Sakura-zensen


春をいだく 05

霊能者がこの家に来てから、霊たちの行動はさらに悪化した。
井戸の底にいる女はすでに一度礼美ちゃんをロックオンしたので、それを果たさない限りはずっと求め続ける。そしてその手下として縛り付けられている子供達も苦しみ続ける。典子さんや香奈さんの体に直接被害が出ることなんて滅多になかったのに、とうとう起きてしまった。
ああ、どうにかしないと。
そう思っていたのは俺だけではないらしい。霊能者たちも明らかに活性化している霊たちに困惑した。そして、狙いは礼美ちゃんであることに気がついた。
本格的に除霊を試みてみようってーことで、一番温度の低い───つまり霊がよく出るらしいリビングで松崎さんが祈祷した。そこにはかつて、女が身を投げた井戸がある。
本当はミニーを後ろに置きたいって言ってたんだけど、さすがに礼美ちゃんがターゲットだとわかって俺がお守りだと思われてる今、他のみんなに止められていたし本人も引き下がった。

そういうわけで、せっかく俺に気づいてくれた松崎さんには悪いが、付き添いと見届け人は谷山さんとなった。
いや、あぶないだろうよ……それは。
一応本気出せば家の中で何が起こっているのかくらいわかるのでみてたけど、リビングでやった祈祷はドンピシャで、本物を刺激した。床板が落ち、井戸の穴が露わになる。そしてそこへ、谷山さんが引きずり込まれていった。

俺はミニーから一時的に抜けて井戸へ飛び込む。
谷山さんが地面に落ちる前になんとかキャッチして地面に寝かすけれど、どうやら気絶しているみたいだった。
怪我はなさそうだなと思いつつ、女の気配をたどる。
俺が人形から出た隙に礼美ちゃんのところへは行っていないようだ。
ゆっくりと目を瞑った。

井戸の底から繋がる次元には、谷山さんの意識と女の怨念、それから見知らぬ霊がいた。あんただれ……いやまあそれは一旦置いておこう。害があるとは思えなかった。
井戸の底を主に支配しているのは、女に起こった悲劇の記憶だ。
縁側から見える庭先で手毬をついてる女の子が、人影に手を引かれて池の方へ消えて行く。谷山さんはそれをなぜか止めようとして、声を上げている。もちろんその声は届かない。
「富子!───富子!あぁああ、富子ぉ!!」
しきりに名を呼ぶのは、母親だった。
結い上げた髪を振り乱しながら、着物を着崩しても構わず、泣いて追い求めた。
そして井戸の縁で、そこにはいない娘の名前を力無い声で呼ぶ。
谷山さんは今度は母親を追おうとしたけれど、知らない人がそれをとめた。ようやく姿が見えたけれど、それは渋谷さんに瓜二つの男の子だった。渋谷さんの魂とは違うので兄弟だろうと思う。
現実では谷山さんを呼ぶ松崎さんの声がした。俺は一足先に現実に戻り、井戸の底で眠っている谷山さんの肩をとんとんと叩いた。すると、ゆっくり目を開けて気がついたみたいだった。
滝川さんも一緒に覗き込み、一番背が高いリンさんが降りてきて、谷山さんを引き上げて行った。

ここにいるのは多くの子供の霊だけと思われていたが、ここには娘を求める母親の霊がいることが判明した。といっても、谷山さんはどうやら霊能者じゃないらしいので、半信半疑だ。
松崎さんや滝川さんは夢は見てないけど、底冷えするような冷気は感じたと話している。
谷山さんは自分の見たものに自信を持ってないみたいだったので、強く意見を主張することはなかった。
「そういえばあんた、ミニーにお礼言っておきなさいよ」
「ほへ?」
ソファに座ってきょとんとした谷山さんは松崎さんを見上げる。
「結構な高さがあったのにかすり傷ひとつないでしょ」
「そういえば。……あたしのこと、助けてくれたの?」
「たぶんね、あたしを追い抜いて行く風が吹いたもの」
「ほ〜……ナルホド」
滝川さんは感心したように頷きながら、松崎さんや谷山さんをみる。
「な、ミニーもそろそろなんか助言してくんねーかな」
「相手は神様よ?」
「つったって、チビちゃんとは話すし、嬢ちゃんも助けるとくりゃあ、そうとう心の広い方なんじゃないか?」
え、そういわれると、ちょっとまんざらでもないけども。
それに神様じゃないしな、いちおう。

