Sakura-zensen


秘すれば春 10

度重なる爆発とガスの発生により意識が朦朧とする中、杉元と共に出口を探した。
だが炭鉱の工事って言うのは火災が起きると、被害をこれ以上広げないために塞ぐ為、俺たちが辿り着いた場所も案の定そうされていた。
「クソッ……!!」
杉元が何度も壁を殴りつける横で、俺も腹を括った。ここから出るために力を使おう、と。

ところがその覚悟の甲斐なく、牛山が塞がれた壁を壊してくれたことにより助け出された。
二人して担がれながら外を歩くと、ぼんやりとした視界の中にアシリパが見えてくる。
そして、牛山がアシリパを見下ろして言う。
「よぉ、嬢ちゃん。また会ったな」
「───チンポ先生ェ……」
「ハンペンまだ持ってるうッ!」
アシリパはなぜかカッサカサになった四角い何かを取り出した。
杉元曰くそれはハンペンらしいが、そもそもチンポ先生ってなんだ……。


「それで、なんで牛山がここに?」
「───牛山?それって前にお前が言ってた囚人の……じゃああんたもしかして刺青があんのか?」
外の空気を吸ったり水を飲むことで回復してきた俺は、牛山を堂々名前で呼んだ。ここで変に知らばっくれても意味がないからだ。
まあ、土方さんの手下みたいなのと遭遇した今、牛山がいるであろう理由はわかっていたので、違う意味で知らばっくれてはいるのだが。
「ああ。……連れと夕張に来ていたがふらっと居なくなってな。探していたらお前らがトロッコに乗ってるのを見つけたんだ」
「連れ?」
杉元と牛山が話している間に、アシリパには札幌で俺が女遊びをしている間に会ったのが偉大なるチンポ先生だと言われて、色々酷くて目が死んだ。
しかしそこへ、さっき江渡貝の家で会った兵士がやってきて、一同の視線が集中した。
男は乱れた髪の毛をかき上げる。
「しょうがねえ、そいつら連れてついて来い」
「お前は確か、鶴見中尉のとこの……なんでこいつらが組んでる?」
牛山のことは知ってたが、杉元がこっちとも顔見知りとは知らなかったのでまたしてもアシリパが、俺と出会う前にやりあった兵士で鶴見中尉の部下だったはずだと教えてくれた。


刺青人皮の贋作はおそらく六枚。
江渡貝の家には六体の"モデル"がいて、丁度胸から背中にかけての皮膚がない状態で放置されていた。
尾形曰く、江渡貝は坑道で死んでいたが、月島軍曹は脱出した可能性が高いという。
そうなると今後、刺青人皮を奪ったりするときにそれが贋作であることも考慮していかなければならない。
そんな話をしていると背後から老人が一人入って来た。

「ジイさんあんた……見覚えがあるような……どこかで会ったかな?」

杉元は、老人───土方歳三を見て訝しむ。
二人はかつて顔を合わせていたので見覚えがあるのは確かだろう。しかもあの時、俺は一緒に居た。
思い出されてしまうと、俺が土方さんの情報を秘匿したということが知られてしまう。
「その男が土方歳三だよ」
「!」
だがこの流れで誤魔化すこともできないので、俺は素直に土方さんを紹介した。
杉元は肩にかけた拳銃の紐にわずかに手をかける。他にも、ちょうど土方さんが抱いていた猫がおりる着地音、尾形の身じろぎ、キロランケの警戒が俺の五感に伝わってくる。
「久しぶりだな?白石由竹。お友達を紹介してくれんのか?」
その緊迫した空気の中でも土方さんは動じず、俺に話しかけてきた。……やだぁ……。
俺が笑顔をべったり張り付けて黙殺していると、杉元は口を開く。
「ひょっとして……キロランケの村に来たってのはこのジイさんか?」
「……そうだ」
アシリパの和名を知る老人がアイヌの村に来たというのは記憶にも新しい。そこから、土方さんとの接触シーンを思い出さないでくれたらいいのだが。
なんていう俺の心配をよそに、杉元はどこかで会った可能性よりもまず、のっぺらぼうが土方さんにだけは伝えた情報があるという事を確かめる。
そして徐々に、のっぺらぼうの正体にまで言及した。
杉元にとっては、アシリパと、アシリパの父である可能性の高い男の情報が優先なのだろう。
「私の父は……!!」
「手を組むか、この場で殺し合うか───選べ」
アシリパが耐え切れず口を出したその時、土方さんがその言葉を遮るように言った。
刀の鯉口を切り、今にも斬り伏せんばかりの緊張感。
杉元は咄嗟に身構えるが、おそらくこれで戦いが始まったら真っ先に切り殺されるのはこいつだ。
静かに視線を巡らせて咄嗟に周囲の位置関係を確認していると、土方さんの後ろから長倉新八まで出てきた。これはかなり分が悪い状況だ。
一方永倉さんは穏便な言葉遣いで、刺青人皮を買い取ると言った。しかし、杉元は応じない。
「のっぺらぼうに会いに行って確かめたいことがある。それまでは金塊が見つかってもらっちゃ困る」
───グルルッコロコロコロコロ
「会いに行くだって?」
───コロコロ
───コロコロコロッ
「なあに!?コロコロって!」
緊迫した空気の中でアシリパの腹の音がしているのが面白くて、俺は笑いがこらえきれなくてクックッと腹が引きつった。
だが、突如部屋に入って来た人物によって硬直する。
「私が何かつくりましょうか」
「あんた……札幌のホテルの支配人───?牛山たちの仲間だったのか?」

