Sakura-zensen


秘すれば春 08

土に埋まって足だけ出てるオッサンを引っこ抜くと、ぶほっと咳をした。どうやら生きてたみたいで、その身体を横たえて様子を見る。
「!?おまえさん、どうしてここに?ヒグマは!?」
「今はいないみたい、動ける?」
「おうよ、このままじゃ終わりにしねぇぞ」
息巻く相手がヒグマなのかキロランケなのかはわからないが、それは後でどうにでもしよう。
「この近くに牧場経営してる男の家がある。そこで武器を借りてこようと思うんだけど」
「エディー・ダンのところか?そりゃあいい、奴は良い趣味してやがるからよ」
へっへっへっとあくどい顔をした若山に、俺もにっこりだ。

目的は一致したので二人で駆け出し、"交渉"は"本職"に任せた。
若山はまず家に押し入り、何も言わずにダンを一発ぶん殴った。なるほど、痛みと衝撃を与えて優位に立つ作戦か。
「武器だ。テメエが趣味で集めてる中で一番デカイのを出せ」
そして端的に要望を押し付ける、華麗な手口である。
にしても……ダンが全裸の上に一枚だけ羽織ってるソレ、アシリパの親戚の家宝の衣装では?ばっちい……。

ダンはヤクザの剣幕に押し負け、服をイソイソ着てから家の外にワタワタと出る。
そして機関銃を差し出し、なおかつ車まで出してくれたので乗り込んだ。
機関銃をテンション上げてぶっ放す若山を、弾がもったいないから落ち着けといさめ、車に揺られることおよそ十分。目当ての家が見えてきた。
「す」
「姫~~ッ!!」
丁度家から人が脱出してくるのが見え、俺は声を上げようとしたが、隣にいた若山が声を張り上げたことでかき消された。
……姫!?
「おやぶぅん!?」
反応した仲沢がおそらく……姫ってことなんだろう……。
愛は人それぞれ、好みも人それぞれだ。

家からは杉元とアシリパ、そしてキロランケの三人も出てきていたので安心だ。
だがその後ろで、家の中から赤黒い影が出てくるのが見えた。
最後尾にいるキロランケが危ない。
「後ろにいる……キロランケ伏せて!」
「死ね化物ぉ!!」
俺の声に反応してキロランケが伏せると、若山が機関銃をぶっ放してヒグマを撃ち殺す。
それにしてもこの男、どさくさに紛れてキロランケを殺すのもいとわなかっただろう。……危ないところだった。
しかしほっとしたのも束の間、ヒグマはもう一頭いて、家の影からのそりと出てきた。
聞いてた通りすぐに弾切れになった機関銃はもう使い物にならない。杉元が銃で何度か撃っているが命中率も低く、威嚇程度にしかならなかった。
「乗れ!」
それでもみんなが車に駆け寄ってくるくらいの時間稼ぎはできた。
全員が車に飛び乗り、車体はかなり揺れる。
それでもなんとか方向転換をしてヒグマから逃げるために車を走らせた。
「追ってきてる」
「ヒグマの足はもっと速い。杉元が何発か命中させたおかげで弱っているんだろう」
車から後ろを見ながらヒグマの動きを知らせると、横にいたアシリパがそういう。
「拾いに行った甲斐があったね。杉元、まだ銃弾残ってるなら」
「───あ」
ふいに、誰かの小さな声が聞こえた。
声のする方を反射的に見ると、仲沢が外に向かって手をのばしている光景が目に映る。その手の先には、長ドス。
おそらく長ドスが落ちそうになって拾いに行こうとしたんだろう。だがその時、車が大きな凹凸に乗り上げて軽く跳ねあがり、仲沢の身体が振り落とされた。
ドシャッと音がして、皆もはっとしてこちらを見る。
「姫ッ!」
「親分ッ」
若山は後を追うようにして車から落ち、地面を転がった。
這いつくばった仲山が、なんとか起き上がろうと、ヒグマから逃げようとしているが、───追いついて来たヒグマに襲われた。
「あうぐうぅうぅッ!!!」
苦痛に藻掻く悲鳴が響き渡る。
後ろからしっかり首に噛みつかれている為、あれだけでかなりの出血になる怪我を負ったはずだ。
「姫ッ」
若山は足を止めることなく、ヒグマのそばに落ちている長ドスを拾い抜刀と同時に切りつけ、ヒグマの手を落とした。
それでもヒグマはひるまず、若山に襲い掛かり奴の腹を裂く。
しかし乱闘の末、ヒグマは首を刺され、鼻先を切り落とされ、そして最後はケツをブッ刺されて斃れた。

「すご……」
弱っていたとはいえ長ドス一本でよくやりあったものだ。思わず感嘆の声が零れる。
若山はぜいぜいと息を吐きながら、重い身体を引き摺り仲沢の元へ行く。どうやらまだ、息があるらしい。
「姫……」
「ざまあみろ親分……もう私に隠れて浮気できないね」
その親分さっき車に乗ってる時、どさくさに紛れて俺の腰抱いてたけどな。
「私と一緒に死んじゃうもんね……これで私は親分の最後のひとだからね」
「バカ野郎ッ……!」
恋人たちの最期に水をさすのもな、と思い俺は口を噤み美しい夕日と共に、命が失われる瞬間を見守った。

