Sakura-zensen


春のさと 01

死んだらペットに再会した。
先に逝った愛犬が待っていてくれた……みたいな感動的なものとはちょっとちがう。だってペットたちは健在で、俺を看取ったはずだった。
「おーい、大丈夫か?」
猿の柿助がきょとーんとしている俺の前で小さな手を振った。
はっとして返事をすると、雉のルリオがばさばさと羽ばたきながら近づいてくる。犬のシロはあいからず俺の周りをうろちょろしていた。
「なんでお前たちが」
俺は死んだはずじゃ……と確かめながら立ち上がる。
ここはどこなんだろう。地面は色の薄い乾いた土のようだ。小石が転がっていたりする。遠くには林が見えて、青い空も太陽も、現世と変わっていないように思う。
ああでも、やけに眩しいというか、明るいような。
「俺たちはお迎え!」
「案内役だな」
シロは元気に、ルリオはまとめるように答えた。
案内ってあの世へか。……それって先に死んだものの役目では??
もしかして俺が死んだ後こいつらにご飯をあげる人がいなくて野垂れ死……?
最悪なパターンを考えて慌てると、ルリオが違うと否定した。もともと普通の動物じゃなかったって言われてもそんな……。え、長生きしすぎて妖怪になってたの?深く考えるのやめよ。

「……じいちゃんとばあちゃんは?」
祖父と祖母ではないんだが、物心ついたときからじじばばだったので、なんとなくそう呼んでいるのが俺を育ててくれた親たちだ。当然俺よりも先に逝っている。
「天国でまってるよ」
「へえ……そうか」
この会話すごいな。
柿助はぽちょぽちょ歩き出すので俺も足を踏み出した。とにかく死んだことには変わりがないようだし、ペットたちは信用できるので案内されるがままについていことにした。
すんなり天国について、じいちゃんとばあちゃんに再会し、へー天国ってこうなんだーと周囲を見渡す俺は、やっぱり無事に死んだらしい。

天国での暮らしはとてものどかだった。
生前のように家で過ごし、時にじいちゃんと山へ芝刈りに、ばあちゃんと川へ洗濯にいく。元いた村とちがうけど、賑わう町の様子にも馴染んだ。
ときおり故郷の村の様子を天上から眺めてみたり、他の天国の住民や神様を見かけて話をしてみたり、生きている時では考えられないことも多々あった。気づけば死んでから天国で過ごす時間の方が長くなっていた。
−−−下界は、俺の知っている『現代』へと移ろいでいく。

いつのまにか天国にもテレビが導入された。ずいぶん前からあったけど……なんだか昨日のことのように思えます。
いやもう時間の感覚がないのよ、死んじゃったから。
じいちゃんとばあちゃんはずいぶん前に転生が決まって、もう一度お別れをした。俺を置いてくことを心配しているようだったけど、天国にいるのに何を心配することがあろうか。すぐいくよ、また会えたらいいね、って話をして手を振ったはずだった。
それが一向に、俺には順番こないんだなあ。
……徳が足りないのか??

ワイドショーを眺めながら、寝そべる俺の後ろで伏せをしていたシロに頭をぽふっとのせてみた。
「どうしたの?あそぶ!?」
即座に立ち上がり俺の体を飛び越えて前に来たシロ。俺の頭は畳に落っこちた。
腕を伸ばして背中をぐぐっと押すとまた伏せになる。あそばない。きゅんきゅん鳴いてもあそばない。
柿助は俺の腹の前、ルリオは足元にもふっと座ってる。
このペットたちをどうにかしないことには、俺は何もできないような気がしてきた。
いや、うっとうしいわけじゃない。かわいいし、頼りになる相棒たちだ。
むしろ俺はこいつらに甘えてしまってるのだろうし、今までも助けられて生きて来た。
なにせこのペットたち、まるで桃太郎のお供だ。
おかげで俺は桃太郎しゃん桃太郎しゃんと慕われることになり、毎日のようにおすそ分けされるし、町を歩けばお茶をおごられる。今見てるテレビもご近所さんからもらった。こまらない……天国って時点でほぼ不自由ないのにペットたちが可愛いから快適すぎる……。

そんなわけで、どんなわけで。先日とうとう求人冊子を手にした。めぼしいものはいくつかあって、面接にいってみようと思っている。
しかし俺の留守中ペットたちをどうするか。桃太郎さんのように連れ歩くのはいい加減よろしくない。俺はそろそろ独り立ちをしなければならないし、こいつらにも好きに過ごす機会をつくってやりたい。
そういうわけで考えているとテレビでは地獄のニュースが流れた。……地獄かあ。



「びょういんイヤアアアアア!!!!」
「ちがうちがう」
ここが地獄かあ。俺の顔にしがみつくシロのせいで地獄の景色は白い毛並み。

今日は本当に地獄にやって来たんだけど、ちょっと出かけようぜとだけ言って連れて来たので、刑場の受付で手続きをしようとしたらシロが妙な勘繰りをしはじめてこうなった。お前病院行ったことないだろうがよ。
最初は周りをカシャカシャ走り回るだけだったんだが、こんなところで逃げ回られたら困るのでいつも抱っこしてる柿助を下ろしてシロを抱く。暴れるシロのせいで肩に乗ってたルリオは自発的におりてくれた。
「あの、ふき……けんがく……ふきしょを……」
キャワンキャワンしているシロのせいで受付にうまく伝えられない。受付の声もうまく聞き取れない。

