春惑う 05
「わかった!わかったぞ!桜さんを殺害した犯人がぁ!!」
毛利さんがひらめいたとのことで、千賀鈴さんと山倉さん、そしてなぜだか綾小路さんも呼ばれて山能寺にやってきた。
俺の姿を見つけると表情を変える綾小路さんだが、それ以上に"俺たち"を見てくる視線が多いことから、背の高い白鳥さんの後ろに隠れる。
けれどそれが悪手であり、綾小路さんが俺の手を引き寄せて自分の背後にしまった。
その様子を見ていた白鳥さんが「サクラさんに乱暴はよせ」と正義感を見せたことにより雰囲気は更に険悪になる。小突き合うようなことはないが、その睨み合う顔に焦りと罪悪感を抱いた。
「ねえ、おじさんの推理そろそろ聞いても良ーい?」
そこで鶴の一声ならぬ、コナンくんの一声。
俺は「お願いします!」といって二人の腕をぎゅっと掴んだ。
これってなんか悪い女みたいだな……と思ってすぐに放したけれど。
毛利さんは庭園に立って俺たちに背を向けていたのを、ゆっくりした動作で振り返る。
そしてまず、千賀鈴さんが犯人であると名指しした。
───動機は、父親の敵討ち。
千賀鈴さんには毎月父親らしき人物から謎の送金があったが、三ヶ月前に途絶えた。それは源氏蛍の首領である義経で、仲間の裏切りによって殺されたのではないかと毛利さんは推理した。
「そしてあんたには共犯者がいた───それが『弁慶』であり、春野サクラさん……君だ」
次いで毛利さんが指を指したのは、白鳥さんと綾小路さんの間に立っていた俺。
「君はまだ十七歳、正規のメンバーではないと考えても良いだろう。だが事故で亡くなった父親が弁慶で───君はその後を継いだんだ!そこで義経である父親を喪った千賀鈴さん、そして弁慶であった父の後を継いだ君たちは、手を取り合った!サクラさん、あんたも盗賊団なんてやりたくなかったはずだからだ」
「ほう……」
逞しい想像力にちょっと面白くなってきたので前のめりに相槌を打つと、毛利さんのトークは迸る。
一方、綾小路さんは隣で殺気立っていた。
続く推理では、俺と千賀鈴さんはそれぞれ御茶屋に来るときに、マロちゃんと刃物を隠し持ってやってきた。───綾小路さんの許嫁の俺であればマロちゃんを手なずけているだろうってことね。
千賀鈴さんはトイレに立つふりをして桜さんを殺害し、俺が隠していたマロちゃんに刃物を括りつけて川に飛び込ませた。園子ちゃんが川に何かが落ちる音を聞いたと言っていたのは、これってことだ。
その後、俺がタクシーで帰るふりをしてマロちゃんと刃物を回収。そして服部くんを追いかけ、その刃物で襲ったと言いたいらしい。
すご~く薄目で見れば、そこはかとな~く感じる説得力。
「君はかなり剣の腕前が立つうえに、あらゆる武芸に秀でていると聞いた。しかも平次を襲った直後、君はジョギングしていたふりをして、再び現れた!機会があれば息の根を止めようとしていたんだ。───サクラさん……あんた本当は弓も出来るんじゃないか?」
「いいえ、弓はできませんが」
「本当かねえ……でも千賀鈴さん、弓をやる人はここが矢じりで擦れて怪我をすると聞きます」
毛利さんは俺の答えに不満そうにしつつ、今度は千賀鈴さんの手を取った。
「た、たしかに、この矢枕の怪我は弓をやってるせいどすけど……っ、弓は習い始めたばっかで、人を殺めるなんて出来ゃしまへん!」
「あたしもそう思うなあ。だってそこを怪我するのは初心者の証だって、弓道部の友達から聞いたことあるもん」
毛利さんの推理をある程度聞き終えると、周囲が徐々にその穴を突き始める。
コナンくんもシマリスの身体は小さくて短剣を運べないだろうと言ってくれたので、毛利さんはキレ散かしながら実験することになった。
「うるぁ!動けシマリス!!」
「がんばれぇ!マロちゃん!」
岩の上に立ったマロちゃんに撥を括りつけ、毛利さんと子供たちと一緒に取り囲む。
つい応援してしまったが、光彦くんと歩美ちゃんが、あっと声を上げてこちらを見た。
「サクラさんは応援しちゃだめなんじゃないですか?」
「そうだよ、犯人になっちゃうんだよ?」
「!」
俺はそのことに気づいて口をおさえる。
