Sakura-zensen


春をいだく 01

とある家の内見を開さんが担当した。あーなんかいっぱいいろんなのいるなーと思いながら帰って来た。まあ、そんなに厄介でもなさそうだけど、なんであんなのが……と思ってたところでその家が売れた。
担当した時に気に入っていたお客様───森下氏はその後家族を連れてもう一度家を見て決めたのだそうだ。開さんはその時いなかったので店長が対応したらしい。
「あー売れちゃったか……」
開さんは大丈夫かな、と後頭部をかいた。
俺もあの家はおすすめできないんだよなあ。
店長と大島さんは霊感のある開さんの言葉にぎくりとする。
「何かあるんですか?」
大島さんは引きつった顔をして、恐る恐る口を開く。店長もどうしよう、と慌てた様子だった。
三ツ葉ハウジングが知る限りでは、過去に何かあったことはないらしい。

あの家は、俺と開さんの見立てでは子供の死ぬ家だ。

その後すぐに店長が色々調べて来たがアタリだった。
過去、八歳前後の子供が病気や事故で命を落としている。店長はどうしてわかったのかと開さんに聞いたが、子供の霊がたくさんいたので、と素直に答えてドン引きされていた。聞くなし言うなよと俺は思った。

家を購入した森下氏にはちょうど八歳くらいになる娘がいる。心配になった店長は、後から調べてわかったことだが、というていで森下氏に話をした。一応事故物件とでも言おうか。ただし自殺や殺人事件があったわけではないので、報告義務はない。
彼も家族も家が気に入っていたし、子供の死因は病気や事故だったので問題ないだろうと、買った家を手放すことなく終わった。
霊がいるだなんて言えないし、高確率で死ぬとも言てないわけで、それ以上俺たちがどうにかすることもできなかった。

しかし、購入者森下仁さんは三週間後、再び三ツ葉ハウジングを訪れた。
家の様子がおかしいのだそうだ。地震や家鳴りみたいなものが頻繁で、それだけなら古い家だからと思うのだけど、物がなくなったり、しまったものが出されていたり、いわゆる心霊現象じみたことが起こるらしい。
ああ〜やっぱり。開さんと俺はちょっとうつむきながら、ウンウン頷かないように堪えた。
店長はちろりと開さんをみやる。そして、心霊関係に詳しい彼がと紹介した。
三ツ葉ハウジングは結構広い心で開さんを使ってくれていると思う。普通、霊感おじさんなんてちょっとやだ。まあこの業界は色々あるから、そういうのに縋りたい気持ちもわからんでもない。それに開さんは一応本物だし、前向きにそういうのに手を出して行ってるから利害の一致とも言えよう。
「───そうですか、ところで、お嬢さんの様子はいかがですか?」
「いえ、今の所は特に」
その答えにはほっとした。
「礼美の命が狙われているのでしょうか」
「それはなんとも言えませんが」
一時的に家から離れさせるべきか、と問う仁さんに、過去家に遊びに来ただけの子供が帰ってからその後死亡したことを告げた。
仁さんは顔を青ざめていく。
「式をお貸しします」
「しき、ですか」
え、あのいかついやつ?と俺は隣で開さんを見上げる。
「入れ物も用意しましょう。お嬢さんにはそれをなるべく持っていてほしいので……ぬいぐるみとかだといいですかね」
お好きな動物はありますか、と尋ねている。
そういえば前、姪の司ちゃんにも用心棒がわりに式神つきのカバンあげてたっけ。
そういうことかーと思いながら、パパ同士のプレゼント相談にしか聞こえない会話に耳を傾ける。どうやら西洋人形に決まったらしい。
これで礼美ちゃんの安全は多少守られるだろう、と思っていた俺はまさか人形に入る式が俺だなんて思っていなかったのである。

司ちゃんのカバンについてたのはワンちゃんみたいな番犬だったが、俺もまさか同程度の存在だと認識されていたのか……。おまえも心配だろう?って言われると確かにそうなんだけども。
西洋人形を見繕って来た仁さんは、テーブルの上にそれを置いて開さんと話をしている。
俺はお人形さんのおめめをじいっと見つめた。

