Sakura-zensen


秘すれば春 27

アシリパを鶴見中尉から奪還した後、刺青の贋作の見分け方がわかり、暗号を解く鍵はウイルクのアイヌ語でつけられた名前だとアシリパが告白した。そのことは既に鶴見中尉も知っている為、俺たちには時間がない。
金塊はおそらく、最初にアイヌたちが隠した場所───房太郎が教えてくれた『函館山のロシア領事館』の近くだとあたりをつけ、札幌から函館へ向かう汽車の中で暗号を解くことにした。

朝の六時、刺青人皮を広げやすいという理由から、一等車を陣取る。
頭を使うのはアシリパと土方さんに任せながら、ゆったりしたソファでウトウトする杉元を後目に外に出た。
先ほど追い出した客は違う客室に逃げたのか、そこには誰もいない。
柵に掴まりながらしゃがんで風景を眺めていると、ざっくりと切ったきり結っていない髪が、風になびき視界にかかる。

「こんなところで居眠りをしていたら風邪をひくぞ」

どのくらい時間が経ったのか定かではないが、永倉さんが背後の客室から外に出てきて、俺を見下ろした。
空気を吸いに来たのか、俺の不在に気付いて言いにきたのかはわからない。
「なんか紐とかない?」
「紐?何に使うんだ」
何も考えずに思っていたことを言うと、不思議そうにされた。
「髪を結わきたくて」
「わしが髪を結う紐なんか持ってるわけあるかい」
ペッと悪態をつかれてしまって、思わず笑う。
結う髪がない人に失礼なことを聞いたな。
「じゃ、土方さんに聞くか~」
「命知らずめ」
「え~、よいしょっと」
言いながら差し出してきた手を、何気なく掴んだ。
しゃがんでいた身体を立たされて、強い風に揺れるのを踏ん張って耐える。
その時永倉さんの皺の所為で小さくなった目の奥に、強い光が一瞬過った気がした。
「やはりお前、左利きか?」
左利きを指摘されたのは初めてだった。
この時代、左利きは大人に矯正されるから、俺も普段は右手を使っている。それに"元々"が右利きだったこともあり、特にこだわりはなかった。
ただ利き腕の方がわずかに使いやすいということから、咄嗟だったり、なりふり構わず動く時───特に戦う場においては左手を積極的に使う。
今永倉さんの手を取るのに左手を出したのは、出された手と立ち位置から不思議とそうなっただけだが、それ以前から気づかれてはいたんだろう。
都丹の手下をやったのも、左手だった。
「それに、剣術の心得もあるな」
「……ふ」
もはや驚きを通り越して笑いがこみあげてくる。
俺の利き手の確認は二の次で、手を握るためにはめられたのかも、と。
それだけじゃなく、新撰組随一の剣士だった永倉さんであれば、小さな気づきが積み重なり、経験、そして勘でわかるものなんだろう。
「小さいころ習ってた。向いてない、と言われたけど」
「向いてない……そいつの目は節穴かもしれんぞ。実際には見ていないがお前はかなり戦いに慣れている」
「いや、先生は俺のことを良くわかっているから、向いてないと言ったんだ」
「その先生の名は?」
「内緒」
俺は永倉さんの追及から逃れるように客室に戻り、目についた土方さんめがけて勢いよく声をかけた。

「土方さん、髪の毛結う紐とかもってなあい?切りっぱなしの髪が鬱陶しくて!」
「───結わずに済むように斬ってやろう」

そしたら土方さんが兼定の鯉口を切ったので、俺は「ヒンッ」と悲鳴を上げてアシリパの後ろに縮こまって隠れた。
あれは髪の毛諸共斬首しそうな気迫だった。
なお永倉さんは「本当に言いよったわこの馬鹿め」と俺の背後でつぶやいていた。



刺青の暗号が解けたのは函館駅に着くほんの少し前の、十八時を回った時刻。
五稜郭の形を模した紋様が、刺青人皮の中に浮かび上がった。房太郎がロシア領事館のことを突き止めていなかったら、もっと時間がかかっていたかもしれないと土方さんは言う。
確かに、暗号を解くまでに函館に移動で来ていたのは強みだ。───だが、鶴見中尉の頭の回転は、俺たちの想像の上だ。