とはいえ、もはや周囲は白け切っており、山倉さんと千賀鈴さんはお帰りになったし、綾小路さんと白鳥さんも呆れてため息をついている。誰も俺と千賀鈴さんが犯人だと思ってない証拠だ。
毛利さんは諦めきれずマロちゃんの頭を後ろからぐりぐりして、「罪を逃れようとわざとシカトしてるな!?」と荒れているが、そんなマロちゃんを憐れに思った子供たちが毛利さんの腕を取り押さえたところで『起きてる小五郎推理ショー』は終焉を迎えた。
「サクラさん、帰りましょう。家に送ってきます」
「え?……ああ、そうですね。お願いします」
好き好きに過ごしていた面々を見回して、何やら顔を突き合わせている服部くんとコナンくんが目に入ったが綾小路さんに呼ばれたことで視線を戻す。
ま、謎解きは任せておけばいいか。……犯人が逮捕されたら世間的に公になるか、綾小路さんに聞けば教えてもらえるだろうし。
そう思って綾小路さんの姿をなんとなしに眺める。
「……なにか?」
前にいた綾小路さんが靴を履いて振り返り、いつまでも靴を履こうとしない俺を怪訝そうに見た。
「───あ、いえ、綾小路さんはいつになったらおうちに帰ってくるのかなって」
「……そ、そんなん、すぐ帰ります……!」
差し出された手に掴まって靴を履きながら言うと、綾小路さんは俺との約束をすっぽかしたことを気にしているのか口ごもる。
ちょっと意地悪っぽかったかな、と笑ってから、「あのね」と話を変えた。
「この事件が終わったら、お話があります。今後についてのことで」
「!……───はい」
真面目な顔をして頷いた綾小路さんだったが、俺はそのほっぺをつねった。
「あと、……~~~あんまり人に『許嫁』て言いふらさないで」
「!?な、なんえ」
「だって」
俺は一度そこで言葉を区切る。
だって、この関係は本物ではないから───と、頭の中では言うけど、いざ口にしようとすると声が出てこなくて、他の言葉を探す。
「だって……綾小路さん誤解されますよ」
「へ?」
「幼気な十七歳を無理やり手籠めにしようとしてる、わるぅい警察官って」
自分で自分のことを『幼気な十七歳』というのは変だが、周囲にそう見られているのは事実だ。
綾小路さんのショックを受けた顔を見て、ようやく俺はつねったほっぺを放した。
そして今度は、労わるようにほっぺを撫でる。よしよし。
「綾小路さんが皆に悪く思われるの、いやだな」
「……それは、おーきに」
その時背後から「ぅオホン!」と咳払いが聞こえて振り返る。
そこには竜円さんがいたが、頑なに顔を背けていて、白々しいセリフが続いた。
「そ、そろそろ庭先の掃除をせんとなあ~……」
あ。
綾小路さんは俺を実家の方へと送り届けた。
あまり服部くんとコナンくんの周りをウロウロしないで欲しいらしい。それもそのはずで、服部くんは加害者に狙われている節があったし、俺はその加害者とすれ違った可能性があったから。
「全て片付いたら迎えに来ますんで、それまでここで待っといてください」
「……綾小路さん……」
実家の前で、車の運転席から顔を出す綾小路さんは、名残惜しそうに俺の手を握った。
「それと」
「?」
親指が俺の手の甲を軽くくすぐる。
「私のこと名前を呼んでくれまへんか……ここにおるんはみんな綾小路やし、あんさんもいつか綾小路になるかもしれへん」
「そ、れは…………か、えってきたら、ちゃんと……」
「───わかりました」
ゆるりと離れていく手、閉まる窓、走っていく車をぼうっと眺めた。
「サクラちゃん、帰っとったんやね」
そこにやってきて声をかけたのは、おじいちゃまだ。
俺は壁から背中を離して、杖をついて歩いてくるおじいちゃまに駆け寄る。
「ああ、あんさんほんまに……若い時の信也ちゃんに似てはるわ」
「おじいちゃんに……」
「ン」
おじいちゃまは肩を支える俺の手を撫でた。
そういえば初めて会った時も言っていたなと思い出す。
祖父の若い時に似てていいのかわからんが、男孫なので当然と言えば当然だ。
「血ぃなんかねえ───綾小路の」
「?」
「これで三代目……綾小路はいつも中野に惚れてまう」
「???」
