Sakura-zensen


春惑う 02

ある日の放課後、俺は帰り際にクラスメイトの沖田総司に声をかけられた。
「春野って部活には入ってへんよな?」
「え、ああ……うん」
京都に引っ越してこの京都泉心高校に転校してきたのは一年生の六月で、今は九月───この学校で部活には入っていなかった。
特別な事情がなければ生徒は強制的に部活動に入るのが校則らしいが、俺の場合は両親がいないという表向きの事情と、女の格好をしているという"特別な事情"で考慮されている。
「せやったら剣道部入らん?」
「え……」
「俺、見たで」
「なにを?」
沖田はこころなし嬉しそうに目を輝かせ、ずいっと近づいてくる。
「昨日の夜、上京区の商店街で逃げたひったくり犯、そこらにあった箒で往なして捕まえたとこ」
「!あれはたまたま、止めなきゃって思って必死でやっただけだよ」
「いいや、俺の目ぇは誤魔化されへんで!かなり剣術に慣れとるやろ」
いいながら手をぎゅっと握られた。
そして沖田はにんまりと笑う。
「これは剣を握るヤツの手ぇや。それに佇まいにも隙がない」
「……」
「あれ見てから、一戦交えたくてしゃあないねん」
輝かしい笑顔に見えたそれは、よく見ればギラギラとした闘志に燃えていた。


沖田は俺の手を掴んで剣道場へと連れて行き、竹刀を投げ渡した。
周りに部員や顧問がいようとお構いなしだ。そしてその誰もが沖田と俺にオロオロと声をかけようとしているが入ってこない。
多分沖田の雰囲気が周囲を圧倒してしまっていたからだ。
俺にもびりびりと伝わってくる臨場感がわかり、体中の血がざわつく。

道場の真ん中に来て、竹刀を受け取った時点で、俺も隠しきれていなかったのだ、この高揚を。



「───やめ!!!」
向かい合ってどちらからともなく襲い掛かり、夢中になって打ち合いをしていると制止の声がかかった。
途端に周囲の声や様子が入ってくるようになり、俺と沖田は呆然と見つめ合っていることに気づいた。そしてさっきから聞こえる荒々しい息が、自分と沖田のものであったことを理解する。
沖田の背後は板の間で、つまり俺は彼を押し倒し、上半身にまたがって身体を抑え込み、頭の横に竹刀を突き立てていた。
誰かに羽交い絞めにされて引き剥がされ、ぺたりと床に座ると首に汗が伝う感触がした。
「ごめ……ん、沖田」
「はる、の……自分───やっぱり、俺が見込んだ通りや!!」
夢中になりすぎて、剣道を逸脱した戦い方をしていたことを思い出して謝る。
だが沖田は俺の両肩をがしっと掴んで揺さぶった。わあ、うれしそ。
まあ、俺と戦いたいといって闘志をたぎらせていた男なので、そうなる予感はあったのだ。

とはいえ、顧問にはしこたま怒られて、俺はその後沖田と一緒に外周走をさせられた。
ジャージだの道着だのに着替える猶予ももらえなかった。

まあ、制服のまま突然やってきておっぱじめたので、自業自得ともいえるだろう。




外周した後、今日は部活には参加させないと言われた沖田は、渋々とそのまま帰ることにしたらしい。
同じ方向だったのと、なんとなく友情深まったので、汗を乾かすついでに「冷たいもんほしい」の一言で寄り道してアイスを一緒に食べた。
そんな俺たちの背後から誰かが近づいてきて、足を止める。

「サクラさん?……その格好は、」

驚いた顔して俺を見下ろすのは綾小路さんだった。
俺はいつも行儀よくしていたので、よれよれの、腕まくりした格好でアイス食べてるところを見られ、思わず沖田の後ろに隠れる。
「あ、綾小路さん……っ」
「知り合いなん?」
「事件の捜査かなにかでずか?」
「そんなところです。それで、その身なりはどないしはったんですか」
「ちょっと……マラソンを少々」
綾小路さんは沖田の後ろに隠れる俺の態度が気に入らないのか、咎めるように俺を覗き込む。
「なあさっきから誰なん?オッサン」
「……私は───……」
そこへ沖田が俺を一応庇ってくれるみたいで口を開いた。
オッサン呼ばわりには肝が冷えたが、綾小路さんが口ごもったのはおそらく俺の関係を何と言ったらいいかわからないからだろう。
「…………えと、親戚のお兄さんなんだ!」
「せやけど苗字で呼んどるやん、親戚にしちゃあよそよそしない?」
「アハハ~」
俺はとりあえず誤魔化して笑った。

