Sakura-zensen


秘すれば春 11

土方さんの冗談はさておき。
とにかく月島軍曹の生死を確認し、刺青人皮の贋作が鶴見中尉の手に渡っているのかを見極める必要があるため、俺たちは町へ聞き込みに行くことにした。
土方さんと尾形と家永は家に残り、俺とキロランケは永倉さんと、アシリパと杉元は牛山と行動する。

しばらく何の情報も得られず町でうろうろしていた俺たちだったが、土方さんと家永がやって来たことにより江渡貝剥製所は証拠隠滅のために燃やされ、兵士たちから急襲されたことを知った。
杉元とアシリパと牛山は丁度家に戻って来たところだったので加勢し、皆脱出して先に次の目的地である月形樺戸へと向かっている。
証拠隠滅に来たことや、武装して襲ってきたことを考えると、月島軍曹は生きて鶴見中尉のところへ帰ったということだろう。
刺青の贋作があることは分かったが、どうやって見分けるかというのが次の問題になるため、やはり月形樺戸にいる『熊岸長庵』に頼るしかないのかもしれない。
熊岸は贋札を作る男だったので、贋作を見抜く手がかりが得られるのではないか、という一縷の望みにかけた。
だが、どうやって獄中にいる熊岸に会うのか───道中、馬を引くキロランケから話は始まった。
「網走監獄の予行演習として白石を忍び込ませるか?脱獄が得意なんだっけか」
「永倉さんは以前樺戸で剣術師範を務めてたんだろ?その伝手はどうかな」
「いかにも、昔樺戸で看守たちに剣術を指南していてな。その後も年に数回だが講習会を開いていた───看守の監視なしに接触できるよう取り計らってもらえるかもしれない」
わざわざ俺が違法に忍び込むよりは、と話しに出すと永倉さんは鷹揚に頷いた。
「熊岸に会ったら───まあ、いいか……今更だし」
「白石は熊岸と面識があったのか?」
思わせぶりなことを言いかけてしまい、当然だが聞き返された。
「俺は樺戸にもいた事あるから、逃げるときにちょっと手を貸してもらったんだけど……連れていってくれって言われてて」
「───連れていかなかったわけか」
みなまで言わずとも、キロランケには結果がわかったらしい。
俺は笑顔で肯定の意図を示す。
脱獄は慎重に行わなければならず、よほど信頼している相方でもなければ、奴はやりかたに精通しているわけではない。
失敗すれば脱獄を理由に殺されるし、生かされたとしても、かなりきつい見張りを立てられてしまうので、足手まといを連れていくわけにはいかなかったのだ。


その夜、焚火を囲みぞろぞろと寝始める中、永倉さんと土方さんが最後まで起きていた。おじいちゃんたちって早寝早起きじゃないんか。実際おじいちゃんである家永は真っ先に寝たが。
「寝ないの?見張り?」
俺もウトウトしようかと寝床を整えながら二人に問うと、意味ありげに小さく頷いた。……なんだよ。
「───確かに白石を網走監獄へ侵入させる方が手っ取り早いかもしれんな」
「かもしれないですねえ」
これから待っている大仕事についてだったので、俺は肩をすくめる。
「網走で一回した脱獄とは、わけが違うんだけど」
「自信がないか?───全国ありとあらゆる監獄に出入りしてきた男が」
「別に。ただ、網走は俺たちがいた頃よりもっと警戒されてるんだろうなって思うだけ」
「ああ、お前たちのようにのっぺら坊に接触を試みる者がいると、───あの犬童のことだ、待ち構えているだろうよ」
「犬童───……」
そこから、おじいちゃん二人の懐古話が始まった。
網走監獄の典獄、犬童は数年前まで樺戸にいた。そして土方歳三を秘密裏に監獄にいれ続けた張本人である。
永倉さんが土方さんの生存に気が付いたのも、犬童と土方さんがまだ樺戸の監獄にいたころらしい。
新選組のアツイ話を生で聞いてしまって、ちょっと感動したので背を向けて寝転がった。
俺だって男の子だもん。


