Sakura-zensen


春の通りみち 01

桜の咲くころ、毛利探偵事務所に一件の依頼が舞い込んだ。
京都にある山能寺という寺から、知恵を貸してほしいとのことで、俺と蘭と園子は観光ついでにおっちゃんについて行くことになった。俺は観光というよりも、おっちゃんの依頼に興味があるわけだが。
寺では、依頼人である僧侶の竜円さんが住職と檀家の人たちとともに出迎えもてなしてくれた。
依頼内容は、八年前に盗まれたこの寺の秘仏の行方に関することだった。
ある日突然、盗まれた秘仏のありかを示す図の描かれた手紙が差出人不明で送られて来たらしい。
その秘仏は十二年に一度公開されるものだったので大ごとにはなっていないが、寺としてはもちろん取り戻したい。しかしその図を見てもありかについてわからないと言うことで、おっちゃんの声がかかったのだ。
時を同じくして、東京、大阪、京都で五人の男が殺害されている。その被害者たちは皆、古美術を狙った盗賊団「源氏蛍」のメンバーであることが発覚した。
俺はおそらく、その「源氏蛍」が絡んでいるのではないかと踏んで、観光に出るという蘭や園子とは別れて京都の街へ出た。

義経や弁慶にゆかりのある場所ということで、五条大橋に来て見た。しかし謎の絵に関係するものは何も見当たらない。
ぼんやりしていた俺は後ろから忍び寄ってくる人の気配に妙なものを感じ振り向く。
振り下ろされた竹刀から咄嗟に飛び退けた。
「はっ、とり?!」
「よう、お前とここで会うとは、神様もシャレたことしてくれるやないか」
服部は来ないと聞いていたが、それは蘭たちとの京都観光のためではなく、一人でこちらに用があるからだったようだ。
俺がこっちに来てるのを聞いていたのかは知らないが、だからってこんなことすることはねーだろ、と内心思う。
「こらー!!」
ばたばたと追いかけて来た紺色の道着を来た子供達の集団から、なにやら叱るような声が聞こえる。飛び抜けて足が速いのか、後ろからかけてくる子供よりも前に一人の子供が服部に追いついた。
「人を襲うために貸したんとちゃうよ!」
至極真っ当な意見である。後ろで髪をくくった女の子は少し目尻を釣り上げて服部に言い寄った。
「にいちゃん、竹刀返してえな」
「おーすまんすまん、サンキューな」
やっと追いついて来た少年達の一人が、服部に向かって手を伸ばし、竹刀を受け取る。
女の子は一人だけ飛び抜けて背が高い。おそらく一人だけ年上なのだろう。
彼女は服部の様子をちらりと見てから、橋の欄干に飛び乗った俺の方へやってきて両手を伸ばした。え、と思っていると脇の下に巻きつく。
「おいで」
「あ、え、自分で降りられるよ」
「ええから」
ああもうしょうがねえ、と思い遠慮がちに体を預けた。身長は俺よりも高いが、小さい子供であることはかわりない。おそらく五年生とか六年生くらいだろう。
細い腕で俺を抱きしめて、ゆっくり下ろした瞬間にお香のようなかおりが鼻腔をくすぐる。俺を下ろしながら、柔らかい髪の毛を揺らして背筋をしゃんと伸ばした少女は、どうやら俺と服部が知り合いであることはわかったようで、その顔はもう怒っていない。
「このお兄ちゃんの真似したらあかんからな」
「わかっとるよ。ほな行こうや」
「おー」
女の子は少し口を尖らせて年下の子供達に言い聞かせた。
小さい子供でもわかるってよ、服部。
「しっかり稽古せえよー」
「竹刀なんか借りるなよな……」
走り去っていく子供達に笑いかける服部を、俺は少し睨みつけた。


服部も「源氏蛍」について調べていた。
大阪で殺された男性の一人が馴染みのたこ焼き屋の店員だったらしく、古くから顔見知りでよくしてもらっていたのだそうだ。
盗みを働くのは許せないが、だからといって殺されていい人ではない。
犯人を見つけて仇をとってやろうという心意気はよくわかった。

