秘すれば春 06
牛山は、俺が渡した辺見の刺青の複製は偽物じゃないかと疑っていたけど、そのうち杉元とはやり合って本物の皮の方を奪うことと、俺が家永の身柄を引き渡したことに免じて引き下がった。そして去り際に、「常に居場所を伝え、出し抜けると過信するな」という土方さんからの伝言を受け取った。
やァね、束縛強い男って。
部屋に戻って寝なかった俺は、翌朝顔を合わせた杉元とアシリパに女遊びかと白い目で見られたが、刺青の情報を仕入れてきたというと一応の面目が保たれた。
網走でのっぺらぼうに会うにしても刺青は持っていたほうが良いだろうと、家永から聞き出した情報をもとに俺たちは日高に向かう。
途中、苫小牧でアイヌの村に一泊、占いが得意だというインカラマッとかいう女に絡まれ、謎にキロランケが競馬の騎手をやるという一幕があったが、それは省略する。
日高につくと付近の海辺で、アザラシを撲殺するアシリパの姿を遠目に見守り、例にもれずアザラシを捌いて食べた。
そのアザラシから、ことが始まった。
アシリパの親戚のおばあちゃんがいる集落に身を寄せると、おばあちゃんは土産にしたアザラシの皮を見るなり泣き出した。
なんでも、おばあちゃんの母親から代々受け継がれてくるアザラシの皮で作った衣服があるらしく、自分の娘が結婚した時に譲ったがそれを義理の息子がたった三十円で売りさばいて、その金を持って逃げてしまったのだそうだ。
アシリパは買い戻すというが、それならまずクソバカ義理息子を捕まえて売りさばいた方が良いのでは……と思ったがそれは言わない。
杉元も根が良いやつなのでほっとけないと言い、俺たちはその買い手───エディー・ダンの家へと向かうことになった。
その男はアメリカ人で、この近くで牧場を経営しているそうだ。
俺が家永から仕入れた情報による、日高に向かったとされる囚人の情報が『ダンという男に会いに行く』だそうなので、幸先が良いのかもしれない。
ところがダンとは交渉が決裂。
三十円で売った大事な家宝を三十円で買い戻したいと素直に説明したアシリパに百円で売ったと宣った。
が、二人の屈強な男の圧によって交換条件を出してきた。
足元みてるなあ、と思いながら聞いてみると、この近辺にはモンスターが出るらしく、牧場の馬が何頭も駄目にされているらしい。その正体は赤毛のヒグマで、そいつを狩って持ち帰ってきたら家宝を三十円で返してやるというのだ。
そのようにして、赤毛のヒグマ狩りが始まった。
「白石はついてくるな、ドジだし邪魔なだけだ。銃もないのにワイワイついてこられても足手まといだ」
アシリパのあんまりな言いように、く~んと鼻を鳴らしたがクマ狩りは置いて行かれた。
さっきは杉元とアシリパの間にいたせいで、杉元の銃口から逃げようとしてアシリパを潰したから文句が言えない。
それに銃は相手に警戒されないために持たないようにしているから、狩猟で使えるイメージがないんだろう。
「この森を南へ出ると誰も使っていない農家がある。勝手に休んでもかまわんだろう」
「はあ~い。じゃあ気を付けて」
牧場の案内人がそんな俺に待合所代わりの小屋を教えてくれたので、あっさりヒグマ狩りは皆に任せた。
キロランケも銃を持ってきていないからとこっちに来ることになり、俺たちは森の中を少し歩いた。
ほどなくしてそれらしき農家が見えてきたその時、傍で草を踏む音がして視線をやると、怪我をした馬がてこてこと走って来たところだった。
「あいつ!」
「さっきヒグマに攫われかけてたやつ?」
「そうだ……よくここまで逃げてきた……」
キロランケはその馬を迎えにいき、顔を撫でてやる。移動中の馬との関わり方や競馬での熱の入り方からして、キロランケは馬が好きだ。
「連れていくつもり?何考えてるんだよ、俺たちはヒグマと戦える武器なんかないのに」
「うるせえっ、殺されちまうってわかってるのにほっとけるかよっ」
こいつ……馬好きどころか、馬鹿だった……。
俺は頭を抱えそうになったが、ふいにまた物音に気が付く。
少し遠くに、見えてしまった───赤毛のヒグマが。
