Sakura-zensen


春のさと 02

昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいた。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に。俺はその日の気分でどちらかの手伝いをするのが基本だった。
村に同年代の子供はおらず、俺は村人みんなの太郎ちゃん。
そんな村のみんなやじいちゃんばあちゃんのために、手伝いをするのはあたりまえで、すくすく育ち、どんどん働いた。争いごとの仲裁や、山を超える時の用心棒、屋根の修理や、あとに生まれた子供達の世話なんかも。
いくつのときだったか、鬼ヶ島には鬼が浸かる温泉があるんだという噂を耳にした。そこの鬼はたいそう物騒で、人里に現れては襲い着物や食料や金などを奪っていくとか。
鬼の温泉かあ、行ってみようかなあというのは本当に純粋な興味だった。
なんか鬼ヶ島って温泉の名所っぽい響きじゃないですか。
鬼ヶ島に鬼がいるなんてただのウワサでしょ?まあ治安が悪いのかなーとは思ってたけど、男だし別に。
念のため旅道具を良いもの揃えたし、刀は一本持たされたんで、まー大丈夫だった。
記憶にはほとんどないんだけど、ペット達……あれ神獣だったんだって?そんな言い方悪いか。道中でお供たちに出会って、温泉入って、宴会会場にまぎれこんじゃってさ……力比べが始まったので、村一番の力自慢だった俺も代表して飛び込んだのよ。お酒の力もあったんだろうねえ、一等賞とっちゃった。酔った勢いでわしの天下じゃ───って豪語したような気がしなくもない。
翌日、強面のおいちゃん達にお土産持たされて帰って来たら、村人達にたいそう喜ばれ、都の偉い人にも褒められ、村では英雄扱いだった。

自覚はなかったから、度胸試しに行って帰って来ただけで褒められてる人みたいで、当時はむず痒かったのを覚えている。だって鬼退治なんてしていないし。まあ村に鬼が襲ってくることはなかったし、後になって退治してないではないかってとやかく言われることもなかったので、鬼ヶ島の鬼たちは良い子たちだったんじゃないかなあ。


───なんて、のほほんと思い出話をしていると、ペッ……お供が見つかった。
逃げだして迷惑をかけてしまったことを叱った後、ちゃんと説明しなくて悪かったと謝り無事仲直りをし、不喜処地獄への就職は鬼灯さんがトントン進めてくれた。
どうやらあちら側が抱えていた、不喜処地獄の人員不足問題はこれで解決したらしい。それはよかった。
「あとはこっちかあ……」
「それはなーに?」
唐瓜さんだけが問題解決せず、手にしていた書類を見て眉を垂れた。
社外秘だと思われるが、ひょいっと覗き込み文字を読む。どうやら桃源郷で草刈り人員募集中だそうだ。
「もしよければ、俺が行こうか」
「え?」
唐瓜さんはぱあっと顔を煌めかせた。小鬼なので、そうしていると可愛らしい。孫を見るような気分になりふくふくと笑い返すが彼はおそらくれっきとした大人。
話している間にすっかり口調が打ち解けてしまったが、緩んだ表情は少し控える。
「もともと仕事を何かしてみようと思っていたところだったし、獄卒でなければいけないわけじゃないんでしょう?桃源郷だし」
「はい!ここは働けるのが大勢集まってるからって話が来ただけなんで。あとはまあ縁もあってですよ」
桃源郷の極楽満月という漢方のお店だそうだ。店主はなんと白澤様だという。
「で、でんせつう〜」
「確かに伝説の神獣なんでしょうけど……あんたも日本一有名な英雄でしょ」
唐瓜さんはすっかり俺のとぼけた様子にツッコミを入れられるようになっていた。
俺桃太郎って自覚ないですし。お供だってペットだと思ってたんだから。
「今までウン百年も気づかないとか……」
「だって桃太郎って童話だよ?フィクションだと思うじゃない」
「そう言われればそうなんだけど……でもお供を見てなんとも思わなかったんですか?」
「うん」
えへっと笑ったら、ダメだこれ……みたいな顔でそうですかと片付けられた。

山道で喋る動物に出くわしても、……ほら口寄せ動物って喋るから。
逆に考えると口寄せ動物って神獣だったのかもしれないなあ。
大事にはしていたが信仰まではしていなかった。
まあお供もずっとペットだと思ってたんだけど。


不喜処地獄に務める動物たちは社員寮へ入り、極楽満月は住み込み可だというので、じいちゃんばあちゃんから譲り受けた天国の家は出て行くことになった。
一足先に仕事始めとなった動物達を見送り、家を片付けてから桃源郷へとやってきた。
天国は比較的穏やかな気候で、自然に溢れ、昔情緒も残しつつ近代化した町といった風だったけど、桃源郷はまさに桃源郷という見た目をしていた。
観光地でもあるし、景観を損なうものはそりゃあないのか。

