Sakura-zensen


秘すれば春 14

尾形とはぐれた後、谷垣や姉畑とも遭遇せず、女子供連れた状態だったので早々に諦めて町で待機することにした。
杉元とアシリパもほとんどそのつもりで、会えなかったら町で落ち合おうと言っていたし。

そして待つこと四日───、アシリパと杉元だけじゃなく尾形と谷垣も一緒になって町に下りてきたところで合流した。あとなぜか知らないがリュウもいた。
聞けば姉畑の皮も手に入れたということで奴が死んだらしいことはわかったけど、ウコチャヌプコロとか、杉元がが姉畑を『先生』と呼んでるのがよくわかんなかった。


町から少しいったところの海岸付近には、アシリパのおばあちゃんの妹が住むコタンがあるらしく、そこへ立ち寄った。すると今からウミガメを獲りにいく船を出すらしく、一緒に行こうと誘われる。
当初杉元が難色を示していたが、姉畑の所業に責任を感じているアシリパが海のカムイであるウミガメを丁寧に送りたいというので付き合うことになった。
「クンネ・エチンケは甲羅が柔らかいから背中にキテを刺せ!フレ・エチンケだったら甲羅が硬いから首の後ろに刺すんだぞ白石ッ」
「え、俺??なんて??」
ほとんど聞き流していた俺は最後に指名されたことでようやく話が入って来た。
でも思い返してみても何を言われたのかわからなかった。
「クンネ・エチンケだ!!甲羅に銛を撃てッ」
「はあ~??」
言われるがままに渡された銛を甲羅に投げたが、手加減しすぎて弾かれてしまった。
「潜って逃げられる!縄を腰に結んで飛び込め白石」
「んも~~」
たまについてきたらこれだよ。辺見の時もこんなんだった。
俺は言われるがまま縄を巻き付けて海に飛び込み、潜っていこうとする海亀の甲羅を捕まえた。
泳力によって沈みそうにはなるが、腕力で海面に引っ張り上げて顔を出す。そしたら漁に誘ってきたおじいちゃんにオールで頭をゴンッとぶたれた。痛い。


翌日は朝早く、マンボウ獲りの為アシリパに叩き起こされたけど、杉元と俺は寝たふりをして凌いだ。
そして遅く起きた俺たちは周辺を散策しながら、インカラマッとチカパシ、谷垣の三人と共にハマナスの赤い実を食べて腹の足しにする。
「ハマナスだけじゃ足りない……アシリパちゃんまだかねえ」
「そうだな」
杉元に投げかけると、海の方を見た。
今頃アシリパは、マンボウみてはしゃいでいることだろう。

「───わッ」
ある時杉元が声を上げたのでそっちに視線をやると、胸にバッタが張り付いていた。いやそうな顔をして指で弾く様子は、不死身の杉元の異名とそぐわない。
だが笑いながら揶揄おうとしたその時、妙な音が遠くからし始めた。
天気が急に荒れようとしているのかと思って空の黒い影に目を凝らすと、瞬く間にバッタの大群が俺たちの周囲に押し寄せてくる。
バチバチと身体にぶつかってくる虫に思わず顔を背け、杉元の叫び声を聞く。
バッタは俺たちの服に飛びついたあと、齧って食い始めたので手で弾き飛ばして逃げた。

杉元と近くにいた尾形も伴って近くの番屋に逃げ込むと、谷垣が同じく避難してくるところだった。
インカラマッとは一緒じゃないらしく、探しに行こうかと迷っているのを、杉元が死にはしないと諦めさせて中へ入って戸を閉め切った。
バッタの大群の大移動───所謂"飛蝗"の被害は知っているため、とにかく今は過ぎ去ることを待つしかない。
しかしただ待つというのも暇で、丁度腹も減っていたことから、俺たちは谷垣がもらってきたというラッコの肉を調理して食べようという事になった。