いくつか弁慶や義経にゆかりのある場所に連れていってもらう。少々この辺りの地理に疎く、足のない俺にとっては服部の存在やバイクを運転してもらえることはありがたい。
京都市内から少し走り、鞍馬寺の西門付近にバイクを止めた。山を少し登り、僧上ヶ谷不動へやってくる。ここは、牛若丸がかつて天狗と出会った場所だとされている。
俺は謎の絵を眺めてから不動堂をもう一度見る。しかし何も引っかからない。
服部は辺りを見渡し、杉がでかいなとこぼしているあたり、同じく手がかりを見つけた様子はない。
ここも違うようだと声をかけようとした瞬間、俺は高い木の上に登り弓矢を構えた人を目撃した。咄嗟に伏せろと声をかけながら飛びかかると、矢は先ほどまで服部が立っていた杉の木へ刺さった。

襲われた理由はわからないが、源氏蛍が関係していることはよくわかった。
日が暮れて暗くなってから山能寺へ戻ると、蘭たちがちょうど出てくるところだった。どうやら、檀家さんや竜円さんたちと飲みに出かけているようで、寺には不在とのことだ。
俺と服部は蘭たちと一緒に、住職に教えてもらった茶屋「桜屋」へ向かうことにした。

そこでは見事に、蘭が目つきを胡乱にするような光景が広がっている。鼻の下を伸ばしたおっちゃんが舞妓の女性にへらへらしていたというわけだ。
竜円さんは突然の俺たちの来訪に驚いてはいたが、一緒にと誘ってくれたので皆が席に着く。服部は少し遅れて入って来たが、中にいた舞妓の千賀鈴さんと顔見知りらしく軽く話をしていた。
「蘭さん、お父さんを叱らんといてあげてください。お誘いしたんは、わたしらなんですから」
「そうや、名探偵に源氏蛍の事件、推理してもろたら思うてなあ」
おっちゃんを庇う竜円さんや桜さんに続き女将は義経記のことを話し出す。
しばらく義経記の内容に触れたあと、桜さんが少し眠るために女将に下の部屋を貸してくれと声をかけている。他の客人はいないらしく、隣の部屋でもと女将は提案したが、桜さんは下の部屋が落ち着くと言って部屋を出て行った。

茶屋の窓からは鴨川と桜がよく見える。
檀家のひとり、水尾さんが下の階で夜桜見物をしてきたらどうだと提案してくれた。
今は少し曇っているが、じきに晴れて良い月が見られるというので、蘭たちは女三人連れ立って座敷を出て行った。まあここにいたって酔っ払いのおっちゃんを見るくらいしかやることがないしな。

おっちゃんがエンジン全開のテンションで千賀鈴さんと遊んでいるのを眺める。
そこに、手洗いに行っていた竜円さんが静かに襖を開けて戻って来た。そっと後ろを振り返り、さあと声をかけているので誰かいるのだろう。
視線からして小さい───……。
「おじゃまします」
手を引かれて、ひょっこり顔を出したのはあどけない子供だった。
着物姿だが、日本髪を結っているわけでもなく、白粉もしていない。口や頬に紅をさして、長い髪を柔らかく肩に流している。
「んあ?その子は?」
「この子はお茶屋に時々遊びにきてはるお子でして、今日も習い事終わってお迎え待ってはる言うから誘いましたのや」
「へえー」
おっちゃんは首を傾げながら、酔っ払い特有のゆるい口調で問いかけた。
部屋にやってきた女の子は、おっちゃんが喜ぶには幼すぎる。どう見ても小学生で、五年生か六年生の。
「あ、五条大橋の」
「あら」
俺が気がついて口を出すと、女の子も小さく口を開いた。そして口角を上げて笑う。
「大人ばかりで退屈ですやろ?サクラちゃんも年が近い子とおったほうが楽しいでしょうし、どないです?」
どうやら竜円さんは俺と服部に気を利かせた遊び相手のつもりらしい。あとおそらく、サクラちゃんに対しても。しかしそれなら俺たちは蘭たちのところへ行けばいいし、サクラちゃんだってそちらに紹介したらいいのだが。
「おおきに、竜円さん。一緒にいさせてもろてええですか?」
「あ、うん」
「おお、ええで」
サクラちゃんがそれでいいのなら、まあいいかと思い俺たちも受け入れることにした。
「おふたりは、お友達?」
「ああいや、いや、ま、そやな」
しずしずと歩み寄ってきたサクラちゃんはちょこんと俺たちのそばに座った。
「習い事って剣道?」
「そ。他にも色々やっとるけど、おうちの人が迎え来てくれはるまで、ここでようまたしてもろてる」
「へえ、えらい豪華な託児所やな」
服部のつぶやきに、サクラちゃんは小さな白い歯を見せて笑った。



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た の し い 。
Mar 2018

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