春をむかえに 12
社長はかつて、安岡プロでマネージャーをやっていたそうだ。その時出会ってスカウトした女性が丘よう子さん。人混みの中すれ違う、野暮ったい格好をしている少女から美しい光が放たれていて、自身の『見る目』を実感したそうだ。これが、スターになる証であるのだと。
俺がかつて言った、羽根を見ると似た感覚で、やはり社長にもそういう感覚があったらしい。お互いになんとなく共感できる部分があった。
「昔、丘よう子さんの舞台を観に行ったことがあります───その時、会場を覆いつくすくらいの大きくて美しい羽根を見た。思えば、涼と似ていました」
「やはりそうか。さすが、親子だな」
「社長の奥さんだったんですね……彼女」
「秘密だけどな」
丘よう子さんは当初安岡プロで、うだつの上がらないタレントとして終わるところを、納得いかなかった社長が連れて独立。ピーコックを立ち上げ大女優へと躍進。
若獅子賞の受賞だって、俺が見た限りではなく、8年連続で受賞しているほどの人だ。
つまり、安岡プロは丘よう子さんを逃した後悔と嫉妬を変えて恨みを持ってる……ということになる。
「……これで涼に接触してきた理由もなんとなくわかりましたが」
「オレもやられっぱなしは好きじゃないんでね、君には涼と綾をできる限り見ていてもらえたら助かるよ」
「それはもちろんです。ほかにも、なにか出来ることがあれば言ってください」
「おう、ありがとなー」
そういって、社長は俺の頭をぽふぽふ撫でて、解放した。
この事務所入ってから、俺結構人に頭を撫でられるようになった気がする。
実の父親は仕事がうまくいってて一緒に過ごしているときはこんな風に撫でてくることもあったが、今やすべてを投げ出し失踪しているし、お母さんも言わずもがな。なので最近俺に温かさを分け与えてくれるのはこの事務所の人たちばかりだと身に沁みた。
家に帰ると、先に帰ったと聞いていた涼はいなかった。
寄り道をするとは聞いていないし、運動しに行くとは思えない。だって今日は散々俺がしごいたわけだし。
ご飯を作りながら待ち、先に帰ってきたのは綾織さんの方だった。
「ただ───いま」
涼かな、とお玉を持ったままベタな出迎えをして、綾織さんを戸惑わせた。
「お帰りなさい、綾織さん」
「何かあったのか?」
「涼が……帰って来なくて。綾織さんおなかへってるよね、もうできるから」
「あ、いや。けーたいは?」
「ずっと圏外……何度も電話したら悪いかなって思って、あんまりしてないんだけど……もうすぐ2時間」
「うん、心配だな」
頭を撫でられたので喜んで受け入れる。
俺はそのままぽつりと、今日涼が安岡プロの人に接触されたことを零す。綾織さんの耳にも入れておいた方が良いと思った。
た、たおれない、よな?
おずおずと手を伸ばして支える準備をすると、その手をやんわり掴まれて大丈夫だと言われた。
「社長から、丘よう子さんの話も聞いた。だからもしかして、涼は何かを言われたんじゃないかと思って」
「……そうかもしれないな」
綾織さんはやっぱり少し顔色が悪かったので、ごはん食べられそうなら食べちゃってと勧めた。一方俺は、髪の毛を一本に結び直して気合を入れた。
「俺は涼を迎えに行ってくる」
「え?」
「綾織さんは家で待っていて、社長に報告よろ、」
「オレも良く」
「ええ、だめだよー、危険な目にあわせられない」
「やだ」
いつでも腹ペコな綾織さんだが、寂しんぼなところあるから、俺と涼がいないのに一人でご飯を食べるの嫌なんだろう。しかたないな。
安岡プロは綾織さんのことも狙ってるわけだから、絶対俺の指示に従ってねと念押ししてプロダクションのビルへ向かった。
一般的なオフィスビルという感じなので、様子を窺う。
受付には女性が一人いた。
「どうするんだ?」
「受付の人に聞いて入るけど?」
「そんな簡単に行くか……?芸能事務所だし、藤丸は一般人だろう?」
