秘すれば春 07
ヒグマが三頭、家を取り囲んでいた。さっき逃げ込んできた牧場の案内人は窓から手を突っ込んできたヒグマに顔を齧られて息絶え、俺たちは武器もなく、そして妙な二人と家の中に残された。
「ここに銃は?」
「ないみたいだ」
「アシリパちゃんの弓矢は?」
「……弓は折れた。毒矢は赤毛に襲われて全部森で落とした」
「ええ!?」
杉元とキロランケが銃の話をしている横で、俺はアシリパに武器の確認をする。だが思ってもみなかった返答に驚く。
逃げてくるときに矢を落としたというのはわかるが、弓が折れたのはまたどうして……と思いながら俺は瞬間的に思い出す。
「俺が潰しちゃった時?」
「!」
原因は俺たちが分かれる前に起こったハプニングだ、とわかった。
銃口から逃げようとしたときアシリパを潰してしまった。その時に何か折れるような音がしたのに、何も折れてるものが見つからずにそのままにしたのだ。
「ごめんよ……あとでストゥで殴って……」
「べつにいい。わたしも壊れたことにすぐ気づかなかった」
目を見開いたアシリパの反応からして、やっぱり俺の所為だったのだ。
俺が素直に謝ったからか、アシリパはふいっと顔を背ける。
今は暴言吐いてる場合じゃないんだろう。
あれ、待てよ?杉元がベルトを投げたのも俺の指示だ。
「ウウゥ……俺が外に行ってくる……」
「バカやめろ!!お前みたいなドジが行ったってヒグマに食われて終わりだ!」
窓から顔を出そうとしていると、アシリパが俺のズボンをビッと引っ張る。ベルトしてないからちょっと脱げそうだが、止めてくれるな男のケジメだ……。
「何やってんだよアシリパさん、白石」
「杉元の銃弾捨てさせたのも俺だから……銃弾拾ってくる」
「別にお前のせいじゃねえよあれは。つーかお前ドジなフリしてるように見せて普通にドジなんだからやめろ」
ぱしーんと頭を叩かれてキャインと悲鳴を上げた。
そして首根っこも引っ張られて、台から引き摺り下ろされる。
信用がないな俺。いや、そう見せてきた結果なわけだが。
「そこまでにしろ。───危険なのは外だけじゃない」
叱られた犬よろしくアシリパの後ろに隠れて反省してたら、キロランケが俺たちのじゃれ合いを止めた。
家の中に先にいた男は若山、後からきた自分の家だという男は仲沢と名乗った。
どっちも怪しくて、どっちも知らばっくれてらちが明かないので、杉元が時間がないから服を脱げと二人を脅した。
「キロランケを追って来たヤクザなら『くりからもんもん』が入ってるだろ───そいつに外の弾薬盒を取りに行かせようぜ」
銃剣を向けて凄んだところ、先に動いたのは若山だった。
隠し持っていた長ドスで、居合のように杉元を切りつける。反射神経抜群の杉元が避けた結果切れたのはマフラーだけだったが、その後杉元の繰り出す攻撃を避けて見事に銃剣を落として見せた。
おお、良い太刀筋。
「テメエらが連れてきたヒグマだろうが!!テメエでケツが拭けねえなら切り刻んでヒグマの餌にしてやろうか」
杉元とはまた違った迫力で凄む若山。
銃剣を避ける際に破けたシャツから若山の肩と胸が露わになり、そこには鮮やかな刺青が彫られていた。
所謂くりからもんもんというやつで、ヤクザである証拠だろう。
馬主の親分だった若山は恨みがあるキロランケに落とし前として銃弾を拾いにいけといった。だがキロランケも杉元もやる気満々。
一発触発の空気にオロオロする仲沢、どうするんだろうと見ている俺。結局、一番冷静で争いごとを好まないアシリパがヒグマをどうにかするのが先だと仲裁した。
若山も一時休戦に納得したが、結局は誰かが銃弾を取りに行かなければならないという。全くもってその通りなので、俺が行ってもいいんだけど……杉元とアシリパは俺の逃げ足はわかっていてもヒグマ相手に丸腰で逃げ切れるとは思っていない。
ならどうやって誰が行くか、という話になった時若山は博打で決めようと言い出した。
う~んヤクザが提案する博打なんて大体いかさまありきで、向こうの勝ちが決まっているのに。
「…………いいぜ」
「アイヌの色男と勝負させろ。『丁半』だ。知ってるな?」
杉元が応じたが、若山はやはりキロランケにやらせたいらしい。
「白石、丁半ってなんだ?」
