Sakura-zensen


秘すれば春 20

吹雪が酷くなってきたため、氷が盛り上がり壁のようになっている場所で天候が穏やかになるまでやり過ごそうとキロランケが提案した。確かにこのまま歩き続けていては、体力が削られていくばかりだ。
もっと氷を積み上げて風よけを大きくしようとしていると、アシリパは木を集めてきた。どうやら、それを燃やして暖を取るつもりのようだ。
「アシリパ!もっと流木がないか探してこよう」
びゅうびゅう、と吹き荒れる風の中でそんな声がした。
銃を持った尾形の影と、アシリパの小さな影が、吹雪の中に霞んでいく。
俺はごとんっと氷を落とした。
横でソフィアが驚いたようにしていたし、キロランケが何か声を上げていたが、俺の足はアシリパの消えゆく方へと向かう。

「アイヌのことはキロランケやソフィアに任せたら良い。お前がそんな重荷を背負うことはない」
「じゃあどうして、キロランケニシパから離れたところで聞き出そうとするんだ?」

積み重なった氷の塊に隠れ、気配を消しながら見つけたアシリパたちの傍で様子を窺う。
やっぱり、尾形はアシリパから何かを聞き出そうとして連れ出したようだ。
遠くからはキロランケやソフィアがアシリパを探す声もして、当然二人の耳にも届いたはず。
時間はあまりない、と尾形は焦っていることだろう。
「ソフィアたちが心配してる……白石も私を探しに来るかも」
来てまあす、と思いつつ、俺はまだ隠れたままだった。
「なぜ白石をそんなに信じられる?あいつは信用しちゃいけない。金塊を狙う本当の目的は?本当の実力は?───本当の名前は……?お前は何かひとつでも、答えられるか?アシリパ」
「本当の名前……?」
アシリパと杉元が人には色々と事情がある、という優しさをもって俺に聞かないでいたことは多いだろう。
それでもこうして旅を続けて、色々なことが分かり始めてきた今、俺の不明瞭な姿が浮き彫りになる。
徐々に、アシリパの中に俺の存在は違和感として生まれるのかもしれない。……でも、尾形の言葉でアシリパに響くかな。

やり取りを見守っていると、遠くで銃声が聞こえた

尾形は素早く音のする方に双眼鏡を向ける。そして身体がびくりと一度硬直した。
なにかを見たに違いない。
「追手か?」
アシリパは心配そうに尾形を見上げ、その後戻ろうと言い聞かせる。
吹雪で視界が悪いなか、銃声まで聞こえてくれば二人でいるのは不安だろう。
「網走監獄で杉元とのっぺら坊が撃たれた時、キロランケがどこかに合図していた」
でも、尾形は戻らせまいと口を開く。
アシリパはさすがに動揺して、尾形に手を引かれてその場を離れた。
周囲を警戒する尾形に気づかれないよう、俺も少しずつ追いかける。

「俺は金塊が手に入れば何だって良いが、これ以上キロランケとも白石とも、組むのは危険だ。お前だって暗号を解く方法を聞き出せば消されるかもしれんぞ───アシリパ教えてくれッ、何を思いだしたんだ!?」

尾形の焦りが手に取るように分かった。
アシリパが戸惑いと躊躇いの中にいるのが功を奏して、更に尾形の言葉は続く。

「俺は杉元に頼まれた」
ハ?杉元に頼まれたのは俺ですけど??

だがアシリパは、杉元の名前を出されると食いついた。続く尾形の、おそらく"作り話"であろう証言に聞き入る。
とはいえそれを真っ向から信じるほどアシリパは鈍くないし、尾形以上に杉元のことをよく知っているので、尾形から話を聞き出すにつれて、そのおかしさに気づいていく。
そして、とうとう自分から尾形の手を払った。
その拍子に転んで矢をぶちまけたアシリパを、そろそろ助け出そうと近づいていく。
アシリパは急いで立ち上がって尾形に矢を向け、俺はその背後に立って尾形を見据えた。
「近づくな!!お前はなにひとつ信用できないッ」
「…………あーあ……、時間切れかな。やっぱり俺では駄目か……上手くいかないもんだな───……───め」
尾形は一瞬だけ俺を見て、何かを口走った。
でも、風の音に紛れて聞こえなかった。