永倉さんと、愛人みてえな家永が共に樺戸監獄へ向かうと、典獄への目通りは容易くかなった。けれど、当の熊岸には会えなかった。
なぜなら外役中に脱走を企てた為、射殺されていたからだ。……俺、外役中は駄目だって言ったのにな。
しかしそうなるとやっぱり、網走監獄に忍び込み、のっぺら坊にアシリパの存在を話して直接情報を聞くしかない。
そんなわけで杉元たちがこの町にくるまで待つことにした───は、いいのだが、朝起きてちょっとそのあたりで身体を動かしてこようかな、っと宿を出てすぐのところで兵士にばったり遭遇した。
「オイお前、白石由竹だろッ」
「あ」
咄嗟に宿から逃げる。
馬に乗った軍人が大勢追いかけてきて、町中を走り回った。
どうしてこんな時に、たまたま顔を知られている兵士に会ってしまったんだろ。
しかもかなりの人数がいて、完全にまくのは難しい。
やってしまえば、かなり目立つし、後に影響しそうだと考える。
「どうだ、脱獄してみろ!」
「───……はあぁ~……」
屋根の上を走り、降り立った先にいた軍人達にかなりの銃口を向けられて、とうとう観念した。


で、連れてこられたのが旭川の第七師団の本部である。
え~ん、誰も追いかけて来てくれてる気配がないっっっ!
杉元達と合流のために宿で待っているにしても、キロランケくらいは隙を見て追いかけてきてくれると思ったのに。もしかして捨てられた?網走監獄に潜入するのは俺にやらせるって言ってたのに───あ、ここからも自分で脱走してこいってこと……?

運が悪いことに、俺を見つけたのは27聯隊だ。
ここの聯隊長は鶴見中尉の息がかかっていて、俺のことは筒抜けと考えてよし。
きっと近いうちに、俺から囚人の情報を得ようとしてくるはずだ。俺自身の刺青はとっくに写されてしまったので、生かしておくというのはそういう事だろう。
だから鶴見中尉がここに来るまでには、何とかして脱出がしたい……と思っていた矢先に、俺は急に独房から出される。
もう引き渡しが行われるのか、と恐る恐る連れられて行った先は、応接室のような場所だ。
そこには鶴見中尉ではない、予期せぬ顔がある。
「え……???」
網走監獄の典獄の犬童───、と、見間違えたが、誰だか知らん人がいた。
そばに控える、顔に覆面を付けたやけに体格のいい男の目が、ギラリと光る。こちらは服装からして杉元だとわかった。
「熊岸長庵を連れた部下が待機しています。熊岸と白石の交換は外で行いましょう」
犬童に似た男の口ぶりからして、どうやらこれは俺の奪還作戦らしいことを理解した。
このままいけば逃げられると期待した矢先、またしても部屋のドアが開いて人が入って来た。
そこには色黒の若い男がいて、鯉登少尉と呼ばれていた。
彼は鶴見中尉の名を出し、俺がここにいることを、地位が上の中佐に咎める。
そこで犬童に扮する男は、中尉の言いつけを守るのかと中佐に問う。

こいつ中々うまい事やるな、と思っていた。
───犬童が話せるという薩摩弁に対応したところまでは。

「鶴見中尉の情報では犬童四郎助は───下戸だ」

会話の答えを誤った偽の犬童は、頭を撃ちぬかれて即死した。
杉元も身体に銃弾を食らった。
結局は力技になって、窓ガラスを割って逃亡を敢行。
外では尾形が待ち構えていて追手を狙撃、少し行った先ではキロランケが馬を待たせてくれているらしい。……迎えが来た事にちょっと安心したのは内緒だ。
「杉元、撃たれたところどこ!?走れる?」
「ハァッハァッ」
杉元は俺に返す余裕がないのか、息を切らして横を走っている。
尾形の発砲により軍人がわらわら飛び出してきてしまったようで、キロランケと合流できず南へ向かうことになった。だが、この様子の杉元がどのくらい動けるのかわからない。
「不死身なんだろ?死ぬ気で走れッ」
「俺の、足が……止まったら……白石ッ、お前がアシリパさんを網走監獄まで……」
尾形に発破をかけられながら、杉元がぜいぜいと息をして言ったのはアシリパのことだった。……お前、俺にアシリパを任せるのか。

「───えッ……」

俺は無言で杉元の背中と膝の後ろに手を入れて抱え上げた。
突然のことに驚きながら、俺を見上げる杉元を見下ろし、笑いかける。

「足が止まったら、お前のこと抱えて走るくらいしてあげるよ」

あれ、何か今トゥンク……という音が聞こえたような。



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お姫様抱っこです。
Mar.2024

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