Sakura-zensen


秘すれば春 21

キロランケを氷に埋めた後、俺たちは岩息と再会した。
やはり杉元達とも顔見知りになっていたらしく、怪我をした月島軍曹を抱えてくれた。
谷垣も鯉登少尉も怪我をしていたようだから、無傷の俺が抱えなきゃならないのだろうか、と思ってたけど良い筋肉を拾った。
「岩息~、やっぱり杉元に会えたんだね」
「白石さんッ、あなたやっぱり私の尾行に気づいていたんですね!侮れないお人だ」
「そのでかい身体はね、わかっちゃうのよ」
「なるほど、そうでしたか」
月島軍曹を抱えているせいで足音がのっしのっしと重たいが、その足取りは軽い。
明るくて陽気な岩息は話しやすくて、道中ワハワハと談笑して過ごした。ちなみにその間月島軍曹は終始無言、無表情を貫き通した。

途中でニヴフという民族の家に世話になり、怪我をした尾形と月島軍曹を療養させる。そこで岩息と、もう一人連れていた女性とは別れた。……誰だったんだろう。
それはさておき、月島軍曹と尾形を一度亜港の医者に診てもらうため、杉元が脅して家に連れてきた。
医者には、月島軍曹はともかく、尾形はかなりの重症で清潔な場所で手術をした方が良いと言われる。
だが俺たちはいわゆる不法滞在者のようなもので、鯉登少尉がそれは出来ないと渋る。けど、結局は杉元が病院へ連れていくことを了承した。
なぜなら、そうしないと尾形は死に、その原因がアシリパという事になる。───杉元はアシリパを人殺しにはしたくないらしい。

その判断が間違っていたかどうかを一概には言えないが、尾形は手術を受けた後、隙をついて逃げて行った。
医者によると弱っていて死にそうとのことだったけど、その証言がどこまで本当かはわからない。毒は杉元と俺が抜いてやったし手術で傷を処置されたので、現役兵士の頑丈な身体なら生き延びられる気はしている。
どうせ尾形は金塊と、アシリパに執着して再び俺たちの前に現れるだろう。そう判断して深く追いかけることなく、俺たちはロシアの国境をまたいで敷香という町へやって来た。
それぞれ日用品の買い出しをしていて、杉元がいないなあとあたりを見回したところで、脚を撃たれた。
なんで俺……?いや、なんで脚?

「白石動けるか!?建物の影に逃げろッ」

衝撃で転んだ俺に、遠くからアシリパが声をかけてくる。
俺を助けに飛び出してきかねないが、それは谷垣がなんとか抑え込んだ。
俺の脚を狙ったという事は、俺以外が狙いであることはあきらかで。かなりの距離から狙撃されていることから、きっと尾形だと皆が口々に言う。
「───おい白石ッ、なんとか自分でこっちに来い!手当しないと失血死するぞッ」
「う~ん……大丈夫う」
杉元らしき人影が走りだしたのと、月島軍曹が声をかけてきたのが分かったが俺はその場で寝転んだまま足を止血する。
尾形はきっと俺のことも邪魔に思っているはずで、なんならアシリパの目の前で撃ち殺すと思った。それに、杉元が走り出したのを見逃すはずはない。これは鯉登少尉に同意だ。
「この橇を押して白石に近づこう!あいつを助けなきゃ」
「駄目だ!相手が尾形なら狙いはアシリパだ」
「それでも助けるッ」
「来なくていい!多分、尾形じゃない!」
谷垣と言い合うアシリパに、安心させるように手を振る。
「尾形じゃないだと!?」
「どういうことだ!?」
アシリパと谷垣がわーわー言っているが、月島軍曹が狙撃手の気を逸らしている間にきっと杉元が狙撃手の元に辿り着くだろう。

案の定しばらくして、通行人が普通に俺たちのそばを通り過ぎたことにより、狙撃が止んだことに気が付く。
アシリパは一目散に杉元を追いかけて行ってしまい、谷垣たちもついていった。
俺も少し遅れたがチカパシ達にここで待っているように伝え、狙撃のあった方向へ最短距離で進んだ。脚の傷はほとんど治療したので走るのに問題はない。

