Sakura-zensen


秘すれば春 04

リュウは後で鍋にして食っちまお。
そう心に決めつつ、牛山に家の中へと引きずり込まれた。

中にいた爺さんは新撰組の隊士だった永倉新八で、お茶を出してくれた。なんだこれ、滅茶苦茶緊張するな……。
ずずっと茶を啜ったところを三人が黙って見ていたが、やがて話を切り出す。
彼らの要望は、刺青を写させろ、下につけ、というものだった。
「オメーは行動が読めん上に身を隠すのが上手い。本当ならすぐ殺すところだぜ?だがいう通りにしてりゃ殺さねえ。現に俺もジジイとこうして手を組めてるんだ、いい話じゃねえか」
「───もう組んでいる奴がいるんだな?」
「……いるよ」
「切れ、こちらへ来い」
ご、強引~!!!
喉元に剣先を突き付けてくるような目だ。肝の据わった武士ってやつはこれだからよ……。
だけど俺にだって選択の自由はあるわけで、意を決して、一度唾を飲み込んでから口を開いた。
「切れない」
その目を見返しても、本当に喉が搔き切られることはない。
相変わらず剣呑な雰囲気ではあるけど。
「俺は今、不死身の杉元呼ばれる男と、アシリパというアイヌの女の子供と行動を共にしてる」
「なんだあ、その二人組は」
話を続けろと目で促して来る土方さんをよそに、牛山は声を上げた。
俺は二人と出逢った経緯をかいつまんで話し、自分の刺青の図面を持っていることも伝えた。
「お前のような男が容易く素肌まで晒す状態になるとは、どういう風の吹き回しだ?」
「最初は変な組み合わせだし、無害そうだと思ったからかな」
「今なお行動している理由は?」
「気になることがあって」
「まどろっこしい言い回ししやがって!狙いをはっきり言え!」
土方さんとの会話を横で聞いてた牛山がダンッと畳を殴った。
ちゃぶ台が揺れ、床が凹み、永倉さんがキレる。
一方で土方さんは終始落ち着いた様子で、俺を見ていた。
やがてゆっくりと口を開き、示唆したのは脱獄死刑囚の一人、辺見の情報だった。


かいつまんで言うと、おじいちゃんにお土産を持たされて帰り、その後は授業参観みたいなことをされた。
もらった情報を頼りに辺見を探し、なぜかクジラ漁の手伝い、第七師団と遭遇、シャチとやりあうなどしながら辺見の皮を剥いだ。さぞ見ものだったことだろう。
しかも最後には土方さんが普通のおじいちゃんのフリをして接触をしてきて、ウトウトしてるアシリパを膝に乗せたところで俺の目が死んだ。……お酒飲み過ぎて幻覚見てたのかも。

それから数日後、俺たちはアシリパの父親の友人だという男、キロランケに会った。
丁度イトウを獲ろうと思って川の釣り場へ来たところ、キロランケが二匹ほど所持していたので交換を申し出る。だが狩りの道具を貸してやるから獲ってみろ、と誘われてしまう。
「えー」
「がんばれよ、たまには」
「えー……え、たまに?そんな風に思われてたの??」
俺そんなに狩りに消極的だっけ、と過去を振り返ってみる。
シャチとクジラはどっちかというと、ほぼ俺が動いてたような気がするんだが。
そう考えながら、のたのたと釣り場に向かって木の板で作られた足場を進んだところ、板が壊れて川に落ちた。
ドポンッという音と共に沈み、必死で水面に顔を上げると、杉元が呆れた顔全壊でこっちに手を差し出していた。
「ここ、ふか、ふかいわ」
「こっちに掴まれ役立たず」
「あぶぶぶ」
あまりに真っ直ぐな暴言に、気持ちと身体がちょっと沈んだ。
川の水より冷たいじゃん……と、思っていると急に体が何かに飲み込まれた。
急流かと思ったが、俺は大きな魚の口の中に捕われていて、気づいた時には水の中に引き摺り込まれていた。

その後やっとのことで助け出された時には、下半身がほぼ魚の喉に入り込んでいたので「人魚だ……」としょうもない感想を言われてしまった。いや一番しょうもないのは俺だ。油断しきっていると普通にドジを踏む。
「ありがとう、えーっと、キロランケ?」
「丸飲みされる前で良かった」
ぬちょあっと足を引き摺り出して、べちょっと地面に這いつくばりながら魚を仕留めてくれた男に礼を言う。
一方杉元とアシリパは獲れた魚に夢中である。皮で服を作るか、食べるかの協議中。……いいけどさ。
そこで不意に煙管を手渡された俺は、キロランケの顔と煙管を交互に見た。
「くれるの?」
「アイヌの挨拶だ。男は初対面の時、煙草を喫煙し合う」
そう言われてなるほど、と思いながら煙管に口を付けた。
吸い込んで肺に入れて、吐き出すと白い煙が出てくる。
そう言えば煙草を吸ったのは久しぶりだ。肺を煙が循環する感覚に、一瞬むせそうになるけど男として格好悪いのでなんとか堪える。
そして喫煙し合うってことだからキロランケに返すと、彼はまた煙管に口を付けた。

