春のさと 04
本日は晴天、なのだろうか。地獄の天気はいつでもイマイチびみょうな気がする。極楽満月の店主白澤様と従業員の桃太郎くんこと俺、あとうさぎの先輩従業員数羽は、地獄の運動会で救護テント待機をお願いされています。
獄卒たちが集まる前に来て、主な運営を取り仕切る鬼灯さんや閻魔大王にまず挨拶に伺う。
鬼灯さんはまたしても白澤様と一悶着やらかしたけど、お互いあれが当然の流れなので驚くほど後を引くことなく救護テントに案内されてびっくりした。
「ああ、はやくお弁当の時間にならないかな〜」
「まだ始まってもいないのに何いってんですか」
「だって僕たち何もすることないじゃない」
「救護でしょうが」
救急箱をテーブルの上に乗せ、プログラムを広げた俺は呆れて肩をすくめる。
鬼灯さんなんかはあ?って顔をしておられるぞ。
「そんなにお腹減ってるんですか?」
「そうじゃないよ。お弁当ってなんかワクワクしない?」
「あれは運動会というイベントで親が作ってくる中身に期待してわくわくするのでしょう、小さな子供が」
鬼灯さんは冷静に分析した。たしかにそうだよなと俺も思う。
白澤様が楽しみにする意味がわからない。
「今朝お弁当詰めてるの見てたでしょ」
「作ったんですか?」
「はあ、まあ。でも半分くらい白澤様が作ってたんで」
朝から男二人で並んでキッチンに立ってお弁当を作るという妙な光景ができてたのだ。
白澤様は料理上手だけど、ごはんって感じではないのでメイン作ったのは俺。
お互い味付けの好みが似ているから、そういう意味では食べるのは楽しみなのかな。
「なんか二人で作ってたらいっぱいになっちゃって。鬼灯さんもよかったら一緒に」
「いやだよ!!!お前になんかあげないよ!」
すかさず白澤様が嫌がるので口を噤む。う、そういえばそうか。
誰が手作り弁当わけるかべろべろば〜な白澤様に、当然鬼灯さんの金棒が唸ったわけだった。
「料理は気になりますが、これと一緒に食事をとる想像をしたら不愉快で」
「いえ、誘ってスミマセン」
「あなたが謝ることじゃありませんよ」
社交辞令なのか、今度食事でもと誘われたのでにこやかにええ今度と答えておく。
白澤様はダイイングメッセージなのか地面に転がったまま指で不得と書き綴り、つまりダメと示唆していた。
後から聞いたんだけど、これ運動会の予行演習だったらしい。
明日もお弁当つくるのか。
白澤様をあの手この手で引き止めるのは結構な確率で成功するんだけど、毎日引き止めるネタがあるはずもなく、出かけていく白澤様にはいってらっしゃーいと手をふってしまう。そして女の人連れて帰ってきてもあららーって感じだ。
連れて帰ってくる頃にはもう部屋に戻って寝てるので、基本的に鉢合わせはしないんだけど翌日朝起きた時には会う。白澤様が寝てるのでだいたい女の人と二人で。
そして今日も今日とて、朝っぱらから上司が連れ込んだ女性と顔をあわせたわけである。とんでもねー美女だった。
「おはようございます」
「あら、おはよう」
とりあえずにこっと営業スマイルしてみる。
白澤様はと聞くとまだ寝てるわ〜と言われた。昨日飲んでた酒瓶がキッチンのテーブルに置きっぱなしになってるので、どれをどんだけ飲んだのかはなんとなく察した。養命酒の効果まったくなさそう……。
「お茶淹れましょうか、桃もありますよ」
「じゃあ一杯いただこうかしら」
朝ごはんまで出すのはやり過ぎな気がして適当にもてなす常套句を吐くと、彼女はそばの椅子に座った。