そして俺の存在を認めながらも、尾形はつらつらと喋った末「お前の父親を殺したのは俺だ」と告白した。
アシリパが人を、自分を殺すのを見たいとばかりに。

「尾形ァ!!!」

アシリパはけして人を殺すことを選ばない。だがその思いとは裏腹に、尾形の背後から突如現れた杉元の怒鳴り声に驚き、矢を放ってしまった。
尾形の右目に命中し、身体が傾く。
その顔は、してやったり、と笑っていた。
「杉元!」
「わかってる!」
俺は腰が抜けたようにしりもちをつくアシリパを支え、杉元を呼ぶ。
杉元は尾形の頭をひっつかんで倒し、小刀で矢が刺さった目玉をくりぬいて捨てる。そして眼窩に吸いついた。
「この流れでは死なせねえぞ!あの子を人殺しにはさせねえ!」
震えるアシリパの身体を抱え上げ、杉元の応急処置を見守る。
ある程度毒と血を吐き出したところで、杉元は布を切り裂いて目に巻き付け止血した。
とりあえずはそれで良いとして、急いで治療をした方がいいだろう───が、杉元は俺たちをようやく見て笑いかけた。
「アシリパさん、白石……久しぶりだな」
「杉……杉元!!」
アシリパが身を乗り出して杉元の方へ手をのばしたので、投げ渡すように送り出した。
「やっぱり生きてた」
「言ったろ?不死身だって……」
杉元の懐に抱き着いたアシリパを、よかった……ネ!と見ていると、なにやら抱擁が長い。
「元気そうだね、ちょっと重くなった?立てるかい?アシリパさん、さあ行こうか」
「離れない……!!」
あらあら。俺は杉元が連れてきていたらしいリュウを代わりに抱き上げた。
だがどうにも様子がおかしいなと思っていると、アシリパは杉元のコートの釦に目蓋がひっついてしまったらしい。
「───白石、オシッコかけろ」
「えっ……」
無理に外そうとすると皮膚が剥がれる、と言った杉元がようやく俺に視線をよこした。
俺との感動の再会がないのはマアいいんだけど、オシッコかけろって……。
「えーと、うーんと、………………出ない」
「気合で出せッ!!」
「え?何かけるって?ちょっとまて」
人命救助のためには恥を忍ぶ覚悟ではあったが、こういう時に限って出ないというか……ひっこんじゃった……。
「あ、ゲロでもいい?胃をひっくり返せばなんとか……」
「しょうがねーなあ……」
「いやに決まってるだろ!!!!」
「そうだ───」
アシリパは嫌がっているが、背に腹はかえられん。と思っていた俺は良い事をひらめいた。
手首の割と太めの血管を切りつけて、血をブシッと出してアシリパの額と杉元の胸の間に入れた。
そして流れる血で滑らせて、アシリパの瞼を剥がす。
「ウワッなんだこれ、べっ」
「あ、飲まないようにね」
アシリパは目をきつく閉じたまま、ブーッと唇を震わせて顔を上げる。
一方、アシリパの顔を見た、杉元が悲鳴を上げた。
「ぎゃあああアシリパさん、顔血まみれ!!!」
「大丈夫、俺の血だ。早く拭きな、凍っちゃうから」
「お前は止血しろーッッ!!!」
「無駄な怪我をするな!!」
「だってえ……」
俺は手首を抑えて血管を修復して血を止めた。そして小さめの傷口だけを残して布で拭き、その布をぱんぱんっと叩いたら赤い滓が落ちた。もう凍りやがったわい。

とにかくアシリパと杉元は無事離れられ、尾形のことは杉元が担いだ。
ここまで杉元は、鶴見中尉の部下である鯉登少尉と月島軍曹、助けに行った谷垣と共にやってきたらしい。インカラマッはキロランケに刺された───ように見せかけて自分でキロランケの刀を使って刺したようだが、とにかく一命をとりとめ、鶴見中尉の元で療養している。ある意味人質のようなものだな。
インカラマッが言うには、キロランケが合図をだして尾形がウイルクと杉元を撃ったらしい。

アシリパはその理由を、キロランケ本人とソフィアに聞いてみたいと言って足を進める。

だがようやく吹雪が収まりかけ、人の気配のあるところに辿り着いた時、キロランケは瀕死だった。
杉元に同行していた谷垣と、月島軍曹、鯉登少尉にやられたようだ。
「待って!聞かなきゃいけないことがある!!撃つな!!」
とどめに一発、谷垣が撃とうとしているところに、アシリパは止めに入る。
月島軍曹はアシリパに退かせて、今すぐにでもキロランケの命を絶とうとしているが、キロランケがアシリパを傷つけるとは思えなかったので、月島軍曹に手を上げて制した。……そもそも、あの出血量じゃキロランケは助からない。

アシリパとキロランケのそばには、誰も近づかない。
「逃げるぞ、アシリパ……」
うわごとのように呟くキロランケは、まだ旅の途中にいるようだ。
だがアシリパの言葉を聞くと、ゆっくりと安心した顔になっていき、キロランケはその旅を終えた。



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オシッコかけるのは……原作でこそ活きるネタというリスペクトもあるし、単純に保身に走った部分もある。俺は、弱いッ!!

Mar.2024

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