春をいだく 03
礼美ちゃんはいま、とても霊を目にしやすい。それは年頃のせいもあるし、この家のせいでもあるだろう。そして何より、俺と話をするせいでもあった。俺と話すことで霊力が高まったとかそういうのではない。雰囲気や思い込み、というか。普通ではない何かが存在することを、知ってしまったからかもしれない。
そうすると、他にもいるのではないかと無意識に探してしまったりする。
この家にはもちろん他にもいたわけで、しかも同年代の子供たちだった。
子供の霊たちは俺や礼美ちゃんには接触してこられないが、礼美ちゃんの方からそっちへ行ってしまっては防ぎようがないので俺はあれは危ないものだと覚えさせた。
害があるとはいわなかったけど、近づかないように言い聞かせたのだ。
たまに家の中をすれ違ったり、悪さをしているのも見るけれど、絶対に声をかけてはいけないよ。怒ってもだめ。それはお姉ちゃんのお化粧品だよ、持っていかないで!って礼美ちゃんが声をかけてしまってはだめなの。
口を酸っぱくしてそう言い聞かせた。
ものがなくなっていたり、動かされていた時に礼美ちゃんはよく疑われる。
その度に、ちがうよって答えればたいてい信じてもらえるので、今まではそんなに苦じゃなかっただろう。
けれど、このときの典子さんはあまりにも焦っていて、礼美ちゃんを強く問いただした。礼美ちゃんであれば良いと、思ってのことだった。
でもそれは礼美ちゃんにとっては急に怒られているような、信じてもらえないような気分になった。
「礼美じゃないもん」
礼美ちゃんは寝ようとしていたところだった。その時に下の台所でボヤ騒ぎがあったわけだが、俺が行かなくて良いよと引き止めていて、二人でお部屋にいた。
そこに典子さんがやってきて、お庭から窓をのぞいていたでしょうと問いただされたのだ。
「ちがうもん!」
それは礼美ちゃんではない、おそらく子供の霊だ。
「礼美じゃないもん!」
この子にはこれ以上言えることがなかった。
どうしたら優しいお姉ちゃんが、自分を信じてくれるのだかわからなかった。
だから、他の子がいっぱいいる、と答えた。口止めしてたわけじゃないけど、誰にも姿の見えない他の子の話を自分からすることは今までなくて、典子さんや谷山さんは初めて聞いたその言葉に目をみはった。
その日は夜も遅かったので礼美ちゃんはすぐに解放されて眠った。
翌日はけろっとしていた礼美ちゃんに、典子さんも谷山さんもほっとしたようで、またいつも通り一緒に遊んでいた。
今日は俺のくるくるヘアーをとかしてくれているのだ。かわいくやってたも。
「礼美ちゃんとミニーちゃんってホント仲良しだね」
谷山さんは俺たちの様子を見て、ふふっと笑った。
典子さんも同意して、俺がいつ頃からこの家に来たかを話していた。
「他にもいっぱい人形もあるんだけど、ミニーが一番気に入ってるのよね」
「へえ〜。たしかにミニーってすごく綺麗な子」
「麻衣ちゃんもお化粧する?」
礼美ちゃんは俺を掲げて谷山さんに差し出した。
ありがとうと受け取った彼女の膝に一時的にお世話になる。金のツヤツヤヘアーを指の腹がつるんっと滑っていった。
その時、部屋に軽いノックの音がする。
香奈さんがおやつのセットを持ってやってきた。
「遊んでもらってよかったわね、何してたの?」
「ミニーにお化粧してたの」
正確には髪いじりだがお化粧というらしい。
礼美ちゃんはそれよりも、持って来てもらったクッキーに目がいっている。
「クッキーだあ」
「礼美ちゃんクッキー好き?」
「うん、大好き。ミニーもねクッキー好きなんだよ」
「まあそうなの」
香奈さんは小さく笑い、部屋から出ていった。
俺が一番好きなおやつはイカのしおからだが、クッキーは嫌いじゃないし礼美ちゃんが好きなら俺も好きなので、いつだったかそう答えた気がしなくもない。
女の子三人で食べていたクッキーはおしゃべりする中で徐々に減っていき、最後の数枚に差し掛かったところで礼美ちゃんは言った。
「これ、ミニーの分にしてもいい?」
