Sakura-zensen


秘すれば春 13

追手を撒くために大雪山を通ったはいいが、強風と気温低下によって進めなくなった。
アシリパの機転でそこにいたエゾシカを撃ち、その腹を捌いて潜り込むことで暖を取り、強風が止むのを待つ。
結局夜明け近くまで強風は吹き続けており、ようやく這い出した時にはほぼ朝日が昇りかけていた。
恐らくみんなまだ眠っているんだろう、静かな朝だった。わあ朝日きれえ……と眺めていてもいいのだが、そこに妙な物音がしだす。
遠くからもぞもぞと蠢く影が見え、野生動物だろうと目を凝らした。
「───!杉元ッアシリパちゃん、起きろ」
「んぁ」
「なんだあ白石」
俺はすぐそばのエゾシカの腹をぺちぺちと叩いた。
腕を突っ込み、足を引っ張りだすとちゅるんっとアシリパが出てくる。
杉元とアシリパが目をぱちぱちと瞬きしているところに「ヒグマが来てる」と告げれば、驚きと警戒に見開かれる。
「尾形も───」
「起きてる」
二人が覚醒したので、もう一体のエゾシカを見ると丁度尾形が出てくるところだった。
尾形は髪の毛をかき上げ、服装を正してから双眼鏡で確認した。どうやらヒグマはかなりの頭数で来ているらしい。
「死骸の臭いで集まってきたな……尾形撃つな」
「……」
エゾシカの身体に隠れて銃を構えている尾形に、アシリパは制止の声をかける。
ヒグマの頭数が多いから、負傷させたり銃声などで刺激しない方がいいだろう。
「ゆっくり立ち去るぞ。奴らの狙いはエゾシカだ。三頭もあればそっちに夢中になって私たちを追ってはこない」
「……シカ肉……」
身を低くしてその場を離れようとするアシリパについて俺たちも移動する。
杉元は名残惜し気にシカ肉を気にしてたが、のしのしと近づいてきてエゾシカを囲う複数のヒグマを見て、さすがに諦めた。



追手はおそらく網走方面へ下山すると読み、そちらで待ち構えているんだろう。なので意表をついて十勝方面へ下山しようと杉元が言った。
それから釧路に寄りたいというので理由を聞けば、鈴川から聞き出した情報があるそうで、刺青の囚人がそこにいるらしい。
俺たちは特に異論がなかったので、大雪山を抜けて十勝方面へ向かった。

「───いてッ」
山中で俺は草むらの中に入って食える葉っぱをとってたのだが、手に痛みが走って声を上げる。
「どうした白石、オソマをしようとして肛門に小枝でも刺さったのか?」
「アシリパちゃんすぐそういう事言う~……」
アシリパってうんこすきだよな。……まあ、子供だしな。
「うっかり蛇に噛まれた───」
「ヘビ!?ぎぃ~~ッ!!」
手に噛みついてぶら下がっているヘビを見せるとアシリパはすんごい顔したのけぞった。
「その蛇は死んでいるのか!?」
「なに、ヘビ嫌い?」
「それマムシじゃねえか!毒があるやつだぞ」
フーフーと息をするアシリパは、杉元の後ろに隠れてこちらを窺う。
マムシは食ったり酒漬けにしたりと色々使い道があると思うんだけど、アシリパが嫌がるならそれも出来ないかな……。
「毒は弱いから大丈夫でしょ、適当に傷薬でも塗っとく」
俺は噛まれた付近に小刀を突き立てた。すると大量に血があふれ出して腕を垂れる。
「ハァア!?お前何をやってるんだ!?馬鹿か!?」
「ちょっと荒業だけど血と一緒に、毒を出そうかと」
「だからって血を抜く奴があるかッ!?吸い出すとかあるだろう」
「口の中怪我してたらやだし……俺の知り合いもこうやって毒を抜いてた。大丈夫すぐ止血する」
アシリパと杉元に叱られつつ、自分の手を止血するふりして握り込みながら医療忍術を使う。抽出した毒を集め、流れ出る血と一緒に排出して、その後布で押さえれば、単なる怪我と同じ程度になった。
アシリパは怒りながら薬になる草をとってくると言って森の中に入ってしまったが、俺にも手持ちの薬があるからいいのに。


