Sakura-zensen


春をいだく 02

公立高校の夏休みが始まった日から、あたしたちの調査も始まった。
東京から車で2時間くらいのところにある森下邸は、戦前に建てられたものらしく、赤煉瓦の外壁には蔦が巻きついている、一見すると暗い家だった。
中はとても綺麗な造りになっていて、白い壁や色の濃い調度品はセンスが良く素敵。思わず感心の声をあげると、依頼人である森下典子さんは小さく笑った。

森下邸の家主で典子さんの兄、仁さんは海外出張へ出かけている。
すると、奥さんと娘さんと通ってくるお手伝いさんの女所帯となってしまって、変なことが起こる家にいるのは不安なのだそうだ。
「義姉の香奈と姪の礼美です」
香奈さんは上品に頭を下げて、礼美ちゃんもそれを真似するようにした。
ふわふわした髪をした小さな可愛い女の子。今年八歳になるらしい。
香奈さんとは似ていないけれど、それは仁さんの前の奥さんとの子供だからだって。
それにしてもかわいいなーと思いながら礼美ちゃんを見てしまうけど、その手にあるアンティークドールも目に映り込む。上向きまつげの美しい瞳、まあるい輪郭に小さな唇で微笑んでる人形は、礼美ちゃんと一緒にあたしを見ているみたいだった。


前にあたしの学校にある旧校舎を調査した時に出会った二人───口うるさいだけで役に立たない霊能力者のぼーさんと綾子───が、森下仁さんの秘書と、お手伝いの柴田さんから依頼されてやってきていたけれど、所長さまはまるっと無視してるのであたしも目に入れない。ベースに居座ってるけど知らないもん。
身一つでやってくる霊能力者とは違って、こっちはゴーストハンター。機械を使っての調査が多くて、運搬業務がタイヘン。必要なら部屋の測量だってしないといけないんだけど、今回は図面があったから免除された。
でもカメラを設置したり、温度を測ったりしないといけないので挨拶の後は動き回ってもうヘトヘト。

やっと時間が空いたので部屋に戻っちゃえーと廊下に出たら典子さんと顔を合わせた。
見た所二十歳くらい、大学生だって聞いてる典子さんは優しいお姉さんって雰囲気をしててなんだか憧れちゃう。お茶のセットをトレイに乗せて持ってて、階段のところまでやってきた。
「いまから礼美のおやつなの、一緒にどう?」
「え、いいんですかー」
典子さんに続いて階段を上がって行く。礼美ちゃんはさっきちょっとしか見られなかったけど、本当に可愛くって、話してみたいなーって思ってたんだ。
「礼美、……あら」
「お姉ちゃん」
トレイを両手で持っていたからあたしが代わりにドアを開けようとしてたんだけど、それよりも先にドアが開いた。人形を抱っこした礼美ちゃんが先に開けてくれて、にっこり笑っていた。あたしたちが部屋に来る足音がわかったのかな。
「こんにちはー」
礼美ちゃんに改めて挨拶をすると、お人形の右手をあたしのほうに差し出した。
「はじめまして、お名前は?」
「ミニー」
お人形と礼美ちゃんに合わせてかがんで、小さな手を握る。
「ミニーちゃんよろしくね。あたしは麻衣」
「よろしくね麻衣ちゃん、って言ってる」
「そっか」
ちょっとデレデレしてた自覚はあったんだけど、礼美ちゃんがあまりにいい子だから止まらなかった。
明るくて懐っこい礼美ちゃんとはすぐにうちとけた。心霊調査なんていう怖いバイトだけど、こういう出会いがあるのは嬉しいなあ、なんて。
そもそもあたし、自分のところ以外で調査に来るのは初めてなんだけど。


夕食の後、暗示実験が行われた。部屋に人を集めて『今夜花瓶が動く』と暗示をかける。そして花瓶のある部屋を施錠し一晩誰も入れないようにして、実際に暗示の通りに花瓶が動いていたら……それは家で起こっているポルターガイストの犯人は人間であることを意味する。
この手法は前回の旧校舎の事件で最終的に行われたことだったけれど、今度は真っ先に試してその可能性を潰すみたい。そういえば、地盤沈下しているのも気づくのがあとになって散々意見がわれたから、今回はあらかじめ地形や歪みなんかも調べてたっけな。
さすがプライドが高くてナルシストの唯我独尊男の所長様、ナルだわ。同じ轍は二度と踏まないってわけね。

