秘すれば春 22
エノノカとおじいちゃんと犬橇、そしてチカパシとリュウと別れ、俺たちはとうとう大泊にやってきた。明日には鶴見中尉の乗る船がやってきて、アシリパを引き渡すことになるだろう。
ゆっくりできるのは今日までかと惜しみながら旅館の部屋で寝そべり、アシリパと杉元の話を背中で聞く。
「鶴見中尉たちが金塊を見つけたらどうなる?」
「少なくともアシリパさんを追うものは誰もいなくなる」
「ちがう……アイヌはどうなる?」
杉元はあくまでアシリパに辛い思いをしてほしくない、と考えているような口ぶりだった。
でもアシリパはキロランケとの旅で、父親やアイヌのこと、他の少数民族のこと、争いのこと、虐げられること、ただ消えゆくことを知った。
───二人の間に齟齬が生じている。
俺は静かに部屋を後にして、旅館から出た。外では鯉登少尉と月島軍曹が話しており、鶴見中尉がどういう人間であるのか、二人の過去に何があり、鶴見中尉にどんな思いを抱いているかをかいつまんで聞いた。
「鶴見中尉殿スゴ~~~イ!!」
何をどうしたら鯉登少尉がああなるのかは、ちょっとよくわかんなかったけど。
俺はふー……っと深く息を吐いた後、気配を消してその場を去る。
そして部屋には戻らず夜明けを待ち、早朝宿の前に戻ると物憂げに突っ立ってる杉元を見つけた。
「眠れなかったの?杉元」
「……お前、なんで昨日帰ってこなかった」
「二人が話し合うかと思ったんだけど、その様子だとあんまり上手く言かなかったんだ?ま、そうだろうと思ってた」
「ムカつくやつだな。何でも知ってる顔しやがって」
にんまり笑って肩に指を突きさすと、嫌そうな顔をされた。
「何でもは知ってないけど……杉元さあ、なんか勘違いしてないか」
「あァ?なんだよ」
「お前は"出逢えた"だけなんだよ、あの子に」
目を見開き固まる杉元の背中を発破かけるように叩く。
「守るっていうのは、何もさせないことじゃない。あの子の意志をお前が阻むな」
かつて第七師団と協力する気はないと息巻いていた杉元は見る影もない。状況からして協力したのは仕方がないこととはいえ、大切に思っているはずのアシリパの意志を汲まず、鶴見中尉に委ねるというのはあまりにも、らしくない。
そんな俺の言葉が効いたのかどうかわからないが、アシリパが鶴見中尉のところへはいかないと決めたとき、杉元は瞬時にその意図を理解してアシリパと逃げた。
俺もどさくさにまぎれて姿を隠し、昨日旅館の女将さんに聞いてた北海道行きの船を目指す。
すると案の定、アシリパと杉元と落ち合うことができた。
二人はずっとついてきていた狙撃手───名前を知らないので通称"頭巾ちゃん"の手をかりて馬に三人乗りをして走っているところだった。
「白石ッ乗れ!」
馬に四人乗りって大丈夫かな……と思いつつアシリパに言われるがまま飛び乗る。
すると、俺の心配をよそに馬の走りは乱れなかった。
途中、谷垣が俺たちを見つけて追いかけてきたが、さすがにこれ以上は乗れないし、インカラマッは鶴見中尉のところにいるためアシリパもついてくるなと言った。
そしておばあちゃんへの伝言を残し、谷垣とは別れた。
なんとか追手には見つからず船乗り場について、馬の一番後ろにいた俺、杉元と順番に下りる。杉元はよく見たらかなり怪我をしていたので、降りたついでに倒れそうになったところを支え、その流れで担ぎあげた。
「よし白石、そのまま杉元を船まで運んでくれ」
「歩ける……大丈夫だ……」
自力でおりたアシリパは杉元の怪我を心配して俺に頼んだので、強がる杉元の背中をぽんぽんっと叩いた。
「良い子だからねんねしてな、ぼうや」
たまに乙女になっちゃうので、あえて子供扱いだ。
すると妙に照れたりはしなかったが、オギャ……と呻いて俺にしがみついた。
正直暴れなきゃなんでもいいんだが。
