Sakura-zensen


秘すれば春 01



刺青は皮を剥ぐ前提で彫られた。───そう聞いた時、よくぞこんなものを彫ってくれたな、というのがまず第一の感想だった。


───俺はわけあって色々な監獄を点々としていた。
網走監獄に入ったのもそのわけがあったわけだけど、そこで同房になった男に上手い話をもちかけられた。
曰く、アイヌの者たちがため込んだ砂金の山を奪い取り、どこかへ隠したという。量にすると約75kgで、今の金額にすると凡そ八十萬だ。
男はその隠し場所を示す暗号を俺の身体に刺青として彫らせてほしいと言ってきた。そしてここから脱獄し、外にいる男の仲間と落ち合い金塊を手に入れろと。
報酬は金塊の半分……ンな馬鹿なって話だ。
俺はそんな夢のような話に乗るほど餓えてない。もし事実だとしてその夢を掴もうと思えるほどデカイ度量も持ってない。普通なら断るのだが───ここで断ったら、逆に怪しいだろうか、という考えが脳裏をよぎって、大人しく刺青を彫られたというのが経緯だ。

その後なんやかんやあって脱獄に成功した俺は、とにかく情報を集めようと思っていたところに、アイヌの少女と軍帽を被った顔に傷のある青年に出逢い、この刺青が皮を剥ぐことを前提に彫られているという事実を知った。
狩猟の後に皮を剥ぐときのお作法など知るわけがない。
剥ぐときはビッ!だろ、ビッ!

「お前も他の囚人に殺されかけて逃げてきたのか?囚人は全部で何人いる?」

顔に傷のある青年は、俺の服をひん剥いて棒に縛り付けて尋問してくる。
ちょっと、俺はたった今仕入れた情報にドン引きしている真っ最中だから気持ちの整理をさせてほしい……。
「のっぺらぼうの仲間とはどこで会う手はずだった?」
「……」
若いのによく知っているなあ、とその青年の顔を観察する。
見覚えはなく、囚人や刺青を狙っている第七師団とも違いそう。アイヌの少女と行動を共にしてるんで曰くありげな組み合わせだと思ったが、どういう関係なんだろう。
「罠でノドがつぶれたか?」
青年は黙っている俺に首を傾げる。アホ丸出しにウサギ用の罠に掴まったので、心配してくれてるらしい。いや心配ではないだろうが。
「ん"ん"……」
「……クソ」
のっかっておこ、と微妙な顔を前面に出したら信じた。
「よし、描き終わったぞ!杉元」
「アシリパさん、こいつ駄目だ、まるで役に立たねえ」
さっきから静かに俺の刺青をスケッチしていた少女が顔を上げた。
そして何やら二人でヤレヤレと話し合っている間に、杉元とアシリパかあ、とその名前を反芻する。
……とりあえず捕まってみたが、どうしようかなっと。
「あ、杉元!杉元見ろ、ウサギがいる」
「どこだ?見えないぞ」
俺があまりにもアンポンタンな感じなので、二人は油断した。
どうやら俺が罠にかかったせいで獲れなかったウサギを、今から仕留めようとしているらしい。

いいや、もう逃げちゃえ。
獲物を狩る瞬間は、油断が生じるから丁度良い。
二人がウサギに気を逸らしている間に縄を解き、しれっと服を着直した。
そしてアシリパがウサギにとびかかった時、俺は反対方向へと走り出す。するとほどなくして叫び声がした。
「ウシローッ」
「なにぃ!?嘘だろ、どうやって!」
やべ。どうやらウサギを捕らえたアシリパが振り返ってしまったらしい。
杉元が俺を追いかけてきて、戻ってこいと喚いた。
撃つぞと言っているが、そんなことで止まるわけがなかろう。撃ってみろってんだ。

