Sakura-zensen


秘すれば春 28

よし残り半分の金塊さがそー!とみんなで決起できたらいいのだが、事態はそうもいっていられず、五稜郭は現在襲撃にあっていた。
予定よりもかなり早いそれは、駆逐艦による砲撃だ。上空からは気球に偵察されており、そこから指示をしている。さっきまでずっと建物の中にいたので気づけなかった。
逃げるか、否、もうすでに逃げることすら阻まれている───そう考え籠城戦に備えていたところ、不思議と砲撃が止んだ。
「駆逐艦に乗り切れなかった鶴見中尉の部下たちは、汽車で移動してるんだよな?いつ来てもおかしくないはずだ」
その隙に、牛山が土方さんに声をかける。
「今のうちにお嬢だけでも逃がしたらどうだ?なんなら権利書を持たせて」
「じゃあ───俺と一緒に逃げようか、アシリパちゃん」
「!!」
俺はアシリパの前にしゃがんで問いかけた。
すると彼女の青い目は揺らめき、信じられないものを見る顔つきで見返してくる。
「俺はアシリパちゃん一人連れてくらいなら、なんとか脱出できる。金塊も別に欲しいわけじゃない、一応待ち合わせ場所を決めておいて、皆は生き延びたらそこで落ち合、」
バチーンッと顔を叩かれて、それ以上は言葉を紡げなくなった。
特に避けずに受けたので、首が捻じれて、頬の内側が歯に刺さって唇が切れた。
「おまえが、今更ッ、……私に逃げろなんて言うな!!!!」
アシリパは俺の両方の顔を再度ベチッと叩いて挟んだ。
ストゥがあったら俺は尻を百回叩かれていたのかもしれない。
「みんなの役に立ちたいしッ!私は見届けなきゃッ!」
言いながらバチッバチッと俺の顔を叩き続けるので、牛山が「お嬢……」と口ごもっている。
そこに杉元が牛山の肩を叩いて止める。いや止めないで???
「大丈夫だ。いざというときは俺がアシリパさんを五稜郭から安全なところまで脱出させてくる」
あれ……俺とほぼ同じことを言ってるはずなのに、なんでアシリパは杉元を叩かないんだ……?
扱いが違いすぎる……痛ぁい……。


顔を冷やすためにスコップにぺたあっとくっついてるのを、牛山が引き気味に見ているところで門倉が駆け込んできた。
どうやら永倉さんが艦砲射撃を止めてくれるように交渉にむかい、それが一時的に成功しているってことなんだとか。
……ということは、鶴見中尉に権利書のことは伝わったはずだ。
そして門倉はあらかじめ話してあった作戦の為に動く、と土方さんに告げてまた出て行った。
「門倉をあの決死の任務に行かせたってことは……いよいよ『逃げずに戦う』ってことだよな?」
牛山の言葉に土方さんは答えない。
だけどアシリパに呼び掛けて微かに笑った。

「強運の男が運んでくれた幸運の風が、我々を勝利に導こうとしている」

言いながら、外に出て行く土方さんの後をみんなが追いかけた。
気球から偵察されていないかを確認し、「ここだ」という位置で止まる。
上空からはちょうど、松の木が邪魔になって見えないだろうから、土方さんの指示通りに掘った。

そこには、馬用の井戸が埋まっていた。

さっき門倉が入って来た時に吹き込んだ風によって、門倉の刺青が動いた。その刺青にあった『馬』の字が、五稜郭内のこの位置に落ちたことで土方さんはこの井戸の存在を思い出したらしい。
───門倉の幸運体質、面白過ぎるな。

土方さんは戦争中にここでアイヌの男と出会い、助けられたそうだ。
その男こそが、元々金塊を集めたアイヌの生き残りであり、ウイルクたちと行動を共にしていた老人───キムシプだった。
「おそらく彼は私が政府軍に連れていかれたのに、投獄や処刑の情報が出ないことから幽閉されていることに気づいたはずだ。そしてそれを、ウイルクに話した。ウイルクは私がアイヌへの恩を忘れていなければ、ここを見つけ出せると思ったのだろう」
杉元とアシリパが井戸の中に確認に行っている地上で、土方さんは言う。
過去にそんなことがあったとは……と思いながら聞いていると井戸の底から二人に呼ばれた。
「───白石!」
「お前も来い」
「!うん、いま行く」
仲間に入れてもらえた気がして少し嬉しくて、地上から垂らした紐を使わずに飛び降りて着地した。
「うわっ」
「あぶねーだろ、お前ッ」
二人には狭い空間に飛び込んできたのでド突かれたけど、本気で怒ってはないみたい。