「のぶ子もな、小さいころは斐ちゃんのお嫁さんになりたいゆうてはったんや」
「そう……なんです?」
中野は母の旧姓……つまり祖父の苗字であり、のぶ子は綾小路のおばさまで、斐は母の名前である。そして知られざる事実がうっすら垣間見えるようで、目をしぱしぱと瞬きさせた。
「文麿もそうや……せやけどやっぱりいつの代も叶わんなあ」
「おじいちゃま───もしかして"俺"のこと」
「うん、せやかて信也ちゃんにそっくりなんやもの」
にこり、と笑ったおじいちゃまに俺は驚いた。
夕方、俺は綾小路さんとの約束を守らず外に出ていた。
というのもコナンくんから、服部くんが倒れてしまったらしく近くにいたら手を貸してほしいと連絡があったからだ。……連絡先を交換しておいてよかった。
そして辿り着いた先で服部くんを回収して聞いたところ、服部くんには和葉ちゃんを攫ったという脅迫の電話があり、一時間後に鞍馬山の玉龍寺へ来いと呼び出されているらしい。
「警察には?」
「言ったら和葉姉ちゃんの命が危ない」
「明らかに罠だよ」
「うん……でもまずは和葉姉ちゃんの安全を確保してからじゃないと……」
俺は服部くんを負ぶって運びながらタクシーをひろう。
そして梅小路病院へ向かってもらいながら、コナンくんに今回の事件の真相をかいつまんで聞いた。
「狙いは仏像と、平次兄ちゃんが持ってるこの水晶だ」
「この水晶、なに?」
「盗まれた薬師如来の白毫───奴らはそれを取り戻すために平次兄ちゃんを狙った」
服部くんの懐から出した小さなきんちゃく袋から出てきた水晶を見つめると、コナンくんはかつて山能寺にあった仏像が盗まれた時のことと、服部くんの初恋相手との出会いを話をしてくれた。それが取材されて雑誌に載っていたことも驚きだが、今度探してみようと思う。
病院について服部くんを医者に見せると、俺とコナンくんはしこたま叱られた。
明日精密検査をするまで絶対安静と言われ、病室で魘されるように眠る服部くんを見下ろす。
コナンくんは何やら病室の外で「ちょっと電話してくる」そうなので不在だ。
汗ばむ服部くんの額を拭ってやったあと、俺は彼の服を手に取る。
「サクラ姉ちゃ───、えぇえ!?」
病室のドアが開き人が入ってくると、コナンくんが俺を呼び掛けるところだった。だがその言葉が途中で止まり驚く声に変わったのは、俺が服を脱いだところだったからだろう。
哀ちゃんも続いて入ってきて「きゃあっ」と悲鳴を上げた。
たかだか"男の上半身"じゃんかよ。
「サ、サクラ……"兄ちゃん"……だったの?」
「なんで病室で裸なのよ!服を着なさい!」
「はいすぐ着まぁす」
哀ちゃんに背を向けて俺が着たTシャツは、服部くんの服である。
ジーパンは既に履き替えてたので、肩が破けたジャケットを羽織り、その後長い髪の毛をまとめて頭に沿わせてから野球帽をかぶって抑える。
「顔はこうしてれば隠せるけど、肌の色はどうしよ」
「まさか、玉龍寺に乗り込むつもりなの?サクラ兄ちゃん……」
「呼ばれてるのは服部くんでしょ?和葉ちゃんを人質に取られてるんだ───行かないわけにはいかないよ」
「相手は絶対何か仕掛けてくるんだよ?」
「……コナンくんが行くよりマシだと思うけど?」
哀ちゃんとコナンくんに視線を合わせてしゃがむと、哀ちゃんは「それもそうね」と納得し、コナンくんはその掌返しに「おい」と視線をやった。
二人が何の話をしてたんだかわからないが、きっとコナンくんが無茶をしようとしてたに違いない。
玉龍寺で対峙した犯人───西条さんは当初俺が服部くんに扮していることは気づかなかった。
喋るのはほとんど隠れたコナンくんにやってもらったし、関西弁がちょっと変なこと以外は会話がかみ合っていたからだろう。
だが和葉ちゃんにはやっぱり俺が服部くんではないことに気づかれていて、刀を振り回した西条さんに向かって「やめてこの人、平次とちゃう!!」と叫んだ。
その時、和葉ちゃんを後ろに下がらせたときに若干足がもつれて、刀の切っ先が被っていたキャップのつばを掠った。
衝撃で、キャップが外れて舞い上がって、抑え込んでいた長髪も広がる。
