秘すれば春 25
札幌の洋食屋でライスカレーを食べていたところに、突如壁がぶっ壊された。店の外に飛ばされていく人間と、壁を壊した牛山の姿がそこにある。
カレーの入った皿だけ持って退避して様子を見ていると、アシリパが牛山の存在に明らかにテンションを上げる。……チンポ先生って呼び方もうやめなさいよ……。
札幌にいること自体驚きではないが、なんで乱闘してるんだろうと思い周囲を見回すと、穴の開いた壁の向こうに、土方さんが立っていた。
すると杉元は突如、殺気立ち突っ込んでいく。
刃物も銃もテーブルもあるもの全部使ってやり合い始めた。
そういえば俺たち、土方さんにある意味裏切られたっけな……と思い出す。
「もー、埃が立つぅ……」
そっと部屋の隅に移動して、ばくばくとカレーを掻きこんだ。
このまま大人しく食事が再開されると思えないので、今のうちに食べとくことを選ぶ。
「もうやめろッ、ふたりとも死ぬには惜しい」
「いったん話し合え!!」
「ううぅ」
狂犬サイチは牛山の羽交い絞め、そしてアシリパの声に唸って一瞬動きを止めた。
ところがやっぱり、牛山を背負い投げしてぶっ飛ばす。床にめり込んだ牛山はすぐに起きあがり、今度は杉元に向かって行った。
「辞めるんじゃなかったのか。はふはふ」
「白石ッ止めて来い!」
「んぐんぐ、無茶いわないで」
ごっくん、と最後のひとくちを飲み込みながら、アシリパにゆさゆさと揺らされる。
だがそこに、ゆらりと立ち上がって入って行く人影が見えた。
「牛山さん!!」
房太郎がテーブルを持ち上げて、牛山の頭に叩きつけた。
奴の石頭は木の板を割ってめり込むが、まったく動じず房太郎を投げ飛ばす。
「駄目だった」
「ね」
房太郎はあっけからんとした顔で戻って来た。
結局アシリパがその場を収め、土方さんはアシリパと一対一で話す場を設けた。
刺青の情報共有も二人だけですると言って根城にしているらしい寺にみんなでやってきた。
うーん、さすがに、一人床下に潜り込んだりするのはまずいかな……。
大部屋に集まった連中がビールで酔いながら喧嘩してるのを眺めながらそっと立つと、牛山に埋蔵金を手に入れたらどうするのかって話をしてる房太郎の目がかすかに俺を追った。
だが追及はなく、視線は牛山に戻る。
そして改めて部屋を出ようとしたその時、アシリパが戻ってきていた。
残念、ちょっと遅かったか。
「───盗み聞きは失敗だな」
寺の境内で酔いをさましていると、背後からひたりと足音がした後に話しかけられた。土方さんは所作が非常に静かで、気配が薄いので困る……。永倉さんもだけど。
「人聞きわるいな、そんなことしないよ」
振り返って、土方さんに向かって白々しく肩をすくめる。
「しばらく見ないうちに、随分アシリパと杉元の信用を得たんじゃないか」
「そうかな」
「尾形が随分邪魔をされたと言っていたぞ」
「ふうん、土方さんに泣きついたんだ。もしかして俺、叱られる?」
「まさか」
ククッと喉を震わせる微かな笑い声がした。
「金塊を手に入れたら、お前は何を望む?」
「何を望むって……最近、その手の質問が多いな」
俺は土方さんを前にして、乱雑に後頭部を掻く。
房太郎にも聞かれたし、杉元とアシリパも聞かないまでも気にしていた。
少しずつ刺青が集まり、金塊に近づく兆しが見えて、改めて金塊を見つけたその先のことを考えることが増えたからかもしれない。
「どうせ一度も本当の答えを返さなかったくせに、よく言う」
「俺は金塊で何かをしたいわけじゃないから」
「───ではお前は、全てが終わったらどこへ行く?」
その時、ひゅうっと風が吹いて髪の毛が乱れた。
長くなった髪が丁度俺の顔を隠してくれるが、その隙間から見える土方さんは俺から目を離さなかった。
「私の元へ来い」
俺の答えを待たず、土方さんは言った。
伸びてきた手が俺の顎をぐっと掴んで固定する。その時髪の毛も退けられて、鋭い目つきと視線が絡む。
抱いたのは恐怖でも陶酔でもなく、純粋な驚きと疑問だ。
土方さんに俺の有用性を示したことは、確かに何度かある。脱獄に噛むためでもあるし、その先のことも見据えて。
だけどこの人は志を同じでない者を、わざわざ引き込もうなんて思わないはずだ。
俺はかたくなに自分の意見を封じて、のらりくらりとやって来た。
望みも、行く末も、過去さえも明かさない俺を、どうして。
「これまで二度、見逃してやった。三度目はないぞ」
「……はは」
渇いた笑いが零れたが、まるで笑える状況ではないことはわかっていた。
「俺、が」
萎縮していた喉がようやく開いて声が出る。
俺の顔を掴んでいた指先から、ゆっくりと離れながら言葉を紡いだ。
「あの脱獄に乗ったのは、土方さんがいたからなんだよ」
風に紛れて消えてしまうほどの小さな声だが、土方さんの耳にだけは入っただろう。
目を見開く顔に満足して、思わせぶりに笑いかけた後、隙をついてその場を後にした。
それにしても……まさか土方さん、俺が逃げたこと根に持ってたとはな───!
