Sakura-zensen


秘すれば春 24

房太郎とはひと悶着どころか二悶着くらいあったが、結局杉元は手を組むことを選んだ。
結核で家族全員死んでしまった杉元が、疱瘡で家族全員死んで村中に疎まれたという房太郎の身の上に同情したのかもしれない。本人は否定していたけど。
ちなみに、刺青を集めても暗号は解けないという噂は若山の親分が出どころらしいが、おそらく囚人の中に刺青を消したり、ヒグマにでも食われた奴がいたんだろう。辺見もあわやシャチに喰われるか海に沈む寸前だったし。
だけど、何枚か損なわれたからといってわからなくなる暗号を、アシリパに託すとは思えない。
ましてやその可能性に気づかない鶴見中尉と土方歳三ではない。俺だって自分一人にそこまでの価値はないだろうと思ったからこそ最終的に刺青を彫らせた。
というわけで、刺青に頼らず金塊の在処を探しながらも、並行して刺青を探すための頭数として房太郎は必要だった。
「俺は二人が良いならそれでいいけど」
房太郎もひとまず協力することで納得したので、何気なく賛成を口にしたところ、じっとりした視線が向けられた。
「本当か?また何も言わず離れて、土方歳三のところに行く気じゃないだろうな?」
「そういえばお前、こいつに土方の飼い犬って思われてたみたいだけど、どういうことだよ」
「なんだ知らないのか?網走監獄から脱獄するのに指揮をとったのは土方歳三だが───その手足となったのは白石だぜ」
「ちょっと脱獄の腕を買われて知識をかしただけ」
俺の肩に腕を回してウリウリしてくる房太郎がダルいので、ぐいーっとその身体を押し返した。
今更こんな話をしたところでピリつく二人では……、あれ?

「アァ?聞いてねぇけどォ?」
「白石ッ、お前土方ニシパに飼われていたのか?」

え、ピリついてるじゃん……。なんでだ。

戸惑う俺をよそに、馬と積み荷と頭巾を乗せた小舟が追いついてきたので、江別から札幌まではその小舟で川を下って行くことにした。
アシリパが船頭でなにかゴソゴソしているので放っておいたら、なにやら杉元とチョウザメを獲るという話になっている。アシリパは杉元に狩りで獲ったものを食わせるの好きだからな……。
「このお嬢さんとはどういったご関係なの?」
「……案内人さ、北海道の」
「ふ~~ん、でもめちゃくちゃ怒ってたじゃんさっき……「危ねえだろアシリパさんが!!」って。よほど大切な人かと思ったぜ」
「こらこら房太郎、野暮なことを聞いてやるな……ァイテテテテ」
アシリパが耳を赤くしてそっぽ向いてるから房太郎の肩をバシバシ叩いたら、俺だけアシリパに頬をつねられた。……思春期か。


獲れたチョウザメを食うため陸にあがり、札幌へ向かう道中───二人きりになると房太郎は探るように俺に話しかけてきた。
アシリパのことをまだ北海道での案内人としか言ってないけど、房太郎がそんな言葉をすぐに信じるはずがなかった。
ひとまず躱すが、俺に言う気はないと察したのか房太郎は一呼吸置く。
「……やっぱり、なんで白石があいつらとつるんで埋蔵金を探してるのかわからねえな」
俺は無言でその続きの言葉を待つ。
「お前は第七師団や土方歳三みたいな危ない連中と渡り合う男じゃなかったし、本当は金にもそんなに興味はないはずだ───もっとなにか、理由があるんじゃねえのか?」
「俺を土方歳三の飼い犬だって思ってたくせに?」
笑いながら言い返すと、房太郎は寝転がる俺の上に覆いかぶさって見下ろす。
房太郎の長い髪が顔にかかり、俺を閉じ込めた。
「だからだろうが。お前があの二人に感じる価値はなんだ?あのお嬢さんの深い青い目か───?のっぺら坊もそうだった」
「ロシアの血が混じったアイヌは珍しくない」
もう一度笑うと、房太郎に息を吹きかけたことに気づいた。
なぜなら向こうの息もかかっていたからだ。
「なあ白石、お前は埋蔵金を見つけたら"本当は"何に使うつもりだ?」
これは網走監獄にいたときにも聞かれたことがある質問だ。あの時はしょうもない夢を語った気がするが、房太郎は信じてなかったんだろう。
「俺は別に、埋蔵金なんてほしくない」
俺の言葉を聞くと、房太郎はにやりと笑った。
垂れてくる髪の毛が邪魔だったから手でどけるが、やり場を失ってその髪を指先に絡めて梳く。
「だから俺のとり分は房太郎がもらっていいよ」
「───……随分な殺し文句じゃねえか」
続けた言葉に一瞬目を見開いた房太郎が、少し身体をどけて俺に金貨のようなものを見せた。
支笏湖で砂金と一緒に沈んでいたものらしく、刻印が俺たちの刺青に似ていると指摘する。
アイヌの文化はわからないことがたくさんあるし、アシリパに見てもらいたいな───と思っていたその時、山の中から大きな音が鳴り響いた。

