Sakura-zensen


秘すれば春 12

キロランケと合流できず馬には乗れない為、俺たちは走って向かった先にある気球を奪うことにした。
杉元は自力で兵士から銃を奪い、俺は気球に乗り込み兵士を脅しながら飛ぶ準備をさせる。
そして今にも飛べるようになったときにその兵士を下ろして、尾形と杉元に合図をした。
「───乗れ!」
ゴンドラ部分が地面から浮き始めると、二人は飛び乗って来た。
兵士たちはしばらく途方に暮れたように見上げていたが、俺たちが銃を撃てないとわかると飛びついてくる。
わらわらと人が重なり山のようになりながら、足場に絡みついた。
それをなんとか最後の一人を蹴落としたってところで、駆け寄って来た一人の影が、山盛りの兵士を踏み台にして高く飛ぶ。
「げ……ッ」
ちょっと空を泳いで、乗り込んできたのは鯉登少尉だ。
剥き出しの軍刀を手に、じりじりと近づいてくる。
「銃剣よこせ、俺がやる」
「自顕流を使うぞ。二発撃たれた状態で勝てる相手じゃない」
「尾形百之助貴様……」
杉元は負傷したくせにやる気満々、鯉登少尉は尾形に早口の薩摩弁で文句をぶちまけ、尾形はそれを煽り散らかす。
……血気盛んだこと。

自顕流というのは薩摩の古流剣術だろう。近藤勇も初太刀は躱せと言ったと聞いている。
それを、杉元は銃で受け止めた。かなり重い衝撃に、銃が頭にめり込む。それが刀であったら、頭が割れて死んでいたに違いない。いや銃であっても割れそうだけどな。
ドカッドカッと、音が続き、攻撃は止まない。
杉元に反撃する余裕がないので、隙を見てどうにかしなければと気配を消して気球の上部へと昇り、身体に縄を括りつけた。

カァアァン!
「!?」

ふいに、鯉登少尉のそばの柱に一本の矢が突き刺さった。陸地を追いかけてきていたアシリパがやったんだろう。
ともかく、鯉登少尉の気が逸れた瞬間を見て飛び降り、重力の勢いで蹴り落とした。
鯉登少尉は木の中に落ちていったが、俺は括りつけた縄によってぶら下がる。
「白石ッ、木に突っ込むぞ!」
「あ、やべ」
しかし縄が長かったおかげで目前には木が迫ってきていた。縄をよじ登って免れるには時間が足りなくて、仕方なく茂みの中に入っていくと、その木に登って来たアシリパがいる。
縄を切って気球から降りようかと思っていたが、アシリパが手を広げるのでその身体を抱えて、気球に引っ張られるまま木から抜けた。



「いや~迎えに来てくれてありがとう!自力で脱出しなきゃって思ってたよ」
アシリパをつれて気球に這い上がった後、三人に礼を言った。
すると、杉元の傷を見ていたアシリパが振り向く。
「みんな白石は勝手に自分で帰ってくると言った。でも助けに行こうと言ったのは杉元だけだ」
「まって、杉元"だけ"????アシリパちゃんは???」
ちょっと聞き捨てならないんですけどッッ。
杉元とアシリパの二人は一度顔を見合わせ、今度は杉元が口を開いた。
「網走では白石が必ず俺たちの役に立ってくれると信じた」
「そう」
「でも思い出したことがある。鯡番屋で出会った変なジジイのことを……。お前、土方と内通してたな?」
「───」
「ずっと土方にこっちの情報を流していたんだろ……」
これは、いつか知られるだろうなと思っていたことだ。俺は表情を変えずに、うん、と頷いた。
「でも俺は、お前が裏切ってないことを知ってる───白石が札幌で牛山に手渡した辺見和雄の刺青の写しを、土方が俺に見せてきた。確認してみたが、デタラメの写しだった」
「……あらら、バレちゃったのか」
杉元がにっと笑った顔につられて笑った。
ていうか俺は正直、そっちがバレる方が怖いんだよな。

「あ、牛山が旭川製の特大ストゥで白石の肛門を破壊するって言ってたぞ」
「わぁん……ッ」

やっぱりー!!!!