土方さんのところに家永がいたことを、すっかり忘れていた。



「そういえば白石、いいのか」
「なにが」
食事を作ってくれるというので待っている最中に、キロランケが問いかけてくる。
「あの女性に惚れてただろう?牛山を選んだとありゃ、たしかに好みが違いすぎるだろうが」
「元気だせ白石」
「へこんでんのか白石」
アシリパと杉元まであったかい目でみてきやがって。
家永は若い女の姿をしているから皆囚人だとはわからないんだろう。
そして牛山が同時にホテルに泊まっていたことが分かっていたから、デキてるとでも思ってる。
あってないような俺の名誉だけど、今回はさすがに弁明する必要があったので口を開いた。
「ちがうよ、あれは男だ」
「「「!?」」」
「会ってすぐ、なんか変だなって思って。手を見たかったからああしたの」
「手?」
アシリパが手を表裏にしながら眺める。
「年齢や性別は手に出やすいんだよ。特に男は薬指が人差し指より長い傾向にある」
「!本当だ」
アシリパに手を見せてやりながら比べると、やっぱりそんな特徴を持っていた。
他にも肌の張りとか、感触とか色々あるけど割愛だ。
「そいつぁ女好きでもなんでもねえぜ、嬢ちゃん」
「軟派野郎に見せかけて、油断を誘ってるわけか」
「ええ、私にはちっとも靡いてくれませんでした」
途中、牛山と尾形、そして家永まで俺たちの話を聞いて口を挟んでくる。
うるさいな、黙っててくれないか!
「……家永が男で、ここにいるという事は囚人だろう。───家永親宣っていう七十代くらいの元医者で、患者の血を自分に輸血したり、肉や内臓を喰ったりするから捕まったの。随分見た目が変わってるから気が付かなかった」
「同物同治ってご存じでしょうか?」
「言わんで良い、言わんで良い───それで家永、このなんこ鍋の肉は?」
「ご安心ください。『なんこ』とは方言で馬の腸という意味ですから、馬のものを使っています」
馬が大好きなキロランケは口にしようとしていた肉をブッと吐き出した。かわいそう。
「…………あんたらその顔ぶれでよく手が組めてるな」
ふいに黙って飯を食っていた杉元が口を開いた。
杉元からすると尾形は元は鶴見中尉の下にいた軍人だった。今土方一派に居るのは立派な裏切りであり、一度寝返った奴はまた寝返るという。
「杉元……お前には殺されかけたが俺は根に持つ性格じゃねえ。でも今のは傷ついたよ」
尾形はくいっと顎を持ち上げて、意味ありげに笑った。
皆がその妙な雰囲気に沈黙する。
「こらこら、喧嘩するなよ同じ鍋をつつくんだから。───杉元だって俺と組んでるじゃない」
「お前は別に組んでるうちに入ってねえ」
「ひどい……俺のことが必要っていったくせにっ」
「うるせえ」
きいっと高い声を上げると、面倒くさそうに杉元が俺を見る。
すると土方さんがクックッと喉を鳴らした笑い出した。
俺たちの小突き合いがお気に召したのかな?

「その男、要らないというなら貰いうけよう」
「な、───……」

ところが、続く土方さんの言葉に、誰もがしんと言葉を失う。
いや、なんで俺が捨てられ、拾われる流れになっている?

「そいつはただの飼い犬にしておくには、もったいない男だぞ」
「ク~ン……」

俺の人権どこいったんだろ。



next.

原作白石の「ク~ン」すごく好きなんだけど、主人公にやらせていいものか。と葛藤したのですが、元々犬っぽい感じでやってるので、金カムではク~ン芸を踏襲させていただきたく。
Mar.2024

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