「白石ゆっくり動け、絶対走るなよ……」
静かな声でキロランケが指示をする。
銃はないが毒を塗った暗器で応じることも考え、こっそりと手に忍ばせながらキロランケの言う通り音もたてずに後退した。
馬も緊迫した空気に当てられて静かになっており、キロランケに押されるようにしてこちらへ来る。
「革帯を外して奴にむかって投げてくれ。ヒグマは蛇が嫌いなんだ」
「わかった、───行くよ」
ヒグマがぬうっと動き出し今にも走り出しそうになる直前に、俺は奴の目に向かてベルトを投げた。
ベチィッと命中したので蛇と勘違いする以前にまあまあ物理的な攻撃をしてしまったが、いいだろう。
「今だ農家に入れ!」
とにかくヒグマが怯んだ隙に、俺とキロランケ、そして馬は農家に向かって駆け出す。
「なんの騒ぎだ?」
だが家の戸を開ける直前、向こうから開けられて男が出てきた。
驚きはしたが、命の危険がある以上構ってはいられず、俺たちは勢いのままに男も巻き添えにして中に飛び込んだ。
「うおお!?なんなんだ」
「ヒグマが外にいる!!あんた銃は?」
「銃なんてこの家には置いとらんぞ」
この家は使われてない農家だと聞いてたが、男の正体はともかくとして、ヒグマが警戒して家の周りをぐるぐる回っている今、戸や窓を封鎖しておかなければならない。追及はあとだ。
「───何をやってるんですか?」
「え?」
だがそこへ、もう一人男が現れた。
「今入って来た?どこから?」
「奥の勝手口ですけど」
「そっちにも出入り口が……一人できたのか?」
「……はい」
俺は咄嗟にその男に畳みかけるように聞く。
「どうして土間に馬が?」
「おもてにヒグマがいるんだ───ここってあんたの家?」
「え、ヒグマ!?……ああ、ええ、まあ……はい」
全てにおいて怪しい~~~!!!
そう思いながらキロランケに目くばせをする。
「キロランケ、俺は勝手口を閉めてくるから、ここにいて」
「ああわかった!」
多分見張っていてくれという意味は伝わっただろう。
ひとまず俺は、ヒグマが入ってこられないように勝手口の前にでかい家具を置く。
そして戻ってきたとき、キロランケが何かに驚き硬直するところだった。
「なんだこれ……」
「苫小牧の競馬場にいた奴らだ」
階段に、生首が二つ置いてある。
「たしか八百長試合だったのをキロランケが無視して勝敗変えたやつ?」
「そうだ───なあ、おい、どういうことだよ」
俺とキロランケは、先にいた方の男にまず目をやった。
「えぇ?それは……」
「トボけてんじゃねえよオッサン、俺らより先にいてこの生首に気づかないわけないだろ」
男は生首の発見に狼狽え、戸を閉めて囲炉裏の傍にいたから気づかなかった、と下手な言い訳をしだす。
そしてここへ来たのは一晩泊まれる場所を牧場の人間に教えてもらったから、というあり得そうな理由を言った。
「───あんたは?ここが自分の家だって言ったけど、本当?」
次いで、俺はもう一人の男に目をやって問う。
急にそう言われた男は、おどおどと目線を逸らした。
「……どっちだ?どっちが俺を殺しに苫小牧から追って来た男だ?」
キロランケが気迫をもって二人を追及する。
だがその時、家の戸を叩く音と、銃声、そしてアシリパの声が聞こえた。
「白石ッいないのか!?戸が開かないぞ!!早く開けろ!」
「───こっち!この窓以外封鎖してるんだ。ヒグマが周辺にいるから気を付けて!」
俺は急いで台所の窓から顔を出して声を上げる。
すると駆け寄って来たアシリパが見えて手を振った。
そして飛びついて来たその手をつかんで持ち上げる。続いて牧場の男が入ってくるのも適当に引きずり込んだ。
「杉元ベルト!革帯なげろ!」
ヒグマが俺たちの声や銃声に気づいて最後の杉元に飛びついてくるのが見えて、咄嗟にさっき逃げた裏技を伝える。
すると杉元もすぐその通りにしてベルトを投げたが───よく見ればそこには弾薬盒がついていた。
や、やばくない?
next.
インカラマッとの出会いと競馬のくだりは省略しました。えへ。
Mar.2024