なんて良い子なんだ。谷山さんと典子さんの二人はにっこり笑って、クッキーをしいていたペーパーナプキンでわずかに残ったクッキーを包んだ。ありがとうございます。
「ミニーはクッキーが好きなんだ?」
谷山さんはさっきの発言から、礼美ちゃんに問いかける。
「ほかには何が好きなのかな?」
「あのね、お花と、紅茶が好きなんだって」
あ、それ俺のつくったキャラ設定……。ディティールが雑なの。
本当の最近のマイブームは幻想小説を読むことだし、開さんの実家で飲むお茶の味をしめたところ。お花は実家の庭にあるやつと、山に咲いてたお花ならちょっと詳しいけど。
「ミニーはお花に詳しくてね、シソ茶もつくれるんだって」
俺の傾向ブレブレなキャラ設定はこの度暴露された。作り込んでない設定なのに、あんまり自分のことべらべら言うもんじゃないね。
シソはちょっとお花に遠いよな。咲くけども。
谷山さんはシソ茶……と言葉を繰り返しながら、表情が固まってしまっている。
「へ、へ〜、物知りなんだね」
気を取り直した谷山さんに、礼美ちゃんは自慢げに頷いた。
「礼美、シソ茶の作り方なんて知ってるの?」
「ミニーが教えてくれたんだもん」
どこで覚えて来たの、と聞いてもミニーと答えるしかなかろう。
典子さんにとってはミニーの発言は全て礼美ちゃんの空想だと思うわけで、可愛い顔した姪の口からシソ茶という言葉が出て来たことに驚いたらしい。いや、シソ茶は……悪くないんだ。
その日の夕方、俺は身柄を渋谷警察に引き渡された。
学校の授業で習ったかもしれないやんかシソ茶……!
多分昨日した、礼美ちゃんだけが知覚している『他の子』の発言もあってのことだろう。人形は霊が入りやすいというし。まあ実際その通りなんだが。
「ミニーならこれですけど……」
典子さんから渋谷さんに渡された俺はドキドキしながらじっとしていた。
もくひします。べんごしをよべ。れいじょうはあんのか。
「この家に越して来てすぐ、兄の知人から頂いたんです」
「礼美ちゃんはよく人形と話をしているそうですけど、それはこの人形以外では?」
「ないと思います」
俺を追って、典子さんの腰のところから渋谷さんのところに移動した礼美ちゃん。
かわいそうに、早く返してと言いたげに、でもお利口さんだから順番待ちをしているのである。
「ミニーまだ?」
「礼美ちゃん、ミニーとお話ができるんだって?」
「うん」
「昨日、他の子がこの家にいるって言ってたそうだけど、それはミニーなのかな?」
「ちがうよ」
ふるふると首を振った礼美ちゃん。
ありがとう、俺じゃないと言ってくれて。
「人形をくれたという知人の方はどちらに?」
「さあ、どういう関係の方なのかもさっぱり。兄なら知ってると思いますけど……飯嶋さんとおっしゃって、四十代半ばくらいの男性でした」
「ミニーは前のお友達がいなくなっちゃったから、礼美が仲良しするって約束なの」
「いなくなった?」
「前の持ち主はその男性の娘さんで、幼くして亡くなったと聞いてます」
なんか感情の乗ってない黒目がちな瞳に見つめられて緊張する。
典子さんの情報はまあ嘘なんだが、この状況でそれを言われると俺がまるで曰く付きの人形みたいじゃないか。
少しの間かしてくれ、とミニーをレンタルしていった渋谷氏。
礼美ちゃんも俺もがびんっとしつつ、基本お利口さんなのでちょっとならかしたげる。
でもひとりぼっちで部屋に置いてってカメラ回すなんてひどい!
礼美ちゃんは「ミニーは寂しがりだから可愛がってあげてね」って託したのにひどい!
意地でもうごかないんだからな!
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もっとぶっとんでミニーに成りきってもらおうとも思ってた片鱗がありました。
我が名はえかてりーなって名乗らせたかったし、月明かりの下で宙に浮いて「───力が、欲しいか」って言いたい欲はあったんですけどダダ滑りまった無しだったのでさらっと書きました。
April 2018