アシリパの薬が効いたということにして、俺の傷は大して腫れずに済んだ。
釧路では夏の湿原の風が心地よくて、尾形と二人で杉元とアシリパが狩に行って食糧調達してくるのを待つ。
口数の少ない尾形は、動きも少なくて、だけど時々俺のことを観察していた。
当然俺のことを信用できず警戒しているのだろうが、そこで俺がわざわざ自分の話をしたところで、懐いてくるわけがないのでされるがままになっておく。
あれ、これって猫との接し方だっけ……?
暫く沈黙の時間は続き、杉元たちが鶴を捕まえて戻ってくると今度は食事の準備に賑わった。
そしてようやくありついた鶴は、なんかちょっと泥臭く癖の強い味がした。
杉元は自分で狩ってきたくせに、あまりおいしくないという顔をした。
「味のこと教えなかったの?」
「普段は獲らないけど杉元が『北海道の珍味を食べつくしたいんだ』といつも言ってたから……」
「言ってねえだろ。俺はそんな目的で北海道を旅してるんじゃないんだよ!」
獲る前によく美味い不味いを教えてくれるアシリパにしては珍しい獲物だと思ったが、そんな変な理由があったらしい。いや捏造みたいだけど、とにかく杉元に食べさせてみたかったということかな。
俺と尾形が最低限食べて、ちん……と箸をおいた横で、アシリパは少し視線を落としながら切り出した。
「……杉元は、どうして金塊が欲しいんだ?」
「まだ言ってなかったっけ?戦争で死んだ親友の嫁さんをアメリカに連れてって、目の治療を受けさせてやりたいんだ」
杉元はあっさりと答える。俺が初対面で聞いた時は教えてくれなかったけど、アシリパが今の今まで知らなかったことは意外だ。
「『惚れた女のため』ってのはその未亡人のことか?」
「え、尾形何か聞いてたの?恋のお話?もっと教えて」
尾形からの衝撃発言に、俺は思わず浮足立つ。
杉元のそういう話聞いたことない、と思ったがそもそも誰の話も聞いたことがありませんでした。
杉元は照れているのかと思いきや、なんだか思いつめた表情をしている。
いや、それもそうか……戦争で死んだ親友を思えば、はにかみながら話せる思いではない。

「フン!トリ!フンチカプ!!」

そのやけに重い空気を打破するかのように、叫びながら踊りだしたのはアシリパだ。
鶴の舞とやらを、鶴を食べたから踊った、と息を切らしながら言い訳しているが、おやおや。
俺は思わずにっこり笑って眺めてしまったし、尾形ですら笑いを零していた。何に笑ったのかはわからないが。
しかしそんな尾形がすぐに表情を変え、何かに気づく。
「───こっちに誰かくるぞ」
その視線の先には、子供と、その奥に女の姿がある。
手前にいた子供は俺たちを指さして、女に何か言っていた。
「チロンヌプと……チカパシだ。なんでこんなところに!?」
「知ってる子?」
徐々に近づいてきて分かったのは、奥にいた女は以前会った占いが得意なアイヌの人で、インカラマッという名前だった気がする。チカパシという子供はわからないが、アシリパの顔見知りなんだろう。
「遠くからアシリパが踊ってるの見えた。やっっと見つけた!!」
「私を探していたのか?」
「谷垣ニシパと小樽から探しに来た!!」
進む会話の中にいる、谷垣の姿は見えない。
聞けば谷垣は冤罪によって地元のアイヌたちに追われているのだそうだ。


事情を聞いた俺たちは、谷垣を助ける───というより、冤罪の真犯人に用がある為捜索に出た。
真犯人の名前は姉畑支遁、北海道で動植物の研究をしている学者だ。
だがその実、あちこちで獣に酷いことをして回る変人で、ある時牧場主に見つかってもめた際に怪我をさせ、網走監獄へと入れられた。つまり、刺青脱獄囚の一人で、鈴川から聞いた情報にある人物である。
アシリパと杉元は、狩りをしているときに惨殺された鹿の死骸を見たといってそちらへ行き、俺と尾形はインカラマッとチカパシを連れて他を捜索することにした。

だが道中、尾形がふらりと消える。
んもー、単独行動なんだから。
「白石さん白石さん」
「ん?」
一度立ち止まり、尾形を追うか考えていた俺にインカラマッが話しかけてきた。
以前は苫小牧の競馬場でアシリパに絡んでいて、俺はあんまり話をした事がなかった。……彼女の占いに出た馬券を試しに買ったりはしたけど。
「あなたはなぜ彼らと行動を共にするのですか?あなたの欲しいものはここにはないのに」
「───ないしょ」
否定せずに躱すと、狐顔の彼女は細い吊り目をいつも以上に細めた。
「占いってすごいんだね、そんなことがわかるんだ」
「あなたのことはあまりわかりません」
「へえ?」
「だからこそ、あなたがここにいる理由はないと思うのです」
「……面白いな」
思わず素直な感想がぽろっとでる。
「じゃあ、俺がここにいるべきか、いないべきかを占ってみる?」
「それは───……」
俺は占いを毛嫌いしてもいないし、信奉してもいない。
時には当たると思うし、なにより、当たったら面白いと思うからだ。



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特殊な毒の抜き方をする"俺の知り合い"はナルト。
良い子は真似をしてはいけない。人にはやらないけど自分にはとても雑。
Mar.2024

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