暗示をかけたあと、みんなの目線が花瓶に集まった。と、いうことは暗示をかけるのは成功したってこと。
綾子は自分の勘で、どうせ地霊だとか大したことない調査だって言ってるけど、ぼーさんは学習したようでこの実験の結果を見てから動くらしい。
モニタが設置されている部屋をベースと呼び拠点にするんだけど、いつのまにか綾子もぼーさんも集まるようになってて、最初は不機嫌だったナルも半ば諦めているみたいでもう何も言わないようになっていた。
さて、明日結果がどうなることやら……と思っていたところで、香奈さんが荒々しい足取りで勢いよくベースに入って来た。
「ちょっときて!」
「どうしました?」
「いいから、きてよ!」
香奈さんは冷静なナルに聞き返されたけど、とにかく来るように言って腕を引っ張って行く。リンさんをのぞくあたしたち四人は顔を見合わせて香奈さんの後についていった。
やって来たのはリビングで、ドアを開けた途端に異様な光景が目に入る。
全部の家具がナナメになっているのだ。
「どういうことよ、これ。こういうことが起こらないように来てくれたんでしょ?」
香奈さんを宥める余裕ができないくら、びっくりしちゃった。
カーペットやソファ、大きな棚など、整然と置かれていたものが全て変な風に置かれてる。
「どうしたの?」
パジャマに着替えた礼美ちゃんがリビングを覗きに来た。下の階で騒がしかったから、上の階段をあがったところにある部屋にまで聞こえたんだと思う。
礼美ちゃんはリビングの様子を見て、きょとんとしていた。
「どうしてナナメになってるの?」
「うん、どうしてだろうね」
そばに寄ってかがみこんで様子を伺う。きちんと並べられていた家具のあまりの動きように、驚いているみたいだった。
香奈さんも急いで礼美ちゃんにかけよってきて、何も心配いらないからと宥める。
ナルはこの部屋の様子を調べてみたいと香奈さんに断り、香奈さんは頷いて礼美ちゃんを部屋へ連れ戻した。
ひとしきり調べたあとにベースに戻って、ナルとぼーさんは反発を起こしているかもと会話をしていたけど綾子は相変わらず議論や相談する気もないみたいで、翌日除霊をするといって一足先に眠った。

綾子が祈祷をした日の晩、台所でボヤ騒ぎが起こった。なんだ、ぜんぜんダメじゃないのさ。
勢いよくぼうぼうでる火を消し止めて何気なく窓に目をやると、小さな人影がある。思わず誰かいると声をあげてぼーさんに確認してもらったけど、誰もいなかった。でも絶対に人の影だったし、子供みたいだった。
礼美ちゃんはもう眠る時間で部屋にいるはずだって典子さんがいうけど、あたしたちは確認に行った。月明かりの入る部屋で、カーペットの上にぺたんと座った礼美ちゃんはアンティークドールのミニーに花柄のハンカチをかけようとするところだった。
「礼美、さっき台所をのぞいてた?」
「ううん」
典子さんに聞かれて、礼美ちゃんは全く普通の様子で否定した。
「でも麻衣ちゃんが子供がいたって……ほんとはお庭からのぞいてたんでしょ!?」
「ちがうもん」
「礼美!」
「礼美じゃないもん!」
ふえっと泣き出してしまった礼美ちゃんに、典子さんは両腕を掴む力を緩めた。礼美ちゃんは「ミニー」とお友達の名前を呼びながら人形を抱き上げに行き、しゃくりあげる。
「礼美じゃ、ない、もん」
喉を詰まらせながら、しきりに自分ではないと否定をつづける礼美ちゃんに、あたしはどう接したら良いのかわからなかった。
典子さんはさすがに追い詰めすぎたと思ったのか、宥めるように背中を撫でて強い口調を謝まっている。徐々に落ち着きを取り戻して来た礼美ちゃんは、すんっと鼻をすすりながらミニーを強く抱きしめた。柔らかい頬に、小さな金色の頭が寄せられる。
「ほかにも、いるもん」
「え?」
典子さんはよく分からないといった様子で聞き返す。
「礼美くらいの子がほかにもいるもん」
「どういうこと?」
「だから……だから、」
───礼美じゃないもん。
最後は、小さい小さい声だった。



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主人公がミニーなので、家族や周りのお友達を大事にと教えてます。
April 2018

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