Sakura-zensen


春をいだく 04

礼美ちゃんからかりて来たアンティークドールのミニーは、精巧すぎる顔立ちが少しぞっとする気がしたけど、見慣れてくるとそこまで怖くない。
むしろ結構優しい顔をしてるんじゃないかなあ、とまで思えてくる。礼美ちゃんが大事にしてるからかな。

ナルは礼美ちゃんが渋々だけどかしてくれたミニーを、部屋に置いてカメラで録画した。何時間経ってもぴくりとも動かない。まあそれが当たり前なんだけど。
「ねえ、なんでミニーをかりたの?」
「ミニーが喋るかもしれないっていったのは誰だ?」
「う、あたしだけどお」
この家に他の子がいる、と礼美ちゃんが言ったことと、ミニーに対する接し方や口ぶりでなんだかそうなんじゃないかって思ってしまった。
「まあ、人形ってのはもともと人の魂を封じ込める器だしな」
「どういうこと?」
「魂がなくて中がカラッポだから、霊が憑依しやすいんだよ」
げっと思ったけど、その日の晩ミニーが何かするということはなかった。
温度も異常なことにはならなかったし、妙な音も立たない。朝には礼美ちゃんのところに戻され、あたしたちはまた普通の調査に戻った。

ナル曰く、何も起こらないことなんてざらにある、と言っていた。
たしかにこの家にあたしたちが来たときは、反発するように妙な現象を起こしたけど、普通は最初から何かが起こることはないらしい。
ミニーに何かがあって礼美ちゃんにだけ喋るとして、あたしたちの前ですぐにしゃべったりすることはないんだと思う。
自分で情報をリークしておいてなんだけど、礼美ちゃんとミニーを引き離すのはなんとなく気が引けた。

「───家の中には怖いのがいるでしょう?」
え?
「大丈夫、みーんな近づいて来られないからね」
礼美ちゃんの部屋から、誰かの声がする。
幼いのか歳をとったのか、男なのか女のか、認識できない音の色。
「怖くなったら、おねえちゃんやお母さんのそばにいくんだよ」
「麻衣ちゃんは?」
「麻衣ちゃんでもいいよ、この家にいる生きた人間を信じるんだ。そのかわり、だれだかわからないと思った人には近づいてはいけないよ。今この家は少し───……」
「ミニー?」
声が途切れたと思ったら、礼美ちゃんが呼びかけた。
今の声って、ミニーなの?
それに、何を言いかけてやめたの?
思わずゆっくりドアノブを回し、部屋に入る。
「麻衣ちゃん」
「礼美ちゃん……いま、だれかとお話してなかった?」
礼美ちゃんは少し考えてから、目の前に座っていたミニーを見て答えた。
「……ミニー」
ピクリとも動かない、人形がそこにいた。

「おうちには礼美くらいの歳の子がいっぱいいるの」
「その子たちって、いつからいるの?」
「わかんない」
「ミニーもその子たちとなかよしなの?」
「ううん、ミニーはあの子たちと喋っちゃダメっていうの」
「どうして?」
「人じゃないから」
「人じゃ……ない?」

礼美ちゃんがミニーから教えてもらった話を、ベースに戻ってからナルにした。
そこにはちょうど綾子やぼーさん、当然ながらリンさんもいて、みんながあたしの声に耳を傾けた。リンさんは顔をこっちにやらなかったけど。

「なんなのよそれ、もしかしてあれ?近所でも有名なオバケ屋敷ってやつ?」
「っつーより、ミニーになんかあんじゃねえのか?」
綾子は嫌そうに顔をしかめて腕を組み、ぼーさんは首を傾げた。
「その子供を連れて来たのはミニーとかさ」
「でもそんなこと言ってなかったよ」
「だから、ミニーに霊が憑いててミニーのふりをしてさ、怖がらせて自分だけ信用を得てるんじゃねーかな」
「……そのセンかもしれないな。落としてみるか?ぼーさん?」
「おうともさ」
あたしはちょっと腑に落ちないけど、礼美ちゃんにまたミニーをかりにいった。
綾子も一緒に来て寝ている礼美ちゃんについてることになったけど、その前にミニーをじっと見つめる。
「はじめてちゃんと見たけど……この子がミニー?」
「う、うん」
前まで人形はイヤなのよ、って気味悪がってた顔とは違う。
ふうん、と意味ありげに頷いたけど綾子はそれ以上何も言ってこなくて、ぼーさんのミニーへの祈祷は始まった。
祈祷中、特に何事も起こることはなく、ぼーさん自身もあまり手応えは感じずに終わる。
「逃げちまったかね」
「無駄だと思うわよ」
「!……綾子」
人形に憑依していた何かが祈祷の前に出てしまって、何の効果も得られなかったのかもしれない。そう考えたあたしたちやぼーさんをよそに、ベースに戻って来た綾子が口を挟んだ。
「礼美ちゃんはどうしました」
「典子さんに代わってもらったわ」
「はあ!?お前なあ」
「一応護符も置いて来たけど」
「だからって……」
ぼーさんとあたしは驚いて顔を引きつらせてしまう。
だって、一応除霊なわけで、礼美ちゃんの身に何か危険が起こるかもしれないのに。
「無駄だと思う、とは?」
ナルは冷静に、綾子の開口一番の言葉に話を戻した。
「それは、簡単に祓えるものじゃないもの」
「どういうことです?」
「姿形や正体はわからないけどね、でも似たものを知ってる」
「───なに?」
あたしは問いかける。
「お守りよ」
「お守りぃ?」
ぼーさんははあっと顔をしかめた。そして片手で持っているミニーをまじまじと見る。
あたしはよく神社とかで売ってる、袋に入った小さなお守りとか、綾子がよく書くお札とかを思い浮かべる。
ってゆーか、お守りって、喋るっけ。
「じゃあ言い方を変えてみる?───守護神」
神様ってこと?あたしもぼーさん同様にミニーを見つめる。
どこからどう見てもアンティークドールだよ。いや、普通のアンティークドールに入ってるって考えればいいのかな。
「とても良いものよ」
ふっと笑った綾子はぼーさんの手から優しくミニーを取り返した。
それから赤子をあやすようにぽんぽんと体をたたく。
その時ミニーがふわっと笑ったような気がした。


