Sakura-zensen


春惑う 03

剣道の地方大会会場で、大阪の改方学園というところにある選手名『服部平次』を見て、俺はン?と目を止めた。
その様子がどうにも珍しかったらしい沖田が、俺の肩にずんっと腕を乗せてきて、視線を合わせる。
「お~、来てはるな、服部のやつ」
「え」
「ん?」
知り合いなんだ、と横を見ると沖田も俺を見た。
「服部って、服部平次?」
「それ以外おらんやろ」
「会ったことある?」
「大阪と京都で近いからな、何かと大会で出くわすねん。あいつは俺の突きを避けよう思て無茶しよった中々の男やで。竹刀蹴り上げて折ってまう春野とは大違いや」
「うるせい」
勝てばよかろう精神で剣道を逸脱してしまう俺を度々弄ってくるのは、面白がっているだけなんだろう。
だって竹刀折れた時目ぇキラキラさせてたもん。顧問にはしこたま怒られたけれど。
「やー……ハットリヘイジって"名探偵"とおんなじ名前だなあと思って」
「なんや春野も知っとるやん」
「え?」
腕をどかした沖田は、ジャージの襟元を正してぼやく俺を振り向いた。
どういうこと、と思っていると「西の名探偵ゆうたら俺のことやで」と背後から声がして、俺も振り向いた。
「京都泉心高校に俺のファンがおったなんてな」
「春野はお前のファンちゃうわ」
黒い道着姿に、色黒の肌をした少年が竹刀を手に立っていた。
ぽかんとしてる俺に近づいてくるのを、沖田が引っ張って離したが、結局その沖田にぶつかってそれ以上下がれなくなる。
「その様子やと、沖田の彼女っちゅうわけか?」
「違います……」
目を細めた服部くんとやらにすぐ否定したのは、沖田は俺に片思いの女の子がいると打ち明けてくれたことがあったからだ。そんな沖田とのことを誤解をされるのはなんだか申し訳ない。
「こいつはうちのマネージャーや!」
「春野サクラですよろしくお願いします」
「へえ、マネージャーなんておるんか。知っとるみたいやけど、俺は服部平次、沖田の同級生っちゅうことは俺もそうやで」
雑談を繰り広げていると、今度はセーラー服の女の子が「平次!」と声をかけてきて幼馴染の遠山和葉と紹介された。

───おやおや??


なんと、ここは名探偵コナンの世界だった。
京都はたびたび事件の起こる舞台になったりしてたけど、登場人物にどんな人がいたのかは定かではなく、今まで気づかなかった。
というか今思えば、確かにニュースや新聞に『怪盗キッド』『お手柄キッドキラー』『眠りの小五郎』『工藤優作』『沖野ヨーコ』という名前がある。……これが俺の覚えている限界の登場人物でもある。
サクラであった記憶を後から思い出したように、『コナン』のことも今ようやく記憶の蓋が開かれた、という感じなのかもしれない。



コナンといえば色んな地方の刑事が出てくるが、綾小路さんも出るんだろうか。
俺の記憶にはなかったので、逆に綾小路さんが眠りの小五郎とかコナンくんを知ってたりするのかを聞いてみたいところだ。
しかし綾小路さんは現在、東京・大阪・京都で連続して起きた殺人事件の合同捜査本部がある東京へ行っていて不在にしている。
被害者は皆古美術を狙った盗賊団「源氏蛍」のメンバーだと判明したってニュースがやっていて、その会見に綾小路さんの姿もあった。
なんか大変そうな事件なので、また当分家に帰ってこないんだろうな……。

「サクラちゃん、文麿さんは今日の夜帰ってきはりますのやろ」
「はい、そう聞いてます」
ここ数日、綾小路の実家に泊まりに来ていた俺は、朝食の席でおばさまに尋ねられて頷いた。
「せやったら今日はマンションに帰らはるの?」
「家に帰ってくるかはわからないので……どうしようかなと」
「うちはいつまでおってええんよ、おじいちゃまも嬉しそうやし、うちの人はおらへんし、あんさんがいたら生活に張り合いが出ますわ」
おじいちゃまは俺のことをかなり気に言ってくれるので、嬉しい反面隠し事が心苦しいところでもある。