気球の動力が切れて、熱が冷め、風の吹くままに移動しながら降下した。
東に四十キロくらいは移動したけど、気球で空を飛ぶのは余りにも目立つ為、兵士たちは馬で追ってきていた。
俺たちのおおよその位置は特定されていて、早くこのあたりから動かなければと思うのだが、杉元が負傷している為そうもいかない。
「グズグズしてたら追いつかれるぞ。白石、さっきみたいに杉元を抱えてやったらどうだ?」
「……!」
尾形の発言に対し、杉元がばっと顔を背けた。
「お、俺、重いから……ッ」
なんだその、生娘みてえな反応は。
チラチラ俺を見るな、照れるな。
「いや、出血が止まらないから手当しないと」
「圧迫して止血してあげよっか?」
患部をぐっと押してやろうかと手を翳すと、アシリパは首を振った。
どうやら止血に効く薬草を見つけたらしい。
二人の手当と会話を後目に、俺は気になっていたことを尾形に問うことにする。
「ね───鈴川って、犬童のフリをしてたやつの名前?」
「ああ、道中捕まえた刺青を持ってた囚人だ。詐欺師の鈴川聖弘───お前でも知らない男か?変装技術は確かにあったが」
「刺青入れられた囚人全員知ってるわけないでしょうが」
「どうだか。土方のジジイはえらくお前を評価しているんだぜ?」
「えぇ、こわいぃ……なんでぇ……?」
自分の身体を抱きしめてブルッと震える。
土方さんは俺のなにを知っているんだ???
脱獄常習犯として色々話をしたことはあるけど……!
「お前は小さな罪や脱獄を繰り返し、日本全国の監獄を点々としながら、情報のやり取りを仕事にしてきたようだが───もっと大きな事をやってんだろう」
「なに……?」
尾形の真っ黒い瞳孔がじっと見つめてくる。
やがて、その目つきは一切変えずに口だけで笑みを作った。
「口封じ───暗殺だ」
「……暗殺……?」
尾形の言葉に反応したのは、アシリパだった。
近くにいたから、当然互いの会話が聞こえていた。そこに穏やかではない言葉が出てきて、思わず反応したんだろう。
杉元はうっすらわかっていたのか視線を下げ、アシリパは微かに瞳を揺らしていた。
「監獄に捕まっちまえばその囚人は下手に逃げ出すことはできねえが───逆を言えば守られているとも言える。外にいる仲間からすれば、いつ自分の情報を吐かれるか分かったもんじゃない。だから監獄に出入りできるこいつにその情報源を消させるんだ」
尾形はまるで、アシリパと杉元の信用を、失わせようとしているかに見えた。
いや、元々そんなに信用されてはいないけどな。

「監獄内での殺しなんて生半可な腕じゃできねえ。駄犬の皮を被った狼を、お前たちは飼い慣らせるのか?土方のジジイがこいつを欲しがったのはそういうことだろう」

駄犬て。普段そんな風に見えてるんだ……。
地味にショックを感じているが、尾形は俺の反応より杉元とアシリパの反応を見ることに興味が移っていた。
もしかしてコイツ、夕張で杉元に言われたことを、根に持っているな?根に持つタイプじゃないっていう奴ほど、根に持つんだ。
杉元達は俺を裏切ってないと判断したが、更に揺さぶりをかけて、俺を捨てさせる魂胆か……。

「俺たちが白石に望むのは網走監獄でのっぺらぼうに会ってくること───その報酬はちゃんと払う。それが金塊だろうが、情報だろうがな」
だけど杉元はあっけからんと言った。
止血を終えて、服を着直しながら立ち上がる。
そしてアシリパも続き、口を開く。
「白石は私にストゥでぶたれる」
「はあ、ぶたれます……」
バシバシやられた覚えがいっぱいあるので、思い出して自分の身体を抱きしめる。あれ結構痛いんだよな。
「暗闇の中でした攻撃はかわすくせに、私の制裁は避けない」
あ、と出会ったばかりの頃を思い出す。
そういえばアシリパの強襲にあい、反撃に出ようとしたことがあった。
「だから"役立たず"なんだ……それでいいんだ」
そして二人は「行くぞ」と歩き出す。
尾形はやれやれ、とため息を吐いたし、俺は思わず笑ってしまって、三人の背を追いかけた。

───わん。



next.

原作の白石は裏切ってないけど、こっちの白石は家永を杉元に言わず土方さんに渡しているので、裏切り(?)はあったりして。
後々、辺見の刺青が偽物だったのを大目に見てもらうための賄賂であり、いずれ手を組むと読んでいた故でもありますが。
そしてその"裏切り"をわざわざ教えてやる人は誰もいない。
杉元とアシリパは薄々主人公のただならぬ気配を感じ取ってはいたけど、イヌでいるならイヌのままでいいと思っている。今のところは。
Mar.2024

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