Sakura-zensen


秘すれば春 09

次に訪れたのは、炭鉱の町、夕張。
町で薬屋に熊の胆を売りつけたり、川に入って遊びながらカワヤツメをとったりと、かなり平和な滑り出しである。

「水の下の岩のくぼみに吸いついてるから、中指を外に出して掴んでみろ」
川では、キロランケがすぐさま一匹カワヤツメをとってみせ、やり方を教えてくれた。
だけど俺はせっかく掴んだ魚を上手くつかまえられずに逃してしまい、呆れられて「あっちで遊んでろ」と追いやられた。
俺に対する諦めが早すぎないか?いや、分かってる、日ごろの行いの所為だって……。
「遊んで~」
結局俺も諦め、浅い川の中をばちゃばちゃと進んでアシリパの元へ行くと、丁度足の指で細長い小魚を挟んで水から上げたところだった。
それはアイヌでは『プヤプヤ』と呼ぶ、スナヤツメという魚らしく、美味しくないので捕まえて遊ぶのに最適だそうだ。
早速杉元が周辺に足をのばして探している。執拗に俺の足踏んでるけど俺に恨みでもあんのかしら。
「あ……これかな?プヤプヤいたかも!!───捕まえたッ」
そういって杉元が足を持ち上げると、俺の足が連れていかれる。
う~ん、こうなると思った。
「あれ?」
杉元はプヤプヤだと思ったのが俺の足だったことできょとんとしている。
俺は危うくバランスを崩しそうになったが持ちこたえ、杉元の足の指を掴み返す。
「えい、プヤプヤ!」
「このっ、オラ、プヤプヤ!」
暫く足の指を縺れさせながら攻防が続いた。
「私も捕まえるぞ!プヤプヤ!!」
するとアシリパも加わってきて、きゃっきゃっと三人でじゃれ合う。
キロランケがそろそろ飯にするぞと声をかけにくるまで、それは続いた。


腹ごしらえを終えると、情報収集のためにまた町に出た。
この近辺は炭鉱が盛んで、観光や商売でにぎわっている感じではない。いつもの情報収集では茶屋や遊郭などを利用するが、今回はそうもいかないだろう。
それに、この町で探すのは囚人というよりは刺青人皮そのものである可能性が高い。
その為全員で聞きこみを開始し、アシリパとキロランケ、俺と杉元の二手に分かれた。

「強盗が目撃したっていうなら、刺青人皮を集めている奴がいるってことだよな」
「囚人じゃなくて……収集家なのかね?珍しいものを集めていて、何も知らずに手に入れたとか」
「なるほどな」

そんな話をしつつ、買い食いしたついでとか道を尋ねるふりをして町の住民に聞き込みをする。
めぼしい情報はなかったが、道中で杉元が何かに気が付いたようで俺を路地裏に引っ張っていった。
その視線の先には軍帽を被った男がいた。
いちいち軍人を警戒してたらきりがないのだが、よく見たらその男は鶴見中尉の部下だった。
「オイあの兵士……鶴見中尉のところで見なかったか?」
「見た。月島だ───月島軍曹。鶴見中尉の側近」
杉元は一度鶴見中尉に捕まって尋問を受けただけあって、部下の顔に見覚えがあったみたい。
俺はというと言わずもがな。
「やっぱり───あとをつけてみるか」
「二人は?」
「見失うわけにはいかない、このまま一緒に来い」
別行動のアシリパとキロランケは呼びに行かず、俺たちだけで月島軍曹の行動を調べることになった。
月島軍曹は手に桶を持っていたから銭湯にでも行くのかと思ったが、この近くにある銭湯とは反対方向へ歩いていく。風呂を出たのか、他に用があるのか、目的は今のところ分からない。

月島軍曹は何やら近隣住民らしき老人と一言二言会話をしたと思えばすぐに別れ、ある家に入って行った。
町のはずれにある、比較的大きな建物だ。
よく見てみると柱には『江渡貝剥製所』と書かれている。
「町でこの剥製所のことを聞き込みしてみようか」
「いや、もうしばらくここで様子を───!」
少し離れた所から家を見ながらヒソヒソ話していると、家からは銃声がした。
何があったのかと警戒していると、程なくして月島軍曹が駆け足で家から飛び出してきた。
先ほど持っていた桶などはなく、その手には拳銃が握られている。
「何かあったのか?……丁度いい、中に入ってみよう」
「月島軍曹を追わなくていいの?俺が───」
「いいから来い」
杉元はどかどかと剥製所の中に入って行くが、俺は慌てた様子の月島軍曹も気がかりだった。
今から本気で走れば追いつけるだろう、と杉元から離れようとしたところ、首根っこを掴まれて引っ張られ、キュッと首がしまる。
そうなると俺は首輪とリードを付けられた犬のように従順になるしかなかった。