「私はサクラさんの許嫁や」
「はあ!?」

ところが綾小路さんはとんでもない爆弾発言をおとした。
ぽかんとしたのは沖田だけではなく俺もだ。よもやこの人の口から許嫁を認める言葉がでてくるとは。
「せやから、サクラさんのことは連れて帰らしてもらいます」
「え!?あ、でもお仕事中なんじゃ……??」
「問題あらしまへん」
ほぼ、連れ去られるようにしてその場から離された。
俺の肩、そして腕をひっぱり無言のまま歩き、車の前に来たらやっと足を止めて俺を見る。
「───さっきのは同級生ですか」
「はい、クラスメイトの沖田くん……あの、みっともない格好を見せてごめんなさい」
「みっともないとは思うてません。ただ、ここ───髪が切れとる」
育ちの良い人だったので幻滅されたかしら、と思っている俺に対し、綾小路さんの指が伸びてきて俺の短くなった髪の切り口を挟んだ。
「あ、これ……」
「あの小僧になんぞされたんやったら、出るとこ出て───」
「違います!いや、違うっていうか!」
言われるまで気づかなかったが、耳の横の髪の毛が一部切れていたらしい。
思い当たる節があり、苦笑いしてその髪を耳にかける。
「その、恥ずかしながら……夢中になってしまって───チャンバラに」
「……チャンバラ……?」
首を傾げる綾小路さんを見て、更に恥ずかしくなった。
俺はついうっかり、沖田と戦うのが楽しくなってしまっていたが、後から思い出してみると大人げがなかったような気がして、そんなところを綾小路さんに知られるのが恥ずかしくなった。
もちろん彼にとって俺は子供だろうけど。
「───剣道が好きやったんですか」
「武道……、いや、身体を動かすのが好きなんですよ」
「知りませんでした」
「言ってませんからねえ」
結局送ってくれるというので車の助手席にのり、いつの間にか膝に来てたマロちゃんをウリウリと撫でながら話が続く。
綾小路さんの家に来てもう半年ほどが経ち、互いにその存在に慣れてはきただろうが、自分の話をあまりしてこなかった。
「教えてください、やりたいことや、したいことがあるんやったら」
「お気遣いありがとうございます」
俺が部活に入らなかったのは、綾小路さんの家に世話になっているから、というのも無きにしも非ずだが学生たちの中に俺が入るのはどうにも気が引けたというのもあった。
だから我慢したり諦めたというのとは違うのだけど───俺の手を握って沖田が『剣を握る手』といった時、確かにこの身体の俺は、剣道をやっていたことを思い出したのだった。



翌日、マンションから出てすぐのところで沖田が待ち伏せていた。
道着姿で手ぶらなのは朝練の途中で抜け出してきたからなのだろうか。
「春野~、おはようさん!一緒に学校行こうや」
「おはよう、よくここが分かったね……?てか朝練?」
「この辺住んどるのは知っとったしな!ランニングの途中や」
「いいけど、……さすがに一緒に走らないよ」
「ええよ。ちょお、聞きたいことあんねん、行きながら話そか」
沖田は何か警戒するように周囲に視線をやり、それから俺の隣に並んで少し身を屈める。
わざわざ朝から俺に会いに来て、なんだろう。と思いながら俺も身体を傾けて近寄った。
「───昨日会うた許嫁って、ホンマなん?」
「……あ」
思わずぴたっと足を止めた。
昨日の発言、あんなにびっくりしたのに俺はすっかり忘れていたのだ。

俺は女子の制服を着て春野サクラの名前で学校に通っているが、男子生徒という扱いにはなっていた。
噂になったり、吹聴する奴はいないが、クラスメイトはもちろん俺が男であることを知っている。
なので沖田も当然そうだ。そのうえで剣道部にも誘ったんだろうし。
「それ……誰にも言わないで」
「っちゅうことはホンマなんか?……歳も離れとるし、そもそも春野」
「色々と事情があんの!」
一応家の近くなので俺は沖田の口を塞いだ。
「とにかく、学校の皆もそうだけど……あの人に俺のこというのも駄目」
「───なあ、それやったら条件があんねん」
「え?」

にっこりわらった沖田に、俺はなんだかちょっぴり、嫌な予感がした。
後に続く言葉は予感通り「剣道部に入れ」であり、弱味を握って脅してるとまでは言わないが、なんとなく逆らえない雰囲気を作り出された。

そんなわけで俺は沖田の言う通りに剣道部に入部することになった。───マネージャーとして。
顧問は学校側から俺の家庭の事情は聞いており、半分部員、半分マネージャーという立場の許可を得た。もちろん公式戦には出場しない。
すると入部後そのことに気づいた沖田が地団駄を踏んで騒いだが、時々本気でやり合うということで納得してもらった。

