Sakura-zensen


春をむかえに 10

アニマルダーでの演技が功を奏し、若獅子賞にノミネートされ、ドラマ部門新人賞で異例の二人目として涼が受賞。同じくノミネートされていたカラスの小日向さんには嫉妬からからイヂワルをされていたけど、精神力とカリスマ力で周囲を魅了してみせた。
まだまだ涼は、テンパって気をやることの方が多いみたいなので、これからも、要訓練だということだ。

なお俺は関係者席で金田さんと一緒になってしまったので終始あたりがきつかったし、なんだったらトイレに呼び出されて、勢いよく怒鳴りつけられた。
奈良崎さんとのことが気に喰わないのはわかっている。おそらく彼は過去奈良崎さんのマネージャーだったか、なりたかったかのどちらかだ。
あの人に選ばれなかった、ついていけなかったとして、俺を責めるのはお門違いだとは思いつつ、奈良崎さんのマネージャーとなるのに必要な資質にはちょっと疑問を抱いている。
「奈良崎さんはそもそも、マネージャーとしてぼくを欲しがってるわけではないと思いますがね」
「ハア!?」
「だって山籠もりに誘われましたもん」
「あ?ああ……」
身に覚えでもあるのか、若干蒼褪め、そして白けた顔になる金田さん。
「それはマネージャーの仕事じゃないと思うんですよ」
「……だよな!?」
思うに、一風変わったお人なので、実力者を近くに置きたい、丁度いいのがマネージャーという役職だっただけ。例えば俺がこの仕事をしていなくて、山籠もりの友達みたいになっていたらきっと、仕事の管理はまあ有能な人間に任せるか……とか思っていたんじゃないかな。
「ま、担当タレントが望むなら、マネジメントするのが仕事でしょうが……それこそ山籠もりできる人を別途用意するのが妥当かと」
「ああ……たしかに……」
金田さんは俺と同調できたようですっきりでもしたのか、少し息が上がりながらも、もう怒鳴ってこなくなった。落ち着けたようでなによりだ。
「それに、ぼくは涼のマネージャーとして、金田さんは小日向さんのマネージャーとして、一番お似合いだと思うんです」
「───その通りだな」
トイレとはいえ結構だらだら会話をしていた俺たちの間に、声がかかる。
おひげをそって身綺麗にした社長である。彼は金田さんに連れ出された時から俺たちの話を聞いてた。
社長がピーコックは実力主義、と言ったのは俺にコネがないことの証明と、今後賞をとった実力者の俺に敬意を払い乗り越えろという発破なのか、わからんが多分両方だろう。
そして小日向さんが会場のどこかでショゲてるので潰すなよと助言した。

金田さんは案の定過去奈良崎さんとイロイロあって、一方的に蟠りを残したままだったようだ。
当たらないでくださーいとも思うが、すべて仕事と割り切れないのが人間てもの。社長に肩をすくめて、呑み込むことにした。
「藤丸くん、受賞おめでとう。これからもよろしく頼むよ」
「こちらこそありがとうございます。……まだ涼と夢が見られて嬉しいです」
「君は……君の夢は、何だったか」
差し出された手をきゅっと握って、軽く振る。
大人の男の人の手だなと味わいながら、社長の問いかけに何度かまばたきをする。
「将来は医者を目指していますね」
「立派な夢だ」
そういわれて、少し肩をすくめた。
医者になるというのはなんというか、癖みたいなもので、経験上の志でもある。
やりがいも、向上心もあれば、努力を怠るつもりはない。でも多分、世間一般で言う『夢』とは違うような気がしてた。
褒めてくれた社長に、謙遜することはないかとお礼を言って会場に戻ると、綾織さんが映画部門の助演男優賞を受賞して、大きな大きな羽根を、会場いっぱいに広げていた。
涼の可能性もすごいけど、綾織さんの力はやっぱりすごい。
一緒に暮らすようになって、少しずつ慣れてきたその存在感は、やっぱりここへ来ても俺の目を焼くように光り、心を震わせた。
涼や綾織さんの羽根に触れてから、俺の価値観は少し感化されて───夢を見るって、こういうことだと思うのだ。



