Sakura-zensen


秘すれば春 26

工場内に潜みながら、はぐれてしまった杉元とアシリパを探す。
乱闘になれば騒がしくなるだろうけれど、第七師団が来てるのであればかなり厄介だろう。
暫くすると騒音を聞きつけ、たどり着いた広い部屋には、噎せ返るほどのビールの臭いした。目を凝らすと大量の樽が並べられていて所々倒れている。
ビール樽を、乱闘の最中に穴をあけて溢したのかもしれない。
床が濡れているので足音を立てないよう、樽の上に乗り月灯りを頼りに、三人ほど横たわっているのを見つけた。
生きているようだが、杉元やアシリパではない。鯉登少尉と月島軍曹、あとは二階堂だ。
聞いてみるか、と暗がりから声をかける。
「───鯉登少尉ッご無事ですか!?杉元たちはどちらへ!?」
「あ、あっちだ、追えぇ……えぁ?」
味方のふりをすれば、酩酊状態の鯉登少尉がふにゃりと手を上げ指さした。
そして遅れて俺に気が付く。
「あんがと」
「キエッ!?……シッ、シライシ~~ッ!!!」
猿みたいな悲鳴にフフッと笑って別れを告げる。


結局建物の中で杉元達を見つけることができず、外に出ると工場の一部に火がつけられていた。
かなり燃え広がっているため、人が集まってきている。
土方さんたちは刺青囚人は確保したので撤収するというけど、杉元とアシリパの姿が見えない為俺は探しに行くことにした。
牛山の目撃情報を頼りに、かなりの煙が充満している建物の入り口から声をかけると、二人の声が微かに返って来る。
急いで助けに行こうとしたら、息を長時間止められる房太郎が名乗り出たので任せたが、その房太郎がいつまでも帰ってこなかったのでしびれを切らして中に入った。
そしたら杉元だけが廊下に這いつくばっていて、アシリパの姿がない。
「アシリパさ……海賊……れた」
「エ~~~!?」
とりあえず杉元を担いで脱出しながら、耳元で聞こえるうめき声を脳内で補完する。状況的にも、アシリパは房太郎に連れていかれたということなんだろう。
「蝦夷共和国を作られちゃ自分の国を作れないってことで、決裂ってわけねえ」
「のんきに……納得してんじゃ……ねえ……ッあいつ……!」
「大金が絡むと人間関係って破綻するよね」
「……」
杉元はついに俺の意見に同意したのか、くたりと身体から力を抜いた。
あれもしかして気を失っちゃった??……なんて俺の心配もむなしく、杉元は外に出て十秒もしないうちにすっかり息を整えて自分で立った。
しかも房太郎を探すと言って銃を握りしめて走り出し、野生の勘なのか最短距離で房太郎を見つけた。もしかして、杉元って、イヌなの?
「降参!!」
「待て!」
瞬く間に乱闘を始めたが、そばにアシリパがいない事や、房太郎が両手を挙げたことで杉元の銃を取り上げる。その瞬間上空に発砲されたので、本当に殺そうとしてたみたい。
「房太郎、アシリパちゃんをどこにやった?」
「アシリパちゃんは第七師団に奪われちまった。やっぱもう一回手を組んで取り戻そう!!」
「ふざけんなッ」
杉元は裏切りに厳しい男なので、さっきスコップで殴ってアシリパを連れ去った房太郎のことは信用しないと言い張った。
房太郎はアイヌから仕入れた情報をまだ俺たちに教えていないし、俺としてはもう一度手を組んだ方が良いと思うけど……。
「お前は俺を捨てないよな、白石ぃ~」
「うぎぎぎ」
でも杉元が嫌なら置いていくかあ、と思った俺に房太郎は長い手足を駆使してしがみついてくる。
甘えているようにもみえるが、ほぼ殺しの手口なんだよな、こいつの。


鶴見中尉達はアシリパ捕獲後、消火に来ていた消防組から身包みを剥ぎ取ったようで、蒸気ポンプを積んだ馬車に乗って撤退したらしい。
それを追うには人の脚では間に合わないため、房太郎が見つけてきたサッポロビールの宣伝車を使うことにした。
暫く走ると、前方に消防組の集団らしきものを見つけた。だが、車の運転が突然乱れ、空き地の中を突き進む。
思えば、房太郎もかなりの怪我を負っていたことに気づいた。アシリパを第七師団に奪われたということは、戦ったというわけで。
「肩を斬られたんだな?出血がひどい、運転代わる」
「いやいい……これが王になる男の勇姿ってやつだ。よく見て覚えておけ白石。忘れるなよ」
まるで死を悟るような言い草に、俺は思わず「駄目だ」と口走っていた。
なのに房太郎の横顔は、不敵に笑う。
その余裕に少し腹がったので治療ついでに傷口をぐっと抑えると、やはり血が滲んできた。
「ッ!いってえな、触るな!」
「せめて血を止めようと思って」
「そう簡単に止まる傷じゃねえよ」
ぜいぜい、と息が荒く蒼褪めている顔に、冷や汗が浮かんでいた。
そうしている間にも房太郎は消防団に追いつき始め、俺はどさくさに紛れて医療忍術を使って傷を治療する。かなりの血を失ってはいるが、これ以上の失血は防げただろう。