「───あ」
話していると、ふいに俺のスマホが震えた。
どうやら綾小路さんに今日は会えるのかと聞いたメッセージに返信がついたらしい。

『会いたいです』

と、まず一言入ったメッセージにドキッとさせられる。
開いてしまった口を慌てて閉じて、もにょもにょしながら続くメッセージを読む。
どうやら既に京都には戻って来てたのだが、そのまま行くところがあってまだ家には帰れていないんだそう。
夜にはなんとか片づけるので、外で待ち合わせして食事をとろう、という誘いがあった。

「文麿さんからデートのお誘い?」
「デ、デートでは…………」
目だけをうろうろと動かしてスマホとにらめっこしていた俺を、向かい側からみていたおばさまはにこにこ笑っていた。
「仲良うしてはるならなによりや」
「多分、許嫁だと思ってくれてるんだと思います」
「ああ───……そのことなんやけどな」
おばさまは微かに表情を曇らせた後、口を開いた。

「え……?」




おばさまに言われたことを考えながら、俺は剣道の練習に向かう為に行きかう人を避けて道を歩いていた。
途中「その竹刀、ニイちゃんにちょっとかしてくれんか」と聞き覚えのある声がしたような気がして、周囲を見渡す。
すると野球帽をかぶった青年が、剣道着を来た小さな子供から半ば奪い取るようにして竹刀を借り受け、歩いて行くところだった。
……服部くんでは?と思い、彼の後を追う。
五条大橋の方へ向かったその後姿が、竹刀を振りかぶったのをこの目に捕らえ、俺は咄嗟に後ろからその竹刀を掴んだ。

「なっ……なんやオマエ!?」
「!!」
服部くんは俺に邪魔をされた瞬間に振り返る。
その足元には背丈の低い子供───小学一年生くらいで、眼鏡をした坊やがいて、それがコナンくんであることが分かった。
「───って、たしか春野、サクラ……やったか?」
「は、はっとり!?……と、お姉さんだあれ?」
俺の顔を見るなり服部くんは、一瞬険悪だった雰囲気をすぐに潜めた。
「こんにちは。子供から奪った竹刀で、子供を襲うのは見過ごせなくて」
「あ~……」
「……ははは」
二人は俺の物言いに苦笑いとあきれ顔だ。
「ニイちゃん竹刀返してえや!!」
「おー、すまんすまん」
「ほな行こうや」
「しっかり稽古せえよ~」
途中で竹刀を奪った子供たちも追いついてきて、服部くんに手を差し出す。
彼はすぐに竹刀を返し、走り出した子供たちに向かってなんとも偉そうなことを言っていた。
「竹刀なんかかりるなよな」
「まったくだ」
その様子を見て、コナンくんは小さい声でぼやいたのが聞こえたので、俺も隣で頷く。
「あっそれで、お姉さんは平次兄ちゃんの知り合い?」
「こないだ大会で会うた、京都泉心高校の剣道部マネージャーやったはずやけど、道着来てるゆうことは剣道もやるんか?」
「まあね」
コナンくんは一瞬慌てた後、先ほどぼやいたのとは随分違う声色で、『子供のふり』をしたが、服部くんに倣って俺もその様子に突っ込むことなく会話を続けた。
「背後から気配無く忍びよって、この俺の竹刀を掴んで止めたんや、……中々に見どころあんで」
「それはどうも~」
う~ん、コイツも剣道馬鹿だったりするんだろうか。沖田のキラキラ顔がチラついて距離をとる。
そのまま「これから部活なんでえ」と適当に言ってその場を離れた後───せめてコナンくんと自己紹介くらいしてくればよかった、記念に。と、後悔するのだった。


だが再び会うチャンスはすぐにやってきた。
綾小路さんと待ち合わせしていた御茶屋の『桜屋』で、剣道をしてて知り合った竜円さんと会い、彼らの座敷へと招かれた。
待ち人が中々来ないと言った俺に、竜円さんは東京から眠りの小五郎さんが来ていて連れに同級生くらい子がいるから紹介しようかと言ってくれたのだ。
お嬢さんたちは下のバルコニーで夜桜見物をしているそうで、座敷に居たのは水尾さんと西条さん、毛利さんと服部くんとコナンくんである。