桃の香りのするあたたかい風が丘の上から吹き寄せてくる。
どこからか川のせせらぎや、鳥のさえずりが聞こえた。草をはむうさぎたちがぴょんこぴょんこしているのを目で追う。
丘の上の、こぢんまりとした店にはうさぎ漢方極楽満月と書かれた看板が立てかけられていた。
白澤様に会うのってちょっと楽しみだ。どんな方なんだろう。あ、神獣だから動物だよな……絵図だとイマイチわからんからなあ。
「ごめんください」
店のドアなのでノックしないでそっと開ける。
中には細身の男の人がいて、俺を見るとなんだか中国語を言われた。いらっしゃい的な意味だろうか。
「ニイハオ〜」
あ、これはわかる。
「に、にいはぉ……あの、えっと?」
まって唐瓜さん俺中国語必須とか聞いてない。
悲観してほえほえ周囲を見渡すが、にっこり笑った男の人以外に頼れる人影もない。この人は白澤様の助手とか?
「桃太郎くんが来るって聞いてたけど、君がそう?」
「……はい」
店の奥からすたすた歩み寄りながら、彼はスラスラ日本語を喋った。
俺は一瞬真顔になったけど、とりあえず頷く。
「どうぞ」
「お邪魔します」
椅子を示されたので俺も店内に入り、そっと座る。
ジャスミンティーを出されたので、香りを吸い込みながらゆっくりと口をつけた。
「聞いてると思うけど、僕は白澤」
「人の姿をしているのは知りませんでした」
「あそう?だってこうしてないとだって女の子と遊べないじゃない」
性格がこの一言で理解できた気がする。
偏屈な大妖怪ではないのでまあいい。
「君には桃園の手入れとか芝刈りを手伝ってもらうよー」
「はい」
まず口頭で業務内容を説明される。
聞いていた通り、主な業務は草刈り。それに加えて店番や掃除などが含まれる。
「ま、簡単に言えば僕の助手だ」
「はあ……助手ですか」
実はなんでもやらされるんだなと悟ったが、それって短期間契約の従業員にやらせても時間の無駄な気がする。もしかして、長期的に雇ってくれる気があったんだろうか。

その後、店内や農園、薬草畑や養老の滝、店の裏の温泉まで案内されて、俺はひっそりと長期的にここで雇ってもらう方法を探そうと決意した。
桃源郷はここにあったのだ。


働き始めて一週間ほど経過すると、白澤様になんとなく気に入られたような実感がわいてくる。といっても、物腰が柔らかいというか……おおらかな人なのでそうそう人を嫌ったりはしないんだけど。

店の裏の温泉は自由に入って良いそうなので、1日の終わりに汗を流してくるのが日課だ。そしてお風呂から出ると白澤様が晩酌しているのに付き合うのも恒例になった。
必ず俺にいっぱいどうって聞いてくれるのだ。
「思ってた以上に働き者だね、助かるよ」
「ありがとうございます」
今日は日本酒らしく、ラッキーと思いながら白澤様のついでくれた酒と言葉に感謝する。
「漢方にも詳しいみたいだし、このままうちで働いて薬剤師を目指してみる?」
「え良いんですかー、ちょっと狙ってました」
「いいよー」
酒の席の口約束っぽいが、言われた言葉は嬉しい。
まだそんなに酔ってないだろうし、言ったことも忘れないだろう。
「こっちに来てから勉強したの?」
「いえ、生きてたころですよ。じじばばの多い村でしたしね」
辛めのつまみに舌鼓をうちながら、もう一杯すすめられて素直に盃を差し出す。白澤様は次いで自分の分も継ぎ足してそういえばと口を開く。
「桃太郎の出生は本来、川から流れて来た桃を食べて若返ったおじいさんおばあさんの間にできた子供らしいけど……ハッスルしたねえ、おじいさんおばあさん」
女の子大好き大妖怪に茶化されても全く恥ずかしくはないというか……茶化してもいないような気がする。
目だけは白澤様を見ながら、くぴっと喉をうごかして、滞りなく酒を流し込む。
「物心ついたときにはもう年老いてたんですけどねえ」
「君を生んでからまた老けたのさ」
若返る桃も万能じゃないってことか、と納得する。
あの時代鬼がいればそういう桃もあるのかもしれないが、川から流れて来た桃は現世の桃ではなくて、天国のものだった可能性もあるのでは?
「そんなすごい桃……もしかしたら、白澤様の育てた仙桃だったのかもしれませんねえ」
うへへーっと笑うと、白澤様も笑っていた。



next.

鬼ヶ島を鬼怒川っぽいと思って温泉巡りに出かけるくらいのアホだったんですけど、サクラちゃんは無敵だった。
村人みんなの太郎ちゃんっていうのは、一番最初にできた子供(孫)みたいなニュアンスで。当然その後子供が生まれたりして立派な太郎ちゃんになるのですけど。
April 2018

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