ちなみに綾小路さんには事後承諾で良いだろうと思い、帰宅した挨拶の流れで報告をすると、たっぷり三秒フリーズした後聞き返された。
「……男子剣道部ゆうことは、あの小ぞ……沖田くんがいてはる?」
おばさまとおじいちゃまには相談して了承を得ているのだが、同居している保護者といえば綾小路さんだっただろうか、と不安に思い始めた。
どうやら彼は沖田のことが気がかりらしいが、俺の髪の毛を切ったことで印象が悪いんだと思う。
なので俺は沖田とは本当に仲が良い友達であることを力説する。剣道に熱中しすぎるとこはあるがそれ以外は気のいい奴なのだ。ちょっと調子が良くて軽い時もあるけど。
「そ、そんなに仲がよろしいんですか」
「はい!京都に来て一番仲が良くなった人です」
まあ一番は嘘だが、と思いつつも言いきった。
だがそんな俺の物言いに気圧されて、綾小路さんは納得してくれたみたいだった。







同級生くらいの男子生徒と共に歩くサクラさんを見かけた。
二人とも妙に薄汚れとって、サクラさんのいつもさらさらと風になびく髪は、心なし乱れてはった。
せやけどそんなんお構いなしに、二人して氷菓に夢中になってるんが、子犬のじゃれ合いみとうて、微笑ましいのも事実。───ただ、その事実が何より私の肝を冷やした。

一緒にいたんは同じ学校の沖田総司ゆう生徒で、剣道部員らしかった。
サクラさん曰く二人で"チャンバラごっこ"に夢中になったのを、先生に叱られて罰としてそのまま校舎の周りを走らされたそう。
そんなヤンチャな一面があったことも知らんし、その綺麗な髪が切れてるのも気に食わん。───とはいえ、そんなんは私の独りよがりな独占欲やったわけで。
サクラさんはすっかり沖田くんとやらに気を許して、剣道部のマネージャーにならはった。

「沖田つながりで剣道の知り合いが出来たんです」
「沖田とテスト勉強やったんですけど」
「あ、これ沖田とやりあったときのかすり傷」

口数が増え、行動範囲が広がり、自由にしているのはええ。私に気を使うばかりで何かを我慢させたない。
せやけど沖田、沖田、沖田と口を開けばあの小僧のことばかり。

一度、一番仲良しの人と、言われて以来わかっとったことやけど、私は果たして何番目なんやろか。

「……お疲れですか?」
「え、ああいや」

思わず憂いのため息を吐いたばかりに、サクラさんは食事の手を止めて首をかしげた。
今日はサクラさんを誘って、外で食事をとってたというのに。
改めて見ると、母に気付けてもろたらしい着物姿は可憐で、いつも下ろしてる長い髪を結うてるから雰囲気も違うて少し大人びてはる。
「今日の格好は、とびきり綺麗で見惚れてもうてました」
「あら。…………綾小路さん───無理に、許嫁になろうとしなくていいんですよ?」
突き放されたような感覚に、声が出んようになる。
許嫁は確かに急な祖父の言いつけやったけど、他の男と引き離すために許嫁という言葉を使うたその時から、私は。
「……───、迷惑でしたか」
「迷惑なんてそんな」
サクラさんにこの思いを今伝えたとして、恐縮してしまうことはわかっとる。
せやから感情を抑えて、表情を窺った。

この問答は、サクラさんが私を待って夜遅くまで起きていた時と近い。
私がその小さな歩み寄りによって徐々に心を溶かしたように、サクラさんの心を少しずつでも手繰り寄せるしかない。
ずるい大人かもしれへんけど、先にそんな大人の心に容易く潜り込んできてしもうた、サクラさんのおいたが悪い。

「サクラさんは、よう私を労わってくれとるやろ」
「え、へえ」
テーブルの上から手を伸ばして、サクラさんの手を取った。
ぽかん、とした顔が手と私の顔を交互に見て、戸惑いに揺れてはる。
ぎこちなく一度動いたが、包み込むようにしてテーブルの上に縫い付けた。逃がしとうない、そんな気持ちで。
「サクラさんが歩み寄ってくれたように、私もサクラさんに歩み寄りたい思うてます」
「……そうなんですか、いやでも、こんな立派なお店で食事なんて、ただでさえ家に住まわせてもらってるのに」
「この歳になると人と特別親しくするんがむずかしゅうて、困らせてしもたらすんまへん」
「いや、謝らないでください」
恐縮してはるサクラさんに笑いかけた。
私はサクラさんが人の厚意を無下にしない人やとわかっとる。
「それに私は───あんさん一人面倒みれるくらいの甲斐性はあります」
「でもぅ」
こればっかりは慣れてもらわんと先に進まれへんので、私は半ば押し切るように、サクラさんにはまた食事に付き合うてもらえるようにお願いする。
そしたらお礼に、家で食事をするときはサクラさんが作ってくれるゆうので、喜んで受け入れることにした。


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五稜星観たあとコナン原作も何とか追いつき、おっ沖田総司~~(ペンライトぶんぶん)って思ったので友情出演です。友情です。
おそらく何度も公言している性癖ですが、大人の男が歳の差躊躇せず落としにかかるのだいちゅき。
May. 2024

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