秘すれば春 29
門倉が別行動に出たのは箱館山に隠した大砲を使うため。そして再び艦砲射撃が止まったということは、艦隊の攻撃に成功しているからだろう。おかげで幾分か動きやすくなったが、南側の稜堡を片側制圧され、橋から兵士たちが攻め進んでくる。
その正面には杉元が行っているはずで、土方さん達もじき回り込むだろう。
「いよいよ兵士たちが入って杉元と戦い出したぞ」
「ああ、でも白兵戦になるのは想定内だから」
ソワソワしているアシリパを連れ、馬を一頭引きながら兵糧庫を出る。
「いっきに押し寄せてきていないだけマシだね。徐々に向こうの戦力を削ぐんだ……でも全員を俺たちだけで倒せるわけではないから、隙を見て逃げるために準備をしないと」
アシリパは静かに周囲を見て、ぐっと言葉を飲み込む。
しばらくすれば南口も東口も陥落し、かなりの兵士たちが侵入してきていた。あと残るのは北口のみ。
やがて全勢力が中に入ってきて俺たちを一斉に取り囲むだろう。
「───今が撤退の時だ。合図を出すよ」
「!」
アシリパは矢筒を背負う紐をぎゅっと握った。……今度はぶたれたなかったな、とこっそり安堵する。
合図を出せば杉元達も逃げるはずなので、ここで嫌だというわけではないだろう。
ただ緊張しているのかもしれない。逃げるのだって楽ではないから。
「その背格好は中々隠せないから、このまま走るよ」
「ああ」
馬小屋に火をつけてから、アシリパを馬に乗せて俺も後ろから跨る。
「手綱を一緒にもって、たとえ俺が馬を降りても走り続けて」
「!?どういう意味だッ?」
そう言いながら馬を走らせると、アシリパが頭を上げたので俺の顎にごつっとぶつかった。
「いでッ。……さっきの威勢はどうしたんだよ?大丈夫───信じて」
「───ッ」
言い聞かせるように、アシリパを覆い隠すよう体重をかけ、馬に押し付けて身を屈ませる。
その時周囲の兵士たちが俺に気づいたように声を上げた。
「いたぞ!」
「子供を乗せている!」
「撃つなッ、権利書を持ってるはずだ!!」
「馬を撃てッ」
アシリパの存在があったとして発砲されないとは限らない。俺や馬を狙って撃ってくる可能性もあった。
「止まれぇッ!撃つぞ!」
正面にある二の橋の向こう、半月堡塁から兵士が四人が走ってきて、俺に向かって警告をする。
「白石!」
背後から追いかけてきた鯉登少尉が刀を振り上げたその時、二の橋の中ほどにいた俺は手綱を引いて馬を立たせて後ろを向かせた。
鯉登少尉は反射的に馬の前脚を避ける。
その時、俺は馬の尻の方から降りて、アシリパだけを馬に残した。
馬が前脚を下ろした瞬間に、兵士たちに飛び掛かり、拾っておいた軍刀で斬っていく。
「走れッ」
アシリパは俺の声に従って馬の手綱を引き、俺が斬り伏せた兵士たちの横をすり抜けて走る。南口から出るのは諦めて、中に戻らせたのだ。
橋の上に立っている兵士は鯉登少尉のみとなり、アシリパへは背を向けて対峙する。
人数は減らしたが外には兵士がまだいるようで、こっちに来るのも時間の問題だろう。
「白石……お前がそれほど動けるとは思わなかったぞ」
「逃げるためには、こういうことも必要なんでね」
じりじりと間合いをはかっている間にも、外から兵士たちが駆け込んでくる。
「白石、早くこっちにこい!」
背後からはアシリパの声、正面には鯉登少尉と新たに複数の兵士。さらに視線をその先に向けると、馬に乗って駆けてくる永倉さんの姿があった。
にいっと笑った俺の顔と、永倉さんが飛び込んできた勢いに鯉登少尉の注意が一瞬逸れた。
永倉さんは瞬時に三人を斬り伏せ、俺は永倉さんが斬りもらした兵士を斬る。
「白石───行け」
束の間の共闘でほんの一瞬だけ背を合わせると、永倉さんは俺に言った。
有象無象の兵士より鯉登少尉とやりあう方が厄介なので、ここを引き受けてくれるということだろう。
「かかってこいや薩摩の芋侍がぁ!!」
永倉さんのドスの効いた声に背中を押されながら、俺はアシリパと馬の方へ駆け寄った。
アシリパは馬に乗れというが、どうせなら俺は下りていたほうが戦いやすいため断った。
だけど急に、アシリパがびくりと身体を震わせた。
「……、!───見つかった!」
アシリパの視線の先には、走ってくる一人の姿がある。額当てを付けてることからして、鶴見中尉だろう。
俺は咄嗟に馬に飛び乗り、距離をとることを優先した。
鶴見中尉が俺たちを見つけて命じれば、きっと士気が上がって今以上の注目を浴びることになる。
