Sakura-zensen


春をのむ 02

依頼を受けてやってきた吉見家は総勢十三人の家族だと聞いている。
初日は全員で食事の席を設けると聞いていたので、さぞ圧巻なんだろうと思ったけど女性陣は配膳、子供たちは別室という事で思ったより食事をする人の数は多くない。とはいえ、普段から見るような光景でもない。
───彰文さんにはお兄さんとお姉さんが二人ずついて、長男和泰さんと長女光可さんにはそれぞれ配偶者がいて……と事前に聞いていた名前と顔を一致させていく途中で、遅れて広間にやって来た一人に皆の目が行く。

「あ、孝弘さん、今呼びに行こうと思っていたんです」

たしか、おばあさんのやえさんが最初に言っていた人だ。
先代の時に起きた返事で、霊能者の人が三人亡くなった。そして一人、生き延びた人が居た。その人はこの時「この土地から出なさい」と言い残して去って行ったそうで。
今回何か手掛かりがあれば、と手紙を出したところその方は既に亡くなっていて、今回代理の家族の人が様子を見に来てくれたとかなんとか。
───それがあの、孝弘さんとやらだろう。
彰文さんが声をかけると、孝弘さんはお膳の前に座り、そして運ばれてきた料理を次々と食らい始める。おかわり、何回するんだろう……と見ていたら目が合いそうになって思わず逸らした。
目線の逃げ場にしたぼーさんと目が合ったけど、何とも言えない顔をされたのできっと同じものを見ていたはず。

たくさん家族がいるわりに、粛々と進む食事、尋常じゃない大食いの客人、そしてあたしたち。何とも言えない食事風景は、ちょっと消化に悪そうだ。


食後はベースで、設置した機材の調子を見ていたところ、彰文さんがお茶セットを持ってやってきた。
そしてくだらない話をしながら、食事の雰囲気の話題が出た。一部の家族が暗かったのと、それから異質な客人についてだ。
「あの、孝弘さん?って方はなにをされてる方なんですか?」
「うーん、僕もよくは知らないんです。祖母が先代の葬儀の時にお会いした方が彼のお父様らしくて」
「けど、その人も無責任じゃない?この土地から出ろって言ったってねえ」
「藁にもすがりたい気持ちだったんだろ。とはいえ、一理あるけどな……土地に何らかの理由があるってーならその土地を離れればいいだけだし」
「そう簡単に出ていけるなら、ずっとここに住んでないわよ。それに土地を出てもついてくるモノもいるしね」
「彰文さんは、孝弘さんのお父様の話を聞かれたことは?」
ぼーさんと綾子があーだこーだと言い合いそうになるのを無視して、ナルは冷静に話を進める。
彰文さんは当時のこともあまり聞かされていなかったそうだから、孝弘さんのお父さんの事なんて夢のまた夢かも……と思っていたら案外あっさり口を開いた。
「お父様は、小説家だったそうですよ」
「は?小説家!?霊能者じゃなくて?」
「ええ。心霊───いや、幻想小説、というんでしょうか。妖怪や霊が出てくる話を書かれてて、そう言ったものへの見識があるそうで」
「でも、それってつまり創作でしょ?」
「その描写の生々しさから、自身の経験から書かれているのではないかと一部のマニアでは有名だったそうですが。」
「彰文さんも読まれたことがあるんですか?」
「いえ、飯嶋先生と交流があったのも曾祖父ですからね。でも本は家にあったような……」
ん???途中、聞き捨てならない名前を聞いて皆が一瞬止まる。
「「「飯嶋!?」」」
そして、わっと身を乗り出して彰文さんに聞き返す。
「あ、はい、飯嶋蝸牛、だったかな。そういったペンネームの方でしたので」
「じゃ、あの孝弘さんって人も、もしかして飯嶋さん?」
「そうですね、苗字は本名だそうですから」

出た、飯嶋。───っていったら、失礼か。

彰文さんが出て行ったあと、ぼーさんと綾子と顔を見合わせる。
「どう思う?飯嶋さんってあの飯嶋さんだと思う?」
「いや、さすがにここまで来たらこえーって」
「前は飯嶋じゃないと思ったら飯嶋だったでしょ?今回は逆に飯嶋じゃないのよ」
「その線ある……」
ナルやリンさんはもちろん我関せずだ。
何だよ二人して。もし孝弘さんの飯嶋が、あの飯嶋さんだったら、玉霰さんがいるかもしれないっていうのに。
前回美山邸で広瀬さんのことを知ったあたしたちの前に、玉霰さんが姿を現した時、二人して無言でしばらく凝視するほど興味深々だったくせにさ……。