音のする方へ走っていくと、大量の木が倒れている景色が一面に広がっていた。
家が林業をしていた房太郎曰く、これは北海道での伐採方法で、何十本もの大木に切り目を入れて風上の一本を切り倒し、将棋倒しのようにして範囲を広げていくのだそうだ。
「───杉元達を探さなきゃ、巻き込まれているかも」
「ああ、そうだな」
木々を踏んだり崩したりしないように、慎重に跨いで歩きながら、土埃で視界の悪い周囲を見回した。
名前を呼びかけては、静かにして返事を待ち、場所を移動しながら繰り返す。
俺が必死に探し回っている後ろを房太郎はチョロチョロついてきて、アシリパがのっぺら坊の娘なんだろうと聞き出そうとしてくるので、「うるせーッ」と怒って黙らせた。返事があったら聞こえないでしょうが!!
すると途中で頭巾が現れて、フンフンと言いながら指をさすので、きっと遠くからアシリパを見ていたのだろうと理解する。
「向こうだな?えらいっ!お前がいてよかった」
鶴見中尉から逃げるときも、松田の刺青を知れたのも、頭巾のおかげという部分があったので、頭巾の両肩をバシィ!と叩いて胸同士をぶつける。
俺の急で雑な抱擁に驚いた頭巾は固まり、房太郎はさっき怒られたので不満そうに俺たちを見ていた。




「───白石はなぜ金塊を探していて……今も、私たちと一緒にいるんだろうな」
「あいつは隠し事が多いけど、嘘をついて俺たちを騙そうとはしていない気がする。それに俺との約束を守って樺太でずっとアシリパさんのそばにいてくれた」

木々の中に潜り込みながら、そんな会話が聞こえてきた。
アシリパと杉元の息があることに安堵しつつ、さらに続いた内容に一瞬動きを止める。

「樺太で尾形は、白石のことを"山犬め"といったんだ」
「山犬……?狼のことか。前もそんなこと言ってたよな、あいつ……」
尾形にいい思い出がない杉元とアシリパは、少し声が低くなる。俺にもいい思い出なんかないけど。
奴は前々から二人に、俺のことでゆさぶりをかけていた。だが尾形の人徳が低いせいで、効いてなかったはず。それが今、覆ろうとしているのかと冷や汗が滲んだ。
「確かに白石は狼に似ている───群れの中で自分の役割を全うして、時には仲間を助け、時には冷徹に切り捨てて生き抜く強さがある」
「ああ……」
「私を守りながら、強く生きられるように見ていてくれたのも白石だった」
「……あいつ、そうだな……俺もあいつに叱られたよ。白石は俺なんかよりよっぽどアシリパさんのことを尊重してて、アシリパさんの為になることを考えてたよ」

どうやら俺はまだ二人に嫌われてないらしい。
これもすべてアシリパが犬派なおかげだ。……猫派だったら負けてたかもしれない。

「───あ、アッカムイが助けに来た」
「アッカムイってなに???」
とりあえず話がひと段落してたので木の間から顔を出すと、よくわからないことを言われた。
「よくここにいるってわかったな?」
「俺の鼻───と、言いたいところだけど頭巾ちゃんが二人のことを見てたからね」
さっきまでの話のことは蒸し返さず、俺はへらりと笑った。




next.

アシリパちゃんが主人公に狼っぽさと父っぽさを感じて欲しい願望がある。つまり好きって……こと?
あと尾形(山猫)に「山犬め」って言われててほしかった。樺太で決別するときに聞き取れなかった言葉です。
原作白石はここで信用をされてるって知る感動回だと思うんだけど、こっちの白石はそういう話にならないほど謎が多いという。
そしてアシリパちゃんが暗号を解くヒントが分かったことは、主人公も気づいているとわかっているので二人はその話にならない。

Mar.2024

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