毛利さん以外は竜円さんとこの山能寺の檀家さんでもあり、剣道仲間ということで顔見知りだ。
そして毛利さんは酔っているのと、あまり俺に興味がないだろうから挨拶はそこそこに、俺は早速服部くんとコナンくんに近づいた。
「あ、お姉さん五条大橋の……春野サクラさんていうんだよね」
「うん、坊やの名前は?」
「ボク、江戸川コナン!」
これが元は十七歳だが薬によって縮んだ子供の身体かあ、といろんな角度から眺める。
するとコナンくんは戸惑うように身じろぎ、後ずさった。
「な、なに?」
「周りに子供がいないから、つい」
ウフと笑って誤魔化すと、コナンくんは引き攣った顔で居心地悪そうにそっぽを向いた。
服部くんに視線で助けを求めているのだろうが、服部くんは面白そうにニヤニヤ笑っている。
俺はそのふっくらとしたほっぺに、つんっと指をさす。
「わあっ!」
「あは、やあらか~」
「や、やめてくれる……?」
「こらこら、あんまこの坊主の純情を弄んだらあかん」
「あかんか~」
そろそろ駄目、と服部くんが制止してくれたので近づけていた顔を離して座った。
すると窓からふいに、下の河が見える。
「ん?」
「あれ……」
「なんや?」
つられるようにして服部くんとコナンくんも外を見たみたいで、小さな反応がある。
俺はそこに、綾小路さんの人影を見た気がするのだが。

───ピリリリリ……
「あ」
そっぽ向いてしまった人影をじいっと見てると、俺の胸元に仕舞っていたスマホが鳴りだした。
画面を見れば今思っていた通りの人、綾小路さんの名前が表示されている。
「もしもし」
『……今日の約束やけど、仕事が立て込んで行けへんようになりました───ほんまかんにんです』
「そお、残念ですけど、大丈夫。待ち合わせの桜屋さんで知り合いに会って、お座敷に混ぜて貰ったとこなんです」
『え』
電話に出だした俺に気を使って、静かにしていてくれる服部くんとコナンくん。
なので二人に目礼して、窓の桟に手をかけ外を見下ろす。
「こっちはこっちで楽しむから、安心してお仕事してきてくださいね」
あの後姿、絶対綾小路さんだと思うんだけれど。
そう思いながら勝手に電話を切ると、見守っていた人影は何やら身を乗り出してスマホか何かを見ている。そして肩を落としてこっちを振り返った。

───あ、やっぱり。

遠いので実際にはわからないが、俺を見上げて動きを止めた。
ひらひらと手を振ったが、その人はそっと視線を下げて歩き出していく。仕事中だから仕方ないけども。

「知り合いでもおったんか」
「いや……見間違いかな」
「待ち合わせの人は?」
「お仕事が忙しくて来られないんだって……もう少ししたら帰るね」

電話を終えた俺に服部くんとコナンくんは興味津々という感じだったが───それを遮るように悲鳴が響いた。
女将さんの声だと分かって皆が部屋を飛び出し、声のする方へ行く。
辿り着いた先は納戸の前の廊下で、おかみさんが腰を抜かして震えていた。
服部くんやコナンくん、毛利さんが先陣切ってその中へ入って行くのに続くと、納戸の中では桜さんが頸動脈を切られて息絶えていた。



警察を呼び、部屋で待機し、勝手には帰らないことと言われた俺はしれっとそのままコナンくんの動向を見ていた。
彼は毛利さんの目を盗んで遺体に近づくと、服部くんと顔を突き合わせてボソボソ話し、懐に手を突っ込んで何かを抜き出す。
だがそれを、毛利さんに見咎められ、首根っこ掴まれて廊下に投げ出された。
「コラ!君も、この部屋に入ったらいかん!蘭たちのところで待っててくれ!!」
「あ、ごめんなさあい」
ついでに俺もとうとう気づかれて部屋を追い出された時、店の引き戸が開けられる音がした。
投げ飛ばされて痛いと声を上げてたコナンくんも気づき、服部くんと共に階段を上がっていく。
すると丁度誰かが店に来たようで、女将さんが出迎える声がする。
「こらぁ、京都府警の刑事はん……えらい早うお着きでんなあ」
「……」
制服警官を伴い服部くんとすれ違うのは綾小路さんだ。
どうやら二人は顔見知りだが、仲がよさそうには見えない。
「ねえ、今日シマリスは?」
「……いつもつれ歩いとるわけやない」
コナンくんはどうやらマロちゃんのことも知ってるようで声をかけるが、綾小路さんはやっぱりツンとした感じで言い返す。
そのちょっと苛立たし気な表情を戻して階段を下りてこようとした綾小路さんだったが、階段の途中にいた俺に気が付いて目を丸めた。
「───サクラさん!なんであんさん、こんなところに」
「?このお店にしようって言ったのは綾小路さんですけど」
「そうやない、どうして殺人現場の方から来はりますのや」
「あ、ああ~……悲鳴が聞こえたので来ちゃいました」
「……」
綾小路さんはため息を吐いた後、俺をエスコートして階段の上まで連れて行き「後でタクシーを呼びますからそれで帰ってください」と言いつけ、また階段に戻って下りて行く。
「ねえねえ、もしかしてサクラ姉ちゃんの待ち合わせって綾小路警部なの?」
それを見ていたコナンくんが俺の着物の袖をくいくい引っ張り気を引いた。
綾小路さんの去っていった方を一瞥した後、「そうだよ」と返すと更にどういう知り合いなのかと尋ねられて答えに迷う。
親戚……ではないから、
「居候かな。コナンくんと一緒だね」
「え」
コナンくんが毛利さんに紹介された時と同じように言って誤魔化した。
まあ、嘘ではないのだ。