俺たちがいる井戸の下にはいくつもの皮袋が積め込まれていた。
その一つを立てた杉元は、垂れさがっている紐に括りつけて、上でみんなで確認しようと言った。
そして牛山が引き上げている最中に揺れた袋が一度、井戸の壁にぶつかり揺れる。
どうやら俺が着地した時の衝撃で、袋に小さな穴が開いていたらしく、金色の砂や石ころみたいなのが降り注いできた。
掌に零れててきて、たっぷりと溜まる金を眺めた。
「あは、───きれい」
指を開けば、さらさらと手から零れていく。
アシリパと杉元も感極まったように見つめ合い、何かを話していた。
そしていつの間にか、杉元は俺の肩をがしっと掴んで抱き寄せてくる。
「杉元、やったね」
「あははッ、お前だって、見たかったんだろ」
「うん……」
刺青とも政府やアイヌとも関係のない、戦争帰りのたった一人の男だった杉元が、今ここに立っていることの奇跡に感動もひとしおだ。
分厚い身体を抱き返して、その背中をぽんぽん叩くと、歓喜に震えていた。


金塊はひとまず、鶴見中尉達には見つからないように埋め直すことにした。なぜなら永倉さんの交渉によって一時は止んでいた艦砲射撃は再開されたからだ。
かつて箱館戦争では、今回のように艦砲射撃が行われ、当時あった奉行所に何発もの砲撃が命中した。
蝦夷共和国はたまらず降伏して、政府軍とここで白兵戦になることはなかった。
今もほとんど全く同じような状況と言ってもいいだろう。艦隊の他にも気球が配備されており狙いを定める準備は万全だ。
だけど土地の権利書があることで、鶴見中尉達は全面爆撃までは至らない。
だからこそ、
「白兵戦になる……」
外で砲撃の様子を見ている土方さんと杉元の隣に立って独り言ちるように言った。
「ああ……奴らは稜堡に作った堡塁だけを狙っている。じき、歩兵たちが押し寄せてくるぞ」
土方さんは踵を返し建物の中に入った。
今攻撃されている堡塁はオトリで、もっと内側に目立たない小さな堡塁が作られている為、突入してきた兵士たちはまずそこで夏太郎やソフィアの手下たちと戦うことになるだろう。
更には土方さんと都丹、牛山と杉元も加わって戦い、出来る限り敵を減らす。
アシリパは俺と馬小屋へ隠れて待機して、戦況を見ながら逃げる準備を整え、撤退すべき時に合図を送る役目を言い渡された。
外に出て戦えといわれればそうするつもりだったが、アシリパと権利書を守るのもかなり重要だ。
杉元も土方さんも、もはや俺を役立たずの犬とは見做さないらしい。
ここまでくれば、それもそうだろうけど。


皆の背中が遠ざかっていくのをしばらく見てから、アシリパが土地の権利書を丸めて矢筒に仕舞うのを手伝った。
それにあたって何本か矢筒に入らなくなってしまった矢の始末をどうするかと頭をひねる。
「この矢は埋めるか……いや、俺が持ってた方がいいかな」
「どうしてだ?」
「後からここに捨ててあるのを見たら、矢筒の中に"何か"を入れたんだなってわかるかもしれない」
「!そうか」
アシリパに説明すると地面に置いた何本かの矢を見下ろして考え込む。
「やっぱり俺が持とう」
「そうだな、白石が持て」
そう言って頷くアシリパは、矢筒から取り出した権利書を俺に渡した。
「いやなんで???」
「矢はそのままに、私の矢筒に権利書が入っていると思わせる」
「そしたら狙われるんだって!」
「元々あいつらは、私が持ってると思うだろう」
もしくは杉元か土方歳三とあたりをつけてくるだろう、と頷く。
まさか誰も"役立たずの白石"が持っているとは思わないって魂胆だとでもいうのか。
……どちらにせよアシリパが狙われることには変わりなく、ここから脱出するときは必ずこの子を共に連れていくから、やることは変わらないけど……。
「~~~だからってなあ」
「私はお前ならここから持ち出せると知っているぞ、白石」
青い目に真っ直ぐ見つめられてしまい、言葉をのんだ。
アシリパが俺について"知っている"ことなんて、ないというのに。



next.

主人公の逃げ提案は稀に見る善意と合理性で言ったんだけど、うさんくさい()せいで悪魔の囁きになってしまい、解釈違いを起こしたアシリパちゃんです(解説)。
アシリパちゃんの"知っている"は、信じるっていう意味。
Mar.2024

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