Sakura-zensen


秘すれば春 05

アシリパの父親のいる網走監獄へ行く。───そう決めた後、俺たちはキロランケの村に一度身を寄せて馬を借りて出発した。
キロランケも見届けたいと言ってついてきたのと、俺の馬だけちっちゃい道産子だったのはもはや何も言うまい。の、乗れるもん。

その馬を走らせ、やって来たのは札幌。
ひとまず宿をとろうと空きを探すが、周辺で品評会だか博覧会だかがあったらしく、どこの宿も空きがない状態だった。
そしてようやく、たまたま立ち寄った武器屋でもしかしたら開いているかも、と言われた洋風ホテルに行ってみることになった。
───それが『札幌世界ホテル』である。
雰囲気のある洋風の建物だが、中に入ってみても誰も出てこない。だが杉元が声をかけると、入り口に面した階段から足音がし始める。
「いらっしゃいませ女将の家永です」
黒いドレスのような洋服に身を包んだ、女がおりてきた。
「白石由竹です、独身で彼女は居ません、付き合ったら一途です」
俺は思わず手を出して握手を求めた。そして差し出された手の感触を確かめ、指の形を見ながらその手を包んでそっと摩った。
「こんなに美しい方には初めて会いました」
「まあ……」
女将の家永は心なし目が死んでるが、俺はにこにこ笑いながら彼女にずいっと顔を近づけた。
───こいつ、男だ。
それに、化粧で上手く隠しているけど、肌理は粗くて張りもなく、目の際の皮膚には皺があり衰えが見える。
「家永さんって下のお名前は?」
「カノと申します」
部屋への案内の道中、入り組んだ廊下を歩きながら俺は彼女のそばに寄って観察しながら話を振る。
本名を名乗るとは思えないが「素敵な名前だ」と笑っておいた。

部屋は二人ずつに分かれて二部屋とった。杉元はアシリパ、俺はキロランケと同室になる。
キロランケは女っていうのは抱き心地だ、もっと太めじゃないと、とアドバイスをくれたが余計なお世話じゃい……と思いつつ無視するのも変なので答える。
「そうかな、俺はあのくらいの身体の方が好き。抱きしめたら折れてしまいそうで繊細だろ」
「いやいや、子供を産むことまで考えるならもっと」
なんつー話をしてるんだろ。……アシリパが居なくてよかった。
「俺、ホテルの中見て回ってくる。珍しい建物だし、カノさんにもっと話聞きたいから」
「おお~」
とにかく話を切り上げて、俺はホテルの中を歩き回った。
入り組んだ造りを覚えておきたかったのもあるし、家永のことがどうにも気がかりだったから。

たしか囚人の中に、家永という男が居た。
土方さんと同じくらいのじいさんで、元は医者。同物同治という薬膳料理の知識を人体でやろうとする頭のおかしいシリアルキラーだったはずだ。
それにあの顎にあるホクロも酷似していて───、
「ん!?」
考えながら廊下を歩き回っていたら、突如床が抜けた。
そしてすぐにネットの上に落とされ、天井のドアが閉まった途端に暗闇が下りてくる。
「しまった、隠し部屋か」
やっぱり、女将はあの家永の可能性が高い。
俺に気が付き接触を避ける為か、餌食にする為にここに落としたんだろう。
ここは血や肉が腐った臭いが充満していた。きっとすぐ暗闇に乗じて奴が俺を襲いに来る。

───なら、暗闇に乗じて返り討ちにしてやろう。

ひたすら闇に目を慣らしながら、足音や息遣い、気配を待った。
扉か窓か、出入り口が絶対にあるはずで、そこが開こうものなら俺は絶対に気づく。
布ずれでも、微かな足音でもいい。
家永は武術に長けた男ではなかったし、こちらの気配に気づけるほど敏くもない。

……、

程なくして、なんの物音だかもわからないくらいの、なにかが動く気配があった。
家永は黒い服に身を包んでいたから、例え目が暗闇に慣れてきていても形を明瞭に見ることはできない。
だが俺は奴の狼狽と焦りを聞きつけて、掌でその顔をがしりと掴んだ。
「ひ、」
「つかまえた」
「あがっ」
藻掻く暇もなく、後ろに回って締め落とした。
そして力なく崩れ落ちる身体と同時に、何かが床に落ちた音がする。多分刃物とか薬とかを持っていたんだろう。
呼吸音で気絶を確認してから、俺は持っていたマッチに火をつけて一時的に周囲を照らす。
家永はやはり気絶しており、近くには注射器が落ちていた。……こわいなあ、もう。踏みにじって割っておこう。

マッチの火では少ししか光が持たないが、なんとかランプを見つけたので火をつけることに成功した。
明るくなってわかるのは、ここは術室のようだということ。
ばらばらにされた人間の体の一部がバケツにため込まれている。
おそらくここで目当ての人間を解体して、料理してたんだろう。……おえ。
丁度拘束具があったので家永を寝かせて押さえつけ、その服を剥げばやはり痩せた男の身体があらわになり、想像通り刺青が彫られていた。
で、どうしようかなっと……。
杉元に引き渡してアシリパに図面を描かせてやるか───否、明日会う約束の牛山への手土産にするか。
「う……ん、……!これはっ」
考えている間に家永は意識を取り戻し、自身が拘束されていることに驚いた。
「し、白石……お前やはり私に気が付いていたな!?」
にこっと笑って見下ろすと、その顔は引き攣り、目のあたりにひび割れるような皺が刻まれる。
「なら牛山もか……!」
「牛山がなんだって?」
「しらばっくれるな!牛山も宿泊客としてここに来ている!私をおびき寄せるために二人で仕組んだな!?」
「へえ、あ~はいはい」
知らなかったがとりあえずそう言うことにしておこう。
牛山とは確かに会う約束はしていたが、泊まるホテルまで示し合わせてはいないのだ。……耳の穴かいかい。
拘束されながらもジタバタ暴れる家永だが、その拘束が外せないことは本人がよく知っているだろうに。