着飾った格好からして多分お店の人だろうから、あっさり帰るかなーとも思ったけど意外と付き合いがいいらしい。あれ、これもしかして俺も一緒にお茶飲んだってことでお金取られるのかしら。
そうなったらそうなっただあ!と腹をくくってお茶を丁寧に入れて、美人の前に置いた。苦肉の策として、一緒にはお茶を飲まずに皿洗いをする。
やがて美人はお茶を飲み終えて、お礼を言いながら帰っていった。請求書は後で送るわ、と言い残して。……俺はお茶を淹れて出した側だから請求されないはず……大丈夫。
ところで上司が起きてこない。お皿を洗い終えたのに起きてこない。
ちょっと様子を見に行ってみると部屋にはいなくて、トイレにこもって吐いてた。
黄連湯が必要になりそうだなーと思っていた矢先に、青い顔がドアの隙間からのぞく。
「タオタロー君、黄連湯作って……」
よたよたと歩み寄って来たが、俺のところにたどり着かず板の間に這いつくばった。
「あったかタオルとひんやり枕どっちがいいですか」
「つめたいの……」
なんとか椅子に寝転がって白澤様は答える。
「さっき美人が帰っていきましたよ、言っといてって」
「ああそう、え、帰った?……ああ番号訊くの忘れちゃった……」
冷凍庫からアイス枕を出して、白澤様の頭の下に手を入れて持ち上げ、アイス枕を差し込んだ。
「……タオタロー君今日は休もう……」
「黄連湯作るので回復したら働いてください」
「うえぇ……」
濡らした布巾で顔を拭いてやる。あらおでこになんかある、俺とおそろいだわ。さらっと前髪をどけて、濡れたタオルをぽふっと乗せると両手が伸びて来て、目の下にずらした。
ぺろんと出しっぱなしになったおでこがかわいそうなので、前髪をそそっと直してみる。
「やすみたい」
ママに甘えるようなか細い声で、前髪を直してた俺の服の袖を握った。
俺は二日酔いに対してそこまで優しくないぞ。
「だめ。次の日の仕事も考えずにお酒飲んだのが悪いんです」
「店主は僕だ」
「働かないで、酒代払えるんですか?」
俺の袖を握る手を反対の手でやんわり解く。
ぴくっと震えたのはおそらく、酒代に余裕がない証拠だろう。それみたことか、とため息を吐いた。
「まったく……これじゃあ鬼灯さんに普段言われてても何も言い返せない」
小さい声でぼやいたら、あいつは鬼だからウワバミだと言い始める。ちゃらんぽらんな生活態度のことをいってるのだ、酒の強さの話をしてるんじゃない。っていうかそうか、ウワバミか、いいなあ。
「ふうん」
「え、なに?」
そんな話をしてるんじゃないと否定するよりも、なるほどと考えてしまう。そんな俺の反応に気づいた白澤様はタオルをどけて俺を見た。
「同じく東洋医学を研究しているし、お酒に強くて二日酔いにならないなら、あっちのほうが良いのかな?」
ちょっと血色が戻っていたはずの白澤様は、ぴゃーっと青い顔をした。
なにかと敵視しているので、鬼灯さんを引き合いに出したら酒も控えてくれるだろうか。俺はお店を休まず適度に働いてもらえれば、という低い目標を立てて発破をかけたつもりなのに、違う方へ暴発してまだ飲めると言い出す始末。
引き合いに出して頑張らせるのは無理なんだと、どうして気づかなかったんだろう。この人と鬼灯さんは二人で喧嘩する場合のみ子供のように純粋に、相手に勝つことしか考えてないんだった。
まあ鬼灯さんに喧嘩を売りに行くわけじゃなく、酒を飲むと言い出すだけマシかーと思って連れて行かれた衆合地獄の酒場で、ご本人に遭遇するとは、まさか思いもしなかったわけである。
