子そろって俺の、感情むき出しのオーラに少々引いていた。


レッスンに行った涼と違い、俺は事務処理や仕事探しなどをいくつかすれば今日の予定は終わりなので夕食を作るため先に家に帰った。
そして料理中に綾織さんが帰ってきたので、廊下の方に顔を出す。
「おかえりー」
「ただいま、腹へった」
いつものやり取りに、ちょっと笑った。
綾織さんはなぜ俺が笑ったのかと首を傾げる。
「……今日の飯なに」
「ハンバーグ」
「!」
ぱっとお花が飛ぶような光景が見える。おかしいな、俺は羽根以外にも見えるようになったかな。
まあたしかに、ハンバーグが嫌いな男は存在しない。俺統計だけど。
「中にチーズ入れたんだ~、今なら丁度食べごろだよ」
「涼は?」
「帰ってきたときに温めなおせばすぐ食べられる」
「せっかくだから、出来立てもらう」
「じゃ、準備しとく」
部屋のドアがぱたんとしまったので、俺も再びキッチンに戻してフライパンで火加減を見る。
こうして男三人分、たまにがっつり、でもなるべく健康志向の食事を作るっていうのも、最近できたばかりの習慣だ。
綾織さんはすぐにいつものスタイルになってリビングに顔を出し、ご飯をよそいに、ちょこちょこキッチンへ入ってきた。そして山盛りご飯をシャモジでぺちぺち叩く。
「マネージャーは?」
「普通盛り一杯でおねがいー」
「ん」
ハンバーグと付け合わせをお皿に盛りながら、綾織さんに俺の分のご飯を依頼する。
お箸とか飲み物とかを準備してくれるのは、いつもは涼がよくやることだけど綾織さんだってできるわけで───そういえば、二人でご飯食べるのって初めてかも。
「美味い───いつもありがとうな」
いただきますと言った後に一口食べた綾織さんは、小さく微笑んだ。
「……きょう……母の日?」
思わず振り向き、カレンダーを探す。
「母親じゃないだろ」
ふっと笑われて、自分でも何言ってるんだろうと笑う。
「でもそうだな、いつも涼だけじゃなくてオレにまで作ってくれるから、母親みたいだな」
「せっかくだから、一緒にごはん食べたいじゃん」
「ああ、感謝してるんだ」
「こちらこそありがとう───この家に来てから、一人で食べることがあっても、全然寂しくないんだ」
綾織さんは食事をとる手を一瞬だけ止めた。
「そうか」
「前も別に寂しいと思ってたわけじゃないけど、一人が当たり前だったしね」
「たしか父親と住んでたんじゃなかったのか」
「ほとんど仕事に出ていたかな、あの人、嵐みたいなんで……」
親父が事業に失敗してすべてを失ったという話はしているが、綾織さんとしてはいまいち想像できていなかった俺の今までの暮らし。
「家があって一緒に暮らす人がいる生活は、やっぱりどこかほっとするんだよねー」
遠い未来で安定した自分の生活を想像するよりも、今はこの、涼と綾織さんとの生活が続けばいいのにとばかり考えた。
綾織さんも幼いころご家族を事故で亡くしたそうだから、きっと思うことはあるんだろう。
羽根がふわりと滲むように見えて、その感情の機微を見ぬふりして夕食をとる。
はやく涼、帰ってこないかな。無性に三人でいたくなった。



next.

修正前と原作と一番展開変えたのこの話だと思います。
サクラてゃんはカッコイイんだ!を合言葉に。
Dec 2022(加筆修正)

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