さすがの鶴見中尉でも走って馬に追いつけるはずもないが、姿を見られたことだけで、かなり追われるプレッシャーを感じた。
その後、幸いにも途中で杉元と合流できたので北口へ抜け、突然現れた谷垣に助けられて五稜郭を脱出した。
谷垣はたまたま函館の街にいた所、永倉さんに会ってここでの事を聞いたらしい。永倉さんは来るなと言ったけど、谷垣はアシリパの身を案じ、アシリパの祖母に世話になったことから参戦したようだ。
その後、馬を一頭駄目にされたのでアシリパと谷垣、俺と杉元で二人乗りして、先に脱出していた土方さんと牛山に合流する。
だが鶴見中尉は月島軍曹と馬にまたがり、かなりの執念で追ってきている。
尾形も隠れて狙撃してこようとしているみたいだし、五稜郭から出たとはいえまだまだ気を抜けない。
「おい、あれはどうだ!?」
迎え撃とうという土方さんと、このまま生きている人間だけで戦わずに逃げよういうアシリパをよそに、牛山が走る汽車を見つけて指をさした。
函館駅行きの汽車は俺たちの進行方向とは逆だが、追手の裏をかくには丁度良いと馬で近づいていく。
そして牛山と土方さん、杉元に続いて俺が乗り、アシリパを谷垣から受け取りながら思う。
───何か忘れていることがあるような。
「あれ?そういえば、函館駅行の汽車って夜中と夕方につく二本だけじゃなかった?」
杉元がそう言ったと同時に、牛山は客室のドアを開けた。
その先には、軍服を着た兵士たちがみっちりと乗り込んでいる。
鶴見中尉の手下であり、五稜郭を攻めるための第二陣がこの汽車に乗っていたことを考慮していなかった。
ばかー!と自分を責めてももう遅い。
俺たちの顔を見るなり、「こいつら、もしかして」と口走る兵士たち。
牛山は瞬時に突き進んでいき、兵士たちをぶちのめしていく。それに続く土方さん、───そして、俺。
杉元とアシリパがえっと声を上げているよそで、軍刀で兵士の胸を突く。
「二人は汽車から降りて!」
「谷垣ニシパやっぱり降りて!!」
アシリパが俺の指示に従う声を背後に聞き、ふっと笑う。
権利書を持つ俺が汽車に残って戦うのは、あまり良い事ではないんだろう。
でもアシリパは俺を"信じて"くれたらしい。
「やっとやる気を出したようだな白石」
「その軍刀でどこまでやれるか見ものだな」
牛山と土方さんに茶々をいれられつつ、返り血を拭って口を尖らせる。
俺が一番得意なのは牛山同様に素手での戦闘だが、ここでこの人数相手に立ちまわるのは不都合があるのだから仕方がない。
「うるさいな~~どんな武器でも使うよッ」
忍者だからな、とは言わずに何人もの兵士相手にした。
牛山が通路の中心を押し通ってゆき、土方さんが右側、俺が左側を担う、そんな俺の足元をアシリパがモゾモゾと動き、客席の下にもぐっていった。
背後で起きていたことは知っていたので、土方さんと牛山に声をかける。
「───後ろから鶴見中尉が乗り込んだ。前から降ろそう」
杉元も後ろから追いついてきて「鶴見中尉がいねえ」と言いながら加勢した。
「多分車両の上だ……先に行って待ち伏せされている可能性がある」
「じゃあそこで俺が倒す!」
「アシリパちゃんに一人で飛び降りろって?」
「白石がアシリパさんと降りてくれッ!お前の身軽さならなんとかなるだろ」
……アシリパに権利書を託されているし、杉元にアシリパを頼まれちゃあ、ここで断ったら俺が悪いやつじゃないか。
「三人で飛び降りで森にでも逃げろ」
会話を横で聞いていた土方さんが、銃に弾を装填しながら言う。
「いや……!!残ってできるだけ追手を減らす───アシリパさんとアイヌの権利書を守るにはそれしかない」
「……金塊の分け前なんて忘れてそうだな?」
間髪入れずに答えた杉元に、前方で這いつくばっていたアシリパが振り返った。
「自分のためだけならとっくに諦めてる。そもそもの始まりが人助けだ……。父親譲りのおせっかいな性格でね」
「いや……武士道だよ、杉元佐一」
土方さんが杉元を認める瞬間を垣間見てしまった気がする。
…………ちょっとまって、俺の意見は……?
next.
杉元と土方さんの共通する武士道について行けないニンジャ……。
二人の背中合わせいいなって思ったから、主人公はこっそり一瞬だけ永倉さんと背中合わせしました、エヘ。
そして私は先日函館旅行へ行き、五稜郭を練り歩いてきました。
あと旧ロシア領事館も行ったけど、補修工事してて外観見られませんでした……。あの坂道エグすぎ。
Mar.2024