後日、俺は人形に入って開さんと森下家を訪ねた。
開さんは仁さんの知り合いで、お土産に人形を持って来た一介のおじさんである。
幼くして亡くなった娘が大事にしていたお人形さんなんだが、おじさんが大事にするにはちょっと……という理由を作った。うそです、新品です。
会社経営者である仁さんが一人娘に与える人形としては微妙な経緯だが、開さんはお得意様だと思われているのかみんな嫌な顔はしなかった。
少女、礼美ちゃんも俺を見るなりわあっと目を輝かせて優しく抱きしめてくれた。
「この子に、名前をつけてやってくれないかな」
「お名前?」
「このお人形はもう礼美ちゃんのものだから」
「───じゃあ、ミニー!今日からあなたはミニーね」
うふふっと笑った礼美ちゃんは俺の仮の依代に名前を与えた。
よろしく、俺の小さなご主人。

ミニーは寂しがりだから、なるべく一緒にいてあげてね、とそれらしい雰囲気でお約束をかわした開さんが一人で帰っていくのを礼美ちゃんに抱っこされたまま見送った。
俺が寂しがっていると思ったのか、パパが帰ってしまって悲しいのねと言われた。ピンポンです。
礼美がいるからね、と大事に抱きしめられたのでほわわっとして、俺はお人形のままなすがまま身をゆだねた。

礼美ちゃんはとっても純粋な女の子だ。小さい女の子ってこんなにナチュラルにお人形に話しかけるんだっけ。
あまりに話しかけてくるから答えてしまうだろ。そしてその答えに礼美ちゃんは驚かなかった。いや、ちょっと目を丸めていたけど、喋れることは内緒ねっていったら頷いて、二人きりの時はおしゃべりに興じた。
無垢な子供には声が聞きやすいらしい。家族がいる時にお返事しても、俺の声は大人たちには聞こえない。

俺がミニーになってから礼美ちゃんの安全は保たれた。
こちらを見ている子供の霊も、リビングにいる親玉も俺のそばには来られない。
子供の霊たちは、この家で命を落とした子供たちだ。埋められない寂しさと、リビングにいる『お母さん』の恐怖と縛りから抜け出せず、本当は本物のママに会いたい。
今は俺がいることでリビングのお母さんは出て来られないが、かといってこの家から出られるほどではなく、ある意味では予想外の事態に陥った。
家を出たい子供たちが闇雲に動き回るのだ。
礼美ちゃんに害はないが、家の中の奇妙な現象は増えたといえよう。
開さんは礼美ちゃんの身の安全を守るためだけの手配しかできていないので、家の現象が収まるとは言ってないわけで、仁さんは奇妙な現象も起きるのは、礼美ちゃんに手を出せない霊が手をこまねいているからで、いずれ諦めるだろうと思っている。
が、何も知らない妻の香奈さんや妹の典子さんはただただ怖い。
家にいる時間が仁さんよりも長く、礼美ちゃんのように俺がつきっきりになってるわけじゃないから、たまったもんじゃない。

仁さんは前々から決まっていた海外出張へ行くため、女三人残して家を空けなければいけなかった。
そのために急遽開さんを頼ったのだけど、秘書を通して留守中家を調査するように頼んだ霊能者は別だった。いや、開さんも調べてみます、と答えてたけど。
仁さんの秘書を通して依頼を受けたのは、かつて高野山で修行をしてたとかいうのが嘘なんじゃないかな?ってくらい見た目が軽薄な若いお兄ちゃん、滝川さん。
それから森下家に通っている家政婦の柴田さんに相談されてやってきた、巫女とか嘘なんじゃないかな?ってくらいお化粧が濃いお姉ちゃん、松崎さん。
最後に典子さんがどうやって出会ったのかわからない謎の心霊調査団体渋谷サイキックリサーチの三人組。無愛想で長身で無口で自分から名前を名乗らなかったリンさん、べらぼーに美少年の渋谷さん、にっこり笑顔の可愛い推定女子高生の谷山さん。このメンバー、どう見ても未成年の渋谷さんが所長だというのだ。

総勢5名がどやどややって来たこの日から、礼美ちゃんと俺の楽しい夏休みは始まった。



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ミニー成り代わりです。
開さんが行方不明になる前の時間軸です。
サクラinGHやったからもうやらないと思った?やります。
GH行くまでが遠足。
April 2018

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