Sakura-zensen


春をのむ 03

青嵐は吉見家で盛大に寛いでいた。
呼んだ本人であるやえさんはともかく、他の家族の目が気になるのだが、彼らはさすが接客業に従事しているだけあって、表面上とても穏やかである。
それにしたって、青嵐は何故この家に来たんだろう。数日滞在するのをみていても、その意図はわからない。
家の中や近くを散策してはいるが目立った面白みはない。やえさんはこの家が呪われていると言ったが、どちらかというとこの土地に問題があるような気がしてならない。
そもそもここには力の強い妖魔の縄張りのようなのだ。そのうえに居を構えている関係で、影響を受けてるんじゃないかと思う。
家族の中にも何人かとり憑かれているものがいて、出方を考えた。青嵐にフラフラするなと言われているし、まだよくわからないし。
なのでひとまず、一番小さな家族の葉月ちゃんに付けられた一種の呪いを祓うことにした。
相手が子供だったせいか影響が強く身体に出ていたが、意志が弱くて指でつまんでとれる虫みたいなものだった。

だがその後、葉月ちゃんが孝弘おじさんに懐いたことはちょっと理解できない。
まあ俺の姿が見えないのだから仕方がないけど、おじさん……ってか青嵐って小さい子に微妙に妙に好かれるんだよな。いや好かれるんじゃなくて、興味を惹かれるみたいな感じだろうか。
「……なんか青嵐って子供に慣れてる?」
今、葉月ちゃんはおじさんの滞在する部屋に遊びに来ていて、いつのまにか縁側で昼寝をしている。
青嵐があしらって寝かしつけた、と言っても過言ではない。
「律のおもりをしてたからな」
「うそつけ、律からそんな話、聞いたことない」
「忘れておるだけじゃ」
ヒヒヒと笑っているが、どっちだろう。確かに律は青嵐が守っていたらしいけれど。そもそも妖魔の言う面倒を見てやったっていうのは、人間とはだいぶ違うわけで。
俯せで捻じった身体のまま寝転がる葉月ちゃんを、そのままにするあたりもホント……。
「このままじゃ起きたとき身体が辛いな」
「お人好しめ」
俺は葉月ちゃんの頭をそっと持ち上げて膝に乗せ、寝相を整えてやった。
呆れた様子の青嵐に、つんと口をとがらせる。
こいつの性根は、本当にどこまでいっても妖魔だからなあ。

───先ほど、谷山さんと話したことを思いだす。
律から電話が来て、俺と一緒に勝手に人様の家に行って寛いでるであろうことを怒られた。そして不機嫌になって一方的に電話を切ったところを、谷山さんに見られた。
彼女からしたらこの家にいる、以前の事態について知っている可能性のある人は貴重で、奇妙だろう。
だから何かあったのかと聞かれたが、素直に答える青嵐ではない。俺にだって教えてくれないもん。
そして谷山さんは徐々に熱が入り始めた。なぜなら、彼女の雇い主である、渋谷さんが霊に憑かれたとかで身動きがとれなくなったからだ。
「じゃ、じゃあ、ここへは何しに!?」
「───……うまい飯が食えるんでな」
この会話を最後に、青嵐は谷山さんから距離をとった。
も、サイテー。
つまり青嵐は以前来た時からここにいるヤツに目を付けていて、今回手紙が来た時に思い出したからソイツを食いにきたのだ。
すぐに食わないのは何故だかわからないが、食う機会を待っている。
その間に、この家の人間や、渋谷さんがどうなろうと知ったこっちゃないのだ。

大変なところにきちゃったな……。そう思いながら、葉月ちゃんのやわい頬に、指をぷにっと埋めた。




その日の夜、靖高さんが自分の両手首を切り、自殺をはかった。どうやら妖魔の幻聴か何かに苛まれていたらしく、精神を病んでいたのだ。
今一度、家にいる家族の中で妖魔の手がかかっているのを確認するが、和泰さん、陽子さん、克己くんと和歌子ちゃんの四人。あとは渋谷さんか。
その中で一番深く意識を乗っ取られているのは和泰さんで───彼は不意打ちで奈央さんを崖から突き落とし、殺害しようとした。
俺が落ちる奈央さんを追いかけ、間一髪でキャッチして事なきを得たが、危うく和泰さんは知らぬ間に身内を手にかけてしまうところだった。

