Sakura-zensen


春のさと 03

なんやかんや、正式に極楽満月の従業員になった。
立場的には助手、薬剤師見習いなので売り物の薬の調合をすぐにできるようになるわけじゃない。まあ、簡単な調合や、下準備とかは手をだすんだけど。
そしてここへ来てからどのくらいの月日が経ったろう、と思いを馳せながら収穫した桃を背負って店へ戻る。
かごを下ろしながらドアを開けた途端、上司がぶっとんできたのが見えた。勢い良すぎて受け止めた俺もぶっ飛んだ。

草原にどさっと倒れたのでもちろん痛いし、下敷きにもなったので重たい。
遠目に、女の子が荒々しい足取りで去っていく後姿が目に入る。
上司こと白澤様は女の子大好き神獣なので、常日頃から女性客を誘うし、外でも誘うし店でも誘う。ので、うちの店はそれなりに女性の出入りが激しい。
「怖いよね、女の子って」
「どいてください」
俺の胸の上で呻いてる白澤様をじとりと見下ろす。
「あ、仙桃?取って来てくれた?謝々ありがとね」
「はい……」
背負ってはいなかったので仙桃の入ったかごは潰れてはいない。まあぶちまけたけど。
起き上がった白澤様の顔には見事な手の跡が付いていて、鼻血まで出していた。
「俺がここへ来てから実に8人目の女性を見た気が」
ネチネチ数えているわけじゃないが、女性客をナンパする以外で彼女?として連れ込んだっぽい女性がだいたいそのくらいのはずだ。
厳密にいうと9人目だそうで、心底どうでも良いです。
今更だけど怪我はないかと俺の体を叩く白澤様に、大丈夫だと答える。
どうやら俺の頭に葉が付いていたらしく、細い指先で取り払われた。
「ホオズキ?」
「そう!根っこは生薬、鎮咳剤や利尿薬になる……」
そこから白澤様のホオズキ知識が披露されたが本物の鬼灯さんがやってきて妙な展開になる。
「伏せろ!コイツは猛毒だ!!!」
ウオオオ豆まけ!豆!と荒ぶっている様子にぽかんとした。
さっきぶん投げられてもへらっへら笑ってたのに。
「あっ、おまえたちー!」
地獄の鬼灯さんがなぜここにと思いつつ、その肩に乗ってるルリオや足元にいた柿助とシロが目に入り白澤様のことは割とどうでもよくなった。
「お仕事順調?」
「ああ、楽しいよ。漢方の権威で中国の神獣、白澤様に教わってるんだ」
一目散にじゃれついてくるシロの前足をよいよいしてから柿助を抱き上げる。
ルリオは鬼灯さんの肩から俺の肩に移動した。うーん、この重みがなんか懐かしい。
そういえばこの鬼灯さんと白澤様って顔の作りがなんとなく似てる。
「お二人は……親戚かなにか?」
「違いますただの知人です」
お互い東洋医学の研究をしている関係で付き合いがあるそうだが、極力会わないらしい。
「まあ一言でいうとコイツが大嫌いなんです」
「僕もお前なんか大っ嫌いだよ」
険悪な二人を見て、はわわっと柿助を抱きしめた。
そもそも神獣と鬼神なので親戚なわけないと白澤様はあきれた様子で否定したが、あんたがどこぞの鬼の女性とこさえた可能性を鑑みて聞いたんだよ。
しかしそれを上司に言うつもりもなく、はあ、と曖昧に頷いておく。

鬼灯さんはよくわからないが白澤様があんなに嫌悪感出すのって珍しい。
二人とも、ただで人を嫌いにならなそうだし、合わない相手だというのならもっとそっけないだろうからきっと何かあったにちがいない……と俺は勝手に推測する。
大人なのか子供なのかわからない妙な喧嘩は、白澤様が穴におっこちたことにより終わった。

6時間かけて徹夜で穴を掘るような鬼灯さんの執念にちょっぴり引きつつ、ふたりが初めて会った時の話を後日聞いた。
俺は今後二人を似てますねだとか言わないようにしようと思ったし、喧嘩しないでって止めるのもやめたほうがいいと思った。
そう決意したのは正しく、その後もちまちま遭遇しては喧嘩する様子を眺めることとなった。絶対手も口も出さないようにしてる俺だけど、ある日出会い頭に鬼灯さんにぶん殴られかけた白澤様を守ってしまった。
いや守ったと言うより自分に当たると思って避けとき、白澤様の服もついでに引っ張ってしまっただけなんだが。
鬼灯さんがものすんっごい顔でこっちを見てたので思わず体を竦ませる。
「す、すみません、つい」
「つい庇うほどの奴じゃないでしょう」
「だって身の危険を感じたんですもん……」
鬼灯さんは不満そうに、深ぁいため息をついた。
しょうがないの!反射だったんだから!
「出会い頭になにすんだ!」
「どうせ会ったら最後にはこうなるんです。先に一発かましとこうと思って」
白澤様は殴られかけたことを理解して、鬼灯さんにくってかかった。ぶん殴ろうとした鬼灯様もあれだけど、せっかく回避できたものを迎えに行かなくてもいいのに。
「シロひさしぶりだね」
「うん元気してた?」
「ああ。柿助とルリオは今日いないのか」
「今日は俺だけ!」

