Sakura-zensen


春をのむ 01

おじいちゃんと生前交流があった家から手紙が来たそうで、開さんが飯嶋の家に呼ばれた。
差出人は、石川県で料亭を営む家の、引退した元女将さんである吉見やえさんという人だそうだ。
「実際に交流があったのはこの方のお父様でね、亡くなったときのお葬式に参列していて───でも、その直後からあの家では不幸が続いてねえ」
「不幸?」
八重子さんが困ったように言葉を濁すので、話を聞いてた律は首を傾げる。
「……後を追うようにして、立て続けに家族が亡くなったのよ。たしか八人だったかしら」
「それはまた……」
開さんもぴくりと眉を持ち上げた。
そんな吉見家で先日、やえさんの夫が亡くなったそうだ。また不幸が続くのかもしれないから、どうか来て助言をもらえないか、と嘆願があったそうだ。
いったい八人も死亡するほどの何があって、おじいちゃんに何の関係があるというのだろう。
「なんでうちが?そもそも、おじいちゃんは亡くなってるわけだし」
「そのことは伝えるけど、ご不幸があったようだから誰か代理でご挨拶にいけないかしらねえ」
「うーん、石川まで行くとなると、急にはちょっと厳しいよ。今は手が離せなくて……律は?夏休みだろ」
「無理無理!そう言う時こそレポートがあるんですよ」
律は逃げ出す姿勢をとり、開さんも肩をすくめた。
法事ならともかく、吉見家の葬儀などは既に終わっていて、吉見さんが呼んでいる理由は明らかにソウイウ裏事情がある。
そこに好き好んで律が行くわけもなく、開さんも言った通り仕事があるので急には休めない。
「吉見さんには、おじいちゃんが亡くなっていることを伝えてお悔やみを言いましょう」
「そうするしかないわよね……」
絹さんと八重子さんは仕方がないと肩をすくめ、テーブルに置かれていた手紙をそっと回収した。
中身がよく見えなかったけど、ま、いっか。


そのまま家に泊まることになった夜中───、何の気なしに廊下を歩いていると、通りかかった部屋の灯りが外に漏れているのに気が付いた。
そこは青嵐がねぐらにしているおじいちゃんの書斎で、俺も暇なときはよくそこで時間を潰す。
読み物がいっぱいあって面白いし、たまに青嵐が話し相手になってくれたりするからだ。
少し開いていた戸の隙間から、孝弘おじさんの少し丸まった背中が見えたので大きな音を立てないように開ける。
青嵐は俺が入って来たことには気づいているけど、気にするそぶりはない。
「……手紙?」
後ろから何をしているのかと覗き込めば、さっき見たばかりの便箋がその手にあった。
ふんっと鼻息だけが返ってくる。
「いつの間にくすねてきたの」
「うっとうしい」
背中にのしかかって顔を近づけると、一度おっことされた。その拍子にしれっと手紙は奪えたので、畳に横になって読むことにした。
吉見さんの手紙は、先日連れ合いが亡くなったこと、先代の時のようにまた身内が亡くなるのではないかという恐れが書かれていた。
『飯嶋先生』とか『ご助言いただけないでしょうか』などの文章が見えたところで、手紙は取り返された。
「あっ」
「返せ、お前の寝物語じゃないわい」
「……この家のことが気になっているの?」
ごろん、と寝返りをうち、首を傾げる。
すると机上ライトに照らされた孝弘おじさんの輪郭はゆらりと揺れた。
「そういえば、一緒に行ってるんだよね」
そう指摘すると、にたりと笑う。
俺は思わず、息を飲んだ。