俺たちの服が渇く頃には、刺身と焼き魚が出来上がっていて、川の幸とやらにありついた。
とくに焼いたやつはでかい塊だったので、杉元とアシリパと三人で一気にかじりついても大丈夫なくらいだった。
キロランケも俺たちのその様子を見て笑って、後からその塊にかじりつく。
「目玉は茹でダコの味がして美味いぞ。みんな魚が獲れたら一番にほじくってしゃぶる。子供のおやつとして奪い合うくらい大人気なんだ」
アシリパは、デカイ魚の目玉を杉元に差し出した。しゃぶっていいぞ、と勧められて断れない杉元は馬鹿みたいに口をあけて「おっきい」と感想を言っている。
良いところを一番にくれるところは、懐いた猫みたいで微笑ましい。ただ、脳みそとか頭丸ごととか目玉とか……、飼い主が喜ばないネズミとか虫になっちゃうあたりまでそっくりだ。

キロランケはかつて第七師団にいたらしく、杉元の名前を聞いた後、一瞬緊迫した雰囲気になった。
ただし師団というくくりはかなり大きいもので、鶴見中尉の部下ともなるともっと狭まってくる。
聞いてみればやっぱり、違う上官が率いる部隊にいた工兵で、単に杉元の名前に聞き覚えがあるというだけの話だった。
「アシリパはどうしてこの男たちと一緒にいるんだ?」
「う~ん……相棒だ。そしてこっちの白石は役立たずだ」
「せめて湯たんぽって言って?」
「それはそれでどうなんだお前。立場がリュウとそう変わらねえぞ」
キロランケの問いに答えるアシリパだが、俺は今日一日に二回もそれぞれから『役立たず』と言われるんだけどどうしてだろう。
こいつら時々、寝るとき俺にくっついて暖を取ってるんだぞ。
立派な湯たんぽとして力を発揮しているじゃないかよ。

なおも続いたキロランケの話からすると、彼はここでアシリパに会うのを待っていたようだ。
というのも、ある日キロランケの村に、アイヌではない老人が訪ねてきた。そして『小蝶辺明日子』を探していると言ったらしい。
それはアシリパの戸籍上の名前であり、この前土方さんが俺たちにアシリパの和名を聞いて来た記憶が呼び起こされた。
「網走監獄で起きたこと……俺は既に知っていた。のっぺらぼうは自分の外の仲間に囚人が接触できるヒントを与えていた───小樽にいる小蝶辺明日子───のっぺらぼうはアシリパに金塊を託そうとしていたのだ」
キロランケの言葉が続く中、皆がじっと待つ。

「のっぺらぼうは、アシリパの父親だ」

レタラが俺と杉元を間違えてアシリパと会ったあの日、松明に照らされて間近で見た目の色に気づいた。
その後聞いたアシリパの父親が殺されたアイヌの中にいた事、顔の皮を剥いだ囚人、その囚人の青い目が今こうして繋がった。

「アチャが……アイヌを殺して金塊を奪うなんて、そんなの嘘だ」
一瞬茫然としたアシリパが、がくりと体勢を崩す。だが元々座っていたので倒れたりはせずに持ち直した。
「……金塊が見つかればのっぺらぼうが死刑になって、アシリパさんは父親の仇がとれると思っていたが……見つかってしまえばアシリパさんの父親が死刑になるということなのか」
「信じない、自分の目で確かめるまでは。私はのっぺらぼうに会いに行く」
「どうやって?簡単に面会できる相手じゃない」
「でも本当にアシリパさんの父親なら囚人を見つけなくたって直接本人から金塊のありかを聞ける」
「厳重な監獄だぞ、忍び込むのは不可能だ」
緊迫しつつも話がどんどんと進み、膨らんでいく。
妙な勢いがあったが、一瞬皆が沈黙した。
だけどすぐに、杉元とアシリパがほとんど同時に俺を見た。

「いや───いるじゃないか、役に立ちそうなやつがここに」

ん?今役に立つって言った?



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金カム読んでて、白石『役立たず』言われすぎてて笑いました。
主人公が役立たずなのは目立たない為、油断させる為みたいなとこがある。ニンジャだから。
時々ドジなのは素。愛嬌。
Feb.2024

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