心配する綾織さんを見てふひっと笑う。俺はある意味一般人に姿を隠しているがニンジャなので。
「だいじょーぶ、穏便に通してもらうよ」
俺が受付を通過したら涼がいる合図とする。そしたら社長に連絡を取ってくれと綾織さんに告げて歩き出す。
受付のお姉さんには、ちょっとした暗示をかけて調べ物をさせた。
案の定、涼は2時間半ほど前にここへ来ていて、第三応接室に案内されている。退社記録は無しだ。
「───そう、わかった、ありがとう」
「……はい……」
無表情に頷いた彼女は、俺が中に入って行く姿を目で追う事もない。
涼は第三応接室で意識を失っていて、俺はすぐに部屋中を満たす香りに気づいて口と鼻を覆う。
今は残り香程度なので俺まで意識を失う事はないけど、目を覚ました涼は慌てて俺の顔を抑えた。
とりあえず落ち着かせて別室に連れて行くと、綾織さんから連絡が入った。侵入したのがバレたらしく、それでも助けに行くから屋上へ行けと指示をされる。
「げ、やば」
「藤丸!」
部屋を出ようとすると、いつぞやの大男蛭子が立ちはだかった。
俺たちに襲い掛かる腕を掴み、咄嗟に思い切り投げた。そしてもう一回やば、と呟く。
勢い良く投げ過ぎた。死んでないよな?と見守ってたらむくりと起き上がったので、安堵しつつも今度は違う意味で安心できないわけで、涼を抱えて廊下を爆走した。
「ちょ、おい、藤丸!自分で走れるって!」
「だめ!」
さっきまで意識失ってた人間が何を言ってるんだ。
涼くらい抱えて走れるので、階段を駆けあがる。しかし屋上へ辿り着いてもまだ迎えはなく、風を受けながらどうしようかなと考える。
そうしていると蛭子が追いついて来てしまったので、涼を背に庇って立った。
涼も負けじと俺の前に出ようとするので、涼を先に気絶させた方がいいのかな?もしくは本気で蛭子を戦闘不能にするか……。
じりじりと見合っていると、ようやく社長がヘリコプターで迎えに来てくれたので、涼を担いでヘリコプターからおろされた縄梯子に掴まった。
「涼、大丈夫?」
「……ああ、悪い、藤丸。心配かけた」
自分でも縄を掴んでいられるようだけど万が一落ちたら嫌なので、互いにくっついてぶらさがる。無理に登ろうとすれば梯子が振れてしまうだろうし、引き上げてくれるまではこのままだ。
「社長に報告するけど、ちょっと言えない事もあるんだ」
「わかった」
「でも、藤丸と話がしたい。お前に、会いたかった」
「俺も会いたかったよ」
涼と俺は無事に安岡プロから逃げ果せた。
───けれど翌日、綾織さんの父親が丘よう子の事件を引き起こした犯人だという報道が公になった。ワイドショーでも取り上げられているので、多くの人の目にさらされた。
そのこともあってか、綾織さんの仕事はキャンセルが増えた。
帰り道で後ろ姿を見かけて声をかけると、そう教えられて思わず顔をしかめる。
「自宅待機だそうだ」
はう、ごちそう作らなければ……と思っていた俺は仕事用の携帯が鳴ったのですぐに出る。俺も自宅待機になってしまった。
携帯をしまっていると、綾織さんのお腹がぐううと音を立てた。
そういや仕事だと思ってお弁当は持たせなかったけど、途中で食べなかったのかな。
「自宅待機って行っても、ちょっとくらい寄り道してもいいよね」
「?」
早く帰ろう腹減った、と言いたげな綾織さんの腕をとった。
きょとんとした顔で、俺がにこにこするのを見ている。くいくい引っ張ると首をかしげながらもついてきたので手を離した。
駅前の繁華街には食べ歩きが出来る軽食がたくさんあるので、そこに連れてくる。
「たいやきすき?」
「うん」
たいやきを渡すとほっぺを膨らましてもっしゃもっしゃ食べた。綾織さんは食べてる所が動物じみていて、なんかなごむ。
「おいしい?」
「うん美味い、よく来るのか、こういう所」
「たまにね。クラスメイトの女の子達と寄り道したり。ほら、駅までの通り道でしょ」