「───皮剥いでくる」

そして杉元の背中を見送った。



ダンの家でもてなしを受けて一息ついていると、アシリパが近づいて来た。
そしてヒュッと棒を振りかぶって俺に叩きつける。
「あいたーっ!」
バコンと首と肩のあたりを殴られて、声を上げた。普通に痛いです。
「なにっ、ストゥ持ってたの?いたっ、ぎゃぅ!」
べしべしと殴ってくるのを恐る恐る見てみたら、それは矢筒だった。さすがにストゥはここにないらしい。……とはいえこれは制裁ということなのだろう。俺がアシリパの弓を壊しちゃったから。
「ご、ごめんなさいぃぃ」
「簡単に謝罪を口にするな!」
「ぎゃん」
しゃがんで身体を丸めながら制裁をうけ、素直に謝ったら今度は普通に手で頬をぱちんっと叩かれた。痛くはないが声は出た。なぜ謝っても怒られるのか……。
「どうして一人で外に出たんだ!?」
「へ……」
「アシリパさん俺にも貸してくれ」
言ってることの意味がよくわからなくてぽかんとアシリパを見上げると、その後ろから杉元がぬっと現れ、矢筒を受け取ったあと俺に振り下ろした。
「っいでーっ!!!な、なんで!?!?」
「いう事をきかないバカ犬にはお仕置きだ」
「えええ……?」
素直にぶたれたから頭がズキズキしている。
だがさらに追加で───キロランケがやってきて俺を見下ろす。
も、もうぶたれるのは嫌だあ。きゅっと縮こまると、その影がゆっくりと近づいた。
「アシリパと杉元は、お前が一人で危ないことをしたことに怒ってるんだぞ」
だけど想像していた衝撃は来ず、キロランケはしゃがんで目を合わせ、諭すように優しい声で言った。
あれ?もしかして、単独行動を怒ってるのか?
「でも……弾薬盒がないと皆ヒグマに食い殺されてたかもしれないし、足の刺青は必要だっただろ?今回はかなり足を引っ張っちゃったから、たまには役に立とうと思ったんだけど」
「役立たずはいまに始まったことじゃない。お前はせいぜい湯たんぽか脱獄でその力を発揮してりゃいいんだ」
「そうだぞ白石!お前はドジなんだから、つまんないことであっさり死にそうだし、危ない時は大人しく私たちの後ろにいろっ」
杉元とアシリパに両方から頬を引っ張られ、正面にいたキロランケはわはわはと笑う。
そして頭をぽんぽんっと叩かれたので、叱られながら慰められるという奇妙な場面になってしまった。
「キロランケ、褒めちゃだめだ。褒めたらまた同じことをしてしまうだろう」
「おっと」
そしてアシリパにそう言われたキロランケは両手をあげた。
え……俺って、犬……?



何はともあれ刺青を手に入れ、衣装も買い戻せて、アシリパは新しい弓を手に入れた。それどころか次は夕張で刺青の目撃情報があったという情報まで。
かなり運が良いな、と思いながら外でダンがくれた海外の珍しい煙草を吸う。ちなみに俺はヒグマから引っこ抜いた長ドスを英雄の刀としてダンにあげた。
「若山の親分を含めて六人分か───全部で二十四人のうち」
いつの間にか横に立っていた杉元が呟いた。
二十四人の囚人がいるという話は以前していたので、六人分を集めたことで感慨深いのだろう。もしくは、全然足りないと痛感したのか。
「鶴見中尉は谷垣の話だと一人分だったけど、あれから増えただろうしね」
「……そうだよな」
何か思うことがありそうに、杉元は沈黙した。
目が何かに気づいたように動き、定まる。それは俺が口から離した煙草だ。
ふと、キロランケと初対面の時に煙草を喫い合ったことを思いだして、杉元に吸い口を向ける。
「アイヌの風習では男はあいさつ代わりに煙草を喫い合うんだって」
「……へえ」
杉元は身を屈めて煙草を口に含んだ。
たしかキロランケと煙草を喫い合ってた時、杉元とアシリパは魚を捌いていたから気づいてなかったんだろう。
「なんか癖があるな」
「海外のだからね」
杉元の吐き出した煙は少なく、多分まずかったから肺には循環させなかったのかも。
「普段煙草喫ってないよなお前」
「くせになるし、匂いがつく」
今度は自分の口に煙草を持ってきて喫う。
そしてゆっくり吸い込んで、肺に入れて呼気と共に吐く。すうっと細長い道筋を描き、むくむくと広がっていく様を見てから杉元を見返した。
「……土方歳三も刺青を集めていると思う。持っている枚数まではわからないけど、単独行動じゃないだろうし、囚人とだって手を組んでるかも」
一息ついてから話を刺青のことに戻すと杉元はわずかに目を見開く。
「お前は手を組みそうな囚人に心当たりあるのか?」
「うーん……腕っぷしが強そうなのは何人かいたから、そのあたりかなあ」
どんな奴だと聞かれて、岩息や牛山の名前を出してみたけど、杉元は牛山に反応することはなかった。
一緒に札幌のホテルに泊まった時、飯を食ったと聞いてたんだけど名前は名乗らなかったんだろう。

───おそらく彼らは、近々杉元に接触してくる。
ここにはアシリパがいるから。



next.

みんな気づいちゃった。犬ぴっぴだということに。
ちゃんと役立たずの役目に湯たんぽは入れてもらえるようになった。ヤッタネ。
Mar.2024

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