あたしたちは典子さんにもう一度、ミニーがこの家にやって来たときのことを尋ねた。香奈さんもそのとき一緒にいたらしいので、何か覚えていることはないかと二人に話を聞くことになった。
「この家に来て妙なことが起こるようになったのは、人形をもらった後ですか、前ですか」
「前、だったと思います」
典子さんは少し考えてから答えた。
前なんだ、じゃあやっぱりミニーは関係ないんだ。どうしてだかホッとする。
礼美ちゃんがあんなに大事にしていたし、聞いていた話だとミニーは礼美ちゃんを守っているようだったからかな。
「人形をくださった方……確か飯嶋さん。その方についてはなにかご存知ありませんか?」
典子さんは最初わからないって言っていた。
「親しい間柄には見えませんでしたから、友人とかではなくて会社の得意先かと思ったんですけど」
「───でも」
香奈さんは少し、言いづらそうに口を開いた。ナルは口ごもる彼女に聞き返す。
「その、腕時計が結構……くたびれていて……おそらくですけれど」
「なるほどね」
「もちろんそれだけで判断することではないと思ってもいます。……だからもらう理由が私にはわかりませんでした。礼美ちゃんがとても気に入っていたので口には出しませんでしたが」
「え、どういうこと?」
「んーまあ、親しくもなく、会社関係の人じゃなさそうだわなってこと。となると、亡き娘の人形を下げ渡すような間柄ではないんだよ」
綾子は香奈さんの言わんとしてることが真っ先にわかったみたいだった。ぼーさんも察して、ナルはわかってるんだかわかってないんだか。
───あとで教えてもらった話だと、身につけてる装飾品で大体の暮らしぶりがわかる目をもつオンナがいるそうだ。あたしはそんなオンナにはなれそうにない。
でもそっか、ちょっと目上の人とか親しい人じゃないと、亡くなった人の持ち物なんかもらわないよね。
あたしでも森下家の暮らしをみてればわかる。一人娘にあげるアンティークドールくらい新品で買うって。まあ、売り物でも前に持ち主がいた場合もあるんだろうけど。
「今まで名前を聞いたことはありませんか?郵便物が届いたりとか」
「いいえ、まったく」
あたしたちの聞き込みは、特に収穫もなく終わった。
いや、どうやらみんなの間では、飯嶋さんは知人ではなく仁さんが頼った霊能者ではないかという説が出て来たので、それが収穫なのかもしれないけど。
うーん、礼美ちゃんにするみたいに、ミニーが話してくれればいいのになあ。
忠告してるみたいだったし、生きてる人のところに行くんだよっていうくらいだからあたしたちのこと、悪くはみてないと思うんだけど。

ナルはそれから出かけると言って家を出て行ってしまった。
残されたあたしたちはポルターガイストがおこったり、典子さんや香奈さんが子供の姿をみたとか腕や足を引っ張られたとかの騒ぎに遭遇したけど、どれもこれも正体が掴めなかった。
「この家にいる子供たちは何がしたいのかな」
「そりゃ、寂しいとかそういう理由だろ?んでお姉さんやお母さんになってくれそうな二人を連れてこうとしてるんじゃないのか。それにしちゃあ悪戯とか癇癪程度だが」
「じゃあどうして礼美ちゃんにミニーが渡されたの?」
「……そりゃ一番弱い立場だから───いや、チビちゃんが狙われていたんだ。それで森下氏は急いでお守りを手配してったわけだ」
「ありえるわね。それで手を出せない子供の霊が怒っているんだわ。あたしたちが来たことによってさらに」



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綾子さんは生きた木に敏感みたいだし、主人公はもう生きてない木だけど清浄な気配とか木の名残があるんじゃないかなって。
April 2018

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