「ああ……女友達いるんだな」
「そりゃいるよ、女の子だもん」
ふっと笑われた。え、もしかして涼子さんって女友達いないのかな……。俺以外で。
「ん?なんだあれは」
「ああ、ええと、プリクラ?」
たいやき屋はゲームセンターの隣にあったので、綾織さんの目には華やかな四角い壁が見えたようだ。
ただでさえ暇だったけど、小腹が満たされ気分が良いのか、綾織さんに誘われてプリクラを撮る事になった。笑って!はいポーズ!と可愛い声に急かされて俺はきゃるんっと笑うんだけど、綾織さんは動じない。さすが撮られ慣れてやがる。
それにしてもすごく貴重なものを頂いてしまったなあ……と大事に大事にプリクラはしまう。間違って学校や事務所で落とさないようにしないと。
その後もクレーンゲームや格闘ゲームに興味を示した綾織さんと、ついつい一緒に遊んでしまった。
格闘ゲームに至っては全く以て金の無駄だった気がする。全く闘いにならなかった。
「格闘技は実際にした方が良いや……」
「そういえば、前にも人助けしてたな。よく見えなかったが、ああいうのか?」
「ん?ああ、そうそう」
パンチングマシーンを指さす綾織さん。
やてみるかと聞いたら、オレは良いと言われたんだけど、つまり俺にやってみせて欲しいってことなの……。
心なしわくわく、という顔で見られたし、綾織さんがご所望ならこの藤丸サクラ、腕を奮います……。
グローブをつけて、軽くぽふぽふと拳を当てて距離を確認した後、力加減をしてびゅっと叩き込んだ。地面割るのはチャクラ混めたときだけだし、あの、今は手加減もしたんだけど、まさか記録更新って出るとは思わなくて。パララララーとお祝いの音がなったときはびくっとしてしまった。
「すごいな、ランキング一位だ。名前を入力してって出てるぞ」
「しないしない」
まわりに居たお兄ちゃん達がおおっと俺達を見て軽く拍手していたので、綾織さんをつれてそそくさとゲームを出た。
「驚いた、こんなに小さい身体なのに」
「う。もうすぐ大きくなるし」
「悪い」
ゲームセンターから出て改めて褒められたけど、小さいと言われるのは別に嬉しくない。まあ、いずれ大きくなると思ってるから深刻なコンプレックスってわけでもない。
再び綾織さんのお腹がぐうぐうと鳴り始めたところで、俺は口を尖らせるのをやめて、たこ焼き屋さんに案内しようと腕をとる。
「見た?綾織真の記事」
「見た見た、あんなのがスター気取りなんて超ムカつかね?」
「ちょっとくらい顔がいいからって騒がれてるけどよー」
「同じ血が流れてんだ、親と同じで碌でもないやつだろ、どーせ」
周囲で聞こえて来た会話に、俺も綾織さんもぴくりと腕が動く。手を掴んでいたから互いに、会話に反応してしまった事がバレた。
綾織さんはほとんど動きがなかったけど、俺はぎゅっと手を握ってしまう。
「藤丸」
呼びかけられて足を止め、握った手をゆるめた。
「ごめん、痛かった?」
「痛くない」
離れるかと思った指が優しく俺の手に絡む。
「ああゆうのは、有名税だ。それに、本当のことだ」
今度は俺が手を引かれる番だった。雑踏の中を無言で歩く。本当のこと、ってなんだろう。丘よう子さんの事故原因は運転手である綾織さんのお父さんというのは、本当なのかもしれないけど。それでもやるせなさが胸に残る。
俺が無言だからか、綾織さんはずっと手を引いて歩いてくれていて、信号になって足を止めても繋がれたままだった。
有名人である事、親の事、見えない事、こういうとき俺は何も言えないのがもどかしい。今までも、これからも、俺は言葉を見つけられないんだろう。
「綾織さん」
「ん」
「今日の夕ご飯なにがいい?」
藤丸の作るものならなんでもいい、そうやって返してくれることを半ば知りながら聞いた。俺は俺の愛し方を理解してくれる人にめぐまれたようだ。
next.
フツーに人に催眠術かけるニンジャ。
Dec 2022(加筆修正)