Sakura-zensen


秘すれば春 03

アシリパと杉元と合流して桜鍋を食べた後、俺たちは床に就いた。
背後に寝転がる杉元がいつまでも寝ないなと思っていたら、意を決したように、息をすっと吸う音がする。
「───お前、金塊を俺と山分けするってアシリパさんに言ったんだって?」
過去の発言を振り返りながら「ああ」と短く肯定し、寝返りを打って杉元に向き合う。正確にはアシリパがそう言ったことに対して頷いたわけだが。
杉元の後ろにいるアシリパは、すうすうと寝息を立てていた。
「本気か?金が必要そうにも、でかい話に乗りそうにも見えない。この短期間でもお前の用心深さはわかってるんだぜ」
「俺だって杉元がそういう人間にも見えないし、もしお前がそう思うほど"用心深い"なら、そもそも捕まってないんだわ」
「……捕まることが目的なら?」
僅かな沈黙と躊躇いの後、押し殺したような声がしだ。
俺は思わず目を見開いたが、向こうから俺の表情の機微まではわからないだろう。
「お前はただの窃盗犯や脱獄常習犯でもない。監獄の外と中に仲間がいて密通する役目を担ってるんじゃねえのか」
「───だったら?」
「否定しないのか」
「この先いつか分かることだ。囚人たちの中に関わったことのあるやつもいた。しいて否定するとしたら、外にも中にも居たのは仲間じゃないってこと」
「のっぺら坊の刺青を入れたのも、狙いがあったのか……?」
「あれは想定外だよ。こんな大きな企みに身体も命も懸けるもんじゃない……俺は用心深いんだ」
杉元はわずかに息をのんだあと、ふっと笑う。
そしてさらに息を潜めた。
「……お前は信用できない男だが……アシリパさんを見捨てなかったから……ひとまず手を組む」
「なあに、それ」
うとうとしながら言う杉元に、俺は少し笑ってしまった。
それきり静かな寝息が聞こえてくる。
俺は寝返りをうち、二人の音を背後に聞きながら目を閉じた。


その後、俺たちは共に動きながら囚人である二瓶を殺り、毒矢にやられた元第七師団であり自称マタギの谷垣とアイヌ犬のリュウを拾って、アシリパの村へ身を寄せた。
そこで谷垣から鶴見中尉の目的を聞いた。
彼は第七師団の一部をじわじわと自分の味方につけ、金塊を手に入れたあかつきには軍事政権を作り出し、自分が総裁になると言っているらしい。
そこには戦争に付随するたくさんの想いが滲む。
「───揺らいだ?杉元」
戦争帰りだろう杉元は思うことがあるのか、外で物憂げに立っていた。
その背中に問いかけると、ゆっくり振り向く。
「あんだけ大暴れして部下も殺してるんだ。今更協力し合う選択肢はねえし、かといってゆずる気もねえ」
「それもそうか。そもそもどんな理由があるにせよ、金塊はアイヌのものだったわけだし。あと───もうひとつ、鶴見中尉だけじゃない大きな勢力があるかもしれないよ」
「なに?」
「俺たち刺青の囚人は全部で24人、一斉に脱獄した。───それを、指揮した男がいる」
杉元には話しておいた方が良いだろうと、俺はある男の話をした。
のっぺら坊はほとんどの情報をその男に託した。そして脱獄の指揮もそうだし、脱獄時に見張りの屯田兵を次々斬り倒していったのもそう。
「それが、戊辰戦争で戦死したと言われる新撰組元副長───土方歳三だ。あの人のことだから、きっと仲間や手下を集めているんじゃないかな」
「そうかよ」
杉元はむっすりした顔のまま頷いた。
まあ、そこで急に怖くなったって言うわけないか。
「……お前はその勢力に紛れなくていいのかよ」
「は?」
「どっちかに取り入ることくらい造作もないはずだろ」
俺が刺青の情報を、その二つではなく杉元にやったというのが何故なのかわからないってことなんだろう。
「そういうところってしがらみが多そうだし、俺は身軽でいたいの」
ふんっと息を吐いた杉元は、そのまま空を見上げて飛んでる鳥を指さした。
そしていつの間にか傍にいたアシリパが、その鳥───鷲を狩るとまで言い出すので俺は湯たんぽ係として駆り出されることになった。