やがてその髪の毛はぱらぱらと背中に落ちてきて、俺が服部くんではないことをありありと見せつけた。
「なっ───春野、サクラやと……!?」
「……サクラ、ちゃん……?」
向かい合った西条さん、そして俺の腕に引っ付いてる和葉ちゃんが驚きの声を上げる。
バレるのがあまりにも早いが、こうして和葉ちゃんを引き剥がせたので、まあいいかと肩をすくめた。
「騙しよったなァ!?」
「逃げるよ!」
「う、うん!」
俺は和葉ちゃんの背中を押して、門の方へと走らせた。
彼女は後ろ手に縄でくくられているので、走りずらそうである。
「逃がすな!」
西条さんは背後から俺たちを囲った弟子たちにそう指示を飛ばした。
すると刀を持った三人程が俺たちの行く手を阻む。
道着姿に鬼の面、頭巾をしていたので身体的特徴が隠されていて、相手が誰なのかはわからない。
だが、見た所一番隙のある奴に向かって飛び蹴りをかましてその武器を奪い、俺に襲いかかって来た一人の刀を受け止め、もう一人をまた蹴って倒した。
「……さすがは、京都泉心高校の斎藤一と言われとるだけあるわ」
三人を押し退けたので、和葉ちゃんを門の外の方に追いやって立つと、そんな俺を忌々し気に見る西条さんが唸った。
そのあだ名は同い年に沖田総司がいるからで、練習試合で俺とやり合った奴らがそう言い出したのは知っている。
「警察は呼んだからじき来るだろう───それまでここは誰も通さない」
俺は和葉ちゃんの手を縛る縄を斬り、背に庇う。
そしてざっと俺を取り囲んでくる西条さんと弟子たちを見渡した。
「この人数みてよう言うわ……ええで、義経と斎藤どっちが強いんか勝負といこうや!」
西条さんの発破かけるような言葉の後、真っ先に切りかかって来た人間の刀を受け止めた。
だがその構えは西条さんの言う『義経流』とは違うし、弟子にしては中々力強い。
「天然理心流は実戦向き、ゆうのはホンマやなあ?」
「───あれ」
至近距離から声がした途端、力が緩み刀が下ろされた。
その人物は付けていた面に手をかけて、頭巾もろ共外すと、服部くんの顔がそこにある。
「平次!」
「待たしたなあ和葉」
「何が待たしたや!今まで何しとったん、ドアホ!」
服部くんのことは哀ちゃんには見張りを頼んだが、起きたらどうせ抜け出して来ると思ってたとも。
「無茶するなあ、服部くん」
「お前もな、サクラ!……ようも俺の服パクりよったな?───それに、何塗ったんか知らんけどな、俺はここまで色、黒ないぞ」
服部くんは俺をじとりと見たあと、肌の色にケチ付けた。
「置いて来た服着てきてもよかったのに」
「あんな服着れるかァ!!」
揶揄うようにそう言えば、勢いよく悪態をついた。
同時に、襲い掛かって来た連中をいなして蹴り飛ばすので、俺たちはそのまま二人で共闘へと事を運ぶ。
それ以降、和葉ちゃんのことは彼が守っていたので俺は周囲の戦力を削ぐことに集中した。
いつの間にかコナンくんが飛び出して来てたので心配になったが、彼が戦う場面にはならないよう、的確に相手の意識を奪う。
ふいに遠くから飛んできた矢は避け、すかさず射ってきた相手に追いつき、弓を折った。
飛び道具にかまけて戦う心づもりではなかったようで、「ひぃ」と怯えた声を出したので呆れながら気を失わせた。
「こんなもんかな」
「つ、つえぇ~……」
新たに二人倒したので引き摺って戻ると、コナンくんが引きつった顔をしていた。
「服部くんどこいった?」
「平次兄ちゃんならあそこ」
コナンくん、そして和葉ちゃんが見上げていたのは屋根の上。
そこで倒され、落ちそうになる西条さんの足を掴んで止めてる服部くんがいた。
next
新一くん出番なくてごめんな!!!(蘭ちゃんも会えなくてごめんな)
キャップが外れたときに零れ落ちる長髪が書きたかった、などと供述しており。
沖田くんの同級生にしたので、斎藤ポジションにしちゃうのはもうオタクの性です。私は沖田斎藤同い年説を推したい派。
あと別の話で斎藤さんネタにした名残もある。
五稜星で鬼丸沖田が土方沖田に被せたところがとても、とても……良い(語彙力)
May. 2024