だがせっかくの治療もむなしく、その後も銃撃戦は続く。
房太郎は運転しながら腹に弾を受け、一時運転が困難になった。代わりに俺がハンドルを握って備えたが、前方の馬車から両手に二丁銃を構えた男が俺を見た。
この車はフロントガラスもないので、まったく防ぎようのない状況だ。
───避けたら房太郎に当たる……、でも俺なら、大丈夫。
一瞬そんな思考を巡らせて、ぎゅっとハンドルを握ったその時、背後からものすごい力で身体を横に押し退けられた。
銃弾は俺の後ろにいたはずの房太郎に、何発も当たった。
車は電柱にぶつかって停車してしまったが、杉元は攻撃のさなかに向こうの馬車に飛び乗っていった。きっと杉元なら大丈夫だろう……けど。

「房太郎、どうして……」

房太郎の胸や腹が真っ赤に染まっていた。
目的の為なら手段を厭わない男だと知っている。そうでなければ監獄になど入っているはずがないわけで。そんな房太郎が、重症を負っていたとはいえわざわざ俺を庇うとは思わなかった。
「命を助けたんだから、俺のことを忘れるなよ、白石」
「……うん」
「子供にも伝えろよ、……俺の存在を」
ぽつりぽつりと紡ぎだされる言葉に、房太郎の心が見えてくる。
国を作って王になって、誰にも自分を否定させない───と、大きな夢を語るその根底にあったのは一人になりたくないという想いだった。
「ああ、わかった」
この寂しがりを孤独に死なせることのないように、身体に触れながら相槌をうつ。
呼吸が浅くなり、心臓の音が弱まっていくのを掌に感じた。
「他には?何かしてほしいことある?」
「……いや…………お前が、俺の命を惜しんだ瞬間が見れたからいい……たとえ俺が持つアイヌの情報の為でもな……はは」
心外だな。俺ってそんなに冷たい奴だと思われていたのか。
そう思いながら、自分の結っていた髪を掴んで切り落とした。
房太郎は目を見開き、俺の顔と切れた髪を交互に見る。
「これは、せめてお前が、寂しくないように」
「───、……ああ」
受け取った髪に房太郎が唇を寄せた。
やがて腕に力が入らなくなって手が落ちるが、指は感触を確かめるように擦り動かす。

最期ははくはくと口が動くので、俺は顔を寄せて房太郎の声に耳を傾けた。



息を引き取った房太郎を後ろに移動させてから杉元を迎えに行くと、髪を切った俺と、手に髪を掴んだまま眠る房太郎を交互に見た杉元は「それ」と言いながら俺の頭に触れようとした。
だけど結局、俺の髪に触れることなく手を下ろした。
そして車に乗り込みながら、前を見据える。
「……房太郎は何か言ってたか?」
「アイヌのこと、教えてくれたよ。後で話す」
「それだけか?」
「───"忘れるな"ってさ。あと"子供にも俺の話をしろ"って」
「……」
「房太郎が国を作りたかったのは、家族と故郷を失った寂しさからじゃないかな……」
杉元の視線が俺に向けられたのを感じて、俺も横を見た。
すると、杉元は目が合う前に再び視線を前に戻した。
「お前の故郷は……」
「?」
何か言いかけて、杉元はすぐにやめた。
故郷を聞かれても、話せることがないのでそうしてほしい。
なので俺は沈黙を誤魔化すために、話を少しだけ変えることにした。
「房太郎はすごい奴だったね。金塊の手掛かりを独自に探してここまできた───その情報はきっと役に立つ」
「だから、忘れないって?」
「お前まで俺を人でなしにする……」
俺が、情報の有用性だけで人を判断しているみたいに言うじゃん。
「白石が本当に冷たいやつだとは思ってないさ」
「……」
「アシリパさんのことも俺のことも、お前はきっと忘れない」
車の走行音や雨音がやけに耳につく。
杉元の低くかすれた声が聞こえなくなってしまいそうだった。

「……でも俺たちはきっといつか、お前のことを忘れる」
「忘れない努力して~~?」

思わずズッコケそうになり、杉元に訴えた。



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