「目を付けられるぞ」

落下のショックで気絶していた奈央さんを、家族に気づかれやすい場所に寝かせてから戻ると、青嵐からじろりと睨まれた。
青嵐は人助けについては良い意味でも悪い意味でも、頓着しない。だけど、その忠告みたいなものには内心驚いていた。
「……自分の身くらい自分で守れる」
「わしは助けてやらんからな!ヤツの使役してるものが厄介なんじゃ」
ヤレヤレと息を吐いた様子を見て、ああと思い出す。
この土地の妖魔が使役しているのは、ここで死んだ人の魂だ。青嵐は人間を食うのは駄目だったが、死霊を散らすのも気を使わなければならないようだ。
「じゃあ青嵐は、どうやってあいつをやるつもりなのさ」
「そのうちヤツの狩が終われば解放されるわい。その時にわしがバクッと───」
自分の目的が達成されて油断した隙ね、と理解しかけていたその時、家の中が騒がしくなる。
何かが燃える匂いや音がして、人の声が「火事だ」と聞こえ始めた。
「火をつけたのか?また面倒くさいことを」
「文句言ってる場合じゃない。避難するよ!」
俺は孝弘おじさんの腕を引っ張って立たせた。まったくもう、この身体は人間なんだぞ!


部屋から出て行くと、消火や避難に慌ただしく動き回る吉見家の人たちがいる。
彼らは孝弘おじさんの顔を見るなり避難するように指示をした。青嵐は白々しく「こりゃ大変」と言いながら言う通りに外へ出て行く。

孝弘おじさんは、やえさんと葉月ちゃん、克己くんと和歌子ちゃんも避難して外にいたので囲まれている。そういえば克己くんと和歌子ちゃん、そして陽子さんは憑依が解けていたのだった。
たしか、松崎さんの護符を家族に配っていたから、その時だろう。
残るは和泰さんと、渋谷さんだけになる。
「ん?」
その時ふいに、和泰さんが動き出すのを視界の端にとらえた。
母屋に戻るかに思えた和泰さんの後姿を追うと、彼が向かったのは店の方だ。

恐らく火事で騒がしくなれば谷山さんたちは出てきている。
そのとき、彼らのベースは手薄となるだろう。

和泰さんに憑いたものは、渋谷さんの眠る、封じられた部屋の襖を開けようとしていた。
リンさんの力の気配がするので、結界や守りがあるみたいで簡単には開かない。
俺は和泰さんの首根っこを掴んで引きはがし、畳に投げ落とした。
その手には包丁が握られていて、倒れた拍子に手から離れる。
「ゥウッ……!」
「ここに何の用だ?」
声をかければ反応し、見下ろすと獣のように唸りながら俺を見た。
目だけは逸らされないまま、和泰さんの太くたくましい手がバタバタと周辺を叩く。おそらく手さぐりに、包丁をとろうとしているのだろう。
「動くな」
俺は襟の中に隠していた武器を使って、手の動きを阻み、包丁を弾き飛ばした。
そして和泰さんに憑依した者に近づく。
血走った目に、荒い呼吸、涎が出ているのもお構いなしに、俺を威嚇するように唸り声をあげてくる様子は完全に理性を失っていた。
「グアァアアァッ」
抵抗するように腕を振り抜いた時、鋭い風が俺を突き抜けた。
余波に、髪が跳ねて舞い上がる。
「───かまいたち?」
僅かに頬に当たった感触があったので、触れてみると指先に血が付いた。
和泰さんに憑依したものは、中々に攻撃的らしい。
だが、感心していた俺に突進してきた彼を、俺はあっさりとっ捕まえてもう一度畳に投げた。
図体のデカイ古い妖魔より全然マシだった。───人間の身体にいる以上、大した力は出せまい。
投げられた衝撃で隙のできた和泰さんの顔の前に手を翳すと、意識を失って起き上がりかけた身体が再び地に伏した。

そこへ、バタバタと慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえる。
よく知る気配からして、リンさん、そして谷山さんだろう。

next.

青嵐は人を食えないけど、人の霊はどうなんだろう?だめだったような気が……。
とりあえず、あまり手を出せないという認識でいます。
Nov. 2023

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