Sakura-zensen


秘すれば春 23

シロクマに襲われて海に落ちた時、通りすがりのアイヌの舟に乗れたので、鶴見中尉たちとは鉢合わせずにひっそりと北海道に上陸することに成功した。
そして路銀を稼ぐために、アイヌの人たちに聞いたウェンカムイ退治と砂金がとれると噂がある雨竜川へと向かった。そこで松田平太という男に出会って、砂金のとりかたを教えてもらい、後に松田が刺青囚人であることを知る。

判明したのは頭巾が描いた松田の裸体の絵からで、杉元とアシリパと別行動をとっていた時だったので慌てて松田を探しに行った。
だけどその時にはもう松田は杉元に襲い掛かっているところだった。山を転がり落ち、二人で取っ組み合いになっていて、助けに行こうとしたら松田は自分から罠にかかって矢にうたれた。
聞けば松田は自分の中に、ヒグマに殺された家族と、家族を殺したヒグマの精神が宿っていて、人に襲い掛かっていたというのだ。
微かに残った自我で、ヒグマを倒せたと満足して死んでいき、俺たちはその刺青人皮を得た。


松田は砂金には『顔』があると杉元に話していたらしい。
川によって形などが違い特徴があるそうで、松田はそれを見分けることができる。そんな松田の荷物にあった煙草入れからは、これまで集めたらしい砂金が獲れた川などと共に分けて保管されていた。
その中に一つ、『支笏湖 海賊さん』と書かれたものを見つけ、思わず口に出す。
「”海賊"───房太郎……?」
「なんだ?」
「知ってるのか?」
砂金の包み紙を裏表にひっくり返しながら考えこんでいると、アシリパと杉元が首を傾げる。
「うん……通称"海賊房太郎"ね。網走監獄の脱獄囚人の一人だ」
「今まで聞いたことなかったな」
俺があまりに簡単に答えたので、杉元はじっと見つめてきた。
それもそのはずで、俺は知ってることを最初に全部話すという性質ではない。杉元もそれを責めているわけではないだろうが、そういうわずかな蟠りは黙殺する。
「かなり屈強な男でさ、三十分近く水中に潜れるんだ。罪状は強盗殺人───水の中に人を引きずり込んで長髪で首を絞めて殺すの」
そう説明しながら、俺は自分の伸びてきた髪の毛を首にくるりと巻き付けた。俺には絞めるほどの長さはないけれど。
「支笏湖はかなり深くて広い湖だけど、房太郎なら捜索できないこともないかもね。松田と組んで、"のっぺら坊"が持って逃げたアイヌの金塊を探したんだろう」
「"のっぺら坊"が最後に見つかった場所が、支笏湖だったよな」
「ああ」
杉元とアシリパも納得したように、支笏湖からとれた金塊を見る。
そして包み紙を開くと、中にはまたいくつかの包み紙が入っていた。
松田の鑑定によると、徳富川、沙流川、空知川、知内川と分けて書かれている。

「房太郎は刺青の暗号解読とは別の角度から金塊の隠し場所を探っている。───ここに行ってみる?」



俺たちは空知川流域のアイヌの村に行き、砂金の話をする和人で妙な刺青を持った男を見ていないかと尋ねてみることにした。
すると、歌志内の炭鉱の方で妙な刺青の男を見たという情報があった。だが証言してくれたアイヌのおじさん曰く、その男は物売りで飴などを売っていたらしい。
「飴売りぃ???……それはぜったい房太郎じゃない」
「だよなあ。……ほかの囚人に心当たりはないのか?」
「ないな~。顔も名前も知らない囚人はいっぱいいたし」
杉元とアシリパ、俺と頭巾で馬に乗りながら念のため歌志内に向かってみるが、房太郎らしき姿はない。
何人かの飴売りに身体を見せてくれと言ってみたが、商売敵が邪魔をしに来たのかと怪しまれてしまった。
途中で確かに妙な刺青を彫った男はいたが、顔一面に落書きしたような刺青で、俺たちはガッカリしてその場を離れた。
ただアシリパが、その男との別れ際に聞こえるか聞こえないかくらいの声で「若山の親分」や「金塊は絶対に見つけられない」と言われたらしい。
今からでも追いかけてひん剥くか、別の川へ向かって房太郎を追うか、あと札幌で起きてる殺人事件も気になる、……と迷った末に俺たちはひとまず船に乗って江別へ行くことにした。
江別へ行けば札幌が近くなり、別の手掛かりでもある沙流川はそこからさらに南へ進んだところにあるからだ。