涼の授賞式の記事をママ心でスクラップしていると、綾織さんのも必ずと言っていい程出てくるので一緒にまとめていたら、綾織さん本人に見つかった。きゃあママ恥ずかしい……。
「お前は涼のマネージャーだろ?なんでオレの記事まで大事に残してんだ?」
その理由を問うのは、あまりにも不器用すぎないかと苦笑する。
「一緒に暮らして、ご飯食べてくれる人のこと、大事にして応援したらいけない?」
「……いけなくない」
スクラップのファイルを閉じた綾織さんの手から、それをゆっくり取り去る。
「それにほら、ここでの暮らしの、思い出になるかなって」
「思い出……」
俺がママだぞ、なんて愛着がわいてるけど、この暮らしがそう長くないことは理解している。
涼の仕事が少しずつ増えて、俺のお給料も比例してた。もちろんまだ学費には足りないけれど、永遠にここにいるとは思ってなかった。
「!」
このふわふわ頭も、今しか触れないなと、綾織さんの頭を撫でる。
彼は結構頭を撫でる癖でもあるのか、涼や俺をぽんぽんするので、たまにはし返しても良いだろう。
んふふ、なんてちょっと笑い声出ちゃってキモイかもしれないけど、綾織さんは胡坐かいて座っていた背中を丸めてじいっと耐えていた。
「そういえば今夜の───」
「、」
頭を撫でていた俺はぐらりと傾く綾織さんの身体を抱きとめた。
「ね、寝ている……だと」
すやすや吐息が鎖骨らへんに当たるし、この力の抜けた感じからして絶対そうだ。
意図せず指圧マッサージしてしまったのか、綾織さんが相当疲れてるのか、もしくは赤ちゃんなのか。
肩を支えていた手からゆっくり力を抜いて、体重を受け入れながら腰と太ももを抱きしめて、少し身体を浮かせる。
今日は若獅子賞の祝賀会で、会社の関係者のみで軽くやるってことだったので、綾織さんと俺と涼は事務所に呼ばれていたのだけど、まあ、それまでは寝かせてやるかとソファに腰掛ける。

「ただいま、なあ藤丸、奈良崎っていつまで───あ?」
「おかえり」
「なにやってんの」
俺の膝に頭を預けて寝ている綾織さんを、思う存分堪能していると涼が学校から帰ってきた。生徒会の仕事だったみたいだけど、そういえば会長はここで寝ているな……。
「寝ちゃって」
「だからってなんでそこなんだよ」
「撫でたかったから……?綾ちゃんおっきしな~」
ふざけて赤ちゃん言葉をかけ、肩を揺さぶると綾織さんは意識を取り戻し、ガバッと起き上がった。
眼鏡を外してるから視界は不明瞭なままだろうけど、多分膝の上で寝ていたことはわかっているみたい。あとは涼の地を這うような「おはよう」の声で、帰宅に気づいただろう。
綾織さんに眼鏡を手渡すと、戸惑いながら受け取りつける。
「オレ、いつの間に寝てたんだ?」
「頭を撫でたら寝たよ」
俺と涼を見比べながら、不思議そうにしていたので答えたら、涼も綾織さんも言葉を失った。
「あはは、涼だってマッサージされた後寝るでしょうが」
俺が手をわきわきと動かすと、涼はあっと声を上げる。
ストレッチとマッサージしてるとうっとり眠りに落ちるので、身に覚えがあっただろう。
二人を見事寝落ちさせた俺なので、職に困ったらマッサージ屋さんでもやるかな……なんて呟きながらソファから立ち上がる。
「夜ご飯は祝賀会だからね、皆そろそろ準備をしよ」
「あ、そーだった」
涼は慌てて制服と鬘を置きに部屋にバタバタ戻ってく。
「綾織さんは軽くなにか食べておく?」
「ああ、もう腹減ったけど、なんかあるのか?」
「ごはんあるから、おむすびでもよければ」
「食べたい」
過去何度も受賞して祝賀会などに慣れてる当人も、そこでの食事はさほど期待していないようで、俺の提案にのっておむすび握るのを隣でじっと見ていた。小さい子かな?