切羽詰まってんだか素直なんだか、滝川さんと谷山さんがベースへやってきた。
祈祷の最中はリンさんが待機するベースで、俺と礼美ちゃんと典子さんと香奈さんも一緒にいたのだ。万が一ってこともあるので、リンさんが護衛だろうと思う。この人も護法神みたいなの連れてるからそれなりに力がありそうだ。
「あの、ありがとうございました!」
きょとんとした礼美ちゃんの膝の上、ミニーの前で正座してぺこりと頭をさげる谷山さん。滝川さんも父親みたく、麻衣がお世話になりました!と言った。俺が御神木だったらうちまで競争してるな、この二人。
「それで、ちょいと知恵を貸していただきたいんですが」
え、ホントにきく?
「私たちにわかることでしょうか……」
「いえ、あのー」
典子さんや香奈さんは当然自分たちのことだと思ったみたいで、自信がなさそうだったが滝川さんが少し口ごもってから続けた。
「───ミニーの中の人に」
中の人っていうなよ礼美ちゃんの前で。中の人などいないのだ。

怪訝そうな顔をしつつも、三人は滝川さんに俺を託した。
前よりは、こころなしか優しい抱き上げ方になった気がしなくもない。よきかな。

それにしても、これ……俺しゃべんないとダメか?
べつに嫌ではないんだけどさ。なんか改めて話すのって緊張するなあ。
そう思いながらベースから出ると、玄関が開いて渋谷さんが入って来た。後ろには開さんの姿がある。
ああ、渋谷さんはミニーが原因ではないと踏んで、この家に沢山いる子供たちの正体を突き止めに行ったんだろう。
そして当然不動産屋さんへいくわけだ。そこには俺の主人、飯嶋開がいた。三ツ葉ハウジングは従業員があまりいないので、開さんに当たる確率も高い。
そもそも森下家は三ツ葉ハウジングでちょっとマークされてる物件なので、なにかあったらみんなが「飯嶋さん」と声をあげるわけだ。
「何をしているんだ?」
「あれ?それ……」
ミニーを抱っこした滝川さんと、ついてる谷山さんに渋谷さんは目を向けた。そしてその後ろで開さんが俺を指差す。
「なにか粗相を?」
「あ、いえ、とんでもない」
開さんは流れるように滝川さんから俺を受け取った。

みんなはリビングから一旦離れてベースに移動した。香奈さんたちにも念のため同じ部屋にいて聞いてもらう。
開さんを伴った渋谷さんが、この家で起きた悲劇───八歳前後の子供が多く死亡していること───について語る。
子供の死亡数にぽかんとしているみんなをよそに、開さんが続いて、この家が建つ前の話をした。
「大島ひろのひとり娘は富子といいます。ある日行方不明になり、半年後、池に死体が浮かんだそうです」
「……さらわれたのでしょうか」
「かもしれません。その後、女は」
「井戸に身を投げて自殺した?」
リンさんと松崎さんが続け、渋谷さんと開さんは少し目をみはった。
なんでそんなこと知ってるの?という感じだろうか。
開さんは一応、情報としてはなかったので定かではありませんと答えた。
「それで、その大島ひろっていうのが元凶だとすればどうするんだい、ナル」
「この家に取り掛かった一番手はあなたですが、飯嶋さんどうしますか」
「では、お言葉に甘えて───玉霰」
俺は久しぶりに呼ばれた名前にちょっとそわっとした。



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中の人などいない、って言わせたかった。
ぼーさんのあれは、「メイがお世話になりました!」から。
April 2018

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