───パアァー……ン

その時、山に響き渡る発砲音がした。
これは銃声にも似ているが、杉元が俺に対して撃って来たわけではないようだ。
一度振り向いたら、杉元も不思議そうに周囲を見回している。
その隙にやはり逃げようと足を進めると、奴も俺に気づいたようでまた追いかけてきた。
「おい、待てっつってんだろ───ぅお!?」
ところが、背後で何か驚いた声が上がった。
野生動物か敵の奇襲かと振り返れば、杉元の身体が胸の上くらいまで雪に嵌まっていて、沈みだす。そして周囲の雪が崩れていく。
「うわうわっ!?」
「、……雪庇……っ」
「うおおおおぉ!!」
たちまち、俺の足元も崩れ出した。
思わず雪庇の上だったのかと声を漏らしてしまったが、杉元の叫び声によってかき消される。
そして崖を転がり、キンキンに冷えた川にドボンだ。
「ぶは……うい……ッ、これはやばいっ」
「ッッ……い"だい"……ッ」
極寒の北海道で川に落ちるなんて、寒いを通り越して痛い。水に濡れた所がたちまち氷っていき、急激に身体の体温も、動きも、思考も奪い取られる。
なけなしの生存本能で川から上がったが、服を脱いでいいのかどうかもわからない。
「火!火だ!火を起こさんと死ぬ……ぞ!『シタッ』を剥がして集めろ!」
「あぁ?」
震えつつも元気な杉元の言ってることがわからなすぎて、痴呆老人みたいに聞き返した。
「白樺のじゅ、樹皮だ!」
なんかよくわからんがとりあえず言われた通りにしよう、と白樺を探した。
濡れた服がもう凍っていて、カッチカチになってて重たくて痛いが、それでも動かなかったら死ぬ。
どうにか集めた樹皮を前に、杉元が荷物から取り出したマッチを擦ったが、当然川に落ちて濡れてたので使えなかった。
「じゅっ、じゅうだん!!あ、ねえ!」
杉元が頭を働かせて腰元のポーチを見ているが、どうやら川に落としたらしく、すぐに川の中に飛び込んでいく。正気か?確かに銃弾であれば中の火薬が密閉されてて多少濡れても使えるだろうけど。
「───銃弾ならあるよ」
「!お前、声……つかどこに持ってやがった!」
俺は普段銃を使ったりはしないが、逃げる時や抵抗の時にそれなりに役立つものを色々取り揃えているので、杉元に取り出して見せた。
杉元は俺を捕まえてひん剥くときに武器がないかを調べていたから驚いていたが、どうやって隠していたかは秘密である。

「どうして助けたんだよ俺のこと」
「単に助かっただけじゃない?」
「そうかもしれねえけどよ……俺がお前を殺すと思わなかったのか」
火を起こして二人で当たりながら、杉元に聞かれたことに首を傾げる。
この状況で、わざわざ逃げた後に一人で火にあたるなんてしてたら、こっちの命も危うい。
それに、殺されないかに関しては確信があった。
「二人は俺の刺青を描き写していた。だから俺を殺す気はないんだろうなってわかってたよ」
「!」
「俺に彫られた図を持ってる奴がいれば、俺が持つ情報の価値は下がり、命が狙われる可能性も低くなる。だからお前に容易く死なれても困る」
わはっと笑えば、杉元はじっとり俺を見てきた。
「お前、俺たちにわざと捕まったな?」
「俺にも知りたいことがあったから」
「何をだ?」
「なんでもいい」
「はあ?」
「俺に刺青を彫った奴はほとんど何も、情報をよこさなかった。そもそも言っていることも本当かどうなのかもわからないけど」
「金塊自体が嘘かもしれねえって?」
「さあね。ただ、信じた人間が多く、殺し合いや奪い合いが始まっていることが事実」
「……」
杉元は押し黙る。そしてなおも、俺の顔をじっと見つめた。
「お前、名前は?なんで、網走監獄にいたんだ」
「白石由竹。窃盗とか食い逃げとか、小さい罪の積み重ねだ」
「そんなヤツがどうして刺青を彫られる?のっぺらぼうと同房になるってことは死刑囚だろ」
「脱獄の常習犯だったから、監視のきついところに入れられてた」
「……ああ」
ちょっとだけ納得、みたいな顔をされた。
「のっぺらぼうは脱獄しろ、小樽へ行け、って言ってたから俺なんかにも期待したんだろ」
「小樽……」
「次は二人のことをおしえて?一緒にいた『アシリパちゃん』はアイヌの子だろ?金塊を奪われ殺されたアイヌと関係があると考えるのが妥当?」
「まさか。単に俺が案内させてただけだ。アイヌは狩猟やこの土地に慣れてて使い勝手がいい」
「ふうん、雇い主には見えなかったけど」
「……お前には関係ねえだろ。俺たちがお前の刺青を持ってりゃ、多少安全になれるってんなら、とっとと北海道を出な。刺青を探してるのは囚人やのっぺらぼうの仲間だけじゃねえんだ」
杉元はそう言いながら渇いた服を着こみ、立ち上がる。
そして、次に会う時は皮を剥ぐ、と言い残して去っていった。



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金カム無料公開で一気読みした後、勢いで映画観にいき、そのまた勢いで書きました。
知識不足とか考察甘いところがあります。広い心で読んでください。
サクラチャンなら脱獄王になれる気がすんだ。でも脱獄王は自称しません……。
Feb.2024