「二つのサイコロを振って出た目の数を足して、『丁度』か『半端』な数字になるかを賭けるんだ」
アシリパが俺の服の裾を引っ張るのでしゃがんで、軽く説明している間に杉元とキロランケはサイコロを調べて重りがないことを確かめていた。
「『壷振り』も仲沢さんだっけ?この家主さんにやってもらえば公平だろう」
「えぇ!?私がやるんですか?」
いやそいつも家主じゃない可能性高いんですけど。いいのかな~
万が一キロランケが行くことになったら俺が毒付きの暗器で援護しよう……。
「親分が浮気するからだ!!!」
「あれは金で買った男だと言っただろう!まだ根に持ってるのかッ」
結果として仲沢はヤクザだったし、親分のイロだったから、二人はグルだったみたいなのにキロランケが賭けに勝った。
というのも、痴情のもつれによる怨恨だ。
「さっきだって親分はその男のお尻を物欲しそうに見ていたくせに」
「見てない!!」
突如俺は指をさされ、視線を集める。
俺のお尻?いつ?あ、外に出ようとしてアシリパにズボンを引っ張られてた時か………………やだぁ。
思わず俺はアシリパの後ろに隠れて、身を縮こまらせる。
「だいたいよぉ!男娼と寝るなんて便所に行くようなもんじゃねえか」
「不潔だ!!親分は不潔だ!!触らないで!!」
「さてはやっぱりあの男娼を殺したのはお前だな!?」
「私は殺してない!!」
家の外にはヒグマが三体もいて、ガリガリと不穏な音を立てているというのに、俺たちは何を聞かされ見せられているんだろう。
「親分なんかヒグマにチンポ食われちまえばいいんだ!あんな若い男を連れ込むなんて!」
「うるせえッお前なんて札幌に置いてくるんだったわ!!」
賭けに負けた若山は杉元に言われて一応は外に行くらしい。
相変わらず恋人とは口げんかしているが、その辺筋は通すんだな、ヤクザって。
それにしても、札幌から来たのと、若い男を買ったという話を聞きながら俺は家永から聞いた情報を思いだしていた。
家永はある日ホテルに泊まりに来た男二人のうち若くきれいな顔をした男だけを拷問した。その最中に家永の刺青を見た男が、一緒に泊まった男には同じような刺青が入っていたと零したそうだ。
その男から、刺青を持った男は日高にいくという情報を得たので───若山はやっぱり刺青を持った囚人の可能性が出てきた。
でも背中には違う刺青があったから他のどこかに、
「囚人だあぁ!!!」
と思っていた矢先に、杉元たちが絶叫していた。
若山が外に出てヒグマと対面し、隙を作るためにベルトを投げた時にズボンが落ちた。その足に、囚人の刺青が施されていたのだった。
若山は弾薬盒は見つけられなかったが、傍に落ちてた一塊の銃弾を杉元に投げ、ヒグマから逃げて家から遠ざかった。
「おやぶぅうん!!」
「なるほど、背中に彫れないから足か」
仲沢がぐずぐず泣いている横で、顎を撫でながらその光景を見る。
しかし逃げた若山をヒグマは追いかけてしまった。あの様子では食い殺されてしまうし、こちらも銃弾が不足している。
家の中に一頭が入ってこようとするのと、杉元が銃弾を装填するのを見て、俺は窓から外に出た。
「え、あ、あなたなにを」
「白石!?こらまて!!」
仲沢とアシリパが俺が外に出たことに驚いて声を上げるので、しっと人差し指を立てて黙らせる。
今のところ、家のすぐ外にいる一頭は俺の存在に気づかずさっき若山が放り棄てた生首に夢中だ。
静かに周囲を見て杉元の弾薬盒を探している間に、家の中から銃声が聞こえる。同時に俺も、茶色く四角い何かを発見して駆けだした。
無事に弾薬盒を回収して、外にいるヒグマに気づかれないように影に潜んだ。
さっき家の中にヒグマが入って行ったから応戦してるはずで、再び窓からアシリパが顔を出すのを待つ。
すると顔を出したのは杉元だった。その視線の先には土の中から足だけ出してる若山らしきものが見える。
「!」
ところが、不意に俺に気づいて、手を振ったり外にいるヒグマを指さしたり、手招きをする。隙を見て戻ってこいってことだろう。
俺はそんな杉元に向かって弾薬盒を投げて、反対に走って森の奥へ向かった。
目的は若山の救出、もしくは刺青の死守だ。
next.
親分と姫の回一番好きだった。なんでだろ。
Mar.2024