「ラッコ、初めて食うけど……独特なニオイがする」
捌いた時はわからなかったが、火が通り煮えてくると、肉が異臭を放ち始めた。
北海道へきて、この旅に同行してから初めて食べるものばかりだったが、ラッコの肉は過去一番、俺の危機感みたいなのが作動する"異臭"だ。
換気できない所為もあって、臭いがこもり、室温も上がっていく。
「なんか変だ……」
杉元の言う通り、"なんか変"である。
室温や湯気の所為だけではない、著しい体温の上昇を感じた。
汗が滲み出し首筋を濡らすので、俺は緩めた襟を引っ張って拭う。
その様子をじっと杉元が見てくる気がして視線をやったら、瞬時に逸らされた。
「杉元、大丈夫か?」
妙な動きをした杉元に気が付いたのは俺だけじゃないようで、谷垣が問いかける。
その時丁度シャツの胸のボタンがはじけ飛び、肉厚で野生的な雄々しい胸が露わになった。
……なんかいつも以上に顔が濃い気がするし、言ってはなんだが、───すけべだ。
「頭がクラクラする」
「え、大丈夫?」
今度は尾形が力なく小さな声で不調を訴えてきた。
明らかに顔が赤く火照っていて、肌が白いから余計に目立つ。
「横になれッ今すぐにッ」
「胸元を開けて楽にした方がいい」
杉元も谷垣も心配になったのか、尾形の身体を支えて横たえる。
なんか……みんな息が荒くて、妙に興奮した様子だ。
谷垣がシャツを脱がしていく手元がやけに早急だし、杉元が腰のベルトに手をかけたところまで見て、罪悪感ともどかしさを感じた───と、同時に自分でも服を脱ごうとしていた手を止める。

みんなだけじゃない、自分でも我を失いそうになるほどの興奮は、性的欲求を刺激されているからだと気が付いた。

それにしたって、今まで共に寝起きしてきた男相手に、唐突にそんな感情が芽生えるはずがない。
つまり、なんらかの原因───おそらくこの臭いや煙───によるものなのだろう。
マムシやすっぽんが滋養強壮に良く、精力剤の材料になったりするように、ラッコにもそういった作用があるに違いない。
咄嗟に鼻と口を押えて立ち上がろうとすると、膝をくすぐるように触れられた。
「白石……?」
引き留めようとして力なく落ちた尾形の手と、微かな声。
い、今呼ぶのはずるくない……?
「……尾形は横になって大人しくしてな」
「ん」
見下ろして言い聞かせると、尾形は素直に小さく頷く。
人体に害があるというわけでもなさそうだし、下手に動かなければ興奮もおさまるだろうと。
「どこにいくんだ、白石」
「ちょっと外を」
今度こそ立ち上がると切なげに目を揺らす杉元と谷垣がいて、動きづらくなる。しかしいくら引き留められようと、グッとこようと、これが俺たちの為なので振り切って戸の方へいく。
すると、丁度向こう側から戸が開けられて勢いよく人が入ってきた。
着物についたバッタを払うために、上半身を裸にした男───キロランケだ。
「よう……久しぶりだな」
雄々しくて、匂い立つような色気まで感じる。
やだもう、自分が怖い。


キロランケは土方さんたちと旭川ではぐれて、それきりになったらしい。
詐欺師の鈴川からの情報で次は釧路へいくことはわかっていたので、キロランケはこっちに向かってくれていたようだ。
「それよりよぉ、杉元お前……ちょっと見ない間に……良い男になったな?」
「よせやぁい」
事情を聞くためもあったがすっかり外に出るタイミングを逸した俺は、とうとうキロランケにも影響が出ていることを理解する。
それにしても、杉元がキロランケに褒められて、照れくさそうに軍帽で顔を隠す仕草を可愛いと思う日が来るとは思わなかった。
「───ダメだ俺……、もう、我慢できねえ……」
暫く謎の駆け引きみたいな時間が続き、とうとう杉元がこらえきれずに服を脱ぎだした。
え。ど、どうなっちゃうの───!?

「相撲しようぜ」

褌一丁の杉元が、ピシャリと自分の尻を叩いた。
キロランケと谷垣は、はっとひらめいたような顔をして立ち上がり服を脱ぎだす。
そしてじりじりとつめ寄って行き、取り組みを始めた。

「白石ッお前も、……脱げよッ」
「い、いや、脱がない」

ハアハアという熱い吐息に漏れる声、肌がぶつかり合う音、そして筋肉たちがぶつかり合う光景を見て俺は色んな意味で距離をとった。
自分の身体をギュッと抱きしめて守る。と同時に、後ろめたさを感じていた。
性的興奮を自覚してた俺が発散のために考えたのは、相撲なんかじゃない。
きっと俺以外は、そこに考えが行きつかなかった。疎いのではなくて、抱くのは女という認識が強いんだろう。
相撲という発想に至ったわんぱく坊主みたいな彼らに交じるのはちょっと、なんか駄目な気がした。
まあ、やってることはスレスレなんですけど。
俺は、部屋の隅で気配を殺し、ぶつかり合いからも極力目を逸らして耐えた。

あれは遊んでるだけ、遊んでるだけ!!!




next.

おまたせ、ラッコ鍋回。
主人公は耐性もありそうだし、経験と知識で原因が分かったかな、と。
生理現象と言えど性欲の高まりを自覚したので、罪悪感と理性により三人には触れないという展開にしました。
純粋な()取り組みの中に、やましい心を持った自分が入るには罪悪感が……。笑

Mar.2024

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