そんな話をしてから数日後、俺は情報収集のために町へ行った。
アシリパが獲った鷲の羽根を分けてもらって売り、金にしたので、その金を使って遊ぶフリをして情報をもらうというわけだ。
町を歩けば、顔見知りになった店の奴らが情報はないが遊んでいけ、と誘ってくる。うまい事躱しながら、目を付けてる店の暖簾を退けたその時───正面にあった戸が開いた。
そしてガタイの良い男が正面から俺を見下ろす。
「う、」
牛山辰馬だ、と思った瞬間に羽織を掴まれた。
「よぅ……白石由竹」
監獄にいたときより髪を伸ばしていたから、会って早々気づかれるとは思っていなくて血の気が失せる。こいつは厄介な男なのだ。
「白石ぃ……!!何故逃げるんだ……!!!」
「いや逃げるでしょうよそりゃ」
咄嗟に屈んで上着から身体を抜いて逃げた。
牛山は速さは俺には劣るが、その肉体の強度で言えばかなりのものである。
あと暴れたら手が付けられないし、とんでもなく目立つ。
追われている俺は第七師団の軍人達に怪しまれたし、その軍人達を「銭湯にいたら、妙な刺青のある男がイチャモンをつけてきた」と言って牛山に差し向けたが、騒ぎが大きくなるだけだった。

結局銃撃戦にまで発展した挙句、爆発も起こり、鶴見中尉まで出てきたところで騒ぎに乗じて身を隠す。
爆発は潜んでいた牛山の仲間らしき男たちの仕業だ。さらに馬に乗ってやってきた男が牛山を回収していき、俺はそれをひっそり物陰から見送った。
牛山がこのあたりにいたことは、杉元が聞いた『妙な刺青をした男が娼婦を投げ飛ばした』という話で分かっていたが、まさかばったり会うことになるとは思わなかった。
しかし、今回起きた爆発ともう一つ起きたという銀行襲撃事件からして、牛山は土方歳三と組んでいるとみていいだろう。
なぜなら襲撃された銀行には、土方歳三の愛刀『和泉守兼定』が保管されていて、ある筋からの情報によるとそれが盗み出されたのだそうだ。そんなのもう、あの人しかいないじゃん。
おそらく牛山が暴れたのも半ば陽動だったに違いない。
だから途中で爆発が起きたり、牛山が回収されていったのだ。

それはさておき、俺は牛山の出入りしたと思しき店に顔をだし、前もって頼んでいたもの───すり替えてもらっておいた使用済み靴下を手に入れた。
これで、レタラが俺を見つけたように、牛山の根城も追跡すれば良いのだ。
ところが困ったことに、アシリパはもうレタラを自分が呼ぶことはないと決めてしまっていた。二瓶とやり合った時、レタラには番や子供がいたからだ。
これがアイヌの、自然界との付き合い方か……。

そこで仕方なく、リュウを従わせて臭いを追わせたところ、それらしき民家へとたどり着いた。
壁伝いに人の気配や物音を辿る。そして、何か話し声がし始めた窓の下で息をひそめ、覗き込もうとしたその時、

「オフッ」
と、リュウが鳴いた。

バカ犬ぅ!!!とその顔をもみくちゃにしようとしたその時、俺の頭上の窓が割れ、巨体が丸まって飛び出してきた。───牛山だ。
リュウも俺も咄嗟の判断で逃げ出そうとしたが、俺はわずかに遅れて腕を掴まれる。
「げぇ」
前回掴まれたのは上着だったが、今回は腕だ。
牛山は柔道技を使う。投げられるならまだしも、絞められてはひとたまりもない。
向こうも俺が逃げに特化した男だと分かっている為、間違いなく締め落としにかかってくる。つまり相性が最悪だった。
地面に叩きつけられる衝撃は和らげ、掴まれた腕を引き抜こうとしてみたが一筋縄ではいかない。
───やはり力には力で、返すしかないのか……!と、身体に力を入れようとしたその時、じゃりっと地面を踏みしめる足音がした。
「あまり熱を入れすぎるなよ牛山」
低い声を聞いたその時、牛山の身体が動きを止める。
それに倣って俺もその声の主を見た。
囚人たちの中でも大物中の大物……白髪に白髭を蓄えた老人が腰に刀を佩いて立っていた。

「まさかお前の方から私に会いに来るとは思わなかったぞ、白石」
「……土方、……さん」

取ってつけたような敬称が、白々しくその場に響いた。
だって目の前にするとやっぱりなんか、緊張すんだもん。



next.


二瓶鉄造のくだりは省略です。
こちらの白石は坊主頭じゃない設定です。でも監獄にいたときは坊主かな。
脱獄常習犯だから丸坊主にされたのか、楽だから坊主にしたかは特に考えてません。
今は監獄にいたころとは印象を変えるために長め。あとちょっと軟派っぽく見えるように。
Feb.2024

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