テレビで地獄のニュースを見て、動物も雇う部署があったようなと思ったのだ。調べてみたら不喜処地獄というらしいので、今日はそこへ見学に来た。
働けというのもなんだかなーと思ったので、とりあえず何も言わずに見せてみようと。そしたらシロが暴れるし、すてないで!!とまで言い出してしまう。
不喜処勤めの動物に混ぜて捨てられると思ったらしいルリオや柿助までしがみついてきてしまったので、今の俺は上半身が動物に埋まっている。前が見えない。
おそらく横に案内の獄卒がいる。うっすら声が聞こえ、気配がわかるのでよちよち廊下を歩いた。
建物の外の刑場にでるとなんとなく空気が変わる。ここから少し歩くのだろうけどその瞬間シロと柿助とルリオが一斉に逃げ出した。
「わ、こらー!!!」
「あ!そっちは!」
「逃げ出したぞー!!」
俺が咎める声のあと、獄卒たちの悲鳴が上がる。ひえー……。
案内してくれてた鬼は俺と同様にぽかんとしてしまった。三方向に逃げていったのでどれも追うことができなかったわけである。
「ど、どうしましょう??」
「つっ、つかまえないと!」
「今鬼灯様いらしてるよな?」
「え……はい、確か視察で」
敷地内の地理にはもちろん疎く、困った俺はぐるっと獄卒たちをみる。
話している内容を聞くに、どうやら地獄の偉い人が視察に来ているらしい。それやばいじゃん。獄卒たちが叱られるかもしれないし、っていうか俺か、俺が一番叱られるのか。
呼んでこいと言われた小鬼が走り出す。
「あ、俺も……」
「え、ちょっと、あんたまで!?」
責任者に謝らなきゃ!!って思って小鬼の後ろをついていくと、背後から突っ込む声が聞こえた。いやだってどうせ探しまわれ無いし……。

「鬼灯様ー!桃太郎さんのお供の動物が逃げ出しましたー!!」
「なぜ桃太郎さんがここへ?天国の住民でしょう」
鬼灯様、と呼ばれたガタイの良いお兄さんは俺と小鬼を見てから小さく首をかしげる。小鬼が経緯を説明してくれたので、俺は深々と頭をさげる。ほんとすんません。
「職場見学……?そんな話は聞いてませんけど」
「あ、前もってアポイントメントは取りませんでした……先ほど受付でお願いして通してもらって」
「そうだったんですか。希望の部署はどこです?案内しましょう」
とても冷静に話を聞きながらふむと一息つく鬼灯さんは、すっと俺を見据えた。すごく忙しそうに獄卒に囲まれてたのに。
「不喜処が……!」
「ちょっとこっちの……!」
「えっ、逃げた動物たちは……?」
鬼灯さんを囲んでいた三人の鬼がそれぞれガビンとショックを受けている。
「お供は獄卒たちで捕まえるよう通達をすればいいでしょう。その間に彼をご案内していればいいのでは?」
「その、見学はペットたちのためでして。不喜処地獄を見せて、仕事してみないかなあと」
「え!」
不喜処がどうの、と言っていた鬼がぱあっと明るい顔をした。
鬼灯さんは鋭く細い目をさらに細めて、獄卒の一人に新しい人員のためにペットの捕獲を言いつける。彼は嬉々として探しにいってしまった。
「お供はこちらで見つけます。手の空いてる獄卒がいたら手伝わせるようにしてください、あなたもいきなさい」
「あ、はい!」
俺がついて来た小鬼も走っていってしまった。
「あ、ぼくも探しま……」
「迷われては困りますので私のそばにいてください」
「う……はい」
言い分はもっともだ。
「ところで、なぜ急に動物たちに仕事を与えようと?」
「恥ずかしい話ですがもう何百年もあの子たちに甘えて過ごしていることに気づかされまして。天国って何もしなくても生きていけるんですよね」
「まあそうですね、天国ですから」
「あはは……最初の頃は転生を待つ間ゆっくり、なんて思ってたんですが、今となってはそうやって過ごしていたのが間違いな気がして。だからぼく自身で働こうと思ったんですがその前にあの子たちにも道を見つけてやらないと」
「だから職業を探しに?」
「はい。利口なので仕事して自分で生きることもできると思うんです。ただ無理にということはないですね。嫌だったらずっとうちにいてもいい」
「それはいささか甘やかしすぎでは?」
「え?いやでも、甘えて来たのはぼくのほうで……それにペットを養うのは飼い主のつとめでしょ?」
「……ペット」
まだ残っていた小鬼が若干引きつった顔でそう呟いた。

とりあえず逸れた場所へ戻ろうという話になったので、鬼灯さんと小鬼の唐瓜さんと共に来た道をいく。
唐瓜さんはおそらく鬼灯さんに何か報告とか相談があったはずで、だから隙を見て話しかけるためについてるのかもしれない。
「そういえば、桃太郎ってあだ名こっちにも定着してるんですね。まあ見れば誰でもそう呼んじゃうか」
獄卒にも桃太郎さんって呼ばれていたので、歩きながらぽろっとこぼす。
「え、桃太郎ってあだ名だったんですか?」
横にいた唐瓜さんがきょとんとして問いかけてきた。
「そうですよう、桃太郎のお供みたいなペット連れてるからつけられたあだ名です」
「桃太郎自体は本名ではありませんが、れっきとした桃太郎さんですよ、この人」
「……え?」
「えって」



next.

天国に行った人は転生しないんだろうか。解脱ってことになるんですかね。いや解脱したら天国よりももっと上の国にいくんですかね。私的にじいちゃんばあちゃんがいたところは地獄行きではない人が行く天国で、転生があったりするんじゃないかなと。
あと主人公は多分転生の必要なしとされてる英雄なんだろうけど全く気づいていないという感じです。裁判なしに天国行きが決まってる人をお迎えに来る話がありましたが、桃太郎の場合はお供の神獣たちが案内するだろうということでお迎えなし。
April 2018

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