今度こそもう手も口も出さないでおこうと思って、鬼灯さんについて来ていたシロと久々の挨拶をしておく。
不発に終わっていた攻撃はもう一度繰り出され、鬼灯さんは白澤様の顔面をぶっ叩いた。俺は今度こそ手を出さずに眺めた。
なんでこんな展開になるの。白澤様がにぶちんなのか鬼灯さんが素早いのか……。
「だいたい、守ってもらっておきながらお礼も言えないんですかかっこ悪い」
「元凶のお前にだけは言われたくねーよ!ありがとね!!」
「ハイ」
うわ、こっち見た。
「次からは避けなくて結構ですよ、あなたに当てるようなヘマはしません」
鬼灯さんが金棒で手をぱしんぱしんと叩きながらちろりとこっちを見た。俺はもう一度短くハイと返事をした。俺が上司を差し出した瞬間である。
白澤様はそこに気づかず、鬼灯さんに対して怒りがおさまらないようだった。

横にいる上司を助けるのは普通だと、最初の方は思ってたんだが助けるとロクなことにならない。助けるたびにお礼を言われるが、助ける事態にならないよう、争いごとを起こさない生き方ができないのだ。
というわけで、俺はこの度もう一度、白澤様は助けない。と決めたのだった。

白澤様と鬼灯さんがそれぞれ目当ての材料を手に入れて別れるまで、俺はシロのそばにしゃがんで背中を撫でていた。
「花街はいいんですか?」
牛頭の角をもらってから地獄の花街によってくって言ってた白澤様は、心なし背中を丸めて天国の方へ足を進めた。
「いい、もう疲れたから帰る」
「まあ調合の途中でしたしね」
「そうそう。……薬膳鍋できたらいっぱいやろうね」
「はい」
たっぷり作った薬膳鍋なので、作り上げたらちょっと食べれるんだろうなーとは思っていたけどおそらくこの様子だとお酒もつくらしい。
天国や地獄に通じる門の建物から離れ、天国の道へ出るとのどかな風が俺たちの体をやさしく店の方へ追いやった。
「花街はまた今度連れてってあげよう」
「それはどうも。でも俺、花街で遊ぶよりよりも白澤様の作ったお鍋でいっぱいやる方が好きですよ」
女遊びもほどほどに。俺まで巻き込まなくて良いから。
そんな思いも込めてぬるい目線で投げかけると、白澤様はでれっと笑った。
満更でもないという笑みだこれは。もしかしたら案外ちょろいのかもしれないぞ。このままもっとお店にいて!ちゃんと生活して!ってほのめかしたら真面目に働く可能性が……?
「そうだ。こんど俺、ばあちゃんが教えてくれたきびだんごつくりますね」
「それってお供にあげたっていう?」
「うん、美味しいんですよ。出来立てもいいけど、次の日もなかなか」
「それは楽しみだなあ」
しかし焦ってはいけない。遠回しに訴えるよりもまず、俺と約束を取り付けて増やしてみればいいのだ。
ただそんなにネタがないからなあ。お酒のつまみレパートリーを考えたりしよう。あとは薬についていっぱい教えてもらうとか。白澤様の知らないことで興味をひけたら良いんだろうけど、長寿の大妖怪なわけで……とっても物知りだ。俺の思い出の味くらいしか提供できないのが悔やまれる。
「いつ作ってくれる?なにか買う物は?」
「え、そうだなーうーんと」
案外乗り気だなこの人。桃太郎のきびだんごそんなに興味あったのか。
るんるんした足取りの白澤様は俺の手を引く。
今度お店が休みの日、出かける予定がなければと答えると、うんうんと頷いて決まりだねと約束された。



next.

白澤様がなぜこんなにでろでろなのかというと、前の話で冗談まじりに言った、白澤様の育てた桃でじじばばが若返ってできた子供ってところを、だんだん僕の育てた桃がこの子と意訳して、母性(?)が芽生えたからです。
April 2018

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