家の中には動物の剥製がたくさん並んでいた。
剥製所というからにはそうなんだろうが、もしかしてこの仕事が興じて人の顔の皮を模した本の表紙を作ったのかもしれない。
目についた動物の頭を何体か指先でトントンと叩き、周囲を見る。
「杉元、誰か死んでる。さっきの銃声はこれかな……?」
部屋の中で、頭を銃弾で撃ち抜かれて死んでいる兵士がいたので杉元に知らせる。
倒れた身体の向きや部屋の構造、割れた窓ガラスからして外から射撃されたんだろう。
しかし、さっきの銃声は複数回した。となれば、窓ガラスはもっと割れていたり、部屋には弾痕が残っていても良いはず。なのに、遺体は頭を一発で他に傷はない。
つまり、狙撃した人間がこの家の中に侵入していて、月島軍曹と遭遇して撃ち合いになった、ということか。

隣の部屋を覗こうとして、その柱に傷があることに気が付いた。
微かに見える部屋の先には卓を囲む人形。天井からは頭部だけが逆さまに吊り下げられていたりと、かなり奇妙な光景が垣間見える。
「なんだこれ……」
独り言のように言いながら、その部屋に足から先に入った。
次に身を屈め、さっき見つけて持ってきた動物の頭部の剥製をひょいっと投げ入れた。
「───っ!?」
それは、部屋に入ってすぐ右側に待ち受けていた男の不意を打つ。
銃を持っていたので、素早くそれを蹴り上げて掴み取った。
そして手早く銃を向けると、男はすぐに右手を上げ、左手で人差し指を立てた。
「シ~~」
「……」
男は陸軍の制服を着ているが、おそらく射殺された兵士を狙撃したのはこいつだ。
「裏切り者か」
「お前と同じくな───白石由竹、土方歳三から聞いてる」
声を潜めて問うと、男は微かに口元に笑みを浮かべた。
「……ここへは何の用で?」
「これだ」
「!」
さらに目的を問うと、差し出されたのは人の皮膚のようなものの切れ端だ。その一部には刺青のような着色が施されている。
「月島が慌てて出て行ったのは、逃げた江渡貝という男の保護だろう。奴はおそらく刺青人皮の偽物を持っている。お前たちもすぐに追ったほうが良いぞ」
「……」
少し考えてから、俺はその男に銃を返しながら、皮膚を受け取った。ついでに部屋の奥に入り、鶴見中尉を模した人形みたいなのを掴んでから部屋を出て行く。
「白石気を付けろ、この兵士は外から撃たれているぞッ!まだ家の中に誰かいるかもしれん」
そして杉元に近づくと、丁度振り返るところだった。
もう家の中にいる誰かさんには会っちゃったんだよなあ。
「あっちの部屋にはいなかったけど……こんなのみつけたよ」
「!これは」
鶴見中尉人形と、人皮の見本のようなものを見せれば杉元の目は見開かれる。
「きっとここで刺青人皮の偽物が作られていたんだ。それを知った誰かが狙撃して狙ったから、持ち主は逃げた。さっき出て行った月島軍曹はそれを追いかけていったんじゃないかな」
杉元にそう伝えると、家の中を調べるよりも製作者と月島軍曹を追うほうに目的は切り替わった。


町中を探し回り、月島軍曹と江渡貝らしき人物をやっと見つけたと思ったら、なぜかトロッコに乗り坑道を爆走するという事態にまでなってしまった。
杉元が撃つ銃はあたらないし、向こうから石炭が投げられてくるし、一度トロッコが追い付いて乱闘になったがレールが切り替えられたことでまた距離が出来てしまった。
その直後、どこかで爆発音がして、俺たちは周囲を見回す。
「なんだ?」
「採掘で使われるダイナマイトかも───巻き込まれてないと良いけど」
「ああ…………なんか、臭わねえか?」
自分たちが爆発を逃れたのはよかったが、と気を抜いていた時に杉元が首をひねる。
「え───あ、まずい」
遅れて俺も、杉元の言う臭いに気が付いた。
この独特の臭いはおそらく、ガスだ。爆破によって地中のガス溜まりを掘り当ててしまったのだろう。

身構える暇もなく、デカイ爆発音や強風が俺たちの身体を襲った。



next.

プヤプヤは三人でキャッキャウフフしてほしかった。
尾形ウオーッ(興奮)
Mar.2024

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