あたしたちは結局、飯嶋の真偽を確かめるどころじゃなくなる。
この後、母屋では騒ぎが起こった。
光可さんのお婿さんである栄次郎さんが尋常じゃない様子で暴れていた。恐らく憑依されているんだろうってことで、憑依霊を落とすために綾子が祈祷した結果、───失敗してナルに憑依してしまった。
リンさん曰く憑依されたナルは非常に危険な存在となったため、金縛り状態にして隔離されることになった。
このままナルから離れていかず、抑えられなくなったら、ナルも周囲にいる人間も皆死ぬことになるらしい。
今はリンさんの式がナルを見張ることで、ナルの身の安全は保たれているけど、ずっとはこうしていられない。
普通ならジョンが憑依霊を落としてくれるけど、ナルの場合は性格のオカゲで霊を落とすのは難しいらしい。
それでも霊の正体をつかめれば、対処のしようがある───と、信じてがんばるしかなかった。

翌朝、真砂子とジョンが来てナルを見た。
真砂子はとてもショックだったようだし、ナルに憑いている霊の正体もわからないという。
空虚で無色透明なのに、何の感情もない、そのくせ存在感が強い霊───か。
あたしは真砂子の言葉を反芻しながら、家の中を歩く。

「───っ、~~~!……だ……ろう」

母屋に入ったところで、ふいにどこからか声が聞こえてきて、廊下の角から顔だけ出して窺う。
少し前かがみになった痩せた背中からして、あれは孝弘さんだ。
確かあそこには電話があったはず。
「うるさい奴め」
そして悪態を最後に、こっちを振り向いたので目が合う。
のぞき見がバレてしまったので、誤魔化すように明るく挨拶をした。
「こ、こんにちは~。電話ですか?」
「ああ。お嬢さん、昨日は大変だったようじゃないか」
「!!……孝弘さんは、ここのことをお父さんから何か聞いてるんですか?」
「別に」
そのあっさりした答えに、あたしは思わず拍子抜けしてしまう。
方向を変えて歩いて行こうとするので、慌てて追いかけた。
「じゃ、じゃあ、ここへは何しに!?」
「───……うまい飯が食えるんでな」
くるりと振り向いた孝弘さんは、やがてその顔をニマリとゆがめる。
そして呆然とするあたしから興味を失い、遠ざかって行った。

は、は~~~~!?!?

「どうしたんだよ、麻衣」
「別に!!!」
どすどす、と荒い足音を立ててベースに戻って来ちゃって、ぼーさんにきょとんとした顔で見上げられた。
あ、隣にはナルが寝てるんだった、と興奮もそこそこに、座布団に座る。
「……孝弘さんって、何者なんだろう」
「小説家のムスコだろ」
「何かあったわけ?」
ぼーさんと綾子だけじゃなく、ジョンや真砂子も不思議そうに首を傾げる。
さっきのやり取りで、孝弘さんがこの家に『飯』をたかりに来てるのかも……って言うのはあたしの早合点かな……。
言葉を濁しているうちに、ベースには彰文さんがお茶の差し入れにきてくれた。
そしてあたしが何も言わないからか、気になったぼーさんが彰文さんに孝弘さんのことを尋ねた。
いつからここに来て、どうやって過ごしているのか。と。
「孝弘さんですか?渋谷さん達がいらっしゃる一日前からだったと思います。普段は敷地内を散歩されたり、部屋で寛いでおられたり」
「それって、そのー……」
「あはは。祖母のお客様ですから、僕たちはなんとも。飯嶋先生のお身内の方が来たと喜んでいましたし……」
依頼人のやえさんが心の支えにしているのなら、と吉見家の面々も受け入れているらしい。
ぼーさんと綾子も思わず顔をしかめ、ジョンは困ったように肩をすくめ、真砂子はそっと目を逸らした。
「ただ葉月が孝弘さんに結構懐いていて───今は克己と和歌子があまり相手をしてくれないから、嬉しいんじゃないでしょうか」
ほとんど合意の上なら仕方ないのかも、と思っていたあたしたちに対して彰文さんが唯一の救いみたいなことを捻出した。
葉月ちゃんといえば、渋谷サイキックリサーチに一緒に依頼に来た小さな女の子で、首の周りをぐるりと一周回る痕と、背中に戒名が浮き出るという怪奇現象がその身に起こっていた。だけど、あたしたちがこの家に来たときにはもうなかった。
どうやら東京から帰って来て、次の日の朝には消えたとかで、原因は不明らしい。


……なんかもう、ヘンな事ばっかりで大変だ。
そうため息を吐いた日の晩───靖高さんが両方の手首を切りつけて自殺をはかった。


next.

麻衣ちゃんは孝弘さんのミステリアス()なところに怒ると思うんですよね。
Nov. 2023

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