辿り着いたのは民家らしき建物で、開いている窓に向かって塀や壁を駆け上がる。
傷ついてない方の足を窓枠にかけた時、杉元が男を投げるところだった。
「杉元、殺すなッ」
「あ?───なんだよ、これ……」
杉元が今にも剣を突き立てようとしたので声をかけると、何かに気が付いたように動きを止める。けして俺の声で止まったわけではない。
押し倒されていた男と杉元に近づいていくと、男の胸元をから紙が出てきた。
そこには尾形の似顔絵が描かれている。
「お前が描いたのか?」
俺と杉元は顔を見合わせた。
「なんで尾形?」
「お前尾形の知り合いか?こいつに頼まれて襲ってきたのか?」
杉元は尾形の絵をひらひらと振って、男に問う。
だが男の顔はよく見たら異国風で、おそらく言葉が分かっていないようだった。
「なになに?それは……お前?」
「ああ、尾形に撃たれたことがあるってこと?」
「白石とアシリパさんがいたからか。この二人は関係ない」
男は何やら胸元から更に絵を出し、その絵とジェスチャーで伝える。
杉元は俺とアシリパとキロランケの絵が出てきたのを見て、俺とアシリパの絵をどけた。そして尾形の絵にドンッと拳を叩きつける。
この四人の顔を記憶していた上に、手練れの狙撃手という事は、国境付近で俺たちを狙撃してきた警備兵の生き残りかもしれない。
説明しようと思ったが、杉元は自分も尾形に撃たれたと言いながら、絵を描いてその意思を伝えている。
いや、絵が下手だから全然伝わらんな。

「杉元?それに白石……なにやってんだ!?」

三人で畳にはいつくばって顔を突き合わせていると、いつのまにかみんなが建物に入ってきていた。
谷垣が息を切らした様子で、俺たちの格好に驚いている。
それより俺は、月島軍曹の姿を見つけて呼び寄せた。
「月島軍曹、通訳。俺と杉元の絵、どっちがうまいかって聞いて」
「??」
「絶対に俺だ」
「いや杉元の絵は通じてなかった」
「お前こそ」
「………………」
すんっとした顔の月島軍曹は、俺と杉元の話を黙殺した。

男は尾形とやりあった時に顎を撃ちぬかれていたらしく、傷が原因で上手く言葉が話せないらしい。
月島軍曹が、俺たちはロシアの皇帝殺しとは無関係だし、因縁の尾形ともやり合うことはできないとロシア語で説明してくれたと思うのだけど……、犬橇で走る俺たちに、男は盗んだ馬で着いて来た。
きっとキロランケや皇帝殺しに執着はなく、尾形との勝負に決着をつけたいんだろう。
狙撃手ってそういうとこあるから、俺たちは放っておくことにした。



月島軍曹によると、鶴見中尉が二週間後に大泊まで迎えにくるそうで、鯉登少尉の一存で豊原に滞在することになった。
なぜなら豊原は大きな街で、良い宿があるからだ。
良いところの坊っちゃん臭が滲み出てんなあ、と思うが俺はその言葉に甘えて良い宿で休ませてもらうことにする。
今はアシリパと杉元が一緒にいるし、子供たちは谷垣が見ているし、鶴見中尉との合流したら慌ただしくなるだろうからな……。
「おい白石ッ、足を撃たれていただろう、ちゃんと治療は受けたのか」
宿の部屋で浴衣のままゴロゴロしてると、鯉登少尉が無遠慮に戸を開けた。
「あ~治療ね、ハイハイ」
「見せてみろ!」
「ぎゃ」
適当にやりすごそうとすると、布団をはぎ取られて脚を掴まれる。やん……。
完全には治してはいないが、かなり傷を小さくしてしまったのであまり見られたくはなかったのだが。
「かすり傷だったのか」
「もういい~?」
ふんっと鼻で息を吐いた鯉登少尉は、俺の浴衣の裾から手をはなし、掴んでいた脚を落っことした。
俺が狙撃された後、杉元と狙撃手のところに一番に辿り着いているので、大したことないのはわかっていただろうに。
「動けるなら俺の共をしろッ!月島が出ていて不便なのだ」
「えぇ、やだ…………あ、なんかちょっと微熱があってえ」
月島軍曹は杉元とアシリパの見張り兼、警護に行ってるのであって……さてはこいつ暇で寂しいんだな。とはいえ誰が好き好んで坊っちゃんのお供をせにゃならん。
そう思って仮病を使ったが、
「好きなものを買ってやる」
「わん」
餌を吊り下げられたので、素直に返事をしてしまっていた。



next.

鯉登少尉のことはナメてる。
そしていっぱい買ってもらう。
Mar.2024

PAGE TOP