祝賀会の会場へ行くため、俺と涼は社長に見立ててもらったスーツを着て二人で事務所のロビーにいた。迎えの車がくるまで待機なのだ。
ちなみに綾織さんはマネージャー二人と共に来るそうなので別行動している。
同居人で家族同然とはいえ、仕事の場においては綾織さんと涼はあまり行動を共にしないから当然ともいえるだろう。
「そういえば、涼、奈良崎さんがなんだって?」
ふと、涼が学校から帰ってきたときのことを思い出して名前を出せば、反射的に顔がゆがむ。
自分で何か言ってたのに、不機嫌にならないでください。
「ああ……あいつ、いつまでいるんだろうなって」
「さあ?でも近々山籠もりに行くから一度は離れると思うよ」
「なんでお前がそんなこと知ってんだ?───まさか、行くのか?」
「さすがに断りました!」
慌てて涼に言い返す。
実は今回誘われた時、社長からも奈良崎さんと山籠もりにいく許可は出ていた。なぜかって、俺が金田さんにマネージャーの仕事と山籠もりの付き添いは別物だと思うぜ、とプレゼンしたからだ。
つまり、サクラとして奈良崎さんの鍛錬欲を満たせたならば、違う人がマネージャーにつくこともいとわなくなるのではないかという目論見。
でも、断ったのだ。
「涼はこれから仕事が増えるんだから、山籠もりなんてしてる場合じゃないの!」
声を抑えつつも強く言うと、涼は驚きと安堵と照れたような顔になる。
「サクラとしても涼を鍛えてるわけだし、社長にも言ったんだけど……」
「だけど?」
「そしたら、タレントに向けて、身体能力向上のためのレッスン……頼まれた……」
涼は背景に宇宙を背負い、俺も遠い目をした。
そうして二人で考え込んでいると、敏腕マネージャーと噂の綿貫さんが挨拶に来てくれる。彼は俺が奈良崎さんのマネージャーとなった場合の涼のマネージャーで、新人をいいとこまで押し上げるやり手と言われていた人だ。
「若獅子賞新人賞、おめでとう」
「……ありがとうございます」
涼は綿貫さんに対して俺を背に庇う。身体は大きくて強そうだけれど、佇まいがもう優しくて穏やかだから、そう警戒しなくていいのに。
きっと涼は、俺が小日向さんと金田さんにきつく当たられ、ぶたれたことを警戒しているんだろうな。
「まあそんな用心せんでええ、あんたに関してはワシはお役御免じゃけえ」
噂の通りであれば、確かに涼はもう彼の手を必要としない評価を得た。マネージャーになれなかったのは惜しいが、と言ってくれるくらいに、彼も涼の力を認めてくれたってことだ。
「うん、あんたはええマネージャーじゃ」
大きな手が伸びてきたので、避けずに撫でられた。
「注目されるっちゅうことはそれだけ敵も増えるちゅうことじゃけえ、社内も世間も味方だけじゃない」
「……はい」
小日向さんの揶揄とか、金田さんの嫉妬だって、まだまだ可愛い方だった。
特に世間の目は、俺と涼を翻弄するだろう。
「あんたが涼の味方になるんじゃ、大事な手は離したらいけんよ」
この業界に身を置いて長いであろう先輩の、厳しくも優しい激励に姿勢を正す。
去っていくその後姿をじっと眺めていると、涼が手を差し出してきた。改めてこれからもよろしくという握手だったので、そうっと握る。
今までも結構手に触れてきたけど、こうしてみると、涼の手はまだ柔らかくて、細くて、でも男の子だなという手だ。
俺の手は女の子というには柔らかくないだろうし、なんだったら硬いところがあるんだけどまだ小さい。
「離さないよ、涼」
「え」
「だから、───体術のレッスンもがんばる」
涼としてはどうしてそうなった、と言いたげな顔だったけど、俺たちはその後車に乗り込み祝賀会の会場のホテルへ行くことになり話は保留になった。



next.

綾織さんも赤ちゃんだから……。
Dec 2022(加筆修正)

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