船の甲板の人目につかない場所に杉元を下ろして、怪我の手当てはひとまずアシリパに任せた。
いつ出港するかを船員に聞いてから戻ると、杉元は何発か身体を撃たれてるうえに、銃弾がまだ体内に残っているとのことだった。中毒症状を起こす前に取り出さなければならないが、せめて船が出てからがいいだろう。
しばらく辛抱して出航を待つことにしていると、あたりを窺っていた頭巾がフンフンと息だけで何かを主張する。
柵にしがみつき指さすので、隣に行き同じ方向を見た。
「あ、やべ」
双眼鏡で見てみると、陸地に屈んでいる兵士の姿があった。
おそらく杉元の血痕でも落ちていたんだろう。
兵士は手を振り船を止めようとしている。
「ひとりか───Fire、わかる?」
「!」
周りに他の兵士が居ないのを確認したので、俺は頭巾に指示をした。
英語わかるんだろうか、と半信半疑だったが俺の手の動きや状況から判断してもらいたい。
「なんだ?なんていったんだ?」
アシリパが不思議そうにしている横で、頭巾は狙撃の姿勢をとる。
すぐに狙いを定めて、ドンッと撃った。
「!撃ったのか?殺したのか?」
「大丈夫、追ってこられなくしただけだよ」
双眼鏡で確認すると、兵士は頭を撃ちぬかれて死んでいたけど、俺はアシリパと頭巾の身体をぱんぱんと叩いて労った。
うまく追手を撒けたと思ったけど、結局銃声に気づかれたようだった。
駆逐艦に追われることになり、俺たちは連絡船から流氷に下りて逃げることにした。
客室からとってきた白い布を身に纏って景色に紛れて歩く。
こっちにかなり腕の立つ狙撃手がいることは、月島軍曹からの情報で把握されているだろう。だからこそ、追手が氷上を歩いて追いかけてくることはなく、船は遠ざかった。
きっと鶴見中尉は船で稚内に先回りして俺たちを待ち構えるだろう。
それなら俺たちは裏をかいてできるだけ遠回りするため、途方もなく広がる白い景色の中を歩いた。
油断すると氷が割れてしまうので、はぐれないように、海に落ちないように。
歩きながら、アシリパは自分に言い聞かせるようにこれでよかったと呟いた。
それに杉元はこたえ、俺を一瞥する。
「───昨日の夜、白石は月島軍曹たちの会話をこっそり聞いてたんだと」
「ほとんど何の話かはわからなかったけど、鶴見中尉達はアイヌの金塊で政権転覆と満州進出まで視野に入れてた。北海道はほんの手始めだってよ」
鶴見中尉にとってアイヌの独立なんて関係ないのだ。かろうじて同じ日本人程度の括りでいるはずだが……あの時アシリパに見せた『顔』は得も言われぬ思想が見えた気がして、断定まではできない。
「……俺は二人が鶴見中尉のところに行っても、ついてはいかないつもりだった」
突然した俺の告白に、アシリパがえっと小さく声を上げて振り返った。
しかし二人も、もうわかっているだろう。鶴見中尉がアシリパを確保したあと、アシリパの信用を一番得ている杉元でさえ、始末してもおかしくなかった。
そんなところに俺がノコノコついていくわけがない。
「……」
「……」
だというのに、二人はじとりと俺を見てきて、口元をぶうっとゆがめている。
「それで、お前は土方のじいさんに拾ってもらうってわけかよ」
「あ、その手があったか」
杉元の言葉に、今気がついたとばかりに笑った。
……イヤそうな顔をしないでほしい。網走監獄で俺と杉元はアシリパを一人にするために一杯食わされたから、杉元はそれを根に持ってるのかもしれない。───だが俺は根に持つタイプじゃないんだ、尾形や杉元と違って。
それに土方さんは金塊を探すためにアシリパを助けるだろうし、そしたらついでに俺が杉元を助けてやれば結果的に合流できると思うんだよなあ。
「まあ、何はともあれ、そうならなかったじゃない?」
「……」
「……」
納得していないような顔つきの二人を、ベチベチと叩いて気をそらした。
next.
ドライ時々シビア。
Mar.2024