───きっと何かがあったんだろう。
───そしてまた、何かがあるんだ。

結局青嵐は口を開くなんてことはなく、夜が明けて空が白み始めた頃に、のそのそと立ち上がって部屋を出て行った。
腹を空かせているのかと思って暫く放っておいたら、部屋に戻って来た孝弘おじさんが転がってる俺を足で適当にどかす。
「邪魔だ、寝るなら開のところに戻れ」
「起きる。朝ご飯食べてきたの?」
「わしは出かける」
「えっ」
身体を伸ばしながらダラダラ喋っていたところ、唐突に宣言された。
勢いよく起き上がり、改めてその出で立ちをよく見ると、外行きの格好をして、大きめの鞄を持っていた。
「ど、どこいくの?───あ、それ」
鞄と一緒に手に握られているのは、昨日見た手紙の封筒だ。
「まさか、石川に行くの?一人で!?」
「うるさいっ、騒ぐな」
俺はさっさと歩き出す孝弘おじさんの後を追う。
玄関へ行けば、絹さんが見送るために待っていた。
どうやら俺の知らぬ間に、吉見家へは自分が行くって話を通していたようだ。恐らく俺だけじゃなくて、開さんと律も知らないのだろう。彼らがこれを、見知らぬ人の家、一人で行かせるはずない。
急いで開さんか律を起こそうかと思ったが、騒ごうとした俺の口は塞がれ、脇に抱えられて飯嶋家から連れ出された。

あ、あれ───!?




「あの、飯嶋さんでしょうか」
「!いかにも。わしが飯嶋蝸牛の代理です」

来てしまった石川で、目的地までのバスを降りて、ここからどのくらい歩くのかな~と思っていた俺は背後からかけられた声に振り向く。正確に言うと声をかけられたのは孝弘おじさんだけど。
そこにいたのは孝弘おじさんと同じくらいの歳の男性で、吉見泰造さんと名乗った。やえさんの娘婿だとか。
「問い所をようこそお越しくださいました。先ほど奥様からご連絡がありましたので、お迎えにあがりました」
「おお、それはありがたい」
「飯嶋先生がお亡くなりになっていたことを存じ上げず、失礼いたしました」
「気にする必要はありませんよ」
案内されるがままに車に乗り、孝弘おじさんは後部座席でちょっと寛いだ。
そして三十分ほどかけて吉見家へとたどり着く。───あのまま歩いていたら大変だったようだ。

車から降りて店の横を通り、母屋へ入る。そして故人への挨拶もそこそこに、やえさんの部屋へと通された。
年齢のせいもあるが夏バテ気味で伏せりがちだという彼女は、敷かれた布団の上に座り、孝弘おじさんが入るなり深々と頭を下げた。
やえさんのそばには、娘だという裕恵さんもいる。二人は先代が亡くなった三十二年前もこの家にいた人たちだった。
だが先代の時の話が話題に出ることはない。嫌な思い出だから、口が重いのだろう。
今代はさっそく飼っていた動物たちが死んだり行方不明になっているそうで、不穏な気配がする。
この土地は大きなエネルギーと、様々な気配が渦巻いていて不思議だ。強い力を持ったものがいるようだが、それ以外にも何かがあるような。

───あ、そういえば家の裏の霊場と似てるんだ、ここ。

挨拶の後は、夕食まで好きにして良いと言われ、青嵐は早速家の敷地内を歩き回っていた。途中で家族が案内してくれて、至れり尽せりだった。
そして夜ご飯をたらふくご馳走になってからは、案内された部屋でダラりと寝転がり寛いでいる。
いつ帰るのかもわかっていない俺は、ひとまず青嵐の目的を知りたくて話しかけた。
「ねえ、先代では何があったの?」
「面白いくらいに人がバタバタ死んでいったな」
人でなしここに極まれり。
「おじいちゃんは何か言ってた?」
「さてなんだったかな。蝸牛も巻き込まれたが、間一髪で逃げおおせた」
ケケケ、と笑っている感じからして、それは本当みたいだな。
「じゃ、この家の人だけが危ないってわけじゃないんだ」
「……お前、あまりフラフラするなよ」
「えっ、俺も危ないの?」
やだこわい。
そう思ってへばりついたら、邪魔だと剥がされた。


next.

満を持して青嵐。導入がわりと長くてごめんやで。蝸牛が先代の現場にいたらおもしろいなって思います。
今更だけど、主人公は今までなぜか律と同じ立場でおばあちゃんだのお母さんだの呼んでいたので、今回は名前呼びにしました。
Nov. 2023

PAGE TOP