五稜郭の橋のところで、早速三人の兵士にかち合った。
全員倒し口は封じたが、鶴見中尉からの電報を持っていて、彼の方も暗号が解けたことが明らかになった。
おそらく、鶴見中尉も最速でこちらに向かっていることだろう。
「どのくらいで鶴見中尉が来てしまうんだ?」
アシリパが俺の服の裾を引っ張って聞く。
「普通なら明日の朝一番汽車に乗るのが最短だけど、正当な手段で来るとは思えない」
「ああ。札幌駅の車庫で待機してる汽車を乗っ取れば半日で来られるぜ」
キラウシと門倉と夏太郎の三人が荷馬車の手配に行ってるので、そいつらが来たとして金塊が一回で詰みきれないし、近くに移動させただけでは金塊が奪われる───というかそもそも、金塊はまだ見つかってない。
「鶴見中尉がここに辿り着くまでに、目的を全て完遂することは不可能だと思う」
頭をモミモミと柔らかくしながら、苦言を呈す。
これってつまり、
「だから戦うしかない。ここに籠城して……奴らを迎え撃とう」
杉元の言う通り、これから戦争が始まる。




ソフィア率いるパルチザンたちと合流して、土方さんの指示通りの場所を掘り進めること数時間。
夜中の三時半ごろ、アシリパが何か硬いものを彫り当てた。
明らかに石ではない音がして、俺と杉元がその穴にかじりつき、一つの木箱を掘り出した。
金塊にしては明らかに足りないが、とにかく開けて見ることにする。

皆で集まってきて開いた箱はかなり厳重に防水処理をされていて、中から出てきたのは冊子だった。
アシリパが手にしたそれを、永倉さんと土方さんに見せる。
「───これは、土地の権利書だ」
曰く、アイヌたちは蝦夷共和国があった当時、榎本武揚から北海道の土地を一部買い占めていた。金塊はその土地代として支払われていたらしい。
アシリパはどこに、どのくらいの広さの土地があるのかと土方さんに問いかける。
すると土方さんは冊子を見せながら、分散してはいるが広大な土地をあちこちに買い占めていると話した。

蝦夷共和国があった当時、土方歳三もここで戦っていたはずだ。それを知らないわけがない、と杉元は言うが土方さんは条約の日付頃は五稜郭にはおらず、あちこちに出て戦っていたらしく、本当に知らないらしい。
細かい経緯がまとめられているため、ひょっこり覗いてみると調印式には当時函館に常駐していた六か国の公史が立ち会っていて、国際条約として結んだ旨も記載されていた。
蝦夷共和国が失われた後は明治政府にその条約が引き継がれ、金塊は明治政府に支払われることとなった。───なるほど。
「土地をどう利用するかは権利者───『アイヌに委ねる』って」
土方さんの肩に顎を乗せて、権利書とアシリパを見下ろした。
「───私もこれしかないと思っていた……金塊の使い道は森のある土地を買い占めるしかないって……戦う事なくアイヌを守る方法は、これだけだって」
小さな手が伸びてきて、一度撫でるように権利書に触れてから、皆を見回した。

「ようやく見えてきていたアイヌのために私がやるべきこと、それは……」

アシリパの思うアイヌの未来は、森と共に生きること。
森を守り、カムイを残し、文化を残すことだ。

「すでに昔のアイヌたちによって成し遂げられていた」

そんな感動のさなか、アシリパの周りにいた奴らが軒並み沈んだ。
やっぱりみんな、金塊が欲しかったんだな。
「俺も見てみたかったけどなあ金塊……」
俺も若干、拍子抜けである。
もちろん権利書の価値は理解しているけど。


ウイルクからは土地や原生林の保護なんて話は聞いていない、と腑に落ちない土方さんとは別で、ソフィアは切り替えてもうここに用はないと出て行く。
権利書は権利書でかなりの価値を持つから、鶴見中尉に奪われるのは避けたいし、俺たちも速やかに撤収することとなった。
だけど、
「───半分しか使われてない」
建物を出る直前、土方さんのつぶやきを聞いて振り返る。
ウイルクは土方さんに金塊は『二万貫』と言っていたが、アイヌが土地の権利を買うのに使った金塊は『九千九百貫』と記載されていたようだ。
つまり、あと一万貫ちょっとの金塊がどこかにあるってことになる。

ウイルクが、報酬として金塊を半分やると言っていたのがここに来て現実味をおびた。



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兼定をチタタプについで散髪に使おうかと思ったけどやめました。
余談ですが主人公が房太郎に髪を捧げた()ことを土方さんも知っている。嫉妬って……コト!?
Mar.2024

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