そしたらその船に房太郎の方からやってきた。───強盗犯として。
急に船が変な動きをしたから、甲板に出て様子を見ようと思ったところでその姿が目に付いた。
「ウワ」
後ずさったせいで後から来ていた杉元にぶつかり、「なんだよ白石」と怒られる。
「───白石?おお~~~白石じゃねえか。すぐにわからなかったぜ」
杉元が名前を呼んだことによってあっさりバレた。監獄にいたときとは髪型を変えた程度で、前に牛山とも真正面で遭遇した時にバレたので、本気で隠していたわけではないのだが。
とはいえ、この状況で名前を呼ばれて親し気に話しかけられたくはなかった。

「どういうことだ」
「なんだお前ら」
「気を付けろ!!その二人も仲間だッ」

案の定船員たちからは強盗犯の仲間だと思われた。
杉元と俺に襲い掛かってくる船員に房太郎が銃を向けるので、杉元は船員たちを次々川に落とした。
これなら俺たちに手も出せず、房太郎もわざわざ殺しはしないだろう。
「へーやさしいんだな。おい白石!随分と頼もしい子分がいるじゃねえか!いいねえ!」
「子分じゃねえ~し!……杉元マテ!マテだよ!」
「ウウゥッ~」
いつもは俺が犬扱いを受けてるが、この時ばかりは狂犬サイチをおさめる飼い主だった。
房太郎には聞きたいことがあるんだから、と。
「俺はてっきり土方歳三の飼い犬になってると思ってお前を諦めたっていうのに、こんなところで何やってるんだ?」
「土方さんは別に関係ないだろ……俺たちは金塊が最初に隠された場所の手掛かりを探してる」
「なーんだ、お前もか!!じゃあ白石もどこかで聞いたのか?俺らの刺青の暗号はもう解けないって噂」
「なにそれ?」
そんな噂になってるのは知らなかったが、どこから出た情報だろうと更に聞き出そうとしたその時、房太郎の子分らしき声がする。
どうやら向こうから船が来ているらしく、その船にはかなりの軍人が乗っているそうだ。
あれに囲まれたらひとたまりもないことが分かる。

房太郎の手下たちは船の客人をおさえ、房太郎は船を平常通り動かすように船長を脅した。
もうすぐすれ違い、離れていく───と思ったその時、船内から銃声が聞こえてくる。
「アシリパさん!!」
「誰だよ軽率だなア」
窓ガラスが割れ、暴れる音と共に更なる銃声や怒号が響く。
杉元は船内で寝ているであろうアシリパを心配して戻って行き、俺はすれ違ったばかりの船の様子を見に行く。
やっぱり銃声は聞かれていたらしく、乗客が襲われていることを察知された。
船が旋回して戻ろうとするのを見て、房太郎はあえて舵を切ってこちらの船を突っ込ませる。
ちょうど向こうの外輪を壊して船行不能にし、ついでに俺たちの船が引いてた積み荷と馬、あと頭巾を置き去りにする。……あいつのことだから自分で追いかけてくるだろう。

「どうだ見たかよ白石!」
「ま~~~、いっか!さすが海賊ぅ!!」

房太郎と俺はキャッキャッと肩を組んで喜んだ。
「俺と組む気になったか?」
「え」
そのままガシッと腰を掴まれ、一瞬固まる。
だが房太郎の手下が三人やられたと報告にきたことで、房太郎の雰囲気が変わった。

───やばい、と思った時にはすでに遅かった。

房太郎は自分の懐に入れた人間───身内贔屓がとても強い。
自分を王と呼び、手下を家臣、それこそ家族だと思っている。
そのため手下がやられたと聞いて、激昂した。
相手をブチ殺すと息巻いて錨を振り回し始める。そして客室を襲いに行こうとするが、アシリパの身を案じる杉元が応戦。
その隙に、手下をやったという銃を持ってた郵便配達員はアシリパによって川に落とされ、命拾いをした。
あのままだと絶対にブチ殺されていただろう。頑張って泳げ。

で、このデカイ屈強な男二人はいつになったら戦いをやめるのかな……。



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お待たせ海賊!
距離感近め。
Mar.2024

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