白澤様を見た瞬間メンチ切って来た鬼は大層恐ろしい形相をしていてまさに鬼。俺は思わず白澤様の後ろにぴゅっと隠れた。元凶であるこれは差し出して良いと反射に刻み込んだ。
「ごめんね無理に誘ったから機嫌が悪いんだ。ここ座んなよ」
「……なんでいるんだ……今日はもう最悪の日だ……ツイてない日だ……」
「吉兆の印なのにね」
顔を見た瞬間に胃潰瘍になったかもとかいう程度には、会いたくなかったらしい。
俺は落ち込むその背中に憐憫の眼差しを向けた。
閻魔大王が苦笑まじりにフォローを入れてくれるので、俺と白澤様は近からず遠からずの場所に座って料理を注文した。
俺も白澤様も酒のつまみは辛いもの、しょっぱいもの、渋いものが好きなので卓上にはそういうものが並ぶ。
「白澤様、麻辣火鍋は?」
「あ、食べる〜。辛いよこれは〜」
「本当にいいんですか?胃荒れてるでしょ」
「でもこれ大好き。それに君一人じゃ食べきれないでしょ」
「まあそうだけど……」
すでに酒を飲み始めてる白澤様は陽気な顔でお椀を受け取った。
幸いにも顔見知りが多いので、麻辣火鍋は他の人にも食べてもらおうと思う。俺も好きなんだけど、鍋って多いんだよな。
「桃太郎君はすっかりできる主婦のようだね」
「ダメな上司がいると部下が恐ろしく成長したりしますよね」
「いやあぼくはまだまだ……お世話するので精一杯って感じですよ」
「世話なんてしてやらなくて良いんですよ」
ぐぴっと喉を鳴らして酒を飲み下した鬼灯さんは真顔で答えた。
今日も扱いに失敗しちゃったしなーとこぼしつつ、閻魔大王に麻辣火鍋をよそい、次に鬼灯さんに差し出す。
「甘やかしすぎでは?あ、私は結構です」
鬼灯さんの前には酒瓶とグラスばかりが並んでいた。
「おつまみ食べない派ですか?」
「ええまあ」
「なんだお前、うちのタオタロー君がよそった料理を受け取れないってのか!」
なんでそこで絡んでくるかな。
俺の隣に座って寄りかかってきた白澤様はすでに……いや朝からだけど酒臭い。
あと俺を理由にするのやめてほしい。
しつこく絡まれても要らないの一点張りで、あげくに閻魔大王までおつまみは良いんだよとフォローをするものだから、白澤様が気づかなくて良いことに気づいてしまった。
「なに、お前もしかして……辛いの食えない人?」
「……」
鬼灯さんが珍しく何も言い返さず、黙った。
俺は現実逃避したくて、二人の間でくぴっとお酒に口つけた。
楽しくなっちゃった白澤様が高笑いをしだし、俺の肩をガシッと掴む。おいやめろ。
「聞いた?タオタロー君、辛いの食えないんじゃあ僕のがいいよねえ?」
「アー……ハイハイ」
「お兄さん次中国を訪問する際は四川を案内しますよお〜〜」
アーハハハハと笑ってる調子の良い白澤様に、鬼灯さんがいつまでも黙っているはずがない。
「いますよねああやって辛いものが苦手な人をなぜか見下す辛党」
白澤様はぴくっと動きを止める。俺は二人に挟まれた状態のまま、ちびちびお酒を飲む。
「食の好みが一緒だからなんだというんです、介抱してもらうばかりでしてやれないんでしょう」
いや俺が潰れた場合のことは配慮してくださらなくて結構です。
俺も白澤様同様、酒には強くはないけど、自制はきくんだから。
「大して強くもないのに大酒かっくらう子虎のくせに……殺殺処堕ちろ」
「……たかが肝臓が強いだけで何語ってんだか」
ふえーーんいづらい。
next.
母性???って感じのところが楽しくかけました。むしろダメ息子というかダメ彼氏みたいな。
食の好みはだいたい一緒です。
April 2018