暫くして、身体検査や手荷物の確認、聞き取り調査が行われた後俺は用意されたタクシーで家に帰ることになった。
「今日も実家の方にしておきますか?」
「ううん、荷物全部マンションに持ってっちゃったから」
「今日は帰れへんようになるかもしれません」
「そうですか」
車に乗る前に綾小路さんとどちらに帰るのかの話があったが、こんなことなら今日も実家に泊まればよかったか、と思ったり。
いや別に一人の家が嫌なんてことはないのだが。
「埋め合わせは必ず」
「いいのに……それよりお仕事がんばってください」
「おおきに。───せやけど、私が埋め合わせしてほしいんです」
「あ、はい……」
そう言われてしまえば断ることもできず、頷くしかできない。
その会話を最後にタクシーのドアは閉められて、運転手は綾小路さんの指示通りにマンションに向かって走行を開始した。



家に帰った後の俺は、おばさまに着せてもらった着物を自分で脱いだ。
そしてジャージ着替えて外でジョギングをする。今日は色々あったので気晴らしもしたかったし、どうせ綾小路さんは遅いみたいなのでいつもより長めに走ろうと思った。
だが途中、人が言い争うような声だとか、何か硬いものがぶつかるような音だとかを聞き、不穏な気配を察知した俺はコースを外れて雑木林の中に紛れ込む。

不意に人の気配がしてきて、俺は咄嗟に木の上に登って息を潜めた。
すると暗がりの中、面をして顔を隠した人物が棒を二本持って走り去っていくのが見えた。
丁度近くを電車が通ったことで一瞬の光でしか見えなかったが、あの面は翁のような顔をしていた気がする。
明らかに不審者の装いをした奴を追いかけるか迷ったが、別方向から甲高い女性の声が聞こえてきたので、救助が必要かとそちらに向かった。
すると「平次っ、平次ぃ!」と聞き覚えのある声と名前がしてきて、和葉ちゃんの姿が目に入る。

「和葉ちゃん?」
「え、あんた、たしか……サクラちゃんやったっけ?」
「ソレ服部くん?どうした?」
「なんや急に襲われてもうてん!」
事情を聞くと、服部くんと和葉ちゃんは大阪の家に帰ろうとしてバイクに乗っていたところ、後ろからまず弓矢によって襲われたそう。その後追い抜いて行った加害者がこの公園に逃げた為、服部くんが追いかけ、戦いへと発展したそうだ。
和葉ちゃんが何とか機転を利かせて戦いを辞めさせたが、服部くんはつい今しがた意識を失ってしまったらしい。
「救急車呼んだ?」
「うん、今呼んだで」
「車が入ってきてわかりやすいとこ運ぼうか」
「せやね、あたし一人じゃどうしようかと思うてたけど二人なら───ええ!?」
木の幹に寄りかかり、ずり落ちそうな服部くんの腕を自分の肩にかけた後、身体を差し込み持ち上げる。
意識を失った人間はかなり重いが、こっちに来ても鍛えてはいるので持ち上げることは可能だった。

「……軽々平次を持ち上げよった……力持ちなんやな、サクラちゃんって」

驚いてる和葉ちゃんには、ウインクひとつ返しとく。


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迷宮軸入りました。綾小路警部視点はなしです。
服部平次は格好いいので、好きな女の子の前でお姫様抱っこをしてやったぜ。(達成感)
May. 2024

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