ぎゃんぎゃん煩いから、もう一回気絶させるか……と周囲の薬を物色する。どうせ俺に打つはずだった薬とかが、そういう類のものだろう。さっき踏まなきゃよかったかな。
触るな見るな弄るな動かすな、とこだわりの強い文句が飛び出てくる中で、ふいに落下音がした。
「え?」
家永がうるさかったので気づくのに遅れたが、俺が着地した網も支えきれない重みの牛山が、どんっと落ちてきたのだ。
「うぅむ……」
「ひっ、牛山!」
俺を落としたのは家永だろうが、どうやって牛山がここに来たんだろう。そう思っていると家永が引きつった声を上げる。
牛山はなぜかぼんやりと千鳥足に立ち上がり、「女将ぃ?」と反応している。
揺れながら、こちらを見た。
「───女将ぃいっ!!!」
「いやあぁあ!!」
そして、家永に飛びついた。
わ……わあ……。
服をひん剥いて胸をべろべろ舐めているっぽい。俺の位置からだとよくわからないが。
「白石!白石ぃ!!」
家永が牛山の下でなぜか俺の名前を泣き叫ぶ。
や、やめてもらえませんか、ヘンなシチュエーション作り上げるの。
「刺青の囚人を見た!情報をやるからぁ!!いやあぁ!!この全身チンポ野郎ぅ!」
牛山はどうやら家永の正体に気づかず襲い掛かっているらしい。後たぶん酒を飲んでいる。
家永のスカートの部分が破かれて、牛山が覆いかぶさろうとする。
「ふー…………」
長いため息を吐いて、とりあえず俺は助走を付けてから牛山を両足で蹴り飛ばした。

ドゴォン、と壁にめり込んだのは俺の蹴りの威力と、そもそも牛山の体重が重いせいだ。
ヒッヒッとしゃくりあげて泣いてる家永を後目に、俺はとりあえず牛山の顔をパーンと叩く。
「おい酔いを覚ませ」
「女将ぃ!」
だが手加減した俺のビンタなんて猫のパンチみたいなものだったので、興奮冷めやらぬ様子で牛山は立ち上がった。
とりあえず俺はその身体を押さえつつ、家永を振り返る。
「駄目かも」
「諦めるなぁあ!!!」
「身をもって鎮めてくれないかな?せめて見ないようにするから」
「ふざけるな白石ぃい!!!」
ずりずり、と牛山に引き摺られながら家永の方まで行く。
アルコール"も"抜けるんじゃないかなあ、なんてな。
家永は俺にワンワン叫びながら、気絶させる薬の在処を指示したので、一瞬だけ牛山から離れてそれをとりにいき、べろべろ舐め回している間に後ろからその首に注射針を刺して投薬した。
結果、牛山はどすんっと膝をつき、動きが鈍くなった。気絶してないのはきっとあの肉体のおかげだろう。
こんなでも多少、思考を逸らすことができたんじゃないだろうか。性欲から。
「───ああ、酷い目にあった」
安堵と疲労のため息を吐いていると、家永が涙と鼻水と涎塗れのぐっちゃぐちゃな顔で俺を非難してくる。
「お前の所為だろう!!し、死ぬかと思ったあ~……っ」
さっきから、人殺しがなんか言ってるんだけど、どうしてくれよう。
俺の所為じゃないし、絶対。
一方足元では、フーフーと息をしていた牛山がかすかに呻き、数秒間呼吸をとめかけた。
その後ぶはっと息を吐き出して、徐々に呼吸を普通の速度へと戻していく。
「……なんだ、白石か……?」
そして俺に気づいた牛山が顔を上げ、訝しみながら立ち上がった。
次は、台に押さえつけられた家永に目が行き驚いて息を詰める。
「っ女将!……その刺青……囚人だったのか!」
「同物同治とかいって人間食べてた家永って医者がいただろ」
「ああおったな、家永って名前だったか」
「ここを根城にしていたみたい。明日渡すはずだった複製と……ついでに、こいつの身柄もやる」
「ちょっと、私は協力するなんて!」
「選べる立場か?ほら、あとはさっきの、囚人の目撃情報を吐け」
牛山は俺が渡した辺見の刺青を懐に仕舞いながら、俺と家永のやり取りを見る。
家永はぎりっと歯を食いしばっていたが、情報を渡せば殺さないと言えばあっさりと吐いた。



next.

ある意味暗躍回です。
本当は主人公が牛山に襲われかけるのもありかなって思ったけど、暗闇の中背後から忍び寄り襲ってくる人間に負けるだろうか?いや負けない(反語)と思って。
Feb.2024

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