二日後の夜、俺たちは札幌で今起きてる連続殺人事件の犯人”ジャック・ザ・リッパー”を捕まえるべく、三人部隊を結成して街へ繰り出すことになった。
オトリ役として娼婦になる為、別室で永倉さんに用意してもらった女物の着物に身を包み、長く伸ばした髪を緩く三つ編みに結う。
紅まで用意されていたので唇に乗せ、オンナ度上げてから外に出ると、杉元とアシリパはあんぐりと口を開けて俺を見上げていた。
「どうした?見惚れた?」
アホ面がかわいくて、境内の階段から降りながら笑いかける。
「見違えるほどに別嬪じゃねえか白石。俺の妃にしたいくらいだぜ」
二人は何も言わなくて、既にオトリ役として女の格好をしていた房太郎が手をのばしてくるので、掴まって階段を降りきった。
こんな風に唯一褒めてくれたのは房太郎だけで、後は「白石なのに……白石なのに……」とか「ぐぅッ、女に見える」とか「オトリはコイツ一人で良いんじゃねーか?」とか「白石、一発ヤらせろ」などの野次が飛んでくる。
ちなみに永倉さんと土方さんは頷くだけ、そして見えてない都丹は何も言わない。
「……モタモタすんなよ」
「早く行こう」
で、結局杉元は房太郎の手をベチッと叩いて外させたあと、アシリパと二人で歩き出してしまった。
クゥーン……なんか冷たぁい。
気を取り直して、次なるジャック・ザ・リッパーの出没場所として予想された札幌ビール工場の周りに待機した。
何人か男に声をかけられたが杉元がすぐにブン殴りにくるので、俺は美人局をしているような気分になる。
「ちょっと手が早すぎないかな???」
服を剥ぎ刺青の有無を確認され、だらしない胸をあらわにしたオッサンが可哀想。だが杉元は俺の同情に、ガラの悪い顔つきで「別に良いだろうが」と言い返してきた。
もうちょっと優しい子じゃなかったかなあ、杉元って。
「気を張りすぎるのも良くないよ」
「ジャック・ザ・リッパーだけじゃねえ……尾形が近くで見てるはずなんだ」
「ああ……そうだね。でもそれなら尚更、アシリパちゃんのことをよく見てなよ、俺は平気だから」
「お前だって尾形に狙われないとは限らねえ」
「だからって今、俺を殺すのは無意味だと思うな」
ヒソヒソと話しながら、影にいるアシリパの姿を確認する。
「頭巾ちゃんも尾形を探して周囲を警戒している───大丈夫だ」
殴っちゃったオッサンはひいひい言いながら逃げて行ったので、そろそろまたオトリに戻ろうと杉元の胸をぽんっと叩いて押し返した。
だがその時、合図の花火が上がり杉元の顔が明るく照らされる。
「これは、門倉の方?」
「急げッ!門倉とキラウシが頼りねえから犯人を逃がすかもしれねえ!!」
位置からしてそれは門倉がオトリになった牛山のチームだろう。確かに杉元の言う通り門倉とキラウシは腕っぷしが強いとは言えない編成で心配になる。
女物の着物を脱ぎ捨て紅も拭いなら、アシリパと杉元と三人で駆けだした。
だが、今度は土方さんがいる方からも花火が上がり、俺たちは困惑して足を止める。
二方向で合図の花火が打ち上げられたので、どちらへ行くべきかと迷っていると最初に花火を上げたはずのキラウシが前方からやって来た。
どうやら建物の中に牛山が入っていったらしく、それを聞いた杉元とアシリパが割れた窓から侵入していく。
「あ……!!相手は兵隊が五人だぞッ」
「エーーーー???」
キラウシの遅すぎる報告に振り返っている隙に、杉元とアシリパには置いて行かれた。
next.
やっぱり女装姿はやっておきたい。本望です。
口紅は永倉さんが茨戸で付けてたやつ、という細かい裏設定(?)があるにはある。
杉元とアシリパちゃんが女装見てよそよそしかったのは、ママがママじゃないみたいに見えちゃったから(?)間男には威嚇。
私見ですが土方さんの口説き文句は"来い"だと